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本編
第16話 バッドエンド2
しおりを挟むそれからあっという間に半年が過ぎた。
熱い夏は終わり、涼しい秋も過ぎ、寒い冬を迎えたところだ。今朝、初雪が降って、街にはうっすらと雪化粧が施されている。
「よくお似合いですよ、ノア様」
にこりと笑うのは、屋敷のメイドだ。俺は今、春の挙式で着る花婿衣装を試着しているところなんだ。
ありがとうございます、と俺は努めてはにかんだ。だけど、心中では陰鬱で仕方なかった。
はぁ……トバイアスとの挙式の時期が迫っていることを実感して、嫌になるな。トバイアスに抱かれる覚悟も未だ固まっていないし。
ちなみに、だけど。この半年間で、俺とトバイアスの婚姻はやっぱり一度白紙になったらしい。そしてこれまたやっぱり、トバイアスはすぐに俺を娶り直したという。
というわけで、俺たちは夫夫だ。俺はトバイアスから一生逃れられない。
……唯一、トバイアスから解放される方法といったら。王弟よりも地位の高い国王に娶ってもらう道だけ。ただし、正婿にはなれないから、側婿という形で。
でもそれは、ジェイラスが望む結婚生活の形じゃない。あいつはただ一人を愛し、そしてきっと愛されたいと思っている。仮に俺を側婿に娶り直したとしても、あいつのことだ。正婿と側婿の二人を愛することなんてできない。愛されないことのつらさを知るあいつが、その道を選ぶことはないだろう。
実際、ジェイラスにこの半年で俺を側婿として娶り直そうという動きはなかった。ジェイラスのことを好きじゃないと暴露したことだしな。普通に俺のことは諦めたんだろう。
ちくりと胸に痛むものはある。でもそれでいい。それで……いいんだ。
お前はエマニュエル殿下と幸せになってくれ。お前が渇望している愛のある結婚を、エマニュエル殿下としてくれ。
お前の幸せを、同じ空の下から願っているよ。
「ノ、ノア様! 至急、広間までお越し下さい!」
慌ただしく自室へ駈け込んできたのは、また違う屋敷のメイドだ。
んん? 何をそんなに慌てているんだろう。誰か偉い人でもきたのか? いやでも、王弟よりも偉い人なんて――。
俺ははっとした。まさか。
俺は急いで花婿衣装を脱いで着替え、一階に下りた。広間へ向かうと、そこにいたのは。
「ジェイラス、陛下……」
そう、予想通りジェイラスだった。
久しぶりに見る、こいつの柔和な顔立ち。その顔を見た瞬間、何かが込み上げてきそうになって、俺は必死に抑えた。カラカラに乾いた喉から、声を絞り出す。
「どうして、ここに……」
「トバイアスに用があってきた」
あ、言われてみると、ジェイラスの目の前にはトバイアスもいるじゃん。何故か、視界に入っていなかった。
ソファーに足を組んで座っているトバイアスは、怪訝な顔だ。
「僕に用とは? まさか、ノア様をまた側婿に娶るおつもりですか」
「違う。それに俺は、――もう国王ではない」
予想外の発言に、俺もトバイアスも驚きに目を見開いた。――は!? 国王じゃないって、やめたってこと!? 嘘だろ、なんで!?
絶句するしかない俺に対し、トバイアスは冷静に口を開く。
「……王位から下りた、ということですか」
「そうだ。じきにここにも話が届くだろうが、新たに王位につくのはエミリー……異父妹だ。彼女に王位を譲ることにした」
「何故、そのようなご決断を」
「俺には国王の地位が向いていないし、ふさわしくないからだ。国王とは民すべてを愛さなければならないが、俺は一人の愛する人だけを愛したいし、愛されたい。だが、俺にはレスターもエマニュエルも愛することはできない。俺の愛する人はノアだけだから。だから、王位を下りた」
俺は目頭が熱くなった。
ジェイラス……お前、まだ俺を愛しているなんて言ってくれるのかよ。俺はお前のことなんて好きじゃないし、正婿ルートから外れたいばかりにずっと性格を偽っていたのに。
バカだ。どうしようもない、バカだよ。
そう思うのに、泣きたくなるくらい嬉しいのは、なんでだろう。
「陛下……いえ、異父兄上のお気持ちは分かりました。ですが、僕はノア様を譲る気はありませんよ。国王でないのなら、僕たちは王族として対等ですから。といっても、それは異父兄上もお分かりでしょうね。だとしたら、僕に一体なんの用です」
「決闘を申し込みにきた」
トバイアスは片眉を上げた。
「ノア様をかけて、ですか?」
「そうだ。お前が勝てば、このままノアと暮らすといい。だが、俺が勝ったら。その時はノアを解放しろ」
俺は「え?」となった。俺を解放しろ? 俺をもらい受ける、じゃなくて?
不思議に思った俺同様、トバイアスも一瞬変な顔をしたが、すぐに鼻で笑い飛ばした。
「そんな決闘、僕が受けるメリットがないじゃないですか」
「そうだな。だが、受けなければデメリットはあるぞ。もし、決闘を断るのなら、女王となるエミリーがノアを側婿として娶るそうだ」
エミリー様が、俺を側婿に。
女王も、当然ながら王弟より地位が高い。権力も王弟より強い。となると、この決闘を受けなければ、トバイアスもまた俺のことを手に入れられない、ということだ。
トバイアスはぎりっと歯噛みし、ジェイラスを睨みつけた。
「……なるほど。分かりました。受けて立とうじゃありませんか」
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