なよ竹と呼ぶには眩しすぎた

奏穏朔良

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月夜の竹

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平安の女、というものは貴族であればくそ重たい布を幾重にも重ね、纏い、臭い香ばかりを焚きつける。あーだーこーだと詩やらを諳んじ、簾の向こうで座っているだけの存在。
貴族でなくとも、藁を編み、飯を炊くだけで、少なくとも、

「竹はよろずのことに使えんだぞ。え?知らないの?」

こんな風に着物の裾をたくしあげて、竹林で暴走するような女は、この世のどこを探しても目の前のこいつくらいだろう。

あと地味に腹立つなこいつ。


****


その男は産まれた時から疎まれていた。

一応母にあたる女が嫁いだ家は代々陰陽師として名を馳せる一族で、産み落とされたその時だけは膨大な霊力に一族全員で将来は安泰だと歓喜した。

しかし、取り上げた産婆が悲鳴をあげ、皆が顔を覗きこめばそこに居たのは瞼が三つある異形の赤子。
優しく抱くはずの母に投げ捨てられ、父となるはずの男は「鬼子が生まれた!」と叫び喚いた。

術にて殺そうと思えば赤子の膨大な霊力に弾かれ、ならば物理的に殺そうと思えばそれまた膨大な霊力によって弾き返される。

殺せないが、育てもしない。いつか飢えて死ぬのを望まれ蔵に押し込まれた赤子はその膨大な霊力のおかげかスクスクと育っていった。

ただまあ、蔵から出れば石を投げられ、蔑まれ、罵声を浴びせられるのは非常につまらなく、この同じ日々を繰り返すことに、その子供は飽きてしまったのだ。

数えで六つになる頃、子供は屋敷にいる一族を殺して回った。
一族の者共は陰陽師として札や呪具、刀まで持ち出して術を唱えていたが、そんなもの、片っ端から霊力で押し潰してやる。

修行を続け練り上げた技たちが、ただの霊力の塊に負け、絶望に歪む陰陽師のその顔を見た時、初めて子供は心が動くのを感じた。

歓喜。
興奮。
快感。

見下し蔑まれていた者に無様に蹂躙され絶望に歪むその顔よ!ああ、なんて素晴らしいことか!

そして、残虐の限りを尽くし、女も男も関係なく一族を一人残さず殺したその子供は、『三ツ目鬼みつめき』と呼ばれ、陰陽寮から討伐対象として触れを出される、極悪非道の悪鬼となったのだ。


****


鬼女がいる。

そんな噂を京の都で耳にした三ツ目鬼は、久々に楽しめるかもしれない、と噂を頼りにとある竹の生い茂る奥地まで赴いていた。

既に生まれて十六を超えた三ツ目鬼は最近の陰陽師との戦いに飽きてしまっていた。

近頃三ツ目鬼を倒そうと向かってくる陰陽師は弱い者ばかり、戦いがいのないやつらばかりで、只人など以ての外。憂さ晴らしに虐殺の限りを尽くしても、所詮は憂さ晴らし。

もっと心が高揚して楽しくて楽しくて堪らない命のやり取りをしたいと言うのに、そんな相手一切現れやしない。

だからこそ、鬼女という到底人とは思えない女がとある山奥に住んでいるという噂を聞いた時、珍しく三ツ目鬼はわくわくしていた。

一体どんな人ならざる者だろうか。どれほど強いだろうか。
女、と付くのであれば見目は女なのだろう。ギリギリの殺し合いを楽しんだ後に嬲り犯して蹂躙するのもいいかもしれない、とまだ見ぬ敵にニンマリとその口角を上げた。

しかし、そんな三ツ目鬼の目の前に現れたのが

「こちら私有地につき立ち入り禁止でぇす!!!」

と、竹馬に乗りながら走ってきた金髪の女である。そう、冒頭部分に出てきた頭のおかしい女である。

「……は?」

しかもこの竹馬無駄に高い。
突然の情報量の多い目の前の光景に流石の三ツ目鬼も動きが止まった。

しかし、すぐに「なんだこのガキ。腹立つ殺そう。」となった三ツ目鬼は霊力を纏わせた鋭い爪を振り落とした。

「ほっ。」

ところがこの女、軽い掛け声と共にすぐさま竹馬から飛び降り、隣の竹から竹へスルスルと移動していくでは無いか。

無惨に割れた竹馬だけを残し、バカにしたような高笑いをしながら、竹を移動していく猿のような女に青筋が立つ。

殺す。あいつは絶対殺す。

そう心に決意して、何故か

「おっしゃ、三ツ鬼。今日は猪食おうぜ。取ってこいよ。」
「貴様、今日という今日は殺すぞ。あと俺はミツキじゃなくてミツメキだと言ってるだらうが。」
「長いんだよお前の名前。」
「一文字しか違わんだろうが!!」

かれこれ半年ほど経過していた。

この金髪の女は背が高いばかりで霊力のれの字も知らなければ陰陽師や妖の事もしらない、凡人だった。

その倭国とは思えない色合いの容姿から鬼女、と呼ばれていただけで、本当にただの凡人だったのだ。こんなに頭おかしいのに。

そんな凡人である目の前の女を何故自分が殺せないのかが、三ツ目鬼は不思議で不思議で仕方がなかった。
だが、如何せんこの女。馬鹿すぎるのだ。
あと竹林との相性が最悪。

女どころか男でもそんなことしないだろうということを平気でしでかすこいつの馬鹿さに、自ら殺すのを見送ったこともあるが、それ以前にあのつるつるした表面の竹を上手いこと器用に渡り登るこの女、なんと三ツ目鬼から逃げ仰せたのだ。

「平安といやぁ、竹取物語!そう、竹取の翁も言っていた!竹は萬の事に使えるんだ~!!」なんて訳の分からないことを言いながら、竹を右往左往渡り駆ける。

最早こいつが妖だ。
流石の三ツ目鬼も少し引いた。

そんなこんなで、殺せずに半年。
既に三ツ目鬼も「この女次は何しでかすんだろうなぁ。」くらいの気持ちになっており、殺すよりも「次はどんな馬鹿をやらかすか」をご近所と賭けするくらいには馴染んでいた。むしろ馴染み過ぎである。こいつ一応指名手配中の鬼だというのに。

まあ、簡単に言ってしまえばあまりの馬鹿さに絆されてしまった三ツ目鬼はこの女の家にちょくちょく遊びに来るようになった。

だが、令和ならまだしもこの世は平安。
女の元にわざわざ通いつめるなど、男が女を娶りたいと言っているのと同義。

もちろん、三ツ目鬼にそんなつもりはなかったが、ご近所さんという名の老夫婦がそれはそれはお節介を焼いた。

容姿の違いから村を弾き出された女は山奥の竹林の中で暮らしている。
そんな女にも麓に住むこの老夫婦は何かと気にかけ、女と三ツ目鬼の元を訪れていた。

そして、とうとう三ツ目鬼に「ほれ、餅を用意してやったから夜這いしてこい。」と三日の餅を手渡すほど。そいつ、全国の陰陽師に指名手配食らっている悪鬼だぞ。命知らずにも程がある。
ちなみに三ツ目鬼と女の奇行の賭けをするのもこの爺ちゃんだ。

そもそもこの老夫婦、そろって目が悪かったため、女の容姿も「なんかキラキラしてるわねぇ。」で済まし、目の多い三ツ目鬼も目じゃなく身長を見て「体が大きいのねぇ。」で済ましたので一周まわって恐ろしい。

「おい、三日の餅は儀式の3日後だろ。」
「んなもん、お貴族さまじゃねぇんだし、適当適当。さっさと食わせて娶っちまいな。」

頑張れよ~なんてほけほけ笑って山を降りていく爺になぜだか三ツ目鬼も毒気を抜かれてしまう。

(だが、あの女が床でどうなるか……想像が出来ないな。)

それならば鳴かせてみるのもまた一興か、とその日のうちに三ツ目鬼は行動を起こした。

愛しているのかと言われれば鼻で笑っただろうが、少なくとも致した後に殺さない程度には情もあった。

なけなしの、ほんのちょっぴりと、だが。

予想外にも女があっさり受け入れたこともあり、こうして晴れて夫婦になった2人。
とは言っても特に何かが変わるわけでもなく、三ツ目鬼はぶらりと消えれば人を殺して帰ってくるし、女は女で竹林大暴走ヒャッハー!していた。

まあ、そんな距離感が何となく心地よかったのだろう。

「あ、三ツ鬼おかえり~。これ息子な。」
「元いた場所に戻してこい。」

だが、そこに第三者を簡単に容認するほど、三ツ目鬼は温厚ではない。骨のある陰陽師と戦い、気分が良かった今日でなければ間違いなく二人とも殺していただろう。

「この子、三ツ鬼を殺せるくらい強くなると思うからさぁー。」

なんてあっけらかんという女に、は?とイラつきを隠さずに三ツ目鬼は返した。
年頃は10を迎えるかそこらだろうか。
ギッと睨みつける三ツ目鬼に怯え、女の足に縋り付く子供。
確かに、女の言う通り子供は、その辺の陰陽師などとは比べ物にならないほど優れた霊力を持っていた。

だが、何故それをこの霊力のれの字も知らないような女がわかったのか。
未だに妖の類も見えている様子もないし、と内心首をひねっていると、

「顔がそんな感じ。なんか凄いの使えそう。」
「貴様顔で判断したのか。」
「名前はさっき付けた。一月ひづきな。」
「勝手につけるな馬鹿者。」

ああ、やっぱりこいつ何も分かってないな、と三ツ目鬼はどこか安心した。いつも通り、こいつは馬鹿だ。

(……まあ、育てて殺し合いするのもありか。)

これだけの霊力なら育てばそれなりの陰陽師となるだろう。

近頃、自分と渡り合える陰陽師が少なくなっていた三ツ目鬼にとって、自分とギリギリの殺し合いができる人間が増えてくれるのならば、それはそれで歓迎だ。

だが、それを分かったように言う女の顔に腹が立つのは変わらないので、その日の夜は手酷く抱き潰しておいた。

「これ次男な。」
「貴様は学習できない猿なのか?」
「そんな褒めんなよ。」
「殺すぞ。」

翌週、女の家に行けばまた子供が増えていた。最初の餓鬼よりも二つばかり下だろうか。
しかも、こいつも中々に霊力の多い、将来有望そうな餓鬼だった。

「なんか、こう私の竹の勘が告げている。強くなりそうって。」
「なんだ竹の勘とは。阿呆にも程があるだろ。」

うんうんとひとり満足そうに頷く女に、三ツ目鬼は最早怒る気も起きなくなってしまった。

名前は二月につきと付けていた。
安直すぎる。

そしてまた翌週。既に嫌な予感がしている三ツ目鬼は少し早めに家へと帰った。が、時すでに遅し。

「おかえりー、ほいよ、三男な。」
「……はぁぁー。」
「強くなりそうでしょ?」
「……勘か?」
「うん。」

ひと月に満たない間に何故か三児の父になってしまった三ツ目鬼は、とうとう突っ込むのを放棄した。
本気で殺してやろうか、と思ったが、この三男もまたとんでもない量の霊力をもった人間だったので、今のうちに楽しみを潰すのもつまらない。

女だけを殺してもいいが、母を殺せば、こいつらは逃げるか無謀に立ち向かい育つ前に死ぬだろう。それはそれでもっとつまらない。

「名前は四月しづきね。」

などと三ツ目鬼の気も知らず呑気に話を続ける女。

「お前は数もまともに数えられんのか。壱、弐とくれば次は参だろうが。」

そんな女に呆れたように目を向ける三ツ目鬼に対して、女はきょとりと目を丸くし、こてりと首を傾げた。

「何言ってんのお前。」

と心底訳が分からないという声色に、ピキリと三ツ目鬼のこめかみに青筋が浮かぶ。
しかし、

「参はお前でしょ?三ツ鬼。」
「……は?」

「あ、そうだ。あとお腹に子供出来た。」
「……は??」

イラついていた三ツ目鬼にあっけらかんとそう告げた女。当然のようにその輪に男を受け入れる女。

その顔はすでに女と言うより母であった。

「この子の名前は三ツ鬼が付けてよ。」
「はぁ?何故この俺が……」
「んじゃ、宜しく~。」
「話を聞け。」

相変わらずの様子で三ツ目鬼を振り回すこの女に、思わず三ツ目鬼の手が伸びた。

殺そうと思ったのか、触れようと思ったのかわからない。ただ、訳の分からない衝動がその腕を動かした。

それをするりと己の腹に誘導したのは女本人だった。

「三ツ鬼に似た息子かなぁ。」

まだ動きもしない、本当に中身があるかも分からない薄い腹を触らせ、そうケラケラ笑う目の前の女に、

「……阿呆が。」

不思議と殺そうと思う気持ちが湧かなかった。


****


女の悪阻が思ったより酷かった。
ただでさえ少ない飯すら喉を通さなくなり、無理やり食わせても戻してしまう。

(こいつはこんなにも脆い生き物だったか……?)

常に竹林大暴走しているイメージしかない三ツ目鬼にとって悪阻でやつれ、大人しい女が何とも気持ち悪かった。

「おい、おやじ。なんか精のつくもん、取ってこいよ。」
「生意気に育ちおって。殺すぞ。」
「おれ強いもーん。」

すっかり家に馴染んだ餓鬼共も、自分を父親として認めていることも、余計に気持ち悪かった。
三ツ目鬼は生まれた時から疎まれ、迫害され、そして奇異の目を向けられ生きてきた。血の繋がった家族こそ、一番に自分を疎んだ。

だからこそ、その家族としての括りに自分が紛れ混んでいることが、何とも気持ち悪い。不思議で仕方がない。

だが、自分が腕を振りあげれば終わるそれを、何故か壊すことが出来なかった。

「……名前、か。」

女は本気で俺に四児の名前を付けされるつもりらしい。はっ、と鼻で笑った三ツ目鬼は、生意気な長男と次男をその場に転がし、逃げようとしていた幼い三男も転がしてから、奥の竹林へと消えていった。

その日は雉鍋だった。


****


認めよう。
ここまで来たら認めてしまおう。

少なくとも三ツ目鬼は、あの女の隣が心地よかったのだ。

己の、少ない人間らしい部分が頭を擡げ、そして

「……おい、何故死んでいる。」

簡単に崩れ落ちてしまった。



もうすぐ臨月だろう、と近所の婆はそう言っていた。だいぶ腹も膨らみ、その腹に耳を付ければ、動いている音がわかったほど。悪阻も最初の酷さはなりを潜め、食欲もだいぶ回復していた。

だから、一日くらいいいだろう、と上二人を連れて、京の都へと向かった。
三ツ目鬼の容姿は目立つ。京となれば、陰陽師もあちこちにいるだろう。少し鬱陶しいが伸ばした前髪を三つ目の目に被せ、更に布を被った。

幼子が生まれるなら、何かと物がいる。
殺した人間から奪った金はたんまりとあるし、少し肌触りのいい布地を買ってやろう。赤子の肌はあまりにも柔く、脆いからな、と長男次男を荷物持ちに、次から次へと必要なものを買っていく。
でんでん太鼓などなにが面白いか分からんが、赤子は喜ぶらしいのでそれも買っておいた。

だが、

「お、おやじ……!か、かあさんの魂の繋がり切れた……!」

顔面を蒼白にし震える長男の言葉に、三ツ目鬼は即座に走り出した。

置いていけば女がうるさいので仕方なく上二人を抱えて、京の都を飛び出し、女のいる山へと急ぐ。

長男、一月はそこら辺の陰陽師よりも、魂の感知に優れていた。そういった霊視に特に優れ、遠くにいる妖や術にも反応が出来る。

それが故、女の身に何かあったことは間違いなかった。

多少のことなら、家に置いてきた三男がどうにかできる。幼いとはいえ三ツ目鬼が期待できるほどの霊力を持つ子供だ。
あの女だってただの柔な女ではない。あいつなら竹を振り回してどうにかするだろう。

それなのに、胸の奥でぐちゃぐちゃとした嫌な予感がこびりついて離れない。

いつも通り見慣れた竹林。
騒がしい鳥も虫も今日は酷く静かで、揺らす風すらありやしない。

その静まり返った竹林を抜けた先、目の前の静かな家の戸を開けるのが酷く恐ろしい。

戸を開けなくても血の匂いが三ツ目鬼の鼻を伝う。
何度も何度も嗅いだ、慣れたあの鉄の匂いが。

「母さん!四月!」
「母さん!」

ガタリと建付けの悪いその戸を開ければ、すぐさま上二人が駆け寄った。

血溜まりの中に、池に浮かぶ葉のように、二人は倒れている。

女は三男を抱え込むように息絶えていた。

三男は、死にかけていたが、死んではいなかった。
恐らく自らの霊力で応戦したのだろう。下っ端が二人、土間で死んでいた。

三男まで死なせたら、女がうるさいから、なんて言い訳じみた事を思いながら、己の霊力を変換し治癒霊術を施す。

ただ女に施しても、遺体が綺麗になるばかりで、その沼のように濁った目が澄むことはなかった。

滅多刺しだった。
恐らく腹の子にも刃が通っていただろう。

柄にもなく、名前を考えたこの腹の子も、死んでしまった。

ああ、そうだ。
この家族ごっこが、いつの間にか自分は大切になってしまったのだろう。

認める。
認めてやる。

だから、

「……おい、何故死んでいる。」

責任をとって、俺と生きろ。

「何故勝手に死んでいる。」

お前がここに置いていったのだろう。
この気持ち悪い。ぬるま湯のような家族とやらを。

お前が作ったんだろう。人を勝手に巻き込んで。
こんな、陽だまりのような家庭とやらを。


自分の中の人間だった部分が簡単に崩れて、壊れて、死んで。

その後どうなったかなど覚えてやしない。

山を吹き飛ばし、陰陽師を片っ端から殺したのだろう。

気づけば目の前には右腕の欠けた長男と左目の潰れた次男。そして頭から血を流し泣きじゃくる三男がいた。

荒れ野と成り果て、数多の屍の転がるそこで、歴戦の陰陽師共にすら止めることの出来なかった己を、幼子三人は止めて見せた。我を忘れ暴走の果てに真の鬼となった父を正気に戻してみせた。

酷く洗練され、幼子とは思えぬその霊力を三人で練り上げ、作り上げた霊術の鎖は、三ツ目鬼の身体をギチギチと締め上げる。

そして、片腕の欠けた長男が深く息を吸い込んだかと思えば、

「母さんとの思い出の家まで吹き飛ばすなよ!キレるなら京のど真ん中でやれよ馬鹿親父!!」

なんて、数多の屍の転がるこの場で、まるで酒を飲んで暴れる父親に外で暴れろと叱るかのようなその言い草。

「そうだよ!どれが母さんの仇かわかんなくなっちゃったじゃんか!親父が全部ぐちゃぐちゃにするから!!」

次男に至っては部屋を散らかして!と叱る母親のような口ぶり。お前この惨状見えてないのか??

「僕が母さん守れなかったからぁぁあ……!ごめんなさいぃ……!怒らないでぇ……!」

まさかの三男、お前これただ怒ってるだけだと思ってる?俺正真正銘の化け物になってるのに?人沢山死んでるのに???

「……フフフ……ハハッ……アーッハハハハーッ!」

この頭のおかしさ、そりゃそうだ!お前たちはの子供だもんなぁ!

と、三ツ目鬼は耐えきれず大口を開けて笑い始めた。
それに「え、なんかめっちゃ親父笑いだした……怖っ……」と長男は顔をしかめる。

そうだ、こいつらは俺の子。

頭のおかしい俺と頭のおかしいあの女の子供。

「他の有象無象がどうなろうが知ったことねぇが、お前らだけは駄目だよなぁ……」

ぽつりとこぼした三ツ目鬼の言葉に、長男一月は僅かに目を見開き、「親父……?」と不安げにその瞳を揺らした。

そして、

「子供が押さえ込んでいる!今のうちに討て!!」
「あの悪鬼を討つんだ!」

と、陰陽師どもの増援や失っていた気を取り戻した者達が、どんどんと三ツ目鬼に向かって札や術を向け始める。

それに「ま、待てよ!元はと言えばお前らが母さんを……!」と次男二月が声を上げたところで、三ツ目鬼は

「あぁあ!まさか天下の悪鬼この三ツ目鬼がこのような陰陽師の餓鬼にやられるとはなぁ!」

わざと大声を張り上げ次男の言葉をかき消す。
何かを察した長男の顔がくしゃりと歪んだ。

「しかし!京に名を馳せたこの悪鬼!餓鬼にやられようなぞ我慢ならん!!」

三ツ目鬼は人を殺しすぎた。
家族を知るには遅すぎた。

そして今日、女を守れなかったように、いつか三ツ目鬼の存在が原因で子供を殺すかもしれない。

ああ、それだけは、それだけは許せない。

「ならば、潔く散ってみせようぞ。」

「やだ、やだよぉ……!とぉちゃん……!」

縋るように三男が手を伸ばした。
馬鹿者め。集中を乱せば霊術は脆くなるというのに。

次男もふるりと顔を振る。嫌だとその顔を歪める。

長男は、ただ、歪んだ顔で三ツ目鬼を見つめる。

三ツ目鬼は三人を順に見やって、フッと口角を上げた。

三ツ目鬼に父親がなんたるかはわからない。自分の父親は唾をまき散らし怒鳴り散らし、自分を滅多打ちにするだけの存在だった。

今だって、父親としてこの行動が正しいとは思わない。結局は子供たちへこの先を丸投げしているに過ぎない。 

ただ、それでも

「お前たちは人として生きろ。」

未来その先を願うことくらいはこの化け物にも許されるだろうか。

きっと、三ツ目の悪鬼を討ち取った英雄として、その霊力もあって陰陽寮にて将来を保証されるだろう。

「あぁ!こんな子供にやられるとは口惜しい!!」

己の霊力を体内で暴走させ、その身を弾けさせる。
どうか、悪鬼三ツ目鬼よ、この場で死ね。己の手で、どうかこのまま死ね。

子供たちの未来のために、どうか。

己の血が零れた。泣き叫ぶ三人の声が響く。
誰の手に討たれることなく、己の手で逝け。

舞った首の先に、託した子供未来が見えた。



三ツ目鬼は女と同じところには行けない。
女は、あの女は頭はおかしかったが、人を殺すことも傷つけることもなかった。

あの女は地獄には堕ちない。

でも、三ツ目鬼は間違いなく地獄だ。地獄の業火に焼かれ堕ちる。

それだけの事をした。
わかっている。わかっているけれど、一目でいい。今際の夢でいい。

あの金の髪に今一度、指を梳かしたかった。

「……ああ、結局、」

あいつに子供の名前を伝えてやることも、出来なかった。


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