おひとりさまの準備してます! ……見合いですか?まぁ一度だけなら……

松ノ木るな

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最終話 おひとりさまを目指すなら、まず……

⑫ 波とその調べ

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────君の信頼、誠実さを

 彼の思いの丈。
 私が欲しかったもの。

────未来を

 少し目線をずらしてる。これは彼の、自信のない時の顔。

 私は何て応えればいいの。どう答えれば、いちばん喜んでくれる? ……いま私、すごく欲張り。

 私の心はとっくにあなたのものなのに。そう早く口にすればいい。

 ……だけど返事に緊張しすぎて、みぞおち辺りが気持ち悪くなってきた。まだお腹がぐるぐるして、冷や汗もちょっと……。
 ふと目に入れた、ナイトテーブルの上の水瓶に手を差し伸べた。

「水?」
「あ……」
 同じく伸びたエイリーク様の手とぶつかり、コップが転がっていってしまう。

「大丈夫?」
「え、ええ」

 コップを拾った彼がメイドを呼ぼうと、部屋の外へ声を掛けた。一方私は、テーブルの奥に置かれた小さな木箱に気付く。

 ふたに一房のバラの花びらが丁寧に細工された、少々重みのある小箱。これを両てのひらに乗せ、私は無言で見つめていた。

 そんな私に彼が気付き、
「ああそれ、この屋敷に置いてた、僕にとってはまじない効果もある……」
小箱の正体を話そうとした間際のこと。

「♪ルルル、ルルル、ルルル、タララッラ♪ ルルル、ルルル、ルルル♪ ララリッラ♪」

 頭に浮かんだメロディが、唇からこぼれ出た。

 この瞬間、彼の時が止まってしまったようだ。これは後で彼がそう話した…のだけど。

 いま私は、このバラの花をじっと見つめていて彼の様子を目に入れることなく。思い出の中で聴こえてくる懐かしい曲を、続けて口ずさんでいた。

「♪ルール、ルール、ル──ルゥ~~」

 ここで私の元に、早歩きで戻ってきた彼が。目をまん丸くして尋ねてくる。

「どうして……君が知ってるんだ? ……これの、中身」

 どうしてと言われても……聞いたことあるから、「このオルゴール」。確かこの辺にぜんまいが……うん、そうそう。

 そうだ、私も尋ねたいことができた。

「どうして、これが、ここにあるんですか?」

 ……えっと──……んんん?? え──……えっ???



 ふたりそろって頭の中はてんやわんや、身体は完全に凝固してしまった。それから必死に記憶の糸を辿ったり、問い詰めたくてモジモジしたり。

 そうこうしているうちに、アンジェリカに外へ連れていかれてたというジークムント様が入室してきたのだった。

「近所で事故が起こったようで、医療者を探しているとの情報を得た彼女に捕まって」

「あなた方が本邸こちらにいると聞いて今朝、エイリーク様と向かってきましたところ、道中で混乱が起きていたのです。到着したら急いでジークムント様に助勢をお願いしました」

 そんな経緯を聞き、それから、私の方でも起こしてしまった出来事を彼に包み隠さず話した。彼はとてもさとい人。話途中ですでに察していたようだった。

「エレーゼ、ごめん。また俺がちゃんとついていなかったばかりに。そんな怖ろしい思いを……」

「私が全面的に悪いのです。ひとりで……海を見ながら、考えてみたくなって。そうしたら、足を踏み入れたくなって……あなたの忠告を聞かずに……」

 結局、“特別な関係の私たち”のあいだで交わされる言葉は、これが最後になった。それからすぐにジークムント様は、アンジェリカに近場へ散歩のエスコートをせがまれていて。

 ……アンジェリカは私たちに気を遣ってくれたようだ。




 本邸に続けて泊まり翌日、体調の戻った私はエイリーク様に頼み、海辺へ連れ出してもらった。

「あんなことがあったこの海に散歩って……平気なのか? トラウマ、みたいなものは……」

 エスコートする手に少々力のこもっている彼は、気もそぞろに、半ば呆れてもいる。そよ風になびく彼の髪を、私は隣でうっとり見つめて過ごす。

「私、あなたが思うよりずっと図太いのです。また溺れるようなことがあれば助けてくださいね」
「死ぬかと思ったよ……」
「ごめんなさい」

「本当はこの本邸からも、早く君を連れ出そうと思っていたんだ。ほとんどの部屋から海が見えるから。でもまぁ君が問題ないというなら、もう少しここに滞在してくれ」
「はい、構いません」

「明日、お爺様が旅先から帰るようだから、報告しようと思ってるんだ、ふたりで」
「ん?」

「そうしたらおよその日取りを決めて、3日後の誕生会でみなに伝えるってことでいいかな」

 ……それって────……


「結婚しよう」

「……結、婚」

 私はどこか現実感のない心持ちで、その言葉を噛みしめようとした。婚約してるのだから、現実のものとしてやってくる事柄だろう。……でも。

 契約結婚を持ちかけられた時とはまるで景色が違う。あなたから伝わる熱が違う。これは、心と心を結ぶ結婚。

 本当にこれ現実なの? いやになるくらい浮かれてしまう、頭がくらくらする。ちゃんと返事を……、しっかりしなくちゃ、と顔を上げ、いちど視線を遠くに投げてみた。すると。

 海も砂浜も、辺りは銀色に光り輝いて見える。星の砂が風にそよぎ、流れる潮の香りが私たちをふわりと包む。この潮騒の中で今、あなたと私、ふたりきり。

 陽の光が、あなたの真剣な面立ちを照らしてくれる。

 私のに映る、未来への確信に満ちたあなたは、こんなにも頼もしくて、男らしい魅力に溢れていて────

「今この瞬間死にたいって思いましたっ!」
「ええっ!??」

 彼に見惚れすぎて思考回路の絶縁した私は、頭を抱え、思いっきり素直な感想を口早に叫んでしまった。

「波打ち際でそんな不吉なこと言わないでくれ……」

 彼の顔が海のように青くなる。だというのに私は彼を思いやる余裕もなく、ただまくし立てるだけだ。

「だってこんな幸せ続くわけないもの! 人の気持ちは移ろうものでしょっ……」

 私なんて、歳とればとるほどみすぼらしくなって、偏屈になって、いつまでもあなたの心を繋ぎとめられるものなんて何も……!

「……僕は魔法使いではないから、未来を見通せるわけじゃないけれど……」

 耳辺りを押さえた私の両手を、包むように掴み、彼はささやく。

「信じてくれないか」

 そんなにまっすぐ目を見つめられると……。私の目線が行き先迷子。

「……ああ、波になりたいな」

 顎を斜めに上げた、彼の視線が水平線を望む。それを追って私も波間に目を移した。

「変わってしまうものばかりではないだろう? 僕は……」

 だんだんと強まる風が海上を舞い、それに誘われる波ははしゃぐように揺れ続ける。

「遠い昔から変わることなく、寄せては返す波のように」

 ここで私たちは、ごく自然に瞳を合わせた。

「永遠に君を、愛したい」

 風が嵐になる。

 今、私のなかで最大級の恋の嵐が吹きすさむ。身体中を駆け巡る喜びに震えてしまう。

────“最大風速の恋の嵐吹く中で誓う「永遠に」なんて信じません。”

 あの頃の私、そんなこと言ってた? だって知らなかった。この嵐の中では抗えない。抗えるものではないんだってこと。

「……信じますっ……」

 私は、ふにゃふにゃにふやけてしまっただろう顔を見られるのが恥ずかしくて、彼の胸に突進していた。

「あなたが波なら、私はその調べになりたいです。いつまでも一緒に、けして離れることなく、私をずっとそばに置いてく…ら……?」



 さい…………。



────話を最後まで聞いてくださいっ!!

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