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本編

第11話 急展開2

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「白状せい! ノア・アルバーン!」

 狭い室内にしわがれた声が大きく響き渡る。
 俺は床に膝をつかされて、すぐ目の前に険しい顔をしたヴィクター神官長が立っていた。

「貴殿がエマニュエル殿下を毒殺しようとしたのだろう! エマニュエル殿下の美しいお顔に嫉妬してな! 貴殿がエマニュエル殿下へ渡したお茶菓子に毒物が混入していたのだぞ! これ以上の動かぬ証拠があるか!」
「……私はお茶菓子など渡してはおりません」
「嘘をつくな! 宮女に買いに行かせたことは、調べがついておる! 何より、赤薔薇宮の宮女が貴殿から受け取ったと証言しておるのだ!」
「………」

 ――さて。俺が今、どういう状況なのか。
 お察しの通りだ。毒殺未遂に遭ったエマニュエル殿下に対する殺人未遂の容疑者として、ヴィクター神官長に詰問されているところだ。
 もちろん、俺はエマニュエル殿下に毒を盛ったりはしていない。正婿ルートから外れたい俺が、貴重な正婿候補者を毒殺しようとするわけがない。……とは、ちょっと言えないけど。
 うーん、どうやって濡れ衣を晴らそうか。いくら正婿ルートから外れたいと言っても、さすがに罪人ルートで処罰されるのはごめんこうむる。
 俺は力強く顔を上げた。

「何度も申し上げますが、私はエマニュエル殿下に毒を盛った犯人ではありません。よくお考え下さい。すでにジェイラス陛下から寵愛を得ている私が、何故そのようなことをしなければならないのですか」
「エマニュエル殿下に寵愛を奪われるかもしれない、と不安に駆られての犯行だろう。貴殿の容姿に対してあの美貌が相手では無理もない」
「私はジェイラス陛下からの『愛』を信じています。この顔にも愛着があります。よって、断じてそのようなことはしておりません」
「……ふん」

 かれこれ三時間も詰問しているのに一向に根を上げない俺に対して、ヴィクター神官長も疲れてきたんだろう。一旦、尋問をやめた。

「まぁ、よい。半月もすれば、エマニュエル殿下はお声を取り戻すだろう。その時に、本人から証言を聞こう。それまで貴殿は容疑者として、離宮に隔離する。今日中に荷物をまとめて離宮へ移り住め。以上だ」

 一方的に告げ、ヴィクター神官長は詰問部屋を出ていく。贅肉のついたその背中を、俺は睨みつけて見送った。
 エマニュエル殿下が毒殺未遂に遭い、その容疑が『ノア・アルバーン』にかかる。
 BL小説には存在しない展開だ。だから、誰がエマニュエル殿下に毒を盛ったか俺には分からない。……ただ、毒殺するように指示を出した人物なら見当がつく。
 ヴィクター神官長だ。ヴィクター神官長が暗殺者を使ったんだ。
 エマニュエル殿下を毒殺し、その罪を『ノア・アルバーン』にかぶせて処刑する。そういう筋書きだったに違いない。
 どうしてそう思うのか、というと。ヴィクター神官長って、実はBL小説におけるラスボス的な立ち位置のキャラなんだよ。神官長という地位にありながら過激な選民派で、平民出身の側婿が正婿につくことを快く思っていない人。
 ゆえにジェイラスが『ノア・アルバーン』を正婿にしようと決めた時、隠れ王弟を担いで謀反を起こす。まっ、当然ながらジェイラス側が勝利して『ノア・アルバーン』は正婿になり、めでたし、めでたし、で終わるんだけど。
 ちなみに隠れ王弟というのは、ジェイラスと同い年の異父弟だ。生まれてすぐ、王位争いの火種になるかもしれないと貴族の家に養子に出されていた、というキャラ。名前は……ええと、なんだっけ。ヴィクター神官長のセリフで数回出ていた気がするけど、モブも同然なんで覚えていないや。
 まぁ、ともかく。そういうわけだから、黒幕はヴィクター神官長で間違いない。黒幕が偉そうに俺に尋問しやがって。腹立たしいったらありゃしない。
 怒りを覚えながらも、俺は平静を装って詰問部屋を出た。白薔薇宮へと戻り、宮女たちに事情を話すと、宮女たちは烈火のごとく怒り狂った。

「なんて無礼な方なんでしょう! ノア様がそのようなことをされるはずがないのに!」
「まったくです! ジェイラス陛下から寵愛されているノア様に、そのようなことをする理由はありません!」
「その上、離宮に追放するなんて……! ひどすぎますよ!」
「あ、えっと、まぁ……エマニュエル殿下がお話しできるようになったら、きっと私が無実だと証言してくれますよ。みなさん、落ち着いて」

 みんな俺より怒り心頭なものだから、逆に俺は冷静になってみんなを宥めた。でも、こんなに怒ってくれるなんて、みんないい人たちだな。
 さらにみんな、俺についてきてくれると言ってくれた。でも、離宮の方が圧倒的に狭いので全員は連れていけなかった。
 庭の手入れがまったくされていない、荒れ放題の敷地の中にぽつんと佇む離宮。狭い上にボロい。なんかもう、廃墟ならぬ廃宮って感じ。
 はぁ……しばらく、こんなところに住まなきゃならないのか。ヴィクターの野郎め、とっとと悪事と本性を暴かれて処罰されろよ。
 俺の濡れ衣はエマニュエル殿下の証言で晴れるだろうにしても、ヴィクターの悪事を暴くのはジェイラスや側近たちに任せるしかない。しっかり調べさせろよ、ジェイラス。
 あ、そのジェイラスと言えば。今日は午前中から王都の街の視察に出ている。ヴィクターが俺に対して好き放題だったのは、おそらくそれが理由だ。多分、視察から戻ってきたら、臣下から話を聞いて慌てて離宮に顔を出すんじゃないかな、あいつのことだから。
 離宮で自室と決めたカビ臭い部屋で、俺は窓から青空を見上げた。
 とりあえず、エマニュエル殿下は毒殺が未遂で済んでよかったよ。貴族令息らしく毒への耐性があったのか、もしくは処置が早かったのか、あるいはその両方か。
 早く元気になってくれるのを祈るばかりだ。俺の濡れ衣を晴らしてほしいっていう思いも当然ながらあるけど。
 ……でも。
 なーんか、引っかかるんだよな。先に毒殺するのなら、エマニュエル殿下じゃなくて、ジェイラスの寵愛を受けている俺にしないか?
 だってさ、殺人の罪をかぶせて処刑しようとしても、もしかしたらジェイラスが権力を行使して罪を揉み消し、正婿にしちゃうかもしれないじゃん。そんなことをしたら、愚王と叩かれるのは必至だけども。
 どうせ、二人とも殺す予定だから、どっちがどっちでもよかったんだろって言われたら、まぁその通りなんだけど……なんか、気になるんだよなぁ。
 あれこれ考えつつ、俺はジェイラスが顔を出しにくるのを待つ他なかった。

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