薔薇色の毒

もちもち

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8話 夜明けの誓約

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 王子の私室には、黎明の光が差し込んでいた。
 窓辺に腰掛けるルイセルは、まだ熱の残る身体を、静かに冷まそうとしていた。

 昨夜――リリアの手が、再び“そこ”に触れた。

 それはもはや、慰めでも鎮めでもない。
 彼女が、王子の「すべて」を知ったうえで、なお、寄り添うと決めた証だった。

(あの手は、俺を試さず、ただ包もうとする)

 苦痛も、悦楽も、支配もなく。
 ただ、彼が“彼”として在ることを、認めてくれる。

 あの場所に触れられながら、
 それが痛みではなく、誇りに変わっていく不思議。



「殿下、お手紙が届いております」

 控えていた従者が、封蝋つきの手紙を差し出した。
 その紋章は――ウィスタリア王国枢機院。すなわち、王家の継承に関わる重鎮たちの集まりだった。

(……ついに来たか)

 文面は、こう綴られていた。

『王子殿下の御年を鑑み、貞節の証明と、将来の婚姻意志について、正式なる答申を求める』
『御身を守る侍女についても、然るべき聖証を以って、その適格性を審問する』

 つまり――リリアとの関係を、「王子の誇りを預かる者」として、認めるか否かの審議に入るというのだ。



 夜。
 王子は、リリアを自室に呼んだ。

「……リリア。おまえに、ひとつ……“誓い”を願いたい」

 リリアは微かに頬を紅潮させたが、真っ直ぐにうなずいた。

「……はい。なんなりと」

 王子は静かに立ち上がり、彼女の手を取った。
 そのまま、片膝をついて、彼女の両手を自身の掌で包み込む。

「俺の“核”に触れられるのは、おまえだけだ」
「……それは、肉体ではなく、名誉と意思の核だ。――わかるな?」

 リリアは、そっと目を伏せ、柔らかく答えた。

「はい。……私は、それを“守る者”でありたい」

「では、おまえの意志で、俺に触れてくれるか。
 この場所に、俺が“誰であるか”を刻んでくれるか」

 王子が、自らの衣の下――
 慎重に守っていた“その場所”に手を添えたとき、リリアも静かに跪き、そっとその上に手を重ねた。

 そこにあるのは、王子としての責務でも、男としての欲でもない。
 ただ、“自分という存在の核”を誰かに預けるという覚悟だった。

 熱が、掌越しに伝わる。
 彼の呼吸が浅くなり、彼女の手が震える。

 だが、それでも彼女は手を引かず――

「……貴方様が、誰にも奪われぬように。
 誰よりも、貴方自身を信じていられるように――」

 誓いの言葉が、夜気の中に響く。

 それは、婚姻よりも強く、
 契りよりも清らかな、ふたりだけの「守りの誓約」だった。



 その翌朝、リリアは一人、枢機院のもとへ向かう。

 彼女が証人席で語るのは、ただ一つ――
 **「王子の名誉に、我が身のすべてを賭ける」**という意志。

 その瞳には、一夜で王子の“核”を守り抜いた者の、確かな光が宿っていた。



 一方、王宮の離宮。

 ミゼ・アガナは、漆黒のドレスに身を包み、冷たい笑みを浮かべていた。

「ふふ……“誓い”ね。そんな儚いものが、男を縛ると思って?」

 彼女の指先が、赤い封書を弄ぶ。

 その中身は――
 王子の“記録”に関わる、ある“夜”の詳細を記した報告書だった。

 ミゼが用意していた、最後の切り札。
 誓いを暴き、王子の“核”を公の場に曝け出すための、毒。

(次は、あの誓いを、粉々にしてあげるわ)

 そう、女は紅の杯を傾けた。
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