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第21話 公太子来訪1

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「大事ではなかったようで、安心しました」

 目の前で柔らかく笑むのは、エザラだ。
 イーデンが後宮を去ってから十日ほど後のこと。ライリーはエザラからお茶会に招かれて、青薔薇宮の庭にいた。

「体調を崩されたというから、心配していたんですよ」
「そう、だったんですか。ご心配をおかけしてすみません。でも、この通り元気ですから」

 ライバル(建前上)の身を案じるなんて、エザラはやはりいい人だ。改めて思いつつ、ライリーは温かい紅茶が注がれたティーカップを持ち上げる。

「エザラ殿下は、あれからお変わりなく?」
「はい。青薔薇宮での生活にも慣れました。ライリー殿下は……すっかり、陛下のご寵愛を受けていらっしゃるようで」

 ライリーは、飲んでいた紅茶を吹き出しそうになった。寵愛って。いやまぁ、否定はできないが、エザラの耳にまで入っているというのは恥ずかしい。

「あ、あはは……そんなことは」
「ライバルとしては、一歩リードされているようで悔しいですが。『氷狼王』と呼ばれる陛下が誰かに思いを傾けるようになったというのは、喜ばしい変化かもしれませんね」

 いい人だ。
 めちゃくちゃいい人だ。
 まだ十代後半なのに、こんな人格者が存在するのかよ、というくらいに。

(美人で、性格もいいなんて、非の打ち所がないじゃん)

 エザラの人柄を知ったら、セオだってきっとエザラを選ぶだろう。今はただ、エザラと関わりが少ないから、エザラの魅力に気付いていないだけで。
 そうだ。ライリーはいつか必ず、冷遇王婿ライフを送ることになるのだ。元々、それを望んでいたのだから、待ち遠しいくらい喜ばしいことのはず。
 ……それなのに。

『もし何か悩んでいるのなら、頼ってほしい。力になれることがあるかもしれない』

 あの日、セオに言われた言葉と、ライリーの手に重ねられたセオの手の温もりが、忘れられない。本当にライリーのことを心配してくれているのだと、伝わってきたから。
 けれど、その優しさもいつかなくなってしまうのだと思うと、胸がちくりと痛む。
 セオは「愛している」と何度もライリーに愛の睦言を囁くが、近い将来もし手の平返しされた時。その時、ライリーはどう思うのだろう。性行為三昧から解放されてよかった、と晴れ晴れとした気持ちになれるだろうか。

(……って、今はエザラ殿下と話してるんだった)

 はっとして、セオのことは頭の片隅に追いやる。今はエザラとのお茶会を楽しまなければ。
 というわけで、エザラと他愛のない雑談を交わしていると、エザラはふと思い出したように話を変えた。

「そういえば、ライリー殿下。来週ですね。ルエニア公国から大公陛下や公太子殿下たちがいらっしゃるのは」
「え?」

 聞き返してしまったのは、全く知らない情報だったからだ。
 ルエニア公国。元はゼフィリア王国の一部だった、小さな公国だ。ゼフィリア王国と西のカシェート帝国との間に存在し、緩衝材の役目を果たしている。
 その、ルエニア公国から、ルエニア大公やルエニア公太子がゼフィリア王国にくる。寝耳に水だ。聞いていない。
 ライリーの顔からそのことを察したのだろう。エザラは驚いた顔をしていた。

「陛下から聞いていらしていなかったんですか?」
「……はい」

 セオの奴め。どうして、ライリーには教えていないのだ。ライリーだって王婿なのに。
 エザラは困ったように眉をハの字にした。

「おそらく、ですが。体調を崩されていた時期と、かぶっていたからかもしれませんね。ゆっくり休むよう気を遣われていたのでは」

 エザラの心優しいフォローは、的を射ているかもしれない。あの頃はイーデンのことで思い悩んでいたし、負担をかけまいと伝えていなかっただけなのかもしれない。
 ――でも。

(エザラ殿下の下には顔を出して、伝えたのか……)

 エザラとてセオの王婿。むしろ、放置して全く顔を出さない方が問題だ。それは分かっている。けれど、どうにも胸にモヤモヤとしたものが広がる。

(伝えに行ったついでに抱いた、とか……あるのかな)

 二人とて夫夫なのだから、愛し合うことになんの問題もない。というか、五年後には子を授かってもらわねばならないのだから、レスであることの方が困る。
 それでも……なんなんだろう。この胸のモヤモヤは。

「ライリー殿下?」

 名を呼ばれて、はっと我に返る。
 ライリーは努めて笑みを取り繕った。

「あ、すみません。実はまだ本調子ではなくて……ちょっと、ぼぅっとしてしました」

 丸っきり嘘のわけだが、人のいいエザラはあっさり信じて気遣わしげな顔になった。

「大丈夫ですか? 病み上がりですのに、お誘いしてすみません。どうぞ、赤薔薇宮に戻ってゆっくり休まれて下さい」
「……そう、ですね。そうします。お茶会はまたお誘いいただけたら嬉しいです」

 ライリーは椅子から立ち上がり、誘ってもらった感謝の意を述べてから、同行していたトマスを連れてその場を後にした。
 赤薔薇宮への帰路につきながら、トマスに話を振る。

「トマスさんはご存知でしたか。ルエニア公国からの来賓のこと」
「いえ……私はただの侍従ですから。ですが、来週いらっしゃるということは、そろそろライリー様にもお話されることでしょう。その、エザラ殿下よりも聞くのが遅くなったことは、あまり気にされない方がよろしいかと」

 まるで、ライリーの心中を見透かしたような言葉だ。もしや、エザラから話を聞いた時の複雑な思いが顔に出ていたのだろうか。

「……ありがとうございます。トマスさん」

 それだけ言って、ライリーは道を進む。
 トマスの言う通りだ。何を複雑に思う必要がある。セオとエザラの関係が良好なのなら、喜ばしいことじゃないか。
 五年後に世継ぎを産むのは、エザラなのだから。

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