異世界王子の年上シンデレラ

夏目みや

文字の大きさ
1 / 17
1巻

1-1

しおりを挟む




   プロローグ


「リカ、今日の夕食は一緒に取ろう」
「ええ、わかったわ」

 私がそう答えると、エドワードははじけるような笑みを浮かべ、瞳を輝かせる。
 ここ、ランスロード国は、豊かな自然と鉱山などの資源に恵まれ、アスランという神を強く信仰しているのどかな国だ。近隣諸国とも友好的な関係を築いている。
 彼、エドワードは、この国の第一王子だ。
 彼と過ごす時間は楽しくて、私は充実した毎日を送っていた。

「リカと一緒に食べる夕食は、すごく美味おいしく感じる」

 急に真面目な顔になってつぶやくエドワード。私は、クスリと笑う。

「そんなことを言って、いつも一緒に食べているじゃない」

 すると、彼は照れたように頬を染める。

「だって、本当のことだから」

 真っ直ぐに私を見つめて甘い台詞せりふを吐く彼に、視線を向けた。
 髪は、光が当たると天使の輪が浮かぶ、長めのブロンド。
 瞳の色は晴れた空を思わせるスカイブルー。
 目の前に座る彼は、誰もが見とれてしまうほどの美貌を持っている。

「リカ、湯あみを終えたらすぐに寝室に来て。いつもみたいに同じベッドで眠ろう」

 胸がキュンとするような言葉を、微笑みながら告げてくる彼。
 こんな彼が私の旦那様だなんて、いまだに信じられない。


 ただし彼はまだ、十一歳なのだけどね――



   第一章 召喚された花嫁


 私の名前は田中里香たなかりか。十九歳の日本人だ。
 1LDKのアパートに住み、バイトに明け暮れる日々を送る、世間一般でいうところのフリーター。
 そんな私は、朝起きるとまずはスケジュールを確認するのが習慣になっている。
 今朝も、起きてすぐにスマホを手にして確認をはじめた。

「今日は五日だから、シフトは早番か」

 そうつぶやいたあと、スマホをベッドの脇に置き、しぶしぶ起き上がって洗面台へ向かう。
 ああ、もう少し寝ていたい。だけど、ここで二度寝を決め込んだら確実に遅刻してしまう。起こしてくれる家族がいないのだから、ベッドの誘惑に負けてはいけない。
 バシャバシャと豪快な水しぶきを上げ、顔を洗う。冷たい水で洗うと、目が覚めてきた。そうして用意しておいたタオルで水気をき、化粧水で肌を整える。

「よし、今日も一日頑張ろう」

 目の前の鏡を見つめながら、自分に気合を入れるのも、習慣の一つだった。
 顔を洗ったら、食事の準備だ。食パン二枚をトースターで焼いている間、ベーコンと目玉焼きを用意する。そこに野菜ジュースを添えれば、簡単な朝食のでき上がりだ。

「いただきます」

 ご飯を食べる時は、両手を合わせてお行儀よく。それが、両親からの教えだった。
 ああ、そうそう忘れちゃいけない。朝食を食べる前に、机に飾っている小さな写真たてにお水を用意しよう。
 コップに水を入れて写真たての前に置き、私は両手を合わせる。
 この写真の中で笑っている二人が、私の両親だ。優しかった二人は二年前、不慮ふりょの事故でこの世を去った。それ以来、私はずっと一人暮らしをしている。寂しくないと言えば嘘になるけれど、そう感じている時間がないほどバイトをみっちり入れ、忙しい日々を過ごしていた。

「私ね、来月からバイトの時給が少しだけ上がるんだ」

 ほこらしい気持ちで両親へ報告をしてから、朝食を食べる。

「ごちそうさまでした」

 ふと机にある置き時計を見れば、バイトの時間がせまっている。
 慌てて食後のコーヒーを飲み干した。あと三十分早く起きれば、もう少し時間の余裕があったとわかってはいるけれど、実行するとなるといつも難しい。
 使った食器を台所に持っていき、時間がないので洗い物は後回し! とりあえず、水につけておく。ずぼらなやり方だけど、怒る人は誰もいない。
 私は部屋着を脱ぎ捨て、部屋に干してあったシャツを羽織はおり、ジーンズに穿き替える。
 歯を磨いたあと、簡単な薄化粧をして、髪をクシで整えたら、準備は終了。あとはバイト先へ向かうのみだ。
 出かける前に、洗面台の鏡で全身を確認する。一応、レストランのウェイトレスという客商売なので最低限は気を使わないとね。
 鏡に映るのは、いつもの私。首を傾げて笑みを浮かべてみれば、鏡の中の私も同じ動作をする。
 そこで、ふと異変を感じた。
 肌がけている……?
 目をらしてみたところ、私の背後にある洗濯ラックが鏡に映っていた。透明感のある肌には憧れるけど、これじゃけすぎだって! いったい、どうしちゃったの!?

「なによ……これ!!」

 意味がわからず恐怖に震えはじめた時、意識が途切れた。


 ――周囲が騒がしい。
 そう感じた私は目を閉じたまま、ピクリと眉を動かす。
 背中が冷たく感じるのはどうして? まるで、固い床の上に倒れているみたいだ。そして、なにか大事なことを忘れているような……
 その時、ハッとした。

「バイトに遅刻するっ!」

 くわっと目を見開くと、周囲に数名の人がいて、皆が私を見下ろしていた。床に寝そべった状態で囲まれていたことに度胆どぎもを抜かれてしまう。
 ちょ、ちょっと待って、ここはどこ!?

「なっ……!!」

 身の危険を感じ、慌てて上半身を起こした瞬間、ひたいに衝撃が走る。どうやら起き上がった時になにかとぶつかったのか、ひたいが痛い。
 私が急に起き上がったことにより、取り囲む人たちが離れた。私は床にいつくばって部屋のすみまでいくと、壁に背をつける。
 そこで改めて周囲を見回す。
 ロウソクが灯された薄暗い部屋は、だいぶ広かった。だけど、窓が一つもない。床下にはゲームでしか見たことがないような魔法陣が描かれていた。しかも、それがほのかに光っている。魔法陣の近くには、ガラス細工の小瓶がいくつも転がっていた。
 目の前に広がる異様な風景に、私は目を見張る。これは夢なの?
 ごくりと息を呑み、室内の人間の数を確認した。
 一人、二人――四人もいる。彼らはいったい、なにをしていたのだろう。
 おまけに彼らは皆、普通の服ではなく、白い長衣を羽織はおっていた。まるでゲームの神官が着るような服だ。
 暗くてよく見えないが、一様にりの深い顔立ちをしている。髪の色はブロンドやら茶色やら様々だ。
 皆、うろたえた表情をしている。

「まさか本当に現れるとは――」

 ふいに、一人が口を開いた。聞こえてきた言葉に、私は衝撃を受ける。なぜなら、それは日本語ではなかったからだ。その上、私が知っているどの言葉とも違うらしく、イントネーションなどにも全く聞き覚えがない。
 だけど、どうして言われた内容を理解できるのだろう。どこの言葉かもわからないのに、脳内ですぐさま変換されるのだ。

「あ、あなたたちは誰!?」

 私が言葉を発したことにより、周囲にどよめきが走った。
 だが、私自身が一番驚いている。
 私の口から出た言葉は日本語ではなかった。それに気づき、さらにパニックになってしまう。
 なにこれ!? どうなってるの? 私は日本語しか話せないのに!
 その時、一人の男性が進み出た。恐怖で体がビクッと震える。私はなにをされるのだろう。
 前に立ったのは、五十歳ぐらいの男性だった。彼は私のおびえた様子を見て、困ったように微笑する。

「大丈夫です。落ち着いて下さい」

 これが落ち着いていられるか!
 叫びたいけど、緊張して声が出ない。口をパクパクと開けるだけになってしまった。

「あなたの身の安全は保障します。まずは事情を説明しましょう」

 そう言った男性は、周囲の人間とは少し違う長衣を羽織はおっている。白い服の胸元には大きく金の刺繍ししゅうほどこされていた。もしかして、この中で一番偉い人なのかもしれない。そう思いながら、男性の顔を見つめた。
 白髪しらがまじりの黒髪の男性の顔には、深いしわが刻まれている。優しげな眼差しが、私を真正面に捉えていた。
 そんな彼の高い鼻から、一筋の血が流れている。
 それを見て、先ほどひたいに感じた衝撃は、彼の顔面とぶつかったせいだったのだと理解した。
 やばいよ、鼻血を噴かせちゃったよ!

「急いで上に報告を」

 男性が遠巻きに見ている周囲の人間にそう伝えると、それを聞いた一人が慌てて部屋から出ていった。男性は続けて、他の皆に部屋から出るように指示する。
 命じられた人たちは逆らうことなく、部屋のすみにあった扉から出ていった。
 皆が出ていき、優しげな男性と二人っきりになると、ほんの少しだけ緊張がやわらいだ。でも、まだ油断はできない。

おびえないで下さい。あなたに危害を加えることはありません」

 男性は私の目の前にひざをつき、視線を合わせてきた。
 そして白い衣が汚れることを気にする様子もなく言葉を続ける。

「私はレオンといいまして、ランスロード国の神官をしています」
「ラ、ランスロード……?」

 聞きなれない横文字に、私は首を傾げた。

「ええ、ランスロード国です。ここに、あなたは召喚されました。床に描かれた魔法陣はそのためのものです」

 そこで視線を床に向けると、先ほどまで青白い光をはなっていた魔法陣の光が消えていた。

「そ、それって――」

 まさかの異世界召喚!?
 ごくりとのどを鳴らし、恐る恐る口を開いた私に、レオンと名乗った男性は微笑む。

「あなたには、この国で暮らしていただくことになります。ようこそ、ランスロード国へ。あなたの出現に、国中が歓喜に包まれるでしょう」

 私は間髪かんはついれずに叫んだ。

「嘘でしょう!? な、なにしているの。わ、わ、私を帰して下さい!」

 はい、わかりましたと納得できるか!
 そもそも私の人権は無視? 勝手に連れてくるなんて、拉致らちじゃないか!

「申し訳ありません。まずは落ち着いて下さい」
「無理! いきなりこんなところに連れて来た事情を説明して!!」

 レオンさんは興奮状態の私をしばらく見つめていたけれど、急に立ち上がる。

「まずはこの部屋から出ましょう」

 彼はそう言って手を差し伸べてきた。だが、私は即座に首を横に振る。

「いえ、自分で歩けます」

 知らない人に甘えてはいけないと、その手を取らずに自分で立ち上がった。

「こちらへお願いします」

 レオンさんにうながされるまま薄暗い部屋から出ると、上に続く長く急な階段があった。高い場所にある窓から光が差し、そのまぶしさに目を閉じる。
 階段を上り切った先にある扉を開くと、視界に廊下が飛び込んできた。
 広い廊下には、濃い緑の絨毯じゅうたんが敷き詰められている。壁際には高そうな花瓶が一定間隔で置かれ、豪華な花々が飾られていた。いくつもつらなる窓は、すべてがピカピカだ。
 ここは、とんでもない金持ちのお屋敷なの? 恐れをなした私は、足を止める。

「ついて来て下さい」

 だがそんな私にはお構いなしで、レオンさんはさらに進む。
 いったい、どこへ行くつもりなんだろう。信用してついて行ってもいいもの? だが、迷っていても、どうしようもない。彼のあとをついて行くしかないので、再び歩き出した。
 そのまま豪華な一室へと通される。すると、そこには侍女らしい格好をした女性数名が待ち構えていた。彼女たちは私の格好を見て、眉をひそめる。あ、すみません、私の普段着はジーンズなんです……
 レオンさんが退出したかと思うと、侍女の皆が一丸となって、手早く私の服を脱がしはじめる。驚いて抵抗したけれど、無駄だった。そして、なぜかドレスに身を包むこととなった。
 ドレスは可憐かれん清楚せいそな印象で、薄くけるチュール素材の生地に、小花の刺繍ししゅうとビーズがい付けられている。純白のため、ウェディングドレスを思わせた。
 次に、髪を高くい上げられ、薄化粧までほどこされた。いったい、どこのお姫様なんだ、と言いたくなるくらい気合を入れすぎだ。もしや、こんな重苦しい格好が普段着なの!?
 鏡に映る自分の姿に呆然としていると、扉がノックされ、レオンさんが入室してくる。

「準備が整いましたね」

 そう言った彼は、人払いをした。私は、まだ混乱中だ。

「そう言えば、お名前を聞いていませんでした」

 レオンさんの言葉に、私は戸惑いつつ答える。

「た、田中里香です。リカと呼んで下さい」
「リカ様ですね」
「それで、わ、私はいつごろ帰れるのでしょうか……?」

 そうよ、こんなドレスを着て『わー素敵』なんて呑気に思っているひまはない。早々に帰してくれ。
 でも、レオンさんは首を横に振る。

「まずはこの国の王に会っていただきたい」
「えっ」

 今、王って言った!? やたらお金持ちそうだと思ったけれど、ここはお城なの!?
 逃げ腰になっていると、レオンさんがかしてくる。

「リカ様、行きましょう。召喚が成功したと聞き、王はあなたに会うのを待ちわびています」

 ちょっと待って、諸々もろもろ質問があるのだけど!
 しかし、レオンさんは待ってくれず、強引に連行された。どこをどう歩いたのか、やがて豪華な装飾がほどこされた立派な扉前へ辿り着く。
 その扉が開いた先には、赤い絨毯じゅうたんが長々と敷かれていた。それが続く先を視線で追えば、周囲より一段高くなっている王座が目に入る。
 そこに腰かけている人物に気づき、私は目を見開いた。
 あの人が、きっと王だ。彼の王者らしいオーラは遠目でもわかるほどだった。緊張で思わず後ずさる。

「あの、王は私をどうするつもりですか?」

 もしかして処罰されたり? 急に不安になって、レオンさんに小声でたずねた。

「それは、これから王の口から聞かされると思います」

 そう答えたレオンさんは早く進めと言わんばかりにかしてくるけれど、私はこの空間にただよう空気に圧倒されて足が動かない。

「リカ様、我が王は慈悲深いお方です。決してあなたに危害を加えたりはしないと約束いたします」

 レオンさんの言葉のおかげで少しだけ落ち着いた私は、深呼吸をして前を向き、足を踏み出す。
 ふかふかの絨毯じゅうたんを踏みしめながら足を進め、王の前まで近づくと、隣を歩いていたレオンさんが足を止めた。そして、その場で片膝かたひざをついて頭を下げる。私も急いで足を止めたけれど、これって同じようにしゃがんでひざをつけばいいのかしら?
 見よう見まねで彼と同じ動作をしようとこころみたものの、このドレスではしゃがみ込んだら最後、自力で立ち上がるのは難しそうだ。絶対、裾を踏んでしまう。
 困惑したまま、立ち尽くして王座へ顔を向ける。すると、王と視線がぶつかった。
 茶色の髪は白髪しらがまじりで、りの深い顔にしわが深く刻み込まれている。整った造りの美形で、瞳は深い青だ。
 立派な顎髭あごひげやし、威厳いげんを感じさせる風貌ながら、その眼差しには優しさを感じた。黒で縁取ふちどりされた真紅しんくのマントも、さまになっている。年齢はレオンさんと同じ、五十歳ぐらいだろうか。
 じっと見ていると、レオンさんにドレスの裾を引っ張られ、我に返った。
 彼は続けて、目で合図を送ってくる。
 けれど、その意図が読めない私は、怪訝けげんな顔をしてレオンさんを見つめた。すると、ますます焦るレオンさん。そんな表情を向けられても、困ってしまう。

「レオン、堅苦しい挨拶あいさつを強要せずともよいから、早く紹介してくれ」

 その時、王座から笑いを含んだ低い声が聞こえた。
 それに、レオンさんが答える。

「王、召喚の儀式が無事に成功しましたことをご報告いたしましょう。自分の口からこのような報告ができたことを、喜ばしく思います。ひとえにこれは、王の日頃の善行を神が見ておられ――」
「ああ、いいから、レオン! 堅苦しい挨拶あいさつは抜きだと言っただろう」

 じれったくてたまらない様子の王は私を視界に入れ、改めて口を開いた。

「よくぞ我がランスロード国へ舞い下りてくれた、心から歓迎しよう!! 私はこのランスロード国の国王、アーサー・カドリックだ。そちの名前はなんという?」
「リ、リカです。は、はじめまして、王様」

 ドキドキしながら返答すると、王は豪快に笑う。

「そうかしこまらないでくれ。私たちはこれから長い付き合いになるのだから」
「な、長い付き合いってどうしてですか?」
「レオンから聞いていないのか?」

 そこで王はレオンさんに視線を向けた。レオンさんはその意図を読んだらしく、答える。

「はい、私から事情を説明するより、王の口から聞く方が説得力があると思いましたので」
「そうか、では私から説明するとしよう」

 そう言ったあと、王は軽く咳払いをして語りはじめた。

「ランスロード国の王族には、代々行われている儀式がある」

 王が真剣な表情になり、緊張が走る。私は話を聞き逃さぬよう背筋を伸ばし、耳を傾けた。

「その儀式というのが、花嫁召喚だ」

 花嫁召喚? 聞きなれない言葉に、思わず首を傾げる。

はるか昔、この国は内乱が続き、すさんでいた時代があった。そんな時、国をなんとか救う手立てはないものかと、力を持つ神官たちがわらにもすがる思いで召喚の術を行ったのだ。そこで一人の女性が現れた。人々は彼女を神から遣わされた女性だと喜びうやまった。その女性が王族の一人と恋に落ち、神の権威けんいと国が結びついたことで王家の威光が高まり、内乱が治まり国は繁栄した。それ以来、神に選ばれた女性が現れるのを願い、代々花嫁召喚が行われている」

 なんだか難しい話を聞かされて、ますます混乱する。

「花嫁召喚は何百年と続く、王族の重要な儀式だ。だが、あくまでも形式上のもので、実際に花嫁が召喚されたことは数百年前に一度だけだと聞いている。まさか本当に現れるとは誰もが思っていなかった」

 説明する王の顔をじっと見つめた。それが私と、どう関係するのだろう。考えていると、横からも声が聞こえた。

「だからこそ今回の花嫁出現に、誰もが驚きました」

 レオンさんが真っ直ぐに見つめるのは、私だ。

「それが、私とどう関係が……?」

 なんとなく嫌な予感があるけれど、認めたくない。恐る恐る切り出せば、王が微笑んだ。

「そう聞いてもらえると、話が早い。私の息子と結婚してくれ」
「は!?」

 無礼は承知で、首をぶんぶんと横に振り、大声を上げた。

「む、無理です!」
「リカ、君こそが神アスランが我々に遣わした花嫁だ。こうやってリカが現れたことには、神のなんらかの意図があるのだろう」
「いえいえいえ!! できませんよ!!」

 いきなり結婚しろとか、無理に決まっている。それに相手の顔だって知らないし! この王様の息子だっていうのだから、美形間違いなしだと思うけど、そんな簡単に決めていい話ではないはずだ。
 拒否をつらぬく私に、王が言いつのる。

「もう一つ事情があるのだ。ここ最近、王子の花嫁の座を巡って、国内の有力貴族の間で小競こぜいが起きている。それが派閥争いにまで発展しそうな勢いになっていた。国内で争いが起きると国が荒れるので、王として黙って見ているわけにもいかず、頭を悩ませていたのだ」
「そ、それは、そちらの事情では……」

 そんなお国事情は、正直私には関係ないと思う。

「だが、儀式によって花嫁が現れた。神の意思であれば反対の意を唱えるものはいないだろう。我が国は神への信仰があついのでな」
「いや、ですからね――」

 ちょっと私の話も聞いて下さいよ。勝手に納得している様子だけど、私は認めていませんから。

「では、リカ。神殿の間へ行ってくれ。レオン、案内を頼む」
「はい」

 王に礼儀正しく頭を下げるレオンさんだけど、私はパニックだ。

「え、ど、どこへ行くのですか!?」
「さあ、リカ様。急いで行きましょう」
「だからどこへ行くのですか~~!?」

 叫ぶ私は、レオンさんに連れ出されたのだった。


 広い回廊かいろうを、レオンさんに手を取られて進む。その間、彼は王の意図について説明してくれた。

「王は明るく振る舞っておられますが、実際、王子の花嫁を巡る争いについて悩んでおいでです。だからこそ急いで結婚させて、リカ様の立場を守ろうと考えておられるのでしょう」
「立場とは?」
「王子であらせられるエドワード様の花嫁になりたいと望む者は大勢います。それこそリカ様を蹴落けおとしても……と考えるやからもいないとは言い切れません。この結婚は、リカ様の立場を確かなものにするためです」

 なんだか申し訳ない気持ちになる。空気を読まずにいきなり現れてごめんなさい……って、違うでしょ!?
 むしろ、勝手に呼びつけてなに言っているの!? そうだ、私には怒る権利がある。

「レオンさん、私に拒否権はないのですか?」
「この結婚によって、衣食住を確保できると考えてはくれませんか?」
「え、でも……」

 それを聞いて不安になる。結婚を拒否したら、はいさようなら、とばかりに外に放り出さないわよね? 聞いてみたいけれど、聞くのが怖い。

「私は、元の世界に帰りたいんです」

 そして他の女性を改めて召喚するといい。王子様との結婚に憧れている女性は、大勢いるはずだ。

「それは私の権限では決められないのです。申し訳ありません」

 レオンさんの発言に、ガクッと肩を落とした。じゃあ、誰が権限を持っているの?
 先ほど会った王様にはもちろん権限があるのだろうけど、簡単にうなずくとは思えない。では、王に次ぐ権力者で、思いつくのは――
 そう考えつつ、レオンさんに質問してみる。

「王子様とは、どんなお方ですか?」
「エドワード王子は、王の若い頃そのままのお姿をしています」

 それは、美形確実じゃないか! そんな人物がいきなり私を差し出され、『この、のっぺりと薄い顔をした人物が、あなたの花嫁ですよ』と言われたって、納得するとは到底思えない。


しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

側妃は捨てられましたので

なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」 現王、ランドルフが呟いた言葉。 周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。 ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。 別の女性を正妃として迎え入れた。 裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。 あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。 だが、彼を止める事は誰にも出来ず。 廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。 王妃として教育を受けて、側妃にされ 廃妃となった彼女。 その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。 実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。 それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。 屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。 ただコソコソと身を隠すつもりはない。 私を軽んじて。 捨てた彼らに自身の価値を示すため。 捨てられたのは、どちらか……。 後悔するのはどちらかを示すために。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。