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50.アルマンソラに向かう(5月13日)
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この世界に来て早くも2週間が過ぎた。
そんな感慨に浸るわけでもなく、最近はすっかり日常になった4人での朝を迎える。
順調に行けば、あと数日でこの4人での旅路は終わる。
イザベル達はアルカンダラで皆で住むなどと言っているが、恐らくその希望は叶えられない。何しろこの子達は未成年だ。本人達がいくら望んでも、保護者達が認めないだろう。
さて、ここオンダロアから上流のアルマンソラまでは、小型の帆船に乗り換えて進むことになっている。
波止場に停泊していたのは、2本マストの小型のキャラベル船だった。吃水は浅く、昨日乗船したビクトリア号と違って、舷側にはいくつものオールが取り付けられている。
「お待ちしておりました。早速ご乗船ください」
エンリケスさんに促され、乗船する。
「ここからは満ち潮の勢いと風の力、場合によっては櫂で漕いで進みます。こちらがこの船の船長、アランです」
「アランと申します。ここアンダルクス川は俺にとっては庭みたいなものです。小さな船ですが大船に乗ったつもりで、お寛ぎください」
「ありがとうございます。カサドールのカズヤ、こちらはアリシア、アイダ、イザベルです。よろしくお願いします」
「船長さん……この船揺れる?」
イザベルが心配そうに尋ねる。
「そうだなあ。横幅を大きく取っているので、比較的揺れにくくはなっているが……お嬢ちゃんさては船酔いする子か?」
「ナバテヘラからオンダロアへの航路で、結構酔ったみたいで」
「そうか。だったら船首側に座っているといい。海と違って河を遡る時には景色が変わっていくから、遠くを見ていれば大丈夫だ」
「わかりました。ありがとうございます」
4人揃って船首側に移動する。
「よし。出航する!舫綱を解け!」
桟橋に固定していた舫綱を解かれた船は、満ち潮に押されてゆっくりと動き出した。
アラン船長の言ったとおり、船首から見る風景は刻刻と変化する。
右手側にはオンダロアの市街地が広がり、左手側は湿地帯から緑の濃い森へと繋がる。木々の一部はマングローブのように冠水した場所に生えている。
およそ30分ほどで市街地エリアを抜け、右手側には切り立った断崖が続くようになった。
「見て!あの岩、イノシシみたいに見える!」
「え?そうか??イノシシならあっちの岩の模様のほうが似てるんじゃないか?」
「あ!あの岩の上に鷹が巣を作ってる!雛が欲しい!!」
「雛って、イザベルちゃん雛から育てるの?鷹遣いにでもなるつもり?」
「だってカッコイイじゃん!」
船酔いを心配していたイザベルだったが、河なら問題ないようだ。
ちなみに俺の興味はアリシア達と違って、専ら左手側の水面にあった。
木々の陰になっている水面や、倒木の近くで時折広がる波紋は、水面下に何かの魚が潜んでいることを教えてくれる。
「カズヤさん。釣りしたいんでしょう?」
アリシアが聞いてきた。
「そうだな。海ではそんな暇なかったからな。正直釣りたくてたまらない。ただ船が動いているしなあ」
「どうした?兄ちゃん釣りやるのか?」
様子を見に来たらしいアラン船長が声を掛けてきた。
「ああ。釣りは好きです。こういう河を見ていると、ほら、あそこに投げれば何かが喰いつくなとか、そんな事ばかり考えてしまいます」
「そうか!釣りはいいよなあ。よし、俺もやるから、兄ちゃんもやってみるか!舳先まで行けば操船の邪魔にはならんしな」
「ありがとうございます!早速準備しますね!!」
そう言ってそそくさと船の舳先、甲板から更に一段低くなっている部分に移動し、準備を始める。
リュックから取り出したのは、10番10ftのフライロッド。河原で使うような5番6ftのロッドでは、恐らくパワー負けする。ここはシーバス用のタックルで攻めるべきだろう。
使うフライは#6のエルクヘアーカディスを選択した。手持ちのフライでは最も大きい部類のドライフライだ。
「なんかカズヤ殿……」
「生き生きしてるよね。なんだかなあ」
アイダとアリシアのボヤキは聞こえないふりをして、準備を進める。まあ嬉々としているのは間違いない。
#10のドライラインをリールから引き出し、足元に置く。ポイントまではおよそ10メートル。力んでキャストする必要もない。風は船尾側からゆったりと吹いている。
軽くバックキャスト、フォワードキャストを繰り返し、プレゼンテーション。
真っすぐに伸びるフライラインは、狙い違わずフライを木陰へと送り込んだ。
ダバッ!!
着水したフライが作り出す波紋がくっきりとしているうちに、真下から激しい喰い上げが起きた。
一瞬で合わせたロッドに、ずっしりとした重みが乗る。ヒットだ!
急いで余りのラインを巻き取り、やり取りを始める。
ギューンという糸鳴りが聞こえるほど、10番のロッドが引き込まれる。まるで5番のロッドで40センチオーバーのトラウトでも掛けたかのように、バッド部分から曲げられる。
ただし、こっちもシーバスを想定したタックルだ。#10のラインに30ポンドのリーダーを組んでいる。そうそう切られる心配はない。
10分ほどのやり取りで水面に浮かんだのは、体高の高いスズキのような魚だった。目測で体長およそ1メートルといったところか。
「立派なPercaだなあ。それ喰ったら上手いぞ!」
ペルカ?要するにパーチか。そりゃ喰ったら上手いだろう。日本でも白身魚のフライとして出回っている魚だ。
「よし!兄ちゃん!喰える魚は銀貨1枚で買い取ってやる!バンバン釣っていいぞ!!」
船長のお許しが出た。古今東西問わず、船上では船長の言うことが絶対なのだ。
嬉々としてロッドを振り、ワンキャストワンヒットといった具合で次々とロッドを曲げる。
この日最大の獲物は、体長2メートルに迫ろうかというTarpon、英語名でならターポンだった。
銀色に輝くナイフのような魚影を見て、船長が悲しそうに声を上げた。
「兄ちゃん。そいつは喰えねえ奴だ。無理しないで逃がしていいぞ」
それは残念だ。だが確かに、大きな鱗に覆われた魚体からは、何やら小骨の多そうな気配がする。
およそ2時間かけて10匹を釣り上げたところで、流石に体力の限界が来た。
舳先のスペースに仰向けに寝転がり、青い空を見上げる。
今まで左手側ばかりを見ていたが、右手側にあったはずの断崖絶壁が無くなり、緑色の草原に変っていた。
「だいたい航路の半分を過ぎた辺りだ。ここから先は少々荒っぽい操船になるから、兄ちゃんも甲板に上がってくれ」
甲板に這い上がった俺は、そのまま甲板に寝っ転がる。
流れる雲を見ているうちに、睡魔が襲ってきた。
「あらあら。カズヤさんったら寝ちゃった?」
「いつも私等と一緒に寝てもらっているから、もしかしたら熟睡できていないのかも……」
眠りに落ちていく直前、そんな心配そうなアリシアとアイダの声が聞こえていた。
◇◇◇
「カズヤさん!起きてください!」
「お兄ちゃん!アルマンソラが見えたって!」
「カズヤ殿……気持ちよさげなところ申し訳ないのだが……少々足が痺れてしまって……」
ん?昼寝してしまったか。それにしてもこの頭に当たる柔らかい感触は……
パッと目を開けると、俺の顔を真上から覗き込んでいるアイダの顔があった。
これがアリシアだったら豊かな下乳に阻まれて目は合わなかったかもしれない。だが誰にとって幸か不幸かは別として、そこにいたのはアイダだった。
「あ!あの!これはですね!船の揺れで頭をぶつけるのを防ぐためにですね!カズヤ殿があんまり気持ちよさそうに寝ているので起こすわけにもいかず!皆で公平にPiedra-Papel-Tijeraesをやった結果私が勝ったのでこうなったのです!」
んあ?ぴえどらぱぺいる……なんだって?
「これこれ、最初はグーってやつ!」
ああ。イザベルの身振り手振りで理解できた。要は“じゃんけん”ね。
「何にせよありがとう。すっかり寝入ってしまった」
「いえ、カズヤ殿さえよければ、また今度……」
「次は負けないからね!!」
「私だって次こそはお兄ちゃんに……」
「あ~そろそろ起きたかい兄ちゃん。もうじきアルマンソラの港だ。兄ちゃんが釣り上げた魚の代金な、まあキリ良く金貨一枚渡しとくぜ!」
好きな釣りを堪能して金貨一枚ゲットできるなんて、夢なら続いて欲しいものだ。
気づけば青空にうっすらとオレンジ色の成分が混ざり始めていた。
両岸がだいぶ狭くなっている。
「港が見えたぞ!みんなあと一息だ!踏ん張れ!!」
「おう!!」
櫂を漕ぐ水夫達が気勢を上げる。
船は静かに木製の桟橋に着岸した。
そんな感慨に浸るわけでもなく、最近はすっかり日常になった4人での朝を迎える。
順調に行けば、あと数日でこの4人での旅路は終わる。
イザベル達はアルカンダラで皆で住むなどと言っているが、恐らくその希望は叶えられない。何しろこの子達は未成年だ。本人達がいくら望んでも、保護者達が認めないだろう。
さて、ここオンダロアから上流のアルマンソラまでは、小型の帆船に乗り換えて進むことになっている。
波止場に停泊していたのは、2本マストの小型のキャラベル船だった。吃水は浅く、昨日乗船したビクトリア号と違って、舷側にはいくつものオールが取り付けられている。
「お待ちしておりました。早速ご乗船ください」
エンリケスさんに促され、乗船する。
「ここからは満ち潮の勢いと風の力、場合によっては櫂で漕いで進みます。こちらがこの船の船長、アランです」
「アランと申します。ここアンダルクス川は俺にとっては庭みたいなものです。小さな船ですが大船に乗ったつもりで、お寛ぎください」
「ありがとうございます。カサドールのカズヤ、こちらはアリシア、アイダ、イザベルです。よろしくお願いします」
「船長さん……この船揺れる?」
イザベルが心配そうに尋ねる。
「そうだなあ。横幅を大きく取っているので、比較的揺れにくくはなっているが……お嬢ちゃんさては船酔いする子か?」
「ナバテヘラからオンダロアへの航路で、結構酔ったみたいで」
「そうか。だったら船首側に座っているといい。海と違って河を遡る時には景色が変わっていくから、遠くを見ていれば大丈夫だ」
「わかりました。ありがとうございます」
4人揃って船首側に移動する。
「よし。出航する!舫綱を解け!」
桟橋に固定していた舫綱を解かれた船は、満ち潮に押されてゆっくりと動き出した。
アラン船長の言ったとおり、船首から見る風景は刻刻と変化する。
右手側にはオンダロアの市街地が広がり、左手側は湿地帯から緑の濃い森へと繋がる。木々の一部はマングローブのように冠水した場所に生えている。
およそ30分ほどで市街地エリアを抜け、右手側には切り立った断崖が続くようになった。
「見て!あの岩、イノシシみたいに見える!」
「え?そうか??イノシシならあっちの岩の模様のほうが似てるんじゃないか?」
「あ!あの岩の上に鷹が巣を作ってる!雛が欲しい!!」
「雛って、イザベルちゃん雛から育てるの?鷹遣いにでもなるつもり?」
「だってカッコイイじゃん!」
船酔いを心配していたイザベルだったが、河なら問題ないようだ。
ちなみに俺の興味はアリシア達と違って、専ら左手側の水面にあった。
木々の陰になっている水面や、倒木の近くで時折広がる波紋は、水面下に何かの魚が潜んでいることを教えてくれる。
「カズヤさん。釣りしたいんでしょう?」
アリシアが聞いてきた。
「そうだな。海ではそんな暇なかったからな。正直釣りたくてたまらない。ただ船が動いているしなあ」
「どうした?兄ちゃん釣りやるのか?」
様子を見に来たらしいアラン船長が声を掛けてきた。
「ああ。釣りは好きです。こういう河を見ていると、ほら、あそこに投げれば何かが喰いつくなとか、そんな事ばかり考えてしまいます」
「そうか!釣りはいいよなあ。よし、俺もやるから、兄ちゃんもやってみるか!舳先まで行けば操船の邪魔にはならんしな」
「ありがとうございます!早速準備しますね!!」
そう言ってそそくさと船の舳先、甲板から更に一段低くなっている部分に移動し、準備を始める。
リュックから取り出したのは、10番10ftのフライロッド。河原で使うような5番6ftのロッドでは、恐らくパワー負けする。ここはシーバス用のタックルで攻めるべきだろう。
使うフライは#6のエルクヘアーカディスを選択した。手持ちのフライでは最も大きい部類のドライフライだ。
「なんかカズヤ殿……」
「生き生きしてるよね。なんだかなあ」
アイダとアリシアのボヤキは聞こえないふりをして、準備を進める。まあ嬉々としているのは間違いない。
#10のドライラインをリールから引き出し、足元に置く。ポイントまではおよそ10メートル。力んでキャストする必要もない。風は船尾側からゆったりと吹いている。
軽くバックキャスト、フォワードキャストを繰り返し、プレゼンテーション。
真っすぐに伸びるフライラインは、狙い違わずフライを木陰へと送り込んだ。
ダバッ!!
着水したフライが作り出す波紋がくっきりとしているうちに、真下から激しい喰い上げが起きた。
一瞬で合わせたロッドに、ずっしりとした重みが乗る。ヒットだ!
急いで余りのラインを巻き取り、やり取りを始める。
ギューンという糸鳴りが聞こえるほど、10番のロッドが引き込まれる。まるで5番のロッドで40センチオーバーのトラウトでも掛けたかのように、バッド部分から曲げられる。
ただし、こっちもシーバスを想定したタックルだ。#10のラインに30ポンドのリーダーを組んでいる。そうそう切られる心配はない。
10分ほどのやり取りで水面に浮かんだのは、体高の高いスズキのような魚だった。目測で体長およそ1メートルといったところか。
「立派なPercaだなあ。それ喰ったら上手いぞ!」
ペルカ?要するにパーチか。そりゃ喰ったら上手いだろう。日本でも白身魚のフライとして出回っている魚だ。
「よし!兄ちゃん!喰える魚は銀貨1枚で買い取ってやる!バンバン釣っていいぞ!!」
船長のお許しが出た。古今東西問わず、船上では船長の言うことが絶対なのだ。
嬉々としてロッドを振り、ワンキャストワンヒットといった具合で次々とロッドを曲げる。
この日最大の獲物は、体長2メートルに迫ろうかというTarpon、英語名でならターポンだった。
銀色に輝くナイフのような魚影を見て、船長が悲しそうに声を上げた。
「兄ちゃん。そいつは喰えねえ奴だ。無理しないで逃がしていいぞ」
それは残念だ。だが確かに、大きな鱗に覆われた魚体からは、何やら小骨の多そうな気配がする。
およそ2時間かけて10匹を釣り上げたところで、流石に体力の限界が来た。
舳先のスペースに仰向けに寝転がり、青い空を見上げる。
今まで左手側ばかりを見ていたが、右手側にあったはずの断崖絶壁が無くなり、緑色の草原に変っていた。
「だいたい航路の半分を過ぎた辺りだ。ここから先は少々荒っぽい操船になるから、兄ちゃんも甲板に上がってくれ」
甲板に這い上がった俺は、そのまま甲板に寝っ転がる。
流れる雲を見ているうちに、睡魔が襲ってきた。
「あらあら。カズヤさんったら寝ちゃった?」
「いつも私等と一緒に寝てもらっているから、もしかしたら熟睡できていないのかも……」
眠りに落ちていく直前、そんな心配そうなアリシアとアイダの声が聞こえていた。
◇◇◇
「カズヤさん!起きてください!」
「お兄ちゃん!アルマンソラが見えたって!」
「カズヤ殿……気持ちよさげなところ申し訳ないのだが……少々足が痺れてしまって……」
ん?昼寝してしまったか。それにしてもこの頭に当たる柔らかい感触は……
パッと目を開けると、俺の顔を真上から覗き込んでいるアイダの顔があった。
これがアリシアだったら豊かな下乳に阻まれて目は合わなかったかもしれない。だが誰にとって幸か不幸かは別として、そこにいたのはアイダだった。
「あ!あの!これはですね!船の揺れで頭をぶつけるのを防ぐためにですね!カズヤ殿があんまり気持ちよさそうに寝ているので起こすわけにもいかず!皆で公平にPiedra-Papel-Tijeraesをやった結果私が勝ったのでこうなったのです!」
んあ?ぴえどらぱぺいる……なんだって?
「これこれ、最初はグーってやつ!」
ああ。イザベルの身振り手振りで理解できた。要は“じゃんけん”ね。
「何にせよありがとう。すっかり寝入ってしまった」
「いえ、カズヤ殿さえよければ、また今度……」
「次は負けないからね!!」
「私だって次こそはお兄ちゃんに……」
「あ~そろそろ起きたかい兄ちゃん。もうじきアルマンソラの港だ。兄ちゃんが釣り上げた魚の代金な、まあキリ良く金貨一枚渡しとくぜ!」
好きな釣りを堪能して金貨一枚ゲットできるなんて、夢なら続いて欲しいものだ。
気づけば青空にうっすらとオレンジ色の成分が混ざり始めていた。
両岸がだいぶ狭くなっている。
「港が見えたぞ!みんなあと一息だ!踏ん張れ!!」
「おう!!」
櫂を漕ぐ水夫達が気勢を上げる。
船は静かに木製の桟橋に着岸した。
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