城下町ガールズライフ

川端続子

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7・誰のおかげで合格したと思っているんだ(暗黒微笑)

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 出かけて良いと許可が出たので、芙綺ふうきはすぐ雅にメッセージを送った。

 分厚い生地のフードパーカーにゆったりとしたパンツ、クロックスをひっかけて出て来たけど問題ないだろう。
 両親は芙綺がラフな格好をするのを嫌がっていたが、せめて寮では自由に好きな服を着たい。
 制服も可愛いが、こうして自由に動き回れるのが一番だ。
 足取りも軽く、数歩歩くと、本当にすぐ傍の家の前から雅が手を振っていた。

「こっち、こっち!ここ、ウチだから!」
「うん!」

 勢い駆け出し、芙綺は雅の家へお邪魔する事になった。


 雅の自宅は古い作りだったが、改築がされているようで、和風モダンな雰囲気だった。

「お邪魔、します」
「はーい、どうぞお気楽にー」

 そういう雅の後をついていくと、ダイニングに通される。

「おかーさーん、美少女が来たよー」
「はーい、どうぞ美少女ちゃん」

 美少女って、と芙綺が苦笑すると、ダイニングに雅の母親が待っていた。

「はじめまして、雅の母です。今日は入学、おめでとう」
「あ、ありがとうございます……」

 入学おめでとう、と言われて芙綺は照れる。

「ウィステリアは私の母校なの~だから美少女ちゃんも、私の後輩ね」
「そう、みたいですね」
「そうなのよ。後輩が増えて嬉しいわ」

 にこにこと笑う雅の母は、雅によく似ている。
 優しそうな、でもしっかりしていそうな雰囲気の人だ。

「ねえねえ、折角だから座って!お話しましょ!雅の入学祝のケーキもあるのよ、一緒に食べましょ!」

 テーブルの上には確かに大きなケーキがどーんと用意されていて、しかも『雅ちゃん、ウィステリア合格おめでとう』とプレートが乗っかっている。

「だ、駄目です!ご家族で頂かないと、そんなの」

 慌てる芙綺に、雅がなぜか虚無きょむの表情で首を横に振った。

「ええんよ。だってこれ、ワイの入学祝と言いながらもう三個目のケーキなんや」
「―――――え?」

「そうなのよ。もう、パパもお兄ちゃんもすみれちゃんも買ってくるものだからね、処理に困ってて」
「えぇええ……」

 なんだかとんでもないな、と思いながら芙綺は用意された椅子に腰を下ろした。


 つまり、雅の高校入学は、この家にとってとんでもない『良き事』だったらしい。

「だって、絶対にクラスはつただと思ったのに、その上に入れたでしょ?もう家族みんなお祭りみたいなものよぉ」

 つたとはウィステリアのクラスの事で、最下層と言えば聞こえは悪いがつまり、成績の悪い生徒が所属するクラスである。
 誰でも入れると言われるだけあって、授業のカリキュラムもあまりレベルが高くない。

 所が、その代わりに実践で役立つことを代わりに教える。
 つたクラスに所属するのなら、殆ど大学進学は望めない。

「おかーさん!美少女の前で言わないでよ!」
「あらー、あなただってこの前まで、もう蔦でいいってぐずってたのに」
「そうなの?雅」

「……割とそう。冬休みまでそんな感じでサボってた」
「よく間に合ったね」
「……間に合わせたというか」

 スパルタ従兄いとこ雪充ゆきみつのせいで、とんでもなく馬鹿にされまくって必死こいて勉強した。
 そのおかげで確かにレベルは願った所より上だった。
 それは良いのだが、これまでにぶつけられた数々のマウントがよみがえってムカつく。

『まあそのくらいはできなくちゃね。僕の出来も疑われるし』

『他に色気出さなかったのは偉いね。あ、それでもうオーバーするくらいだったのかな?簡単だと思ったけど』

『そもそもこの時期からどうにかしようっていうのも甘いよね』

 あーあーあーあーあーあー聞こえなーい、聞きたくなーい。
 くっそ、あいつめくっそ。

(推しはなんであんなんが良いんだ?絶対あいつ、推しの前で猫かぶってんだろ!!!!)

 芙綺さえいなければ机をどんと叩く所だ。

 しかし、結果は確かに良かったのでそこもまた余計に悔しい。

(でもどうせもう近くにいないもんねーだ)

 従兄いとこ雪充ゆきみつはこの春から大学生で、京都へ行った。
 おかげでちょっと心穏やかだ。
 確かにあいつのおかげで成績は上がったけども!

「でね、あんまりみんな嬉しいからって、ケーキ買ってきちゃって」
「そーなの。おとーさんとおかーさんとおにーちゃん。んで、従姉の、さっき写真見せた菫おねーちゃんまで買ってくれた」
「すご。愛されてるね」
「みんなワイにかこつけてホールケーキ食いたいだけや」
「それはそうだけど、ちゃんとおめでとうって意思もあるわよ?」

 ということは、合計で4個のケーキがあって、そのうちの三個目がこれということなのか。

「だったら、遠慮なくいただきます」
「遠慮なく食べてね?何なら半分行く?」
「無理です」

 即答した芙綺に雅の母は、「おかわりしてね?」と微笑んだ。


 無理です(芙綺、心の声)
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