握力令嬢は握りつぶす。―社会のしがらみも、貴公子の掌も握りつぶす― (海賊令嬢シリーズ5)

SHOTARO

文字の大きさ
54 / 126
第三章 プロイセン公国へ(失われた栄光のために)

3-17.紅白戦 失われた栄光のために 【第三章完結】

しおりを挟む

 副団長は、ゆっくりこちらに向かってきた。
 今までの快進撃に気を大きくしたリッター(三等級騎士)が、副団長に向かって行ったが、いとも簡単に返り討ちにあった。

「まぐれだ!」と言うと、もう一人、ランスチャージを仕掛けたが、ランスチャージでは勝てない。

「私が行く!」と、リッターたちに声をかけた。
 ヤスミンの剣を使う!
 折れない、曲がらない、欠けることのない剣の使いどころだ。

 剣を抜くと、副団長からのオーラが増したように感じた。無論、兜をかぶっているので顔色はわからないが、変わったのだろう。
「真剣を使うとは……よかろう。相手になる」

 ロングソードを腰から頭の高さまで持ち上げ、扉を開くかのように、両手を広げてロングソードを鞘から抜いた。
 このぐらいの長さになると、腰から直接、抜くことが出来ないからだ。
 日本の大太刀も同じだ!

 そして、馬上では、プロレスのラリアットのように使う訳だ。
 つまり、近場の相手に攻撃する。
 それに対し、ランスは刺突武器。
 前方への攻撃になるので、使い道が異なる。

 それは、副団長が先手を取る訳だ。
 その対応策として、剣を左手に持ち替えた。
「なんだ?」という周りの空気が伝わって来た。

 双方の馬が走り出す!

 当然、長いランスを持っている副団長が刺突してきた。
 これが、私が待っていた瞬間!

 突いてくるランスの下から剣を突き上げるように突く。
 剣と左手の盾がランスを持ち上げ、剣がプレートアーマーの肩口にあたる。
 これが空手で言う「突き受け」だとは、私は知らない。

 当然、この剣で突いたのだ。穴が開いたわ。
 そこを、「秘密の攻撃」の一つ、「Krumphau(捻じれの攻撃)」で頭を剣の腹で水平打ちにした。

 そして、副団長が馬から落ちた。

 これで、私の勝ちだろうが、後で文句でも言われてはたまったものではないので、私も馬から降りて追撃した。

「立てぇ! ヴァッテンバッハぁ!」

「なにを……」

「勝負だ!」と言うと、私は、必殺の構えvom Tagの構えを取った。
「また、怒りの攻撃か?」と、相手は思ったらしい。

 そう、「秘密の攻撃」の一つ、「Zornhau(怒りの攻撃)」は、実戦に於いて必殺技なのだけれど、威力が強すぎるし、本当に殺しかねない。
 なので、私は、平凡な剣先による刺突攻撃を仕掛けた。

 当然、弾かれる。

 だが、しかし!

「『秘密の攻撃』の一つ、『Krumphau(捻じれの攻撃)』だ」
 同じ「Krumphau(捻じれの攻撃)」でも、馬上の時とは違う。
 地面を這うような前屈からの胴斬り。これはプレートアーマーの視界の悪さを突いた攻撃だ。

 副団長は、膝間づいた。
 剣の腹で斬ったのだから、死んだわけではない。ダメージがある訳ではない。
 負けたことを悟ったのだろう。
「こんな、小娘に……」と。

「「「おおおぉ。ダーメ、すごいぞ」」」と、リッターたちが歓喜している。

 そう、この8人のリッターは、何故、私の指揮命令系統に入っているのだろうか? と思われたかもしれない。
 実は、前日に、銀貨で買収しておいた。
「もっと欲しければ、私の言う通りにしてくれないか?」と。
 どうも、この騎士団は、バート・メルゲントハイムに比べて、カネ周りが良くないように感じていたので、簡単に買収できた。

「次は?」と言うと、もう団長が出るしかないだろう。
 キルヒナー団長が、一つ頷き、馬から降りてきた。
 馬上よりも地上の方が好きなのだろうか?

「ダーメ、副団長を相手に褒めてやる」
「ふん、これがドイツ騎士団の力だ!」と、言ってやると、その場の空気が凍った。

――なんだ?

「ド、ドイツ騎士団……」という声が、あちこちから聞こえてきた。
 それはすすり泣くような声だ。

「我らは、我らは、今もドイツ騎士団だッ」と、キルヒナー団長が叫びながら構えた。

 その時、一発の銃声が“バアーーーン”と鳴った。
 近くの大木にあたったようで、煙が立ち上っている。

「ご領主様ッ!」
 どうやら伯父上さまが、屋敷からこちらに放ったようだ。
「そこまでだ。お前たち」と、言う声が聞えた。

「ダーメ・ヴィル……ヴィルマよ。ここまでだ。ご領主様も、そう言っておられる」

 伯父上さまと執事が、馬で駆けてきた。
「紅白戦は、ここまでだ。後で、私の部屋に来てくれ」と言うと、伯父上様は帰って行った。

 さて、「来てくれ」と言われたのは、団長と副団長たちのことだろう。私は、良いはずだよと、思いきや、執事が「ダーメ・ヴィルマさま、貴女もですよ」と言い残して帰って行ったわ。

 なんと……

「ダーメ・ヴィルマ。すごい、これは親方様からお褒めの言葉を頂けるのでは?」
「いやあ、どうだろうね」と、とぼけておく。

 それと、リッターたちに顔を隠しておくのも、怪しまれないかと思い、兜の面の部分を少し上げて、鼻先まで見えるようにしておいた。
「皆さん、いつも私は騎士団にいますよぉ。怪しい奴ではないですよ」ということが言いたかったのだけれど、上手く伝わったかな?
 単に暑かったともいう。

 紅白戦の後片付けが始まったのだけれど、ご領主様から呼ばれているので、先に失礼させていただいた。
 皆、「きっといい話ですよ」と声をかけてくれた。
 何も知らないって、すばらしいわ!

 さて、馬小屋の茂みに隠れて、プレートアーマーを外して、髪は束ね、ブラウスにズボンと「女騎士の日常」という変装を行い、女騎士:ヴィルマの出来上がりだ。
 地味なお姉さんではあるが、悪くはない。

「ダーメ・ヴィルマ、入ります」と、伯父上様の部屋へ行くと、既にグロスクレウツ(上級騎士・一等級騎士)たちは着ていた。

 そして、伯父上さまは、また渋い顔をし、アンナはあきれて、バスティアーン様は笑い転げていた。

――何故だ、ヴィルヘルミーナとは、分からないぐらいに変装をしたのだが?

「ヴィルよ。なんだ、変装のつもりか? よくは出来ているが、そんな背の高い女はヴィルぐらいだ」

――はっ、それは! 

「まあ、良い。では、ヴィルマとして聞きなさい」
「はい」と返事をして、自分でもヴィルヘルミーナだと言ってしまった。

「さて、今回の模擬戦だが」と、伯父上さまが話し始めた。

 要約すると、こうだ!
 これは、来客を楽しませる程度の余興だったらしい。真剣勝負でなく。

 つまり、団長のいる紅組が勝ち。
「ご領主様に栄光を!」とやるようだったのだ。
 ブックなのだな。

 それを真剣を持ち込んで、文字通り真剣勝負にしたリッター(三等級騎士)がいるそうではないか?
 そいつは、誰だ?

 私だ!

 なので、その不届き者をどうするかと言う話を、今から行う訳だ。
「公爵様、まあ、良いではありませんか。皆、無事に終わりましたので」と、バスティアーン様が言ってくれたが、伯父上さまはバスティアーン様が、アンナたちより私の話ばかりするので、これまた、快く思っていない。

 なので、伯父上さまは「バスティアーン様、ここは我々に任せて頂きたい」と。
「はい、もちろんです」

 話の結果、どうなったのか?
「ダーメ・ヴィルマは騎士団を退団。グロスクレウツたちは、武術の鍛えなおしだ」ということになった。
「ヴィルマ。良いね?」と、ダメ押しをされたので、「はい」としか返答できなかった。

 だが、気分がすっきりしないので、歌でも歌うことにしたよ。
 この張り詰めた空気を和らげるために。

「ええ。私、本日付で退団となりましたので、お世話になったお礼としまして、歌を歌わせていただきます」

 ???

「おっほん!」
「ちょっと、ヴィル?」

「おお、鉄拳にランスシャフトを握り、左手には手綱を握り、我ら帝国騎士団は突き進むよ。剣を光らせながら。
 ヘヤヘヤヘヤ! ヘーーーヤ! 剣を光らせながら」
と、Die Eisenfaust am Lanzenschaft(鉄拳にランスシャフトを)を歌い始めると、窓の外からも、騎士たちの歌声が聞こえた。
「「「ヘヤヘヤヘヤ! ヘーーーヤ! 剣を光らせながら。ヘヤヘヤヘヤ! ヘーーーヤ! 剣を光らせながら」」」

 冬のある日、息が白く凍るような寒さの中で、馬と共に草原を駆ける。
 そんな光景が、皆の脳裏をかすめたのだろうか?
 歌声はさらに大きくなった。

  Das Balkenkreuz, das schwarze, fliegt
  Voran auf weißem Grunde,
  Verloren zwar, doch unbesiegt.
  So klingt uns seine Kunde.
  Heja, heja, heja! Heja! So klingt uns seine Kunde.
  Heja, heja, heja! Heja! So klingt uns seine Kunde.

 黒十字がなびく、白地の旗の中で。
 逆境が訪れようと我らを打ち負かすことは出来ない。
 これが黒十字のメッセージである
 ヘヤヘヤヘヤ! ヘーーーヤ!
 これが黒十字のメッセージである
 ヘヤヘヤヘヤ! ヘーーーヤ!
 これが黒十字のメッセージである

  Es fliegt voraus im Ritterkleid, Und mahnet uns zu streiten, 
  Für die verlor'ne Herrlichkeit, Drum Wimpel flieg,
  Heja, heja, heja! Heja! Drum Wimpel flieg,
  Heja, heja, heja! Heja! Drum Wimpel flieg.

 騎士の姿に靡く黒十字は、我らの闘志を鼓舞する。
 
 ヘヤヘヤヘヤ! ヘーーーヤ! 団旗を掲げて馬を走らせる。
 ヘヤヘヤヘヤ! ヘーーーヤ! 団旗を掲げて馬を走らせる
(ドイツ民謡「ドイツ騎士団(チュートン騎士団)」より」

 歌う者、涙を流す者、そこにいる者の反応はさまざまであったが、皆、心は一つであったと思う。
「我々のルーツは、帝国騎士団である」と。

 かくして、私は、騎士団からお払い箱となった。
 翌日から、紅白戦はなくなり、騎士団も通常の訓練に戻るようだ。
 何をするのだろうか?

 そして、その日の通常訓練に“赤い鍔の剣”を持った女騎士が紛れていることに、他の騎士たちは何の疑問も持たなかったのだが、グロスクレウツたちは、「またか……」と思ったに違いない。

 ああ、合鍵って素晴らしいわ!

 そして、“失われた栄光のために、団旗を掲げて馬を走らせる”その女騎士の腕章は、白地に黒十字だった。


第三章 プロイセン公国へ(失われた栄光のために) 終わり
第四章 ヴィルヘルミーナ、海へ に続く
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

【読者賞受賞】江戸の飯屋『やわらぎ亭』〜元武家娘が一膳でほぐす人と心〜

☆ほしい
歴史・時代
【第11回歴史・時代小説大賞 読者賞受賞(ポイント最上位作品)】 文化文政の江戸・深川。 人知れず佇む一軒の飯屋――『やわらぎ亭』。 暖簾を掲げるのは、元武家の娘・おし乃。 家も家族も失い、父の形見の包丁一つで町に飛び込んだ彼女は、 「旨い飯で人の心をほどく」を信条に、今日も竈に火を入れる。 常連は、職人、火消し、子どもたち、そして──町奉行・遠山金四郎!? 変装してまで通い詰めるその理由は、一膳に込められた想いと味。 鯛茶漬け、芋がらの煮物、あんこう鍋…… その料理の奥に、江戸の暮らしと誇りが宿る。 涙も笑いも、湯気とともに立ち上る。 これは、舌と心を温める、江戸人情グルメ劇。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クロワッサン物語

コダーマ
歴史・時代
 1683年、城塞都市ウィーンはオスマン帝国の大軍に包囲されていた。  第二次ウィーン包囲である。  戦況厳しいウィーンからは皇帝も逃げ出し、市壁の中には守備隊の兵士と市民軍、避難できなかった市民ら一万人弱が立て籠もった。  彼らをまとめ、指揮するウィーン防衛司令官、その名をシュターレンベルクという。  敵の数は三十万。  戦況は絶望的に想えるものの、シュターレンベルクには策があった。  ドナウ河の水運に恵まれたウィーンは、ドナウ艦隊を蔵している。  内陸に位置するオーストリア唯一の海軍だ。  彼らをウィーンの切り札とするのだ。  戦闘には参加させず、外界との唯一の道として、連絡も補給も彼等に依る。  そのうち、ウィーンには厳しい冬が訪れる。  オスマン帝国軍は野営には耐えられまい。  そんなシュターレンベルクの元に届いた報は『ドナウ艦隊の全滅』であった。  もはや、市壁の中にこもって救援を待つしかないウィーンだが、敵軍のシャーヒー砲は、連日、市に降り注いだ。  戦闘、策略、裏切り、絶望──。  シュターレンベルクはウィーンを守り抜けるのか。  第二次ウィーン包囲の二か月間を描いた歴史小説です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...