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第2話 義兄の『運命の番』になってしまった件2

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 ユージスがザエノス侯爵家へ養子入りしたのは、五年ほど前のことだ。
 この異世界では、十三歳の誕生日に第二の性が判明する。オメガでさらにセトレイ殿下の『運命の番』だったフィルリートは一人っ子だったから、息子をセトレイ殿下に婿入りさせるのならザエノス侯爵家には誰か養子をもらって跡継ぎにしよう、っていう話になったんだ。それで選ばれたのが、元地方伯爵令息だけど孤児だったユージス。
 だけど、侯爵令息から見たら貧乏な家柄出身のユージスを、あの性悪令息フィルリートが快く出迎えるわけはない。嫌がらせこそしなかったものの、見下しまくっていたことはユージスにも伝わっていたことだろう。
 ――というわけなので。

「ガーデニングがしたい? そうか。勝手にしろ」

 ザエノス侯爵邸。書斎で仕事をしているユージスにお伺いを立てに向かうと、文机に腰かけたユージスはこちらをちらりとも見ずに冷たくそう返した。まるで興味もなさそうだ。
 ううむ……やはりというかなんというか、あからさまに嫌われている。当たり前だけど。背後にブリザードが吹雪いているよ。

「あ、ありがとう。じゃあ、また」

 俺は努めてにこやかに笑い、そそくさと書斎をあとにした。ただでさえで真冬で寒いのに、一緒にいたら凍死してしまう。
 はぁ……どうせ異世界転生するんなら、赤ん坊スタートで頼むよ。性悪令息から途中人格交代じゃ、ハードルが高すぎるだろ。大抵の相手が好感度マイナスからのスタートじゃん。好感度ってなんだかんだ大切だなって、しみじみと感じる今日この頃。
 ――ユージスの『運命の番』に変異して早三ヶ月。
 王都のタウンハウスからザエノス侯爵邸へ戻って、俺たちは即結婚。例によって甘々の新婚生活からは程遠いけど、一応は新婚ほやほや。一般的な結婚初夜はなかったけども。
 初夜は、俺の発情期だった。ムードの欠片もない、単なる子作り作業だったよ。愛撫も義務感からやっていますっていう感じ。

『散々、見下していた男に犯される気分はどうだ』

 返す言葉もないってああいうことを言うんだなって。いや、お前を見下していたのは前人格であって、俺じゃないと主張したいのは山々だったけど、前世がどうだの異世界転生がどうだの、話したところで信じてもらえるわけがない。むしろ、婚約破棄されたショックで頭がおかしくなったのかもしれないと思われそうで。
 愛情のない冷たい性行為を、俺は甘んじて受け入れるほかなかった。
 だったら結婚しなきゃよかったじゃん、って突っ込まれるかもしれないけど。この婚姻は、ユージスだけじゃなく俺にもメリットがあるんだよ。

「……早く、子どもが欲しいなぁ」

 廊下を歩きながら、口からこぼれ出る本音。
 そう、俺は子どもが欲しいんだ。だって、前世で授かっていなかったし、そもそも授かれない身だったから、今世ではとにかく子どもが欲しい。だから、子どもが確実にできることが分かっているユージスとの結婚は、悪い話じゃないんだ。
 夫からの愛? そんなものはいらないよ。期待もしていない。好感度マイナススタートだからっていうんじゃなく、そもそも俺はもう誰とも恋愛したくない。
 だってさ。仮にユージスが俺に想いを寄せてきたとしても、それは『跡継ぎを産んでくれるオメガ』だからだろ?
 所詮、『愛』なんてまやかしだ。前世の件でつくづくそう思った。
 冷遇生活ならどんとこい、だ。俺だって子どもさえ授かれたら、ユージスのことなんてどうでもいい。裏で愛人を囲ってもいいし、なんなら第二夫人を娶ったっていい。
 俺には、未来の我が子がいてくれたらそれでいいんだ。




「え? 培養土が欲しい?」
「はい。屋敷の前でガーデニングをしたいんです」

 ザエノス侯爵邸の外へ出て、俺が話しているのは年若い庭師だ。素朴な顔立ちが、戸惑ったような表情を浮かべる。

「ガーデニング、ですか? 私が手入れしているこの庭園では、満足できませんか」

 えっ! い、いや、違うよ!
 俺は慌てて釈明した。

「そ、そういう意味じゃありません。もちろん、この美しい庭園には日々癒されています。そういう意味ではなくて、私が個人的にお世話をして育てたいんです」

 前世では、お花屋さんに勤めていた俺だ。お花そのものはもちろん、お花に関わる作業全般が好きなんだ。子どもを産むまではどうせ毎日暇だし、趣味を楽しみたいなって。

「ははあ、花のお世話を。フィルリート様も、花が好きなんですか?」
「ええ、もちろん。お花っていいですよね。様々な色や匂いがしますし、その一つ一つはどれもが違う。お花を見飽きることなんてありません。永遠に鑑賞できます」

 持論を展開すると、庭師は仲間を見つけたと言わんばかりに目を輝かせた。「さすがフィルリート様、よく分かっていらっしゃる!」なんて声を弾ませてきて、そのまま俺たちはお花トークで盛り上がった。あ、いい友人になれそう。
 しばし談笑したあと、俺は念願の培養土をゲットした。上機嫌で屋敷の前――といっても、きちんと日当たりのいい場所にプランターを並べていき、培養土を敷き詰めていく。
 種を蒔くお花は、カレンデュラ。耐寒性が強く、オレンジなど暖色系の色見が多いお花だ。開花期が長くて、今からなら三月か四月に咲くと思う。
 カレンデュラのお花は薬用ハーブとしても使えていいけど、誰かに贈る時は要注意だ。なにせ、花言葉は悲しいものばかりだから……。『悲嘆』とか『失望』とか。
 でも、『失望』か。恋愛というものに『失望』したって意味なら、今の俺のぴったりのお花だな。はは。
 ま、とにかく。毎日きちんとお世話をしよう。そうすれば、お花は綺麗に咲いてくれる。
 お花っていうのは、さ。
 育て手の愛情や手間を決して裏切らないんだよ。

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