幼馴染みが屈折している

サトー

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【番外編】幼馴染みが留学している

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 ルイがオーストラリアへ行って三ヶ月が過ぎる頃、俺は四年に進級し、就活とゼミで毎日を忙しく過ごしていた。春休みに免許を取った時も、応募したコンペで賞を獲った時も、ルイは「えーっ! ヒカル、すごいなあ!」と大喜びしていっぱい褒めてくれた。コンペの結果を報告した時なんかは、ビデオ通話中にスマホですぐに調べてくれて「うわっ! ヒカルの写真もコメントも載ってる! スクショ撮るからちょっと待ってて」って百点のリアクションをしてくれた。

 今週末の夜もビデオ通話が繋がった瞬間、ディスプレイの中のルイはパッと顔を輝かせた。

「え! 髪切った? 黒く染めてるし……えー、かっこいいな! 似合う!」

 就活のために髪を黒く短くしたことについて、「もっと横とか後ろを見せて!」と、ルイ自身が覗き込むみたいにして、顔を右に傾けたり左に傾けたりした後、「画面越しだから意味ないんだ!」ってことに気がついて、ハッとした後、照れたように笑うのが可愛い。日本にいる時だとどっちかというと「ハイハイ、かっこいいよ。いいな、お前は」みたいな感じだったのに。

「ほんと? 俺かっこいいかな? 一番?」
「え? あ、うーん、そうだな……かっこいいよ」
「前とどっちが好き?」
「うーん……ヒカルはどっちも似合うからな。決められない」

 最近のルイは会話した時の満足度が百パーセントを常に越えてくる。デレデレしたまま幸せな気持ちで会話を続けていると、ルイは思い出したかのように「メールで送った写真見た?」と聞いてきた。

「見たよ。いつもありがとう」

 オーストラリアの有名な建築家の建てたホテルの写真と、ルイの写真。送ってもらった写真のほとんどにいつも同じ女がいる。
 ずっと気になっていても誰なのか聞くことも出来ない女。いつの間にか、この女の存在について聞かないことが、自分の中でルイを信じていることの証明になっている気がする。一番登場する頻度が多いから、嫌でも目についてしまうが、相変わらずベタベタくっつくこともなくルイと一定の距離を写真の中の女は保っていた。

「ヒカルに紹介したい友達が、いる」
「……誰?」
「この、髪の長い人」

 ルイはディスプレイに例の女と自分が二人で写っている画像を映して見せた。
 どこで撮ったのかはわからない。庭のような場所で女は風になびく髪を押さえて笑っていて、ルイもカメラを見てニコニコと笑っている写真だった。

「名前はジャイーって言うんだ」
「……ジャイー?」
「違うよ、ジャイーだよ」
「……ジャイィー?」
「おっ、ヒカル耳いいな。二回で言えるようになるなんて」

 ルイの言う通りに真似したら、感心したように褒められた。「俺はちゃんと言えるようになるまで、何回も言い直しをさせられた」とルイは笑った。

「彼女は、台湾からの留学生で……それで、一番仲が良くて……その、ヒカルとのこと話した」
「えっ? そうなの?」
「……ジャイーは、女の留学生と付き合っていて……俺は、ヒカルがミナミやイオリに俺の事を話しているのが、羨ましかったから、俺もジャイーに話した」

 ルイは、自分も誰かに俺とのことをずっと話したかったのだと言った。

「初めてヒカルのことを誰かに話した。写真を見せたら、ルイの彼かっこいいね、って」
「そうなの? そういう……友達ってこと?」
「うん」

 よかったな、ヒカルかっこいいってさ、とルイは嬉しそうだった。とりあえず、俺も笑い返した。……よかった、と思う。嫉妬心で頭がいっぱいになってルイのことを責めたりしないで本当によかったと。
 やっぱりルイは離れていても俺を裏切るようなことするわけがない、信じて待っていればルイは大切なことは必ず話してくれるって、心の底から安心した。

「……実は本当に嫌な絡み方をしてくる奴がいて……。それで、時々ジャイーにはかばってもらっているんだ」
「大丈夫? ルイ、いじめられてるの?」
「そういうわけじゃないけど……。俺の英語が変だって」

 言われたことを自分の口で声に出すのも不愉快だったのか、ルイは悔しそうに顔をしかめた。

「大丈夫?」
「あー、大丈夫大丈夫。……どこにでも嫌な奴っているだろ。ただ、それだけ」

「そんなことより、ヒカル就活って忙しい? 俺も七月にはウインターホリデーだけど、次のクラス分けの勉強をしないと」とルイが明るい声色で話し始めたから、それ以上「嫌な奴」について聞くことは出来なかった。
 その日はビデオ通話を切った後も、ルイが顔をしかめながら「嫌な奴」から言われたことを気にしている様子だったのが、少し引っ掛かった。いつも、どんなにたくさん宿題を出されようと、一生懸命書いたエッセイの評価がよくなかろうと、「でも、頑張らないとな」と言うのがルイだからだ。
 現地の白人の学生に「お前の英語は変だ」と言われて上手く言い返せないルイを勝手に想像して、アジア人あるいは日本人への人種差別? と一瞬思ったけど、そもそも同じ留学生から言われているという可能性だってある。ルイは大丈夫だと言っていたけど、俺なんかより他人に対してずっと情があるようなルイがあんな言い方をするなんてよっぽど性格が悪い奴なんだろうか。
 次、話せる時にはちゃんと聞こう、と思ってその日は寝た。

 ◇◆◇

「あー、ヒカルさん髪切ったんすか? かっこいいー」

 進級しても相変わらずイオリがウザイ。
 同じゼミで週に何度も顔を合わせているけど、会う度にルイのことをしつこく聞いてくるし、勉強は出来なくて俺に迷惑ばかりかけるし、本当にうんざりする。
 下手に見た目がルイに似ている分、邪険に扱うことも出来ないし、周りのゼミ生もイオリがヤバい奴だということは薄々理解しているので、いつの間にかイオリのことは「ヒカル君、よろしくお願いします」という雰囲気になってしまっていて、結局俺が面倒を見ないといけなかった。
 イオリは建築全体のデザインのセンスはあるんだろうけど、構造や設備についての知識はまるでデタラメだった。「なぜ、ここにいる?」と首を傾げたくなるくらい一つも理解していなかった。
「ヒカルさーん、ちょっとお願いしますよー!」と課題を持ってやってくるたびに、何度もキレそうになるのを我慢して教えた。今度、エントリーする企業の役員にこの様子を見せたいくらいだ。一発で俺が忍耐強い人間だということが伝わるだろうから。

「……お前、センスあるんだから、もっとちゃんとした方がいいよ」

 ある日ヘトヘトになりながらそう言うと、イオリは「え! マジっすか?」と目を輝かせた。

「勉強が嫌いなのは知らないけどさ、お前の設計した家に長くは住めない。建築って建てたら終わりじゃないってことを少しは考えた方がいいんじゃないか……」
「ヒカルさん、珍しくまともなこと言いますね! どうかしたんすか?」
「……はあ」

 就活で忙しい中こんな人間の相手をしていられるのはルイの存在が支えになっているからだと思う。腹が立ったから、「そういえば、ルイが俺の新しい髪型を見てなんて言ったと思う? ヒカルが一番かっこいいってさ」と自慢して鬱憤を晴らした。

 ゼミの後、ハルキ君と学内の就活セミナーに行く予定だったから急いでいるのに、下手にルイの話題を出したからなのかイオリは終わってからもずっと纏わりついてきた。

「ヒカルさん、ルイさん俺の事なんか言ってました?」
「いや、なにも」
「ヒカルさん、そろそろ俺にもルイさんの電話番号教えてくださいよ」
「ダメ」
「ヒカルさん、最近ずっと機嫌よかったけど、絶対ビデオ通話でルイさんになんかやらしいことさせたでしょ」
「……ふっ」
「うわー! 絶対そうだ! ヒカルさんばっかりズルイ!」

 ぎゃあぎゃあ喚くイオリを無視して、待ち合わせ場所に向かうとハルキ君はすでに待っていた。

「お待たせ。ごめんね、ちょっと手間取っちゃって……」

 主にイオリのせいで、という意味でイオリを睨んだけどそんなことには気づくはずもなく「あー! ヒカルさん浮気?」と騒いでいた。

「ヒカル君の後輩? 初めまして」
「違うよ、ハルキ君、こいつは一切関係無い奴だから」
「ヒカル君、そういう言い方はよくないよ」

 ハルキ君がイオリに優しい笑顔を向けたから、イオリも人懐っこく笑い返した。
「次は就活セミナーだから、もう着いてくるな」とよーく言い聞かせて、なんとかイオリを帰した。全く躾のなってない犬を四苦八苦して小屋に戻した気分だった。


「ヒカル君、もう個別の面接対策予約した?」
「うん、一応」

 ハルキ君とはちょくちょく会って一緒に就活セミナーへ行ったり、ご飯を食べたりしている。ハルキ君は相変わらず優しいし、俺のお手本でもあるし、いろいろ就活のことでもアドバイスをくれる貴重な友達だ。

 就活するのは初めてだし、思っていた以上に忙しいけど、ルイとの将来を真剣に考えたら、絶対に大手の内定を取るという強い意志を持つことが出来た。もし、内定が取れたらまた画面の向こうで笑ってくれるだろうか、と考えない日はなかった。


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