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転移
5 一人になっていた俺
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「……ぅ、ん………さく?」
びくり、と体を跳ねさせながら眠りから覚めた旭は、最愛の片割れの名を口にする。何かの衝撃を朔から伝わってきたからだ。
意識を飛ばす前にしっかりと掴んだ筈の右手を握ると、空を掴むだけであった。
その事に違和感を覚えるものの、寝起きの旭はまだ頭が回っていない。
『殿下!神子様が目を覚まされました!』
『本当か!嗚呼、神よ感謝します…!』
耳に届くのは雑音ばかり。旭は目元を擦り、視界を確保すると己を囲む白い集団に驚いて肩を跳ねさせる。
「な、何だよアンタ等…朔は?」
床にか座り込んだまま後退るも、ふと後ろを振り返ればそこにも白い集団。360度逃げ場は無いのが見て取れた。
『金色の御髪に、翡翠の瞳……間違いありませぬ!』
『伝承通りだな…。神子よ、驚かれるのも無理は無い…私は、』
「朔…朔!どこに行った!?」
フードで顔を隠した集団の中の一人、顔を出している金髪の人物がにこやかに“何か”を朝日に向かって口にしているが旭は彼には目もくれず、立ち上がって片割れを探す。
旭には確信があった。先程まで、朔は確かに右手の中にいたのだという確信が。
しかし目覚めていれば残るのは温もりばかり。双子であるからか、離れていても気配を薄らと感じ取れるのだが、今は靄がかっているようにはっきりとしない。
いつもならもっと、朔をしっかり感じ取れるのに。
『神子よ…先程から言うサクとは何の事だ?……まさかとは思うが、あの魔族の事ではあるまい?』
口元には笑みを浮かべたまま、困惑したような声色で旭に問うてくる金髪の男。
彼等はまるで旭の言葉を理解しているようだ。朔の言葉には一切の理解を示していなかったのに。
「朔、応えろ、朔…!」
旭は右手で胸元を強く握り締め、目を閉じて強く強く片割れを想う。
そうしてほんの数秒、勢いよく顔を上げると唐突に走り出す。片割れの気配を感じ取ったような気がしたのだ。
『神子様!どちらへ!?』
ローブの集団を掻き分けて突き進む。その先にはこの大広間の様に見える場所の唯一の出入口だ。
しかし、階段を下りたところで白い鎧の集団に行先を阻まれてしまった。
『神子様、お戻りください。』
『殿下とお話しください神子様。』
次々と掛けられる言葉。しかし、旭にはそれが届かない。
「何なんだよお前等!さっきから何語で話してんだよ!?」
そう、旭の耳には、彼等の声は聞いた事の無い言語で話してるようにしか聞こえないのだ。
『まさか……神子は我等の言葉を理解しておらぬのか?』
「離せっ、朔をどこにやった!」
『致し方ない…神子は錯乱しておいでだ!“眠り”を使える者は合図の後に放て!』
金髪が片手を上げ、少しした後で振り下ろすと、複数人が一斉に同じ言葉を口にした。
すると、白い集団への敵意で満たされていた旭の瞳がゆっくりととろけ、急激な睡魔に抗おうと旭は暴れるのをやめなかったが、いつしか眠ってしまった。その目尻に、薄らと涙を溜めながら。
「さ、く…。」
一人は嫌だ。
旭の声は、誰に届く事もなかった。
--------------------------------------------------
力の抜けた旭を支えたのは、行く手を阻んでいた兵士の二人だ。
『神子を室へと運べ、丁重にな。……神官長、伝承では神子は全世界の言語を解し、その言葉は数カ国語もの音を含むとされている筈では?』
金髪の男は大切に運ばれていく旭を見届けながら口にすると、斜め後ろで控えていた人物へと話し掛ける。
『は……どの代の神子様も、間違い無くそうであられたと確かに。』
神官長と呼ばれたその人物は、長い袖の下に隠した両手を肩の位置まで上げ、頭をその手にくっつけるように頭を垂れながら答える。袖の下ではその両手はしっかりと組まれている事だろう。手を隠すようにしている事と、その声の高さから神官長は女性である事が窺える。男性ならば、その手は隠さず袖の外に出すのが礼儀だからだ。
女性であっても神官長と呼ばれるのは、この国では神職――神に仕える者達に男女の区別が無いからである。
『…ならば神子のあれは“堕刻印”か!忌々しい!何としてでもあの魔族から神子を救うように伝えよ!良いか、決して殺すな!』
近くに残っていた兵士に語調を荒げて言うと、金髪の男は服の裾を翻してその場から立ち去った。
後に一人残った神官長は礼を解き、双子――彼女は二人が双子とは知らないが――が現れた陣の中心部に移動して一人呟く。
『……神よ…あれは、本当に魔族だったのでしょうか…。』
ふと、そんな疑念を抱く。
しかし伝承とはかけ離れ、魔族しか持ち得ぬあれを見紛うはずもない。
儀式の結果をとある人物に報告するべく、彼女もその場を後にした。
びくり、と体を跳ねさせながら眠りから覚めた旭は、最愛の片割れの名を口にする。何かの衝撃を朔から伝わってきたからだ。
意識を飛ばす前にしっかりと掴んだ筈の右手を握ると、空を掴むだけであった。
その事に違和感を覚えるものの、寝起きの旭はまだ頭が回っていない。
『殿下!神子様が目を覚まされました!』
『本当か!嗚呼、神よ感謝します…!』
耳に届くのは雑音ばかり。旭は目元を擦り、視界を確保すると己を囲む白い集団に驚いて肩を跳ねさせる。
「な、何だよアンタ等…朔は?」
床にか座り込んだまま後退るも、ふと後ろを振り返ればそこにも白い集団。360度逃げ場は無いのが見て取れた。
『金色の御髪に、翡翠の瞳……間違いありませぬ!』
『伝承通りだな…。神子よ、驚かれるのも無理は無い…私は、』
「朔…朔!どこに行った!?」
フードで顔を隠した集団の中の一人、顔を出している金髪の人物がにこやかに“何か”を朝日に向かって口にしているが旭は彼には目もくれず、立ち上がって片割れを探す。
旭には確信があった。先程まで、朔は確かに右手の中にいたのだという確信が。
しかし目覚めていれば残るのは温もりばかり。双子であるからか、離れていても気配を薄らと感じ取れるのだが、今は靄がかっているようにはっきりとしない。
いつもならもっと、朔をしっかり感じ取れるのに。
『神子よ…先程から言うサクとは何の事だ?……まさかとは思うが、あの魔族の事ではあるまい?』
口元には笑みを浮かべたまま、困惑したような声色で旭に問うてくる金髪の男。
彼等はまるで旭の言葉を理解しているようだ。朔の言葉には一切の理解を示していなかったのに。
「朔、応えろ、朔…!」
旭は右手で胸元を強く握り締め、目を閉じて強く強く片割れを想う。
そうしてほんの数秒、勢いよく顔を上げると唐突に走り出す。片割れの気配を感じ取ったような気がしたのだ。
『神子様!どちらへ!?』
ローブの集団を掻き分けて突き進む。その先にはこの大広間の様に見える場所の唯一の出入口だ。
しかし、階段を下りたところで白い鎧の集団に行先を阻まれてしまった。
『神子様、お戻りください。』
『殿下とお話しください神子様。』
次々と掛けられる言葉。しかし、旭にはそれが届かない。
「何なんだよお前等!さっきから何語で話してんだよ!?」
そう、旭の耳には、彼等の声は聞いた事の無い言語で話してるようにしか聞こえないのだ。
『まさか……神子は我等の言葉を理解しておらぬのか?』
「離せっ、朔をどこにやった!」
『致し方ない…神子は錯乱しておいでだ!“眠り”を使える者は合図の後に放て!』
金髪が片手を上げ、少しした後で振り下ろすと、複数人が一斉に同じ言葉を口にした。
すると、白い集団への敵意で満たされていた旭の瞳がゆっくりととろけ、急激な睡魔に抗おうと旭は暴れるのをやめなかったが、いつしか眠ってしまった。その目尻に、薄らと涙を溜めながら。
「さ、く…。」
一人は嫌だ。
旭の声は、誰に届く事もなかった。
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力の抜けた旭を支えたのは、行く手を阻んでいた兵士の二人だ。
『神子を室へと運べ、丁重にな。……神官長、伝承では神子は全世界の言語を解し、その言葉は数カ国語もの音を含むとされている筈では?』
金髪の男は大切に運ばれていく旭を見届けながら口にすると、斜め後ろで控えていた人物へと話し掛ける。
『は……どの代の神子様も、間違い無くそうであられたと確かに。』
神官長と呼ばれたその人物は、長い袖の下に隠した両手を肩の位置まで上げ、頭をその手にくっつけるように頭を垂れながら答える。袖の下ではその両手はしっかりと組まれている事だろう。手を隠すようにしている事と、その声の高さから神官長は女性である事が窺える。男性ならば、その手は隠さず袖の外に出すのが礼儀だからだ。
女性であっても神官長と呼ばれるのは、この国では神職――神に仕える者達に男女の区別が無いからである。
『…ならば神子のあれは“堕刻印”か!忌々しい!何としてでもあの魔族から神子を救うように伝えよ!良いか、決して殺すな!』
近くに残っていた兵士に語調を荒げて言うと、金髪の男は服の裾を翻してその場から立ち去った。
後に一人残った神官長は礼を解き、双子――彼女は二人が双子とは知らないが――が現れた陣の中心部に移動して一人呟く。
『……神よ…あれは、本当に魔族だったのでしょうか…。』
ふと、そんな疑念を抱く。
しかし伝承とはかけ離れ、魔族しか持ち得ぬあれを見紛うはずもない。
儀式の結果をとある人物に報告するべく、彼女もその場を後にした。
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