薔薇色の毒

もちもち

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番外編 ミゼ・アガナ夫人の日々

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侯爵家アガナの館には、香の匂いが常に漂っていた。

 芳醇な葡萄酒と、熟れすぎた果実の香り。
 そして、絹ずれの音が絶えぬ寝室。

 ミゼ・アガナ。28歳。
 亡き夫の爵位と財産を継ぎ、王宮でも一目置かれる存在となった彼女は、しかし――ひとりだった。

 夫は十歳年上の老将。
 彼が亡くなったとき、ミゼはまだ二十歳そこそこ。
 彼女の“夜”は、最初から燃え上がる前に終わっていた。

(私はまだ、女として生きていない)

 そう思った夜から、ミゼの「狩り」は始まった。

 夜会、舞踏会、仮面舞踏――
 若く、美しい男たちを弄び、口づけ、香と媚薬で惑わせる。

 それが、彼女の生きる術。
 誇りと欲望をかき混ぜながら、孤独の穴を埋める、優雅な“娼婦”のような日々。



 だが――ルイセル王子は違った。

 少年の面影を残しながらも、どこか“崇高さ”を纏った青年。

 他の男とは違い、ミゼの笑みにも香にも、まるで反応を示さなかった。

 見下ろすようにさえ思えた彼の瞳。

 そこには、女としてのミゼが“通用しない”断絶があった。

(あれは……“触れられたことのないもの”)

 そう確信したとき、ミゼの中の「女」は、燃え上がった。

 あの少年を、女に堕とす。

 それは征服でも、愛情でもない。
 ただ――渇いた魂が、喉元に流れる水を欲するような執着だった。



 侍女の口から、“王子の潔癖”を聞いた夜。
 ミゼは一人、鏡の前で衣を脱いだ。

 褪せない肌。曲線。
 重ねた香。身にまとう透き布。

「あなたの“そこ”に、触れる資格が、私にないとでも……?」

 囁く声は、誰に向けたものでもない。
 ただ、鏡に映る自分に向かって、誇りを鼓舞するように呟いた。



 媚薬を混ぜたワイン。
 しなだれかかるように仕組んだ口移し。
 指先で、彼の“深部”にまで届こうとした夜――

 彼女は初めて、“拒絶”という感情に体を震わせた。

(どうして……どうして、あなたは私を見ないの)

 女として、磨き抜いた技でも落とせない男。

 それが、ミゼの「誇り」と「女の尊厳」を同時に砕いた。



 その後、王子がリリアに“触れられた”と知った夜。
 ミゼは鏡の前で、深く吐息をついた。

 炎のように燃え上がっていたはずの執念は、
 まるで冷たい灰のように、彼女の胸を覆っていた。

(あの子には……できたのね)

 香も、技も、媚薬も使わず。
 ただ、手を添えるだけで、王子の“中心”に触れた少女。

 ――それは、ミゼが生涯、誰にも与えられなかった“真の触れ方”。

 その夜、ミゼは久しぶりに男を抱かなかった。

 寝室のランプを消し、裸のまま、天井を見上げた。

「……愛してたわけじゃない。
 でも、あなたが“私を女にしてくれた”と思いたかったのよ」

 その呟きは、誰にも届かない。

 ただ、静かな夜が、彼女の孤独をやさしく包み込んでいた。
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