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世界が変わった日
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文化祭当日――。
快晴。
校庭には屋台、体育館ではダンスやバンド。
廊下には模造紙とカラフルな飾りが連なり、学校中がいつもより少しだけ騒がしい。
2年C組の教室前には、手描きの看板。
「絵本朗読展示 ~君に、聞かせたい物語~」
開始10分前。
教室の隅で、真帆は緊張に指を小さく震わせていた。
「……だ、だいじょうぶ。昨日より声が出てたし、大丈夫……」
教室の前方にはパネル展示、座席は簡易イスで20脚。すでに7割が埋まり、入り口には次の回を待つ生徒たちの姿。
その中には、1年の女子グループ、美祐を慕う後輩、友梨奈を目で追う男子たち――そして、速見雄太の姿もあった。
真帆は、小さく息を吸った。
(――もう、逃げない)
•
「朗読担当の桜崎真帆さん、よろしくお願いします」
司会役の美祐がマイク越しに紹介すると、拍手が起きる。
真帆は、ゆっくりと立ち上がり、読み上げ台の前に立った。
絵本のタイトルは『ルルとそらのパン屋さん』。
誰にも気づかれなかった小さなねずみが、自分だけの「におい」と「音」で、パンを焼く話だ。
一ページ、また一ページと、言葉が静かに、けれど確かに教室を満たしていく。
「――ルルは思いました。『だれかに届けたい』って。だから、ルルは、今日もパンを焼きます――」
その声は、不思議なくらいに澄んでいて、
ざわついた教室を、やさしく包みこんだ。
•
発表が終わると、静かな拍手が起きた。
まるで、みんな何か言葉にできないものを共有していたような空気。
「……すごい……」
「本当に、あの桜崎さん……?」
「声、きれいだった……」
ざわめきが、驚きと感動を交えて広がっていく。
真帆は深くお辞儀をしたあと、そっと目を閉じた。
その拍手の中で、速見雄太が人混みを抜けて前へと歩み出てくる。
•
「……すごかった」
「え……」
「本当に、すごかった。……目を閉じて聞いてたらさ、なんか、知らないとこにいるみたいだった」
「……そんな、わたしなんか……」
「違う。桜崎さんだから、届いたんだよ。俺……今日、ちゃんと分かった」
その言葉に、真帆はゆっくりと彼を見る。
「俺、たぶん……いや、たぶんじゃなくて……」
そのとき。
「はいはい、ちょっとストップ!」
真帆の目の前を、すっと横切る影。
「……友梨奈さん……?」
彼女は腕を組み、じっと雄太を睨んでいた。
「告白するなら、ちゃんと場所選びなさい。まったくもう……青春爆発ってやつ?」
「……ち、ちが……っ」
真帆が慌てて否定しようとするも、顔は真っ赤だった。
友梨奈はそんなふたりを見て、大げさにため息をついたあと――
「……でも、真帆ちゃんがあれだけの声、出せるって思わなかった。やるじゃん」
「え……?」
「“地味子”だと思ってて、悪かったわ。今日のは、ちゃんと胸に来たよ。……ちょっとだけ、悔しかった」
それは、まぎれもない本心だった。
それでも彼女は、わざとつまらなそうな顔をして肩をすくめた。
「ま、私はこういうの、応援するタイプじゃないんだけどねー」
そう言いながら、どこか少し、背中がさびしそうだった。
•
文化祭の終わり。
夕方の校舎に差し込む西日が、廊下の窓を染めていた。
真帆はひとり、空になった展示教室をふり返る。
あの小さな台の上で、確かに「自分の声」を出した。
それだけのことが、まるで世界を変えたようだった。
「……桜崎さん」
振り返ると、速見雄太がいた。
手には、小さく折られたチラシの切れ端。
「これ、渡そうと思ってた」
差し出された紙には、彼の走り書きでこうあった。
『朗読、最高だった。君の声が、いちばん好きです』
――速見雄太
真帆はその紙を、胸にそっとしまいこんだ。
夕焼けの光の中で、彼女の横顔は、どこかもう以前の“おとなしい少女”ではなかった。
•
青春は、気づいたときにはもう走り出している。
次の一歩は、きっと、もっと近くなる。
快晴。
校庭には屋台、体育館ではダンスやバンド。
廊下には模造紙とカラフルな飾りが連なり、学校中がいつもより少しだけ騒がしい。
2年C組の教室前には、手描きの看板。
「絵本朗読展示 ~君に、聞かせたい物語~」
開始10分前。
教室の隅で、真帆は緊張に指を小さく震わせていた。
「……だ、だいじょうぶ。昨日より声が出てたし、大丈夫……」
教室の前方にはパネル展示、座席は簡易イスで20脚。すでに7割が埋まり、入り口には次の回を待つ生徒たちの姿。
その中には、1年の女子グループ、美祐を慕う後輩、友梨奈を目で追う男子たち――そして、速見雄太の姿もあった。
真帆は、小さく息を吸った。
(――もう、逃げない)
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「朗読担当の桜崎真帆さん、よろしくお願いします」
司会役の美祐がマイク越しに紹介すると、拍手が起きる。
真帆は、ゆっくりと立ち上がり、読み上げ台の前に立った。
絵本のタイトルは『ルルとそらのパン屋さん』。
誰にも気づかれなかった小さなねずみが、自分だけの「におい」と「音」で、パンを焼く話だ。
一ページ、また一ページと、言葉が静かに、けれど確かに教室を満たしていく。
「――ルルは思いました。『だれかに届けたい』って。だから、ルルは、今日もパンを焼きます――」
その声は、不思議なくらいに澄んでいて、
ざわついた教室を、やさしく包みこんだ。
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発表が終わると、静かな拍手が起きた。
まるで、みんな何か言葉にできないものを共有していたような空気。
「……すごい……」
「本当に、あの桜崎さん……?」
「声、きれいだった……」
ざわめきが、驚きと感動を交えて広がっていく。
真帆は深くお辞儀をしたあと、そっと目を閉じた。
その拍手の中で、速見雄太が人混みを抜けて前へと歩み出てくる。
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「……すごかった」
「え……」
「本当に、すごかった。……目を閉じて聞いてたらさ、なんか、知らないとこにいるみたいだった」
「……そんな、わたしなんか……」
「違う。桜崎さんだから、届いたんだよ。俺……今日、ちゃんと分かった」
その言葉に、真帆はゆっくりと彼を見る。
「俺、たぶん……いや、たぶんじゃなくて……」
そのとき。
「はいはい、ちょっとストップ!」
真帆の目の前を、すっと横切る影。
「……友梨奈さん……?」
彼女は腕を組み、じっと雄太を睨んでいた。
「告白するなら、ちゃんと場所選びなさい。まったくもう……青春爆発ってやつ?」
「……ち、ちが……っ」
真帆が慌てて否定しようとするも、顔は真っ赤だった。
友梨奈はそんなふたりを見て、大げさにため息をついたあと――
「……でも、真帆ちゃんがあれだけの声、出せるって思わなかった。やるじゃん」
「え……?」
「“地味子”だと思ってて、悪かったわ。今日のは、ちゃんと胸に来たよ。……ちょっとだけ、悔しかった」
それは、まぎれもない本心だった。
それでも彼女は、わざとつまらなそうな顔をして肩をすくめた。
「ま、私はこういうの、応援するタイプじゃないんだけどねー」
そう言いながら、どこか少し、背中がさびしそうだった。
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文化祭の終わり。
夕方の校舎に差し込む西日が、廊下の窓を染めていた。
真帆はひとり、空になった展示教室をふり返る。
あの小さな台の上で、確かに「自分の声」を出した。
それだけのことが、まるで世界を変えたようだった。
「……桜崎さん」
振り返ると、速見雄太がいた。
手には、小さく折られたチラシの切れ端。
「これ、渡そうと思ってた」
差し出された紙には、彼の走り書きでこうあった。
『朗読、最高だった。君の声が、いちばん好きです』
――速見雄太
真帆はその紙を、胸にそっとしまいこんだ。
夕焼けの光の中で、彼女の横顔は、どこかもう以前の“おとなしい少女”ではなかった。
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青春は、気づいたときにはもう走り出している。
次の一歩は、きっと、もっと近くなる。
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