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第三章:王都学園編~初年度後期~
第40話:プリンス・ネバー・ダイ Side:ダリウス・ステージア
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今日は、本気でエルザ嬢を怒らせてしまったのかもしれない。
彼女に、あそこまで拒絶されるなんて。
せっかく彼女のために色々と勉強したのに、全て無駄だったみたいだね。
女心とは難しいものだ。
「いや、彼女が特別だと思いますよ」
私のぼやきに対して、友人のロータスが答えてくれる。
色々と、女性に対して浮名を流している彼に相談したのが、そもそもの間違いだったのではないだろうか。
いや、婚約者以外に手を出したという話はきかないけれど、彼の周りには女性が多くいる。
女性の扱いに長けていると思ったのだがな。
「私は、著名な作品を参考に自身で言葉を送ってくださいと申したつもりだったんですけどね。まさか、そのまま本文を引用するなんて思いませんでしたよ」
そうか……私が、浅はかだったということか。
てっきり彼女のことだから、恋愛小説なんか読まないと思っていたのに。
「レオハート嬢の知識を軽く見ていたのは、私もですけどね。前期、後期ともに習熟度テスト満点というのは知っていましたが」
まあ、ロータスが知らないことを、私が知りえるわけもないか……
ただ、こと彼女に関しては私の方が詳しいと自信をもって言えたらいいのだが、そうとも言い切れないところに忸怩たる思いが湧き上がる。
ここで、諦めたらダメだということは分かっている。
とはいえ攻勢の手を緩める気は無いけども……こうも手応えが無いと……
***
「王子、あなたは何をやっているのですか?」
通常授業の最終日、彼女との昼食を一緒に取ることができなかったことの失意で、部屋に籠って鬱々としていたら母上が呼びに来た。
今日は、母上のお説教を聞く気分にはなれないのですが。
しかし、話の内容がエルザ嬢に関するということで、渋々と付き合うことに。
母が部屋に入って来て、私の前に座ると小さく溜息を吐く。
「どうして、私が来たか分かりますね?」
「いえ、皆目見当もつきません」
私の答えに、母が盛大に溜息を吐く。
「だから、あなたはダメなのですよ」
いきなり、それは酷くないですか?
漠然と、エルザ嬢に関することで話があると言われただけなのに。
そもそも、彼女のことに関して、王妃に何か言われる筋合いはないと思いますが?
それ以前に、私には心当たりがありません。
「あなたの行動に対して、エルザ嬢から質問文という形の抗議と非難の手紙が届いております」
「なぜっ!」
母から聞かされた言葉に、私は思わず立ち上がって声をあげてしまった。
落ち着かねば。
「あなたの独りよがりの善意を正すために、彼女としばらく下校までさせたというのに……何も学んでないようですね」
「おっしゃってる意味が分かりません」
「でしょうね」
いちいち、嫌味な言い方をしてくる母を思わず睨む。
私に睨まれた母は、残念なものを見るような視線を返してきた。
やはり、借り物の言葉で思いを伝えようとしたのは、拙かったのか……
まさか、そんなことで彼女がへそを曲げるなんて思わなかった。
大人ぶろうとする姿勢が垣間見えるから、このくらい許してもらえると思ったのに。
「今日、彼女が王城に来られます」
母がお茶を一口飲んで、一拍置いて彼女の来訪予定を伝えてきた。
やっぱり、来てくれるのか。
思わず、頬が緩んでしまう。
「何を喜んでいるのですか?」
母が非難めいた口調で、訊ねてきたので素直に答える。
「彼女を夕食に誘ったのですが、けんもほろろに断られてしまって……でも、来てくれるということは、内心喜んでもらえていたのでしょう」
「あなたは、馬鹿なのですか?」
「母上への手紙も、きっと照れ隠しですね」
「頭は、大丈夫ですか?」
母がなにやら失礼なことを言っているが、私の耳には何も入ってこない。
彼女と夕食を共にできるという事実だけで、心が躍る。
「彼女は私に会いにくるのですよ」
「分かってますって。一度断った手前、何か名分がないとここには来られませんからね? やはり、エリーは可愛いですね」
私の言葉に、母が口元を押さえて絶句していた。
あれかな? 私とエリーの関係が順調だから、感動してくれたのかな?
***
なぜ、こうなった?
王城の食堂で夕食を共にするところまでは良かった。
だが、私の目の前でいま、母だけでなく父までエルザに頭を下げている。
怒れるエルザに……
彼女は本気で怒っている。
あれかな? 私と二人で食事をしたかったのかな?
それなのに、父と母が横槍を入れてきたことで、拗ねてしまったのかもしれない。
「私たちの教育が間違っていたようだ……エルザ嬢との婚約が決まったから、なるべく他の令嬢とは交流を持たせないようにと思って来たが……ここまで、女性の機微に疎いとは」
「それはそれで、全てが間違いとは言いません。流石に殿下がお相手となれば、ほとんどのご令嬢が舞い上がり良い顔を見せるだけでしょうから。余計に、付け上がったと思いますよ」
「そうですね……無駄にポジティブなところだけは、陛下に似たようで」
「それは違うだろう? このお花畑な思考回路は、お前そっくりじゃないか」
「あっ、いやぁ……私の目の前で、私の発言が原因で国王夫妻に夫婦喧嘩をされるのは少し」
「ああ、すまん。つい、思わぬことを言われてしまって、条件反射で」
「いまする話ではなかったですね。話の腰を折ってしまって、すみません」
「お互いに言いたいことが言えるなんて、二人は素敵な関係を築けているというのに」
エルザの言葉を受けて、三人が三人とも残念そうな視線を私に向けてくる。
食事の件じゃなくて、他に私に対して不満があるのかな?
「私に不満があるなら、言ってもらわないと分からないではないか? 陛下と王妃を巻き込むことでもないのでは?」
「言っても伝わらないから、お二人にも聞いてもらってるんじゃないですか!」
私のちょっとした不満に、そんなに怒鳴らなくても……
話を聞いて、確かに彼女の友人との時間まで少し邪魔したのは悪いとおもったが……
「少し? 長期休暇前の貴重な時間の全てを奪おうとしてたじゃないですか!」
だが、代わりに私と過ごせるのだ。
補って余りあると思うのだが?
「もうやだ、この王子様」
「流石に、それは傷つくな」
「いま現在、お前とお前を教育した我らの評価に傷がついているところなのだがな? それすらも、分からんとは」
「陛下……」
私は彼らが、何をそんなに悩んでいるのかが分からない。
言っている、意味が分からない。
私は常に彼女を尊重してきたつもりだが、これで足りないとなると……どうすればいいのだろうか?
「どうもしなくていい! これ以上、余計なことをしようとするな! 彼女自身を尊重しているつもりかもしれんが、彼女の人格や意思を尊重してやれ!」
「おっしゃっている意味が分からないのですが」
「お前は、馬鹿なのか?」
父上まで……ここに、私の味方はいないのか?
給仕のための侍女や、執事まで私に対して残念な目を向けているのが分かる。
いや、下を向いて失笑しているのか?
「話は、すべて聞かせてもらったよ!」
話が平行線のまま、まったく進まず堂々巡りになったところで、食堂の入り口をバンッと開いて一人の女性が入ってきた。
こんなことが出来る女性は、二人しかいない。
横でエルザが「出た、王族のお家芸……まあ、伝えたのは私だけど」と意味不明なことを呟いていた。
「姉上!」
「義姉様!」
父が驚いた表情を見せ、母が思わず立ち上がっていた。
そしてエルザが少しホッとしていた。
部屋に入ってきたのはサンディ先生……そう、アレキサンドラ・ステージア。
父上の姉で、私の伯母でもある。
とても厳しい方で、自然と私も背筋が伸びた。
「失礼するよ」
つかつかと姿勢よく近づいてくると、執事がすぐに寄って来て椅子を引いている。
「ありがとう」
それから、その椅子にドカッと座ると足を組んで、こっちを真剣な目で見てきた。
思わず目を反らしそうになったが、ここで反らしたら怒られるのは何度も経験している。
私もジッと彼女を見つめる。
「はっはっは、なかなかに変なことになっているみたいだね? 私の教育が、どこでどう歪んでしまったのか」
そして、今度はエルザに視線を移す。
彼女は嬉しそうに伯母に微笑み返している。
凄い余裕だ。
この方の強い視線に、笑みで返すなんて。
「良い子だ……ああ、座ったままでいい。親族での食事会みたいなものだろう? 挨拶は不要だ」
エルザがゆったりとかつ丁寧な所作で椅子から降りたところで、伯母が手を振って彼女に着席を促す。
「お気遣い、ありがとうございます」
……私が椅子を引いてあげたり、ドアを開けてあげたりしたときとは、全然違う……言ってる言葉は一緒だけど、こもられた感情の度合いが違いすぎる。
伯母だから、気を遣ったのかな?
「さて、私はお前に女性の扱いについて、そこまで詳しくは教えていない。正解などないからな? そして、それは言ったはずだが?」
「ええ、覚えております。ですから、なるべく、丁寧に彼女に接してきたつもりではあります」
「ふんっ、お前が作り上げたお前の中の女性像を基準に、女性ならこうすれば喜ぶと思うことでもしてきたのか?」
「うっ……そ、そうですが。何か、間違ってますか?」
「正解などないと言っただろう? 女も男も、人によって考えることは様々だ。だというのに、なぜ自分の行動が正解だと決めつけられるんだい?」
横で、エルザがいいぞ! もっとやれ! と小声で呟いているのが、聞こえる。
あっ、たぶん父と母と伯母にも聞こえているっぽい。
父と母が、苦笑いしている。
「自身の経験論と、世間の事例を参考にして「この痴れ者が。たかだか10年と少ししか生きてないくせに、経験則で物事を判断するなんて、いつからそんなに偉くなったんだい?」」
いや、王子だから産まれた時から偉いのだが……それを言ったら、めちゃくちゃ怒られることは目に見えている。
下手したら、剣術指導という名の折檻までありえる。
分からないふりをするのが、正解だな。
「本当に傲慢になったみたいだね。誰の入れ知恵か、誰の差し金か……」
あっ、母上が目を反らした。
そうですよね?
押して押して、押しまくれって最初に煽ったのは母上ですもんね。
伯母も分かっているのか、母をジッと見ているし。
エルザも、やっぱりかみたいな表情になっている。
「その……まさか、ここまでポンコツだとは思わなくて」
「ミレニア……子供に期待はすれど、過信はするなと言ったはずだよ? それを親ばかと呼ぶと……」
「申し訳ありません。少し煽っただけで、ここまで暴走するなんて」
横でエルザが「少し……ではなさそうですね」と呟いているのを聞いて、思わず微笑みかけたら睨まれてしまった。
あっ、父上も少し呆れている。
「行間を読め、決めつけるな、分からなければ聞けと……何度も教えたのだけどね」
これは、私に向けられた言葉か……その教育の賜物なのですが……
「まさか人の機微が分からず、行間を自身の言葉で埋めて、質問の相手の回答にまで編纂を加えるなんて……とんでもない化物が生まれたもんだ」
「それは、酷すぎませんか?」
「まあ、それだけエリーが魅力的ってことかね? 傾国の美女ってとこかな?」
「それはあんまりですわ、サンディ様」
「事実じゃないか。私が男だったら、たとえこの国の第一王子が相手でも全力で奪いに行ってたよ」
「まあ! でも、もしそうなったら、私も国を捨ててでもご一緒しましたのに」
そこで、なぜ二人して同じような悲しそうな視線を私に向ける。
というか、妙に仲が良いなこの二人は。
「せっかくそんな良い子が、義理とはいえ私の姪になってくれると思ったのに……確実な話ではなくなりそうだね」
……
それから小一時間、私と母上は肩身の狭い思いをしながらの食事になった。
父上は……途中から急に胃の調子が悪くなっていたかな?
伯母とエリーだけが、食事が進んで会話も絶好調だったけど。
ただ、ほぼ全面的に私が悪いというのはどうなのだろう……
母も原因を作ったことを責められていたが、まあ当初、そこまで積極的ではなかった私のことを考えたうえで、婚約者同士の仲を深めるには必要な指導の範疇だったと。
私の対人能力を過信しすぎたことは、責められていた。
公人として、貴族や国民と接するには十分だと。
だが、友人はともかく女性に対する対応力と、それを結び付けたのが駄目だと。
ほんの少しだけ、耳が痛い。
なんだか、私も少し悪い気がしてきた。
彼女に、あそこまで拒絶されるなんて。
せっかく彼女のために色々と勉強したのに、全て無駄だったみたいだね。
女心とは難しいものだ。
「いや、彼女が特別だと思いますよ」
私のぼやきに対して、友人のロータスが答えてくれる。
色々と、女性に対して浮名を流している彼に相談したのが、そもそもの間違いだったのではないだろうか。
いや、婚約者以外に手を出したという話はきかないけれど、彼の周りには女性が多くいる。
女性の扱いに長けていると思ったのだがな。
「私は、著名な作品を参考に自身で言葉を送ってくださいと申したつもりだったんですけどね。まさか、そのまま本文を引用するなんて思いませんでしたよ」
そうか……私が、浅はかだったということか。
てっきり彼女のことだから、恋愛小説なんか読まないと思っていたのに。
「レオハート嬢の知識を軽く見ていたのは、私もですけどね。前期、後期ともに習熟度テスト満点というのは知っていましたが」
まあ、ロータスが知らないことを、私が知りえるわけもないか……
ただ、こと彼女に関しては私の方が詳しいと自信をもって言えたらいいのだが、そうとも言い切れないところに忸怩たる思いが湧き上がる。
ここで、諦めたらダメだということは分かっている。
とはいえ攻勢の手を緩める気は無いけども……こうも手応えが無いと……
***
「王子、あなたは何をやっているのですか?」
通常授業の最終日、彼女との昼食を一緒に取ることができなかったことの失意で、部屋に籠って鬱々としていたら母上が呼びに来た。
今日は、母上のお説教を聞く気分にはなれないのですが。
しかし、話の内容がエルザ嬢に関するということで、渋々と付き合うことに。
母が部屋に入って来て、私の前に座ると小さく溜息を吐く。
「どうして、私が来たか分かりますね?」
「いえ、皆目見当もつきません」
私の答えに、母が盛大に溜息を吐く。
「だから、あなたはダメなのですよ」
いきなり、それは酷くないですか?
漠然と、エルザ嬢に関することで話があると言われただけなのに。
そもそも、彼女のことに関して、王妃に何か言われる筋合いはないと思いますが?
それ以前に、私には心当たりがありません。
「あなたの行動に対して、エルザ嬢から質問文という形の抗議と非難の手紙が届いております」
「なぜっ!」
母から聞かされた言葉に、私は思わず立ち上がって声をあげてしまった。
落ち着かねば。
「あなたの独りよがりの善意を正すために、彼女としばらく下校までさせたというのに……何も学んでないようですね」
「おっしゃってる意味が分かりません」
「でしょうね」
いちいち、嫌味な言い方をしてくる母を思わず睨む。
私に睨まれた母は、残念なものを見るような視線を返してきた。
やはり、借り物の言葉で思いを伝えようとしたのは、拙かったのか……
まさか、そんなことで彼女がへそを曲げるなんて思わなかった。
大人ぶろうとする姿勢が垣間見えるから、このくらい許してもらえると思ったのに。
「今日、彼女が王城に来られます」
母がお茶を一口飲んで、一拍置いて彼女の来訪予定を伝えてきた。
やっぱり、来てくれるのか。
思わず、頬が緩んでしまう。
「何を喜んでいるのですか?」
母が非難めいた口調で、訊ねてきたので素直に答える。
「彼女を夕食に誘ったのですが、けんもほろろに断られてしまって……でも、来てくれるということは、内心喜んでもらえていたのでしょう」
「あなたは、馬鹿なのですか?」
「母上への手紙も、きっと照れ隠しですね」
「頭は、大丈夫ですか?」
母がなにやら失礼なことを言っているが、私の耳には何も入ってこない。
彼女と夕食を共にできるという事実だけで、心が躍る。
「彼女は私に会いにくるのですよ」
「分かってますって。一度断った手前、何か名分がないとここには来られませんからね? やはり、エリーは可愛いですね」
私の言葉に、母が口元を押さえて絶句していた。
あれかな? 私とエリーの関係が順調だから、感動してくれたのかな?
***
なぜ、こうなった?
王城の食堂で夕食を共にするところまでは良かった。
だが、私の目の前でいま、母だけでなく父までエルザに頭を下げている。
怒れるエルザに……
彼女は本気で怒っている。
あれかな? 私と二人で食事をしたかったのかな?
それなのに、父と母が横槍を入れてきたことで、拗ねてしまったのかもしれない。
「私たちの教育が間違っていたようだ……エルザ嬢との婚約が決まったから、なるべく他の令嬢とは交流を持たせないようにと思って来たが……ここまで、女性の機微に疎いとは」
「それはそれで、全てが間違いとは言いません。流石に殿下がお相手となれば、ほとんどのご令嬢が舞い上がり良い顔を見せるだけでしょうから。余計に、付け上がったと思いますよ」
「そうですね……無駄にポジティブなところだけは、陛下に似たようで」
「それは違うだろう? このお花畑な思考回路は、お前そっくりじゃないか」
「あっ、いやぁ……私の目の前で、私の発言が原因で国王夫妻に夫婦喧嘩をされるのは少し」
「ああ、すまん。つい、思わぬことを言われてしまって、条件反射で」
「いまする話ではなかったですね。話の腰を折ってしまって、すみません」
「お互いに言いたいことが言えるなんて、二人は素敵な関係を築けているというのに」
エルザの言葉を受けて、三人が三人とも残念そうな視線を私に向けてくる。
食事の件じゃなくて、他に私に対して不満があるのかな?
「私に不満があるなら、言ってもらわないと分からないではないか? 陛下と王妃を巻き込むことでもないのでは?」
「言っても伝わらないから、お二人にも聞いてもらってるんじゃないですか!」
私のちょっとした不満に、そんなに怒鳴らなくても……
話を聞いて、確かに彼女の友人との時間まで少し邪魔したのは悪いとおもったが……
「少し? 長期休暇前の貴重な時間の全てを奪おうとしてたじゃないですか!」
だが、代わりに私と過ごせるのだ。
補って余りあると思うのだが?
「もうやだ、この王子様」
「流石に、それは傷つくな」
「いま現在、お前とお前を教育した我らの評価に傷がついているところなのだがな? それすらも、分からんとは」
「陛下……」
私は彼らが、何をそんなに悩んでいるのかが分からない。
言っている、意味が分からない。
私は常に彼女を尊重してきたつもりだが、これで足りないとなると……どうすればいいのだろうか?
「どうもしなくていい! これ以上、余計なことをしようとするな! 彼女自身を尊重しているつもりかもしれんが、彼女の人格や意思を尊重してやれ!」
「おっしゃっている意味が分からないのですが」
「お前は、馬鹿なのか?」
父上まで……ここに、私の味方はいないのか?
給仕のための侍女や、執事まで私に対して残念な目を向けているのが分かる。
いや、下を向いて失笑しているのか?
「話は、すべて聞かせてもらったよ!」
話が平行線のまま、まったく進まず堂々巡りになったところで、食堂の入り口をバンッと開いて一人の女性が入ってきた。
こんなことが出来る女性は、二人しかいない。
横でエルザが「出た、王族のお家芸……まあ、伝えたのは私だけど」と意味不明なことを呟いていた。
「姉上!」
「義姉様!」
父が驚いた表情を見せ、母が思わず立ち上がっていた。
そしてエルザが少しホッとしていた。
部屋に入ってきたのはサンディ先生……そう、アレキサンドラ・ステージア。
父上の姉で、私の伯母でもある。
とても厳しい方で、自然と私も背筋が伸びた。
「失礼するよ」
つかつかと姿勢よく近づいてくると、執事がすぐに寄って来て椅子を引いている。
「ありがとう」
それから、その椅子にドカッと座ると足を組んで、こっちを真剣な目で見てきた。
思わず目を反らしそうになったが、ここで反らしたら怒られるのは何度も経験している。
私もジッと彼女を見つめる。
「はっはっは、なかなかに変なことになっているみたいだね? 私の教育が、どこでどう歪んでしまったのか」
そして、今度はエルザに視線を移す。
彼女は嬉しそうに伯母に微笑み返している。
凄い余裕だ。
この方の強い視線に、笑みで返すなんて。
「良い子だ……ああ、座ったままでいい。親族での食事会みたいなものだろう? 挨拶は不要だ」
エルザがゆったりとかつ丁寧な所作で椅子から降りたところで、伯母が手を振って彼女に着席を促す。
「お気遣い、ありがとうございます」
……私が椅子を引いてあげたり、ドアを開けてあげたりしたときとは、全然違う……言ってる言葉は一緒だけど、こもられた感情の度合いが違いすぎる。
伯母だから、気を遣ったのかな?
「さて、私はお前に女性の扱いについて、そこまで詳しくは教えていない。正解などないからな? そして、それは言ったはずだが?」
「ええ、覚えております。ですから、なるべく、丁寧に彼女に接してきたつもりではあります」
「ふんっ、お前が作り上げたお前の中の女性像を基準に、女性ならこうすれば喜ぶと思うことでもしてきたのか?」
「うっ……そ、そうですが。何か、間違ってますか?」
「正解などないと言っただろう? 女も男も、人によって考えることは様々だ。だというのに、なぜ自分の行動が正解だと決めつけられるんだい?」
横で、エルザがいいぞ! もっとやれ! と小声で呟いているのが、聞こえる。
あっ、たぶん父と母と伯母にも聞こえているっぽい。
父と母が、苦笑いしている。
「自身の経験論と、世間の事例を参考にして「この痴れ者が。たかだか10年と少ししか生きてないくせに、経験則で物事を判断するなんて、いつからそんなに偉くなったんだい?」」
いや、王子だから産まれた時から偉いのだが……それを言ったら、めちゃくちゃ怒られることは目に見えている。
下手したら、剣術指導という名の折檻までありえる。
分からないふりをするのが、正解だな。
「本当に傲慢になったみたいだね。誰の入れ知恵か、誰の差し金か……」
あっ、母上が目を反らした。
そうですよね?
押して押して、押しまくれって最初に煽ったのは母上ですもんね。
伯母も分かっているのか、母をジッと見ているし。
エルザも、やっぱりかみたいな表情になっている。
「その……まさか、ここまでポンコツだとは思わなくて」
「ミレニア……子供に期待はすれど、過信はするなと言ったはずだよ? それを親ばかと呼ぶと……」
「申し訳ありません。少し煽っただけで、ここまで暴走するなんて」
横でエルザが「少し……ではなさそうですね」と呟いているのを聞いて、思わず微笑みかけたら睨まれてしまった。
あっ、父上も少し呆れている。
「行間を読め、決めつけるな、分からなければ聞けと……何度も教えたのだけどね」
これは、私に向けられた言葉か……その教育の賜物なのですが……
「まさか人の機微が分からず、行間を自身の言葉で埋めて、質問の相手の回答にまで編纂を加えるなんて……とんでもない化物が生まれたもんだ」
「それは、酷すぎませんか?」
「まあ、それだけエリーが魅力的ってことかね? 傾国の美女ってとこかな?」
「それはあんまりですわ、サンディ様」
「事実じゃないか。私が男だったら、たとえこの国の第一王子が相手でも全力で奪いに行ってたよ」
「まあ! でも、もしそうなったら、私も国を捨ててでもご一緒しましたのに」
そこで、なぜ二人して同じような悲しそうな視線を私に向ける。
というか、妙に仲が良いなこの二人は。
「せっかくそんな良い子が、義理とはいえ私の姪になってくれると思ったのに……確実な話ではなくなりそうだね」
……
それから小一時間、私と母上は肩身の狭い思いをしながらの食事になった。
父上は……途中から急に胃の調子が悪くなっていたかな?
伯母とエリーだけが、食事が進んで会話も絶好調だったけど。
ただ、ほぼ全面的に私が悪いというのはどうなのだろう……
母も原因を作ったことを責められていたが、まあ当初、そこまで積極的ではなかった私のことを考えたうえで、婚約者同士の仲を深めるには必要な指導の範疇だったと。
私の対人能力を過信しすぎたことは、責められていた。
公人として、貴族や国民と接するには十分だと。
だが、友人はともかく女性に対する対応力と、それを結び付けたのが駄目だと。
ほんの少しだけ、耳が痛い。
なんだか、私も少し悪い気がしてきた。
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