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第23話 公太子来訪3

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「え? 公太子殿下は、ウチに泊まる?」

 翌朝。ライリーは朝食を食べながら、目を瞬かせた。
 目の前に席に座っているのは、セオだ。今日は珍しく、朝起きても王城に戻っていなかったのだ。なんでも、今日の午前中は政務を休むことにしていたのだそうな。

「ああ。ルエニア公の意向だ。身分の近い同世代と社交させたいのだと。ライリーの許可なく承諾してしまってすまない」
「それは別にいいけど……ってことは、公太子殿下もオメガなのか?」

 さすがにアルファかベータなら、後宮に滞在させないだろう。というライリーの考えはその通りのようで、ルエニア公太子はオメガなのだとセオは答えた。

「年は私よりも二つ上だ。人柄までは分からないが……まぁ、ライリーたちならば上手く応対できるだろう。よろしく頼む」
「分かった」

 こういった外交も、王婿の務めだ。しっかりと役目を果たさなければ。
 正直、青薔薇宮の方がよかったのではないかと思わないでもないが、ライリーの方がエザラよりも一つ年上なのだ。ここは年上の意地を見せるところだ。
 そんなやる気が伝わったのかは知らないが、セオは微笑ましげに笑む。

「ありがとう。だが、あまり気負わなくていいから。ライリーなら大丈夫だ」
「う、うん」

 優しい笑みにどきりとした。が、気のせいだと思うことにした。別にセオのことなんて好きじゃないのだから、と自身に言い聞かせる。
 ――ともかく、そういうわけで。
 その翌週、ルエニア公国からルエニア大公たちが遠路はるばるやってきた。到着したのは、日が傾き始めた頃だった。

「ようこそ、いらっしゃいました。わたくし、セオ陛下の側婿であるライリーと申します」

 後宮の門のところでルエニア公太子を出迎え、名乗る。
 こちらはにこやかにしているのだが、ルエニア公太子は……憮然とした顔をしていた。整った容貌をしているのに、愛想のなさがそれをぶち壊している。

「僕はアレックス・ルエニア。知っての通り、ルエニア公太子だ。それから」

 アレックスは、背後に控えている護衛騎士に目を向けた。こちらの男性は、三十代半ばくらいだろうか。ライリーの視線を受けて、恭しく一礼した。

「こっちが僕の護衛騎士のルカ。連れてはきたが、もちろん宮殿内には立ち入らせないから、心配しないでくれ」
「ありがとうございます。では、ルカさんは私の護衛騎士団の営所で寝泊まりしていただきましょう。ではお二人とも、私が住まう赤薔薇宮までご案内いたします」

 後宮の敷地は広いので、一番近い赤薔薇宮まででも徒歩で数十分ほど。到着するまで何か話を振ろうかと考えていたが、アレックスは物珍しそうに後宮内をきょろきょろ見ている。ルエニア公国の規模を考えたら、大国であるここの後宮の広さは見慣れないのかもしれない。
 会話をするよりも、後宮内の景色に釘付けのように見えたので、ライリーはあえて話しかけなかった。ただ、淡々と先頭を歩いて、赤薔薇宮まで導く。

(それにしても、アレックス殿下か。どこかで聞いたことがあるような……)

 ルエニア公国のアレックス公太子。貴族学校の授業で名前を聞いたのかもしれないと思いつつも、この感覚は……なんだろう。イーデンの時と似ているような。

(……もしかして、あのBL小説シリーズに登場する人か?)

 直感でそう思ったが、詳しくは思い出せない。だが、本編にルエニア公国という国は出ていなかったと思うので、外伝の方だろうか。
 外伝の方というと、本編の過去世界の登場人物になる。おそらく『氷狼王』セオ絡みのエピソードで登場する人物のはずだ。

(セオ絡み……うーん、なんだろ)

 よく分からないものの、弟のフィンリーに関わることでないのなら、歴史世界通りに進んでもらって一向に構わない。というか、その方が影響は少なくていいだろう。
 まぁ、詳しいことはそのうち思い出すかも、と楽観的に考えて、ライリーは思考するのをやめた。ほどなくして赤薔薇宮に辿り着き、アレックスたちに声をかける。

「アレックス殿下、ルカさん。ここが赤薔薇宮です」

 いち早く反応したのは、ルカだ。「ほう」と感嘆の声を上げた。

「美しい宮ですね。燃え盛る炎のようだ」
「ふん。我が国の宮殿だって、匠が作り上げた立派な宮だぞ」

 張り合うように言うのは、無論アレックスである。こういう時は、たとえ本気で思っていなくても、立派なところだと相槌を打つところだろうに。

(なんか、子供っぽいなぁ)

 あくまで愛国心が強すぎるがゆえの発言だろうと思うので、不快ではないが。よっぽど、自国が自慢なんだな、と微笑ましく思えるくらいだ。
 そう、これだけだったなら。

「ん? なんだ、あの畑は?」

 アレックスの目が、家庭菜園を捉える。どうして後宮に畑があるんだと怪訝な顔をするアレックスに、ライリーはけろりとして答えた。

「あれは、私が育てている家庭菜園です」
「……は?」

 アレックスは目を点にした後、――あろうことか「ぷっ」と吹き出した。

「家庭菜園だと? 王婿が? みすぼらしい趣味だな」

 ルカが慌てたように「殿下っ」と諫めるように言う。が、もう遅い。ばっちり聞いた。アレックスの言葉を。

(みすぼらしいだと!?)

 確かに王侯貴族の趣味としては珍しいものだという自覚はあるが、前例がないわけではない。そうでなくても、王婿が野菜を育てて何が悪いのだ。余計なお世話だ。

(お前だって野菜食ってんだろ!)

 そう言ってやりたいのは山々だが、下手に食ってかかって外交問題に発展しては困る。ここは大人の対応をすべきだろう。と、スルーすることにした。

「家庭菜園の野菜たちは、あくまで私たちが食べる分ですので。アレックス殿下には、もちろん高級な食材を使った料理でもてなさせていただきます。ご安心下さい」

 顔の筋肉を総動員して、笑みを作る。
 アレックスは鼻で笑った。

「ふん、そうか。分かっていればいいんだ」

 ――子供っぽい上に、高飛車な男だ。
 好きにはなれなさそうな人だと思いつつ、ライリーは努めて笑顔でアレックスを赤薔薇宮内に招き入れた。

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