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第15話 結婚お披露目パーティー2
しおりを挟む「大丈夫か」
横合いからユージスに声をかけられて、俺ははっとする。おっと、いけない。思考に気を取られ過ぎた。
「大丈夫って、何が?」
「セトレイ殿下は元婚約者だろう。あの冷たい態度に心を痛めているのではないか」
俺はきょとんとした。……心を痛める? なんで?
怪訝に思ったけど、そういえば『フィルリート』って一応セトレイ殿下のことが好きだったんだっけ。だから、親密になっていくシサラさんへ嫌がらせをしたわけだな。
なるほど。そう考えると、冷たいセトレイ殿下に傷付いていると思われてもおかしくはないのかも。こればかりは跡取りうんぬんの狙いではなく、ユージスの純粋な優しさだろう。
根本的に『フィルリート』と違っていい奴なんだよな、ユージスは。
「別に大丈夫だよ。俺はもうセトレイ殿下に気はないから。前にも言っただろ。俺が結婚したのはあんただ。あんたがいたら、それでいい」
もう何度目か分からないけど、お前が子を授からせてくれるわけなんだから。ユージスがいてくれたらそれでいいよ。
……って、あれ?
俺はふと思った。子どもが欲しいだけでユージスにも気はない。そう、すべては子どもが欲しいがため。
なんだろう……まるで『元恋人』みたいな発想をしていないか、俺。幻滅した『元恋人』と似たような考えをしているっていうか。
俺たちはお互いに利害が一致しているだけの仮面夫夫みたいなものなんだから、気にする必要はないかもしれないけど……でもなんだか、すごく最低な考え方をしている気がする。気付くのが遅いだろって感じだけど。
いやでもさ、恋愛はしたくないけど、子どもは欲しいんだ。だったら、今みたいな関係性が一番じゃん。そうだよ、最低男だって構うもんか。
俺と『元恋人』の時とは違う。俺とユージスは、ちゃんと利害が一致していて――
「フィルリート」
俺の手を包み込む温もり。ユージスの手が俺の手を握りしめたんだ。
顔を上げると、優しげな眼差しと目が合う。
「愛しているよ」
……ん? 『アイシテイル』?
アイシテイル。
あいしている。
愛している。――え!?
き、聞き間違いか? って、そうだよな。俺を嫌っているはずのユージスが俺にそんなことを言うはずがない。それともあれだ、表向きの激甘対応だろう。
お、俺を逃すまいと必死だなー、義兄上。あ、あはは。
……。……だよな?
とにもかくにも、始まった結婚お披露目パーティー。
給仕係のメイドさんが招待客みんなにドリンクを配って、ユージスもドリンク片手に挨拶をして乾杯。その後、ビュッフェ形式の食事を楽しむ招待客たちに、俺たち二人が挨拶をして回って、それが終わったら完全にフリータイム。
それぞれ食事を楽しみながら雑談に興じる招待客たちの輪に、俺は入っていけない。年齢のこともあるけど、やっぱり好感度マイナスの身で馴れ馴れしく自分から話しかけるのは憚られるっていうか。
ユージスに婿入りして屋敷に住み始めた時もそうだった。大半の使用人たちが入れ替わっていたけど、それでも俺の悪い噂を耳にしているんだと思うと、必要最低限以外の会話はできずにいたなぁ、最初の頃は。今ではよくみんなと雑談するようになったけども。
なまじ前人格の記憶があるとはいえ……図々しくなりきれないのが俺なのかもしれない。
というわけで、会場の端に置かれたビュッフェコーナーで、何かドリンクを飲もうとした時だった。背後から聞き覚えのある穏やかな声が俺の名を呼んだ。
「フィ……ザエノス侯爵夫人。お久しぶりです」
振り向くと、そこにいたのはシサラさんだった。柔らかい笑みを口元に浮かべて、その場に佇んでいる。
まさか、シサラさんから話しかけられるとは思わず、俺は内心驚いた。
「シサラさん。お久しぶりです。えっと、楽しんでおられますか」
「ええ。食事がとてもおいしくて」
ど、どうしよう。『フィルリート』が嫌がらせをしたことを謝るべきなのか? 嫌がらせをしたのは前人格の俺であって、今の俺じゃないけど……筋を通して謝罪すべきなんだろうか。
判断に迷って二の句が継げずにいる俺に対し、シサラさんは俺に近付いてきた。吐息が顔にかかるくらいの至近距離で、耳元に囁く。
「素敵な方ですね。ザエノス侯爵って」
「え?」
ユージス? 素敵かどうかはともかく、なんで急にユージスが出てくるんだ。俺の結婚相手だから褒めてる……だけ、か?
妙に緊張してしまっていると、シサラさんはくすりと笑った。
「奪っちゃおうかな」
な・ん・だ・と?
ユージスを奪う? 俺から? ――はぁあああああ!?
ちょっと待てよ! そんなことしたら、俺の子どもを授かる予定が崩れるだろ! 俺が子どもを授かった後に、ユージスの第二夫人に立候補するのはシサラさんの勝手だけど、現状で色仕掛けされたら困る!
「な、何をおっしゃって……」
内心焦る俺を、嘲笑うかのようにシサラさんは口端を持ち上げて。
「――うわっ!」
突然、後ろに倒れて尻餅をついた。俺は驚きつつも、手を差し伸べようとしたけど、
「な、何をするんですか! ザエノス侯爵夫人!」
シサラさんは大声でそう叫んだ。
俺は呆気に取られるほかない。え、え、何? 俺、何もしていないんだけど!?
理解が追いつかずにいると、シサラさんの王子様――つまり、セトレイ殿下がいち早く駆けつけた。
「シサラ! どうした!」
シサラさんの背後に片膝をつき、シサラさんの両肩を支えるセトレイ殿下。そのセトレイ殿下に、シサラさんは縋りつくように訴えた。俺を指差しながら。
「ザエノス侯爵夫人が、私を突き飛ばしたんです! ザエノス侯爵は素敵な方ですねと声をかけたら、また俺から奪う気かって怒りだして!」
…………は?
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