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第10話 結婚お披露目パーティーに向けて1

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「――え? 結婚お披露目パーティー?」
「そうだ。俺たちは結婚式を挙げなかっただろう。その代わりに屋敷で行う」

 ユージスの説明に、寝台に腰かけている俺は「へぇ」と興味なさげに相槌を打った。っていうか、本当に興味がない。俺たちが結婚したことをお披露目するパーティーなんて。
 とはいえ、今の俺は侯爵夫人。おおやけの場では、きちんとそれらしく振る舞わないと。

「いつ?」
「秋だ。三ヶ月ほど先のことになる」
「そっか。分かったよ」

 王侯貴族を招くパーティーなんて肩が凝るけど、仕方ない。結婚式を挙げなかったのは、俺がユージスと誓いのキスをするのがなんとなく嫌で固辞したからだ。表向きは、税収を節制すべきだろうって理屈をこねて。
 そういえば、その時もユージスは怪訝そうな顔をしていたっけ。でも、ユージスも俺と結婚式なんて挙げたくなかったんだろうな、深く突っ込まれることはなく。同意してもらう形で決まったことだ。結局、フィルリートとしてのファーストキスは、つい先日ユージスに奪われたわけだけども。
 今思い返しても、あれは謎の行動だった。仮に俺がオルヴァさんに恋心を抱いていたとしたら、お前からのキスごときで心が揺れ動くわけがないだろって突っ込みしかできない。
 ともかく――会話に一区切りついたところで、俺はそろりと隣に座るユージスを見上げた。実は今日、俺は発情期なんだよ。だから、ユージスはこうして俺の自室へやってきたわけなんだけど……おかしいんだよな。一向に事に及ぶ気配がない。
 いや、違う。性行為をする気はありそうだけど、また俺に対して妙に緊張している雰囲気を放っている感じ。一体なんなんだ?

「……フィルリート。その、この間の件だが」

 言いづらそうに切り出すユージス。
 んん? この間の件って、クローゼットドンからのキスをしてきた話か?
 もしかして、変なことをして悪かったっていう謝罪かと思ったら、微妙に違った。

「強引な真似をしてすまなかった。あの時は、自分の気持ちを抑えきれなかった。あなたを庭師に奪われたくなかったんだ」
「……?」

 えーっと、そんなに俺に跡取りを産んでほしいのか? 別に『運命の番』である俺じゃなくても、お前の子どもを産める人は他にいるだろうに。確実に孕めるのが俺っていうだけで。
 なんでそんなに俺に固執してるんだろ。まぁ、子どもが欲しい俺からしたら、ユージスと子作りできるのはありがたいことなんだけどさ。
 うーん、よく分からないけど……とりあえず、跡取りを産みたいアピールはきちんとしておこう。
 俺は、真っ直ぐユージスの目を見つめた。

「俺が結婚したのはあんただ。あんた以外の男は眼中にない」

 繰り返しになるけど、お前が相手なら確実に孕めることが分かっているからな。
 きっぱりと言うと、ユージスの顔がなんだか安堵したものに変わった。俺には都合がいいとはいえ、どんだけ俺に跡取りを産んでほしいんだ? 俺を嫌っているこいつ目線で考えると、ちょっと不可解なような……?
 内心首を捻る俺に対し、ユージスは僅かに頬を緩めた。

「ありがとう。フィルリート」
「わっ」

 ぐいっと力強いながらも優しく抱き締められて、俺はただただ困惑。な、なんか、優しくなり始めたぞ。怖いっていうか、ひたすら不気味だ。
 ……って、ああそうか。俺は一人自己完結した。
 跡取りを産む予定の俺を絶対に逃したくないから、優しくしてやらないとっていう考えなんだろう、多分。だからどんだけ俺に固執してるんだよ、お前は。

「一生、大切にするから」
「えっと、う、うん……」

 塩対応からの激甘対応。こいつの魂胆は見え透いているけど、気付かないふりをして受け入れておいた方が得策……か? 下手に機嫌を損ねて、子作り放棄されたら困る。
 っていう流れで、さも当然のようにキスをされてから、俺は寝台に押し倒された。で、そのまま性行為コース。もちろん、性行為中も激甘対応だった。
 ええと、ひとってここまでキャラ変できるもんなんだな……。


     ◆


「――以上だ。任せたぞ」

 フィルリートとの結婚お披露目パーティーの仕事をミリマに一任すると、ミリマは了承しつつも不思議そうな顔だった。

「お披露目パーティーをやるなんて、急にどうしたの? やるつもりなかったんでしょ」

 書斎の文机に座っているユージスは、書類をまとめながら一言だけ返した。

「気が変わった」

 ミリマの眉間にしわが寄る。

「その理由を聞いているんだけど?」
「経緯を説明すると、少しややこしいんだ。ただ……そうだな。以前、お前が言っていたように、フィルリートは変わったのだと判断したからだ」

 ユージスが勘違いのボケコンボをかましてしまった薔薇の花束の一件。
 あの時、フィルリートは庭師のオルヴァのことを『ガーデニング仲間』と口にした。使用人ではなく、『仲間』だと。
 それはオルヴァのことを対等な相手だと思っているからに他ならない。使用人を格下のゴミとでも思っていそうな態度だった以前のフィルリートから、口では身の保身と言いつつ確かに変化していたのだと、ユージスもやっと気付いたのだ。
 ならば、侯爵夫人として周囲にきちんと紹介しよう。そう考え、結婚お披露目パーティーを開催することを決めた。
 断じて、フィルリートへの独占欲からではない。ユージスとてそこまで恋愛脳ではない。いや、フィルリートに手を出すなという想いが一ミリもないとは断言できないが。

「ふぅん……そっか。まぁ、お互いに喜ばしい心境の変化だね。夫夫なんだから仲睦まじくなってくれた方が、使用人としても幼なじみとしても嬉しいよ」

 ユージスとミリマ。二人は、義兄弟のように育った幼なじみなのだ。だから幼なじみとして嬉しいというのは分かるが――。

「使用人として、とは?」
「だって、旦那様とその夫人の仲が険悪なんじゃ、屋敷の雰囲気が悪くなるから。というか、実際にギスギスしていて執事として頭を抱えていたんだよ」
「……それは悪かったな」

 思っていた以上に、不機嫌を撒き散らしてしまっていたらしい。いい大人が、幼稚な振る舞いをしてしまっていたことは恥ずかしい限りだ。

「以後は気を付ける。フィルリートとも仲良くするよう努めよう」

 淡々と宣言すると、ミリマは小さく吹き出した。

「フィルリート様のことで機嫌がいいのは、さっきから伝わってきてるよ。いいことあったんでしょ。よかったね」
「む……」

 幼なじみというのは理解者であるがゆえに、こういう時は厄介だ。


     ◆

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