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第27話 新婚旅行7
しおりを挟む「え……」
ユージスを失脚? ザエノス侯爵の地位から引きずり降ろしたいってこと?
「な、なんでだよ! ユージスはいい領主じゃん!」
「どこかで気付かぬうちに恨みを買っていた、というところだろう。……全く心当たりがないわけでもない。が、それは直感の域を出ないからひとまず置いておこう」
どこまでも冷静沈着なユージスだ。いや、内心ではこれから争いが起こるだろうことに焦っているのかもしれないけど、それを顔には出さない。あわあわしている俺とは正反対だ。
「じゃ、じゃあ、どうにかここを抜け出して現カトリシア地方伯爵の下へ行こう! ユージスは無関係だって主張するんだよ。争いになる前に止めて……」
「それは難しいだろう」
「なんで!」
「もうすでに現カトリシア地方伯爵の下へは、俺が反旗を翻そうとしているという情報が伝わっているはずだ。もちろん、叔父上があえてその情報を流したはず。無関係だなんて信じてもらえるとは思えないし、何よりも単身乗り込んできたのだと警戒されて、そのまま反乱分子として処刑される未来しか見えない」
「そ、そんな……!」
じゃあもう、ユージスはザエノス侯爵の地位から引きずり降ろされるしかないってことか? いや、それだけで済むのなら多分まだマシだ。もしかしてこのままここに残っても、仮にここを抜け出せたとしても、誤解が解けない限りは処刑されることになるんじゃ……!?
そ、そんなの嫌だ! ユージスが死んじゃうなんて嫌だよ! だいたい、両想いだって分かった矢先なのにあんまりだよ、神様!
どうしたいい。どうしたらいいんだ。ユージスが助かるためにはどうしたら……!
必死に頭を回すけど、大して賢くない俺だ。腹立たしいことに何も思いつかなかった。無力な自分が本当に悔しい。
「フィルリート。このままここにいては、おそらくあなたまで口封じに殺されてしまう。それだけはなんとしてでも避けたい」
え! お、俺も殺されるのか! ……って、そうだよな。ユージスが本当は無関係で利用されただけだってことを知っているんだ。ルエルさんにとって都合が悪い存在なんだから、遅かれ早かれ口封じに殺される状況下にあるわけだ。
「だから、――あそこから逃げてほしい」
ユージスが指差したのは、天井近くの壁にある……通気口、か? 格子がはめられているけど、あれを外すことさえできたらなんとか通れそうだ。
「に、逃げてほしいって……みんなを残してできるかよ!」
みんなは口封じに殺されるのに、俺一人だけ助かる。そんな後味の悪い結末、受け入れられるか! 一人のうのうと生き延びるなんて嫌だよ!
即座に断る俺に、ユージスは諭すように言う。
「俺個人の私情を差し引いても、あなたは助からねばならないひとだ。ザエノス侯爵家の血筋を後世に残すために」
ザエノス侯爵家の血筋を残すために。
……は? ここで俺一人だけ助かった挙げ句、ユージス以外の男の人の子どもを産めっていうのか? 夫の俺に?
ユージスはあくまでザエノス侯爵家のためを思って、そう言っているのは頭では分かっている。でも、その言葉は俺の心を抉った。一言で言えば、ショックだった。
お前は……俺が他の男の人と再婚していいっていうのか? 他の男の人に抱かれてもいいっていうのか? 俺を愛してくれているんじゃなかったのかよ……!
「俺は、子どもを授かる相手は誰でもいいわけじゃないっ」
以前までは恋愛なんてしたくなくて、子どもさえ授かれたらいいって正直思っていたわけだけど。今は違う。
ユージスだ。相手がユージスだから、俺は子どもを授かりたいって改めて思っているんだ。もう誰でもいいわけじゃないんだよ。
「ユージスがいいんだ。ユージスじゃなきゃダメなんだよ…っ……」
ユージスの代わりになる相手なんていない。俺がずっと傍にいてほしいと思う相手は、ユージスなんだ。それなのに、そんな酷いことを言うな……!
「二人で……いや、みんなで助かる道を探そう! まだ時間はあるんだろ!? 最初から何もかも諦めるよりも、最期まで抗うべきだ!」
「フィルリート……だが」
「俺は一人だけ逃げるなんてことはしないからな!」
みんなが、ユージスが、口封じに殺されるっていうのなら、俺も腹をくくって一緒に殺されてやる。両親やご先祖様たちには悪いけど、ザエノス侯爵家の血筋なんて知ったことか。
たとえこの考えが間違っているものだとしても……俺は自分が後悔しない道を選びたい。人事を尽くして天命を待つ。何もせずに自分だけただ逃げることなんてしない。
挑むような眼差しでユージスを見上げると、最初こそ困った顔をするユージスだったけど、俺の意思は固いと察したんだろう。「確かに一理あるか……」と小さく呟いた。
「だがいずれにせよ、ここから抜け出さないことには何も行動できない。ひとまず、あの通気口の格子を一旦外してみよう」
「あ、そうだな」
俺はユージスに肩車をしてもらう。俺の身長は低めといっても男だし、何よりユージスの方は背丈が高いから、二人で協力すれば簡単に通気口の格子に手が届いた。
よし。ここのロックを外したら、格子を取り外せそうだ。力はあんまり必要ないかも。とりあえず、ここから抜け出すことはでき――
「あれ?」
――ガタガタッ。
と、取り外せない。よくよく見たら――うげっ、内側からもロックがかかってる! これ、内からも外からもロックを解除しないと取り外せない仕組みだ!
う、嘘だろ……?
「どうした、フィルリート」
「……ユージス、残念なお知らせだ。この格子、こっち側からだけじゃ取り外せない」
しかも、通気口内はつるつる滑りやすいような加工をしているように見える。たとえ裸足になったとしても、なんの支えもなしに上へ上っていくのは難しいんじゃないか?
万事休す、という言葉が頭に浮かんだ。
ユージスがここから逃げてほしいっていうから、てっきり楽勝だと思い込んでいたけど、どうやらそう都合よくはいかないみたいだな。
っていうか。
どうせ抜け出せないのなら、さっきのやりとりってなんだったんだろう。
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