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最終章:勇者と魔王

第10話:人ならざる者

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「ぐっ……ぐぅ」

 すぐに目を覚ましたジェファードが、地面に手をついて起き上がろうとする。
 しかし、アルトに腹を蹴り上げられて、盛大にえづいて地面に寝転ぶ。
 
「少しは、待ってくれてもっ」

 喋っている途中で、顔面に足が踏み抜かれそうになり慌てて転がる。
 魔王が地面を転がる姿とか、物語の世界ではかなりレアなのではなかろうか。

「アルト殿がなぜ生きているかは別として、えげつないな」

 リカルドのつぶやきに、周囲の兵たちも同意を示すように頷いている。
 仲いいね、君たち。

 そんなことより魔王が生まれたというのに、周囲の聖騎士たちが冷静なのが気になる。
 もしかして、こいつらはジェファードの正体を知っていたのか?
 知っていて、力を貸したとなると……
 そういえば、闇属性に適性のある聖騎士もいたと聞いたし。

「当たり前のように味方面して、弟の近くに立たないでくれるかな?」

 アルトがリカルドを睨みつつも、ジェファードの攻撃を素手ていなしている。
 いや、アルト強すぎじゃないか?

 リカルドが少し怯えた様子で、俺から距離を取っていたが。
 見ると父と、アイゼン卿もドン引きだ。
 
「神の加護とは、こうも規格外なのか?」
「伝承にしか残っていない魔王が、まさかこの時代に現れたことには驚いたが……勇者でもないアルトが、一方的に蹂躙しているのをみるとなんというか……」

 その気持ちは分からないでもない。
 ラスボス的登場の仕方の割には、良いところがないというか。

「呆れた回復力だ。どうにかして、魔王の能力を抑えることはできないかな?」

 アルトが困った様子で、俺に話しかけてくる。
 俺にふられても、特にこれといって思いつく方法が無い。

『アマラ』
『なんじゃ? 殺せばいいのか?』

 いや、そうじゃない。
 なるべく手を出すなと言われたから、拗ねてるのかな?
 まだ何も言ってないのに、極端なことを言い出して思わず首を横に振ってしまった。

『光の女神は魔王の核の性質を反転させたと言ってたけど、できるものなのか?』
『そのことか……たぶん浄化させたのじゃろうが。そう、簡単ではないと思うがのう』

 簡単ではないのか。
 やはり、腐っても神だったってことか。

『お主が自身の能力を十全に使えれば、難しい事ではないと思うが』

 俺の能力か。
 変化と同調。
 変化の力を使って、魔王の核を変質させるってことか?
 いまいち事象系の能力って、漠然としか使い方が分かってないんだよな。
 俺が望むことが、一番重要だと言われてたけど。
 
 とりあえずこのままだと延々とアルトが疲れるまで、ジェファードが嬲られることになるだろう。
 それはそれで、どうかと思う。
 今のところ、ジェファードに対する恨みはない。
 どころか、最初の世界では俺の数少ない味方だったらしいし。
 
「兄上、話を聞きましょう」

 転移で兄の後ろに行き、腰に抱き着いて止める。
 止まらない。
 俺ごと移動しつつ、ジェファードに追撃。
 あっ、気付いた。

「危ないじゃないかルーク! この状態だと、お前程度の重さが加わったところで気付けないんだから。声を掛けてから近づいてくれないか?」

 いや、声は掛けたけど。
 あんな巨大な岩を簡単に放り投げるほどの強化だから、俺程度だと錘にすらならないか。

「ふぅ……まさか、神の加護にここまでの差があるとは」

 ジェファードが乱れた髪を手櫛で直しつつ、ようやく一心地つけたと息を整える。
 傷はすぐに治るようだが、血の跡が痛々しい。
 それすらも、彼が手を翳すと消えていった。

「ルーク様どころの騒ぎではない。アルト殿だけでもこの強さなら、私が魔王に至ったところで何の意味も無かったということですか」

 少し気落ちした様子で、ジェファードが首を横に振る。
 だが、すぐに余裕のある笑みを浮かべる。

「しかし、私を殺す手立てはなかったようです……ね?」

 いや、あるにはあるけど。
 ジェファードの全周囲に、聖属性の槍を作り出す。

「流石にそれは……耐える自信が……」

 俺の作り出した槍を見て、初めてジェファードの顔に本気の焦りの色が見えた。
 それだけで十分。
 どうやら、対抗するだけの方法はあるらしい。

 指を鳴らして、全ての槍を消す。

「とりあえず、なぜジェファード殿下は記憶があるのですか?」

 とりあえず、隣国の皇子という体で話を進める。
 魔王だけど、肩書はどうなるのかよく分からないし。

「記憶を呼び覚まされたというよりは、刻み込まれたというべきでしょうか」

 どうやら、冷静に話をしてくれるつもりはあるらしい。
 リカルドが何やら喚いているが、ジェファードが睨みつけると大人しくなった。

「あれだけのことをしておきながら、今更友人面とは……脳みそがお花畑の人間は手の付けようがないですね」

 心底軽蔑した表情だが、あれが最初の世界のリカルドなら……俺も、軽蔑するな。
 心を入れ替えたところで、あいつがしたことは帳消しにはならない。
 今世のまだ何もしていないリカルドだから、多少は大目に見てただけだ。
 
「しかし魔王の核などなくとも、ルーク様の魔力や魔法の行使力が人と隔絶したものだという話は、事実だったのですね」

 少し嬉しそうなところ申し訳ないが、今は元からあった魔力に加えて色々な知識も得た状態だから。
 最初の世界の俺よりは、さらに上手に魔法が使える気がする。
 加護も色々あって、適性のある属性も多いしな。
 アリス経由で聖属性の適正も貰っているが、アマラの加護も貰おうと思えば貰えるし。
 今のところ、必要だとは思わないが。

「さてと……時間のようですね」

 時間?

「我が神が、こちらに来られるみたいですよ」

 ジェファードがそう言葉を発した直後、上空に強い圧を感じる。
 そして、空中に黒い球体が現れたかと思うと、中から一人の女性が現れた。

「なんじゃ、まだ終わっておらんかったのか?」
「申し訳ない。魔王に至ってなお、ルーク様はおろかアルト殿にも歯が立ちませんでした」

 ジェファードの言葉に対して、女性が訝し気な表情を浮かべる。

「なぜ、あの男がまだルークと一緒におる?」

 アルトを睨みながら、ジェファードに声を掛ける。

「そうか……記憶の改竄に失敗したか」
「まったく、つけ入る隙もありませんでした」

 ジェファードの言葉に、女性がクックと低い声で笑う。
 嫌な笑みだ。
 アルトも何か感じるものがあったのだろう。
 警戒しつつ、俺の前に移動する。

「光の女神……だよな?」

 しかし、俺にはどうしても気になることがある。
 あれは、最初の世界にいた光の女神で間違いないと思う。
 思うのだが……どうも、印象が違う。
 残念な印象は余りうけない。
 むしろ、威厳と風格すら感じる。

「光の女神? 光の女神とはこやつのことか?」

 そう言って女性が手を翳すと、一人の女性の映像が浮かび上がる。
 目の部分に包帯が巻かれ、血のようなものがにじみ出ている。
 口は糸で縫い付けられ、全身を茨を模したような黒い硬質な紐で縛られている。
 白を基調としたドレスは、黒く変色した血の染みがあちこちに着いていた。

「ふ……ふふふ、ふはははは! 私はもはや最初の世界の光の女神なぞではない! ルーク! お主と同類なのじゃ! 世界を憎しみ、破滅へと導く神といった方がよいかのう?」

 唐突に、なんのキャラ変だ?
 あっ、いや前世で日本で長く生きた弊害か。
 このテンションに、着いていける自信がない。

「しかし……これほどの力を得ても、思う通りにはいかぬか」

 目の前の女性が手を振って映像を消すと、今度は違う映像を映し出す。
 そこに映されていたのはリーナだった。
 黒いドレスに身を纏い、何かに縋り付いている。
 いや……
 映像が離れていくにしたがって、その姿が見える。

「フォルス……」

 フォルスは光の結界に閉じ込められていた。
 そして、その結界に恍惚の表情を浮かべて、頬ずりをするリーナ。
 意味が分からない。
 とりあえず、フォルスの意識が無さそうなのが気になる。

「ふんっ……せっかく、お主とこの娘の接点を作ったというのに。まさか、闇の方に恋慕の情を抱くとは」

 女性が苦笑いしながら、首を横に振る。
 確かにあの時も思ったが、なぜ令嬢が裏路地に一人でいたのか不思議でならなかった。
 そこに神の意志が働いていたとなれば、なるほど……
 いや、おかしくも何もない。
 俺とリーナの接点を作るために、こいつが用意した茶番だったのか。
 
「男女が惹かれ合うための切欠として、分かりやすい状況であったろう?」

 何がおかしいのか、クックと笑いながらリカルドを見る。
 リカルドが唖然とした表情を浮かべている。

「リ……リーナ……誰だ、その男は……」 

 ああ、今のこいつの中では、あれは最初の世界の婚約者で聖女のリーナなんだな。
 その表情……ふふふ……最初の世界のルークがそんな顔をしてたぞ?
 なんだろう? こいつがこんな表情をしているのは、少しムカつくな。

「フ……フフッ……フハハハハ! そうじゃ! 妾はその顔が見たかったのじゃ! リカルドが今浮かべている、その表情がな!」

 とりあえず、この女神もこの女神で気持ち悪いな。
 ジェファードも少し引いてるぞ?

「ルーク……あれは、まずい。どうにかする手立てはあるのかい?」

 アルトが、緊張した様子で俺に話しかけてくるが。
 まだ手も合わせていないから、なんとも言えない。
 最初の光の女神ではあるが、相当に色々と捻じれているのは分かった。
 
「本当はルークと幸せなカップルを演じてもらおう思うたのじゃが、これはこれで良かったようじゃのう」

 それ以上に困惑しているのは、元光の女神であるこいつがなぜリカルドを恨んでいるのか……

「まずはこの腐った王国から、破壊せねばな。その前に、そこのクズども……ルークに寄るでない!」

 女性が手を振ると、アルトと父に向かって闇の筋が放たれる。
 慌てて前に出て魔法による防御壁を張るが、簡単に砕かれてしまった。
 少し威力が落ちたように見えたが、器用に俺の身体を躱してアルトと父に向かって行く。

「くっ!」
「ぬぅっ!」

 アルトは自身でも魔力の障壁を作り出していたが、それすらも貫通して吹き飛ばされている。
 父の方も、手を翳して何かをしたようだ。
 威力が思ったほどではなかったが、それでも馬から弾き飛ばされていた。
 
 それ以前に女神の口ぶりからして、俺に何やら好意的というか。
 敵対する相手の態度には思えない。

『あやつは闇落ちなどという温い状態ではない! わしも姉上と向かう!』

 アマラが、何やら焦った様子で念話を飛ばしてきた。

『どうりで動きが見えぬわけじゃ! あれほどの力を隠しておったとは!』

 なんだ?
 状況を、きちんと詳しく説明してくれ。

『あれはルーク! お主じゃ! お主によって染め上げられた、光の女神じゃ! 最初の世界で魔王の核……あれを取り込んで顕現したせいで、あやつは魔王の核に注ぎ込まれたお主の悪意や憎悪を全て身に受けたのじゃ!』

 いや……ありえなくはないけど。

『変化と同調によって、魔王化した女神……しかも、ルークの能力までも扱える状態だ。そう、光、闇、変化、同調の2属性、2事象の力を司っている間違いなく、最高神に近い神格を持つ最悪の魔王だ!』

 うわっ……完全に、裏ボスポジション。
 なるほど、強くてニューゲームの醍醐味だな。

 前世でアマラとアリスがゲームで、俺にこの世界の知識を叩き込んでくれたが。
 まさか、こんなところにきて、往年のRPGの王道宜しくの展開になるとは。
 さてと……ただ、ここは現実世界。
 負けたら、間違いなくゲームオーバーだな。
 
 アマラじゃなくて、元光の女神に世界を滅ぼされるとか。
 なんとしても、回避しないとな。

 3周目は勘弁してもらいたい。
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