1 / 25
第1話 『恵みの聖女』
しおりを挟む「もう忙しいったらないわ。明日からまた仕事なのよ」
「わたくしも。四聖女というのも楽じゃないですわね」
「……あら。忙しいのは、三聖女の間違いではなくって?」
「「確かに」」
くすくすと笑う他の四聖女たちは、明らかに馬鹿にした目でクラリスを見ている。けれど、クラリスは努めてにこやかに嫌味を受け流した。
「おかげさまで、のんびりとした聖宮生活を送らせてもらっていますよ。皆さんは、お忙しいようで大変ですねえ」
途端に他の四聖女たちの顔が、つまらなそうな表情になる。いじめ甲斐のない女だと思っているのだろう。ふん、と鼻を鳴らしてその場を立ち去っていく。
「あんな魔力があるかも分からない聖女、なんのためにいるのかしら」
うち一人の聖女の言葉が耳に届いたが、クラリスは気にすることなく、他の四聖女たちとは反対方向へとすたすたと歩き出した。
(魔力があるかも分からない、ねえ)
魔力というのは己と同等か格下でなければ、正確に魔力量を推し量れない。圧倒的な魔力差があれば、ほとんど感じ取れなくなる。……というのは、今では知られていない情報らしい。
クラリスからしたら、あんたらの魔力の方があるかも分からないほど弱い、と突っ込みたいところだが、それを口にしたら顰蹙を買うこと間違いなしだ。面倒臭くなるので言わない。
――四聖女。
それは、ここシムディア王国を繁栄させてきた四人の聖女たちのことを指す。天魔法を使える『気象の聖女』、治癒魔法を使える『癒しの聖女』、地魔法を使える『肥沃の聖女』、そして緑魔法を使える『恵みの聖女』。
クラリスは『恵みの聖女』なのだが……緑豊かなシムディアでは、緑魔法が活躍することはなく。そのため他の四聖女たちと違ってやることがないため、教団では無価値な聖女として認知されている。他の四聖女たちが馬鹿にした目で見るのもそのためだ。まあ、彼女たちはみんな高貴なお嬢様なので、クラリスが平民出身だから見下しているというのもあるだろう。
(ちょっと散歩に出ただけなのに、まさかあの人たちと鉢合わせするなんてねえ。運がないというか、なんというか)
一国を繁栄させてきた素晴らしい能力を持つ聖女といっても、人格までは立派とはいかないらしい。少なくとも、今代の聖女たちは率直に言って性格が悪いの一言に尽きる。
いちいち彼女たちの言葉を真に受けるほどクラリスは純粋無垢ではないが、それでも気分がいいかと聞かれたら否と言わざるを得ない。気分転換するための散歩だったのに水を差された。
教団の敷地内を歩いて聖宮の一つ――クラリスにあてがわれている緑宮へ戻ると、そこには果樹や作物が瑞々しく実っている畑などの緑豊かな景色が出迎えた。すべて、クラリスが緑魔法を使って作った庭だ。
りんごの木からりんごを一つ手に取り、かじりつきながら緑宮の中へと戻る。他の四聖女たちと違って迎えてくれる宮女はいない――無価値な『恵みの聖女』に回す人件費がもったいないということらしい――が、一人が好きなクラリスにとっては快適だった。
りんごをぺろりと食べてから、寝台に寝転がる。ふかふかだ。
(はあ、幸せ……)
他の四聖女たちからの嫌味には辟易とさせられるが、それでも働かずとも毎日三食食べられて、さらに昼寝付きの生活というのは最高だ。
このままずっと、こんなまったりとした生活が続くのだろうと思っていた。この聖宮で生涯を終えるのだろうと。
ゆえに翌日、教皇に呼び出されて告げられた言葉に、クラリスは絶句するしかなかった。
「タ、タナルの王子に嫁げ、とおっしゃるのですか」
タナルとはシムディアとは海を隔てた大陸にある小国で、様々な理由から砂漠化が進んでいる荒れ地の国だ。その第一王子サイードに嫁げ、と教皇は言うのだ。
「お前を養う金がもったいないからな。荒れ地の国なら、お前の能力も少しは活かせるだろう。聖女らしく世に尽くしながら生きることだ」
「………」
「半月後、タナルから迎えがくる。それまでに準備しておけ。話は以上だ。聖宮に戻れ」
「……分かりました」
肩を落とし、すごすごと部屋を後にするクラリス。嘘だろう、冗談だろう、と頭の中は焦りでいっぱいだった。
(三食昼寝付きの生活が……!)
手放さなければならないというのか、今の生活を。
第一王子といったら次期国王。次期国王に嫁ぐということは、将来的に王妃となること。王妃になんてなったら……三食は食べられるだろうが、今のような昼寝付きののんびりとした生活を送れるとは思えない。
それに聖女らしく世に尽くして生きろ、だと。
(もう忙しなく働かされるのはうんざりなんだけど……)
遥か遠い昔の記憶に思いを馳せつつ、教皇の命令とあらば仕方ない。クラリスは緑宮に戻って旅支度を整えるのだった。
応援ありがとうございます!
25
お気に入りに追加
1,122
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる