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第4話 義兄の『運命の番』になってしまった件4

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 その一件は、それで終わったと思っていた。
 でも――翌日、なんとユージスが俺の自室へやってきた。いつもは俺のことを冷ややかな眼差しで見るのに、その瞳には困惑の色がある。

「フィルリート。昨日の一件は、あなたが片付けたんだな?」

 テーブルに座ってハーブティーを飲んでいた俺。内心「うげっ」と思いながらも、すっとぼけた。

「昨日の一件、って?」
「厨房で床に紅茶やティーポットの破片が散乱した件だ。それにその時のメイドの手当てもしてくれたんだろう」

 後片付けのことは素知らぬふりができるけど、メイドさんの手当てのことは否定しても無意味なことか。実際にあのメイドさんから話を聞いたんだろうし。

「……だったら、なんだっていうんだ?」

 俺はユージスと視線を合わせることなく、淡々と返す。
 そうだよ。それらが俺のやったことだとして、それがどうしたっていうんだ。別にどうでもいいことだろ。なんでわざわざ俺の下へ確認しにくるんだよ。
 怪訝に思う俺に、ユージスはずいっと前に進み出た。

「何を企んでいる」
「え?」
「結婚してからというもの、屋敷での奇行の数々。使用人には温和で優しいわ、食事にも文句をつけることがないわ、果てに火傷をしたメイドの手当てをしてその後始末までするなんて。何か企んでいるとしか思えない」

 ……おい、奇行の数々って。紛らわしい言い方するなよ。それじゃ俺が変人みたいだろ。
 いや、ユージスから見た今の俺の行動は、前人格からしたら『奇行』になってしまうってことなのかもしれないけど。

「この屋敷を乗っ取りでもするつもりか」

 突拍子もない推理に、俺は目を丸くするしかない。大真面目な顔で言っているけど、つい吹き出してしまった。

「ぷっ、あはは。なんだそれ。そんなことするわけないだろ」
「なら、何が目的だ」

 訝しげ……というか、不気味そうな目を向けるユージス。俺はようやくその端正な顔を見つめて、口を開いた。

「セトレイ殿下の『運命の番』の立場を失い、婚約破棄された件で、ちょっとこれまでの自分を反省しただけだよ。我が身を振り返ったってやつ」
「あなたがそんな殊勝なわけが……」
「ああ、そうだな。情けは人の為ならず。結局は自分のためだよ。王太子殿下から婚約破棄された俺を好き好んで娶ってくれる男はいない。そうなると、あんたの『運命の番』っていう立場まで失くすわけにいかない。だからだ」
「……そうか。所詮は身の保身からか。ふん、あなたはそういう男だったな」

 ようやく俺の主張を納得してもらえたみたいだ。ふぅ。面倒臭い男だな、こいつ。
 好感度は最低値のままだろうけど、そんなものは気にしない。跡継ぎを授からなきゃいけないっていう思惑は一致しているわけだから、問題ないだろ。
 ユージスは身を翻した。

「失礼する。少しは見直してやるべきか考えた俺がバカだった」

 ああそうかい。お前から見直してもらったところで、別に子を授かれるわけじゃないんだから、どうでもいいっつーの。さっさと出ていけ。

「それは、それは。ごきげんよう、義兄上」
「気色の悪い呼び方をするな」

 ぴしゃりと言って、ユージスは俺の自室を出ていった。


     ◆


「あんた、火傷は大丈夫なの?」
「ええ。フィルリート様が応急処置して下さったおかげで軽く済んだわ」

 書斎へ戻る途中、そんな女性たちのやりとりが聞こえた。視線を向けると、窓の掃除をしながら、二人のメイドたちが談笑している。

「お噂と全然違ってびっくり。お優しい方じゃないの」
「そうよねぇ。私もフィルリート様の前で粗相をしてしまったことがあったのだけど、その時も優しく声をかけて下さったわ。旦那様はフィルリート様の何が気に入らないのかしら」

 ユージスは思わず足を止めた。ぴくりと片眉を上げる。……何が気に入らないのか、だと? それではまるで、ユージスの方がおかしいみたいではないか。
 ユージスがザエノス侯爵の地位を引き継いだのが、つい一年前のこと。それと同時に屋敷の使用人たちの大半が新しく入れ代わったため、古株の使用人たち以外はこれまでのフィルリートの姿を知らない。だからそんな言葉が出てくるのだ。

『思っていた通り、芋くさい顔だな』

 ユージスがザエノス侯爵家へ養子入りしてすぐ、フィルリートが開口一番に投げかけてきた言葉がそれだ。田舎の元貧乏貴族だから、芋くさいという表現を使ったんだろう。
 それからというもの、会うたびに嫌味・暴言・侮蔑のオンパレード。相手がザエノス侯爵令息じゃなければ、とっくに張り倒していただろうと思う。
 そんな仕打ちを受けてきて、嫌いになるなという方が無理な話だ。たとえ、ちょっと態度が改まったからといって許せるものでもない。
 それにその点は、所詮身の保身からくる偽善なのだ。真に心を入れ替えたわけではない。許す必要なんて全くない。
 だから、ユージスの感性がおかしいわけではない……はずだ。
 ――我慢。我慢、だ。
 跡継ぎさえ生まれたら、あとはもうフィルリートとは必要最低限の関わりでいい。昔を知らぬ使用人たちに陰で何を言われようと、気にする必要はない。
 必要なのは、フィルリートに跡継ぎの子を産んでもらうことだけなのだから。


     ◆

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