59 / 121
第2章 夏
◆放たれる第一の矢
金ピカのカエル男の装飾が、その巨体の揺れに合わせてカチャリと鳴った。
耳障りな金属音が、秒針のように時を刻み、同時にこの場の権力構造を嫌でも突きつけてくる。
「さて――」
正面の金ピカカエル男の顔には、すでに勝敗は決していると信じ切った者だけが浮かべる、油断と傲慢の入り混じった笑みが貼り付いていた。
肘掛けに太い指をのせ、ねっとりと舌で唇を湿らせると、わざと間を置いて言葉を落とす。
「ノエル、と言ったな?貴様が作った“アレ”…」
男はわずかに身を乗り出し、胸元で金の鎖が鈍く光る。
そのたびに豚のような顎がぷるりと揺れた。
「違法製造の技術をここで提出しろ。そして、罪を認め、素直に労役につくんだな」
その声には、審問という建前などかけらもなく、弱者を追い詰める嗜虐的な愉悦が混ざっていた。
そして、わざとらしく言葉を区切り――
「…あるいは……」
肥えた腹をたゆませながら、男は醜悪な笑みをさらに深くした。
「薬師ギルドに逆らう愚か者の末路らしく“奴隷”となるか、だ」
ぞわりと背中を這い上がる不快な気配。
「そうだな。儂が、たっぷりとかわいがってやろう」
その視線が肌を刺し、耳の奥までねっとりとした悪意で満たす。
部屋の空気が、笑い混じりの嘲り声で濁った。
唇を歪めて頷く者、鼻で笑う者、口元に卑しい笑みを浮かべる者――。
その全てが、私を四方から囲む見えない檻になっていた。
(……逃げたい……怖い……)
意識していないのに膝が震える。
こんなにもむき出しの醜悪な悪意に包まれたのは、生まれて初めてだ。
指先から熱が抜け、鎖の重さがやけに現実味を帯びていく。
その時――耳のイヤーカフスが、ほんのりと冷たい風を届けてくれた。
タリサの気配だ。あの泉の水面を思わせる、澄んだひんやりとした空気。
胸の奥まで冷え切っていた恐怖が、そっと洗い流されていくようだった。
気づけば、あれほど重く感じていた枷も、まるでつけていないかのように軽い。
視線を落とすと、エルディナさんから贈られたブレスレットが淡く光を放っていた。
(……見てくれている。私を守ってくれている)
その確信が、胸の奥で炎となる。
そして、その炎は次第に燃え広がり、怒りと誇りの聖火に変わっていった。
(こんな奴らが人々の命を支えるポーションを牛耳っていていいわけがない)
胸の奥で熱を共有するように、潜入中の姫ちゃまがもぞりと動く。
(ちょっっっ!くすぐったいってば!)
場違いなやりとりに、思わず口元が緩んだ。
その一瞬が、不思議と心を落ち着かせる。
「技術は我らが管理すべきだ」
「そうだ、どこの馬の骨ともわからぬ底辺が持つべきものではない」
「お前のような者は、かわいがってもらうくらいがちょうどよい」
幹部たちの低い声が次々と重なり、空気がさらに澱む。
金ピカカエル男はそれを聞いて満足げに、巨体をだらしなく揺らしながら嗜虐の笑みを深めた。
私は、その笑みを真正面から見据えた。
瞳を逸らさず、強く、鋭く。
ここで折れるわけにはいかない。
――その時だった。
重く閉ざされていた審問室の扉が、ギィ…と低い音を立てて開いた。
差し込んだ光が、室内の濁った空気を切り裂く。
その光を背に、一人の女性が現れた。
ミルキーブロンドの髪が、逆光を受けて星屑のように煌めく。
彼女が一歩進むたび、その髪は金糸の滝のように流れ、見る者すべての視線を奪った。
制止しようとする警備兵。
だが、彼女はその言葉に微笑を返し、鋭く透き通った声で短く命じた。
「退きなさい」
その一言は、氷の刃のように鋭敏で、そして炎のように熱を帯びていた。
警備兵たちは息を呑み、一歩、二歩と道を開ける。
――会場が、凍りついた。
薬師ギルド幹部の顔は誰もが信じられないという表情で、あれほどの傲慢さが一瞬で剥がれ落ちる。
「妃殿下……」
誰かの小さな呟きがやけに大きく響いた。
彼女が踏み入れた瞬間、空気が変わった。
嗜虐を愉しむ淀んだ審問室に、凛とした清涼な風が吹き込む。
それは、長く続いた冬を打ち破る春の訪れにも似て……。
——————————————————
≪週2回、金・土で更新予定≫
※出来上がり次第更新予定なので、頻度は上下する可能性があります。
いつもお読みいただきありがとうございます。
応援や感想がとても励みになっています!!
この作品が「面白い」「続きが気になる」と思った方は
“♡”や“フォロー”、“応援”をしてくださるとうれしいです!
この物語があなたの癒しになれば幸いです。
では、また次回♪
耳障りな金属音が、秒針のように時を刻み、同時にこの場の権力構造を嫌でも突きつけてくる。
「さて――」
正面の金ピカカエル男の顔には、すでに勝敗は決していると信じ切った者だけが浮かべる、油断と傲慢の入り混じった笑みが貼り付いていた。
肘掛けに太い指をのせ、ねっとりと舌で唇を湿らせると、わざと間を置いて言葉を落とす。
「ノエル、と言ったな?貴様が作った“アレ”…」
男はわずかに身を乗り出し、胸元で金の鎖が鈍く光る。
そのたびに豚のような顎がぷるりと揺れた。
「違法製造の技術をここで提出しろ。そして、罪を認め、素直に労役につくんだな」
その声には、審問という建前などかけらもなく、弱者を追い詰める嗜虐的な愉悦が混ざっていた。
そして、わざとらしく言葉を区切り――
「…あるいは……」
肥えた腹をたゆませながら、男は醜悪な笑みをさらに深くした。
「薬師ギルドに逆らう愚か者の末路らしく“奴隷”となるか、だ」
ぞわりと背中を這い上がる不快な気配。
「そうだな。儂が、たっぷりとかわいがってやろう」
その視線が肌を刺し、耳の奥までねっとりとした悪意で満たす。
部屋の空気が、笑い混じりの嘲り声で濁った。
唇を歪めて頷く者、鼻で笑う者、口元に卑しい笑みを浮かべる者――。
その全てが、私を四方から囲む見えない檻になっていた。
(……逃げたい……怖い……)
意識していないのに膝が震える。
こんなにもむき出しの醜悪な悪意に包まれたのは、生まれて初めてだ。
指先から熱が抜け、鎖の重さがやけに現実味を帯びていく。
その時――耳のイヤーカフスが、ほんのりと冷たい風を届けてくれた。
タリサの気配だ。あの泉の水面を思わせる、澄んだひんやりとした空気。
胸の奥まで冷え切っていた恐怖が、そっと洗い流されていくようだった。
気づけば、あれほど重く感じていた枷も、まるでつけていないかのように軽い。
視線を落とすと、エルディナさんから贈られたブレスレットが淡く光を放っていた。
(……見てくれている。私を守ってくれている)
その確信が、胸の奥で炎となる。
そして、その炎は次第に燃え広がり、怒りと誇りの聖火に変わっていった。
(こんな奴らが人々の命を支えるポーションを牛耳っていていいわけがない)
胸の奥で熱を共有するように、潜入中の姫ちゃまがもぞりと動く。
(ちょっっっ!くすぐったいってば!)
場違いなやりとりに、思わず口元が緩んだ。
その一瞬が、不思議と心を落ち着かせる。
「技術は我らが管理すべきだ」
「そうだ、どこの馬の骨ともわからぬ底辺が持つべきものではない」
「お前のような者は、かわいがってもらうくらいがちょうどよい」
幹部たちの低い声が次々と重なり、空気がさらに澱む。
金ピカカエル男はそれを聞いて満足げに、巨体をだらしなく揺らしながら嗜虐の笑みを深めた。
私は、その笑みを真正面から見据えた。
瞳を逸らさず、強く、鋭く。
ここで折れるわけにはいかない。
――その時だった。
重く閉ざされていた審問室の扉が、ギィ…と低い音を立てて開いた。
差し込んだ光が、室内の濁った空気を切り裂く。
その光を背に、一人の女性が現れた。
ミルキーブロンドの髪が、逆光を受けて星屑のように煌めく。
彼女が一歩進むたび、その髪は金糸の滝のように流れ、見る者すべての視線を奪った。
制止しようとする警備兵。
だが、彼女はその言葉に微笑を返し、鋭く透き通った声で短く命じた。
「退きなさい」
その一言は、氷の刃のように鋭敏で、そして炎のように熱を帯びていた。
警備兵たちは息を呑み、一歩、二歩と道を開ける。
――会場が、凍りついた。
薬師ギルド幹部の顔は誰もが信じられないという表情で、あれほどの傲慢さが一瞬で剥がれ落ちる。
「妃殿下……」
誰かの小さな呟きがやけに大きく響いた。
彼女が踏み入れた瞬間、空気が変わった。
嗜虐を愉しむ淀んだ審問室に、凛とした清涼な風が吹き込む。
それは、長く続いた冬を打ち破る春の訪れにも似て……。
——————————————————
≪週2回、金・土で更新予定≫
※出来上がり次第更新予定なので、頻度は上下する可能性があります。
いつもお読みいただきありがとうございます。
応援や感想がとても励みになっています!!
この作品が「面白い」「続きが気になる」と思った方は
“♡”や“フォロー”、“応援”をしてくださるとうれしいです!
この物語があなたの癒しになれば幸いです。
では、また次回♪
あなたにおすすめの小説
本の虫な転生赤ちゃんは血塗りの宰相の義愛娘~本の世界に入れる『ひみちゅのちから』でピンチの帝国を救ったら、冷酷パパに溺愛されてます
青空あかな
ファンタジー
ブラック企業に勤める本の虫でアラサーOLの星花は、突然水に突き落とされた衝撃を感じる。
藻掻くうちに、自分はなぜか赤ちゃんになっていることを理解する。
溺死寸前の彼女を助けたのは、冷徹な手腕により周囲から「血塗りの宰相」と恐れられるアイザック・リヴィエール公爵だった。
その後、熱に浮かされながら見た夢で前世を思い出し、星花は異世界の赤ちゃんに転生したことを自覚する。
目覚めた彼女は周囲の会話から、赤ちゃんの自分を川に落としたのは実の両親だと知って、強いショックを受けた。
前世の両親もいわゆる毒親であり、今世では「親」に愛されたかったと……。
リヴィエール公爵家の屋敷に連れて行かれると、星花にはとても貴重な聖属性の魔力があるとわかった。
アイザックに星花は「ステラ」と名付けられ彼の屋敷で暮らすようになる。
当のアイザックとはほとんど会わない塩対応だが、屋敷の善良な人たちに温かく育てられる。
そんなある日、精霊と冒険する絵本を読んだステラはその世界に入り込み、実際に精霊と冒険した。
ステラには「本の世界に入り込み、その本の知識や内容を実際に体験したように習得できる特別な力」があったのだ。
彼女はその力を使って、隣国との条約締結に関する通訳不在問題や皇帝陛下の病気を治す薬草探索など、様々な問題を解決する。
やがて、アイザックは最初は煩わしかったはずのステラの活躍と愛らしさを目の当たりにし、彼女を「娘として」大切に思うようになる。
これは赤ちゃんに転生した本好きアラサーの社畜OLが、前世の知識と本好きの力を活かして活躍した結果、冷徹な義父から溺愛される話である。
【完結】憧れのスローライフを異世界で?
さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。
日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。
結婚式の翌朝、夫に「皇太子の愛人だろう」と捨てられました――ですが私は、亡き国王の娘です
柴田はつみ
恋愛
母の遺した薬草店を守りながら、慎ましく暮らしていたアンリ。
そんな彼女に求婚してきたのは、国内でも名高い騎士にして公爵家当主、アルファだった。
真っすぐな想いを向けられ、彼を信じて結婚したアンリ。
けれど幸せなはずの結婚式の翌朝、夫は冷たく言い放つ。
「君を愛していると本気で思っていたのかい? 」
彼はアンリが第一皇太子と深い仲にあり、自分との結婚は身を隠すための偽装だと誤解していたのだ。
アンリは実は、亡き国王の婚外子。
皇太子にとっては、隠して守らなければならない妹だったのである。
悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています
かきんとう
恋愛
王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。
磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。
その中心に、私は立っていた。
――今日、この瞬間のために。
「エレノア・フォン・リーベルト嬢」
高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。
没落した建築系お嬢様の優雅なスローライフ~地方でモフモフと楽しい仲間とのんびり楽しく生きます~
土偶の友
ファンタジー
優雅な貴族令嬢を目指していたクレア・フィレイア。
しかし、15歳の誕生日を前に両親から没落を宣言されてしまう。
そのショックで日本の知識を思いだし、ブラック企業で働いていた記憶からスローライフをしたいと気付いた。
両親に勧められた場所に逃げ、そこで楽しいモフモフの仲間と家を建てる。
女の子たちと出会い仲良くなって一緒に住む、のんびり緩い異世界生活。
家族に忘れられていた第五王子は愛され生活を送る
りーさん
ファンタジー
アズール王国の王宮には、多くの王子や王女が住んでいる蒼星宮という宮がある。
その宮にはとある噂が広まっていた。併設されている図書館に子どもの幽霊が現れると。
そんなある日、図書館に出入りしていた第一王子は子どものような人影を見かける。
その時、父である国王にすら忘れられ、存在を知られていなかった第五王子の才覚が露になっていく。
【短編】花婿殿に姻族でサプライズしようと隠れていたら「愛することはない」って聞いたんだが。可愛い妹はあげません!
月野槐樹
ファンタジー
妹の結婚式前にサプライズをしようと姻族みんなで隠れていたら、
花婿殿が、「君を愛することはない!」と宣言してしまった。
姻族全員大騒ぎとなった
【完結】精霊に選ばれなかった私は…
まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。
しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。
選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。
選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。
貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…?
☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。