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アロンとカロン

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「う~ん……」

朝から雨が降り続く日の昼過ぎ。
外に出ることもできず、暇を弄んでいた私は我が家にある書庫の中で気になる本を読み始めると頭を悩ませてしまう。

物語的には8歳の私でもわかりやすいお話なのだけど、内容の所々が意味がわからなくて話が読み進められない。



「どうしたのカロリーナ? 本を読みながらそんな難しい顔をして」
「アローン⁉︎ あれ? 今日来る日だった?」
「ううん。本来なら今日は船場に行く予定だったんだけど、朝からこの雨だからね。父が予定を変更したんだ」

そう言いながらアローンは私の隣に座る。
アローンはいつも人との距離感が近い。
肩と肩が触れ合いそうな近さに私はドキドキしてしまう。

「で、カロリーナは何をそんなに難しい顔をしていたの?その本そんなに難しい?」
「ううん。お話は単純な冒険物で難しくないんだけど……」

私は物語のページをアローンに開いて見せる。

「この物語の主人公の名前はロベルトとなっているのに、みんな彼の事を“ベル“って呼んでいるの。それに相棒の名前もサムスンなのに“サムス“って……どれが本当の名前なのかしら?」

私が頭をひねるとアローンはフフっと微笑んで「あぁ」と納得したような顔をする。

「それは愛称だね」

アローンはそう言って私から本を取って背表紙を確認する。

「これはマキタイ王国の本だ。この国……マキシマス王国では浸透していないけど、マキタイ王国やその他の国では親しい人のみが呼べる“愛称“というものがあるんだよ」

「あい……しょう?」

「うん。家族や恋人、友人しか呼べない特別な名前だよ」

特別な名前?
親しい人しか呼べない自分の名前?

「何それっ素敵っっ‼︎‼︎」
「マキシマス王国では中々愛称呼びをしている人は少ないからね。カロリーナが戸惑ってしまうのも仕方ないよ」

アローンは私に本を返しながらニッコリと笑いながら言う。
私はその本を胸に抱えると良いことを思いついた。

「ねぇアローン。私達も愛称呼びしましょうよ」
「えっ⁉︎」

私の提案にアローンは一瞬驚いたように目を見開くけど、すぐに優しい笑顔を見せてくれる。


「いいね。じゃあどういう愛称にしようか?」

「そうね‼︎ アローンは……ア、ア……ん? ロン? ロー……難しいわ」

私が懸命に考えていると、アローンは私のヒラリと溢れた髪をサッと治してくれる。

「カロリーナはカロンかな?」
「カロン?」

空色の青い瞳にジッと見つめられて私のドキドキは急加速する。

「うん。響きが可愛いから、ピッタリじゃない?」

「じゃあ……アローンはアロンね」

私が笑いながら言うと、アローンも嬉しそうに笑ってくれる。

「“アロン“に“カロン“か……いいね」
「なんだか響きがそっくりで兄妹みたい。フフ……」
「カロンと兄妹なんていやだな」
「えー。でも私もアロンと兄妹なんて嫌だな……だって……」

“兄妹だったら結婚できないじゃない“と言いそうになって私は思わず口をつぐむ。

「だって?」
「ううん。なんでもない。じゃあこの愛称は私達2人の呼び方ね。他の誰にも呼ばせないでね。アロン」
「カロンもね」

私達は両手繋いでコツンと額を合わせる。
約束をする時の私達の合図。


2人で笑い合っているとメイドが私達を探しに来た。

メイドに連れられてアロンの父親であるエルドさんとお父様がいる応接室に入ると2人は穏やかな表情で話し合いをしていた。

本当にこの2人は仲がいい。
私にとってエルドさんと自分のお父様が仲が良いことはとても嬉しい事だった。


「父さん」

アロンが声をかけると、エルドさんはこちらを向いてニッコリと笑う。

「おっ。来たか。アローンこれから雨がひどくなりそうだからそろそろ失礼するぞ」

「わかりました。じゃあ、カロン、またね」
「うん。アロン、またね」

私達が愛称を言いあう姿を見てエルドさんとお父様は目を見開く。

「なんだ。お前達。仲が良いとは思っていたがとうとう愛称呼びを始めたのか?」

「カロン……カロンか。良いね私もこれからカロ…「だめぇぇぇぇぇぇ」

私が急に大声をあげるから部屋にいた全員がびっくりした表情で私を見る。

「私を“カロン“と呼んで良いのはアロンだけっ‼︎アロンを“アロン“と呼んで良いのは私だけなのっ。いくらお父様でも絶対にだめなのっっ」


私がプンプンになって言うと隣にいたアロンはプッと笑う。
お父様とエルドさんは驚きの表情をして固まっている。


「そう言う事ですので……伯爵。申し訳ありません」

アロンが喜びを隠せない状態でそういうと、エルドさんとお父様は顔を見合わせて少し複雑な顔をした。


そんな2人を見て、私とアロンも顔を見合わせて笑ってしまった。




アロンも私もその時の2人の複雑な表情の本当の理由を知るのはそれから2年以上先のことだった。
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