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第三連
第三連・結句 憎悪習慣(上)
しおりを挟む第三連・結句 憎悪習慣
View point of林碧海
「堯舜帥天下以仁、而民從之。桀紂帥天下以暴、而民從之。其所令反其所好、而民不從。是故君子有諸己、而后求諸人。
堯舜は天下を仁で治め、桀紂は暴力で治めました。指導者の本質に人民は従うものですから、指導者たらんとすればまずその人格の形成が大切になるのです…。」
昼食後の最初の古典の授業。私はすでに湧き上がる眠気にあくびを我慢しながら唇と指で中空に映ったようにみえる映像に板書を写していく。
「堯舜は天下を率いるに仁を以ってし、民これにしたがう」
全国一斉中全考査まであと二月を切っているから頑張らなきゃと頭では思っている。けれども、心のなかでは大分諦めの感が強くなってきていて、これじゃぁ駄目だと毎日思う。ただでさえ普段から厳しい生活習慣でやっているのに、最近トウキョウに行くようになってしまったから、ますます時間がない。
ふと横を見れば私達の班長が真剣そのものに板書している姿が見える。全く眠気を感じさせない粛々として機械的な動作の彼女は凄いなぁっとおもう。天衣はなにをしていても絵になる。別に化粧をしているわけでもなく、おしゃれに気を使っているわけでもないのに、あんなに颯爽としているんだからずるいと思う。しかもそれで更に頭が良くて指導力があるんだからなぁ、その影に隠れてる私なんかきっと誰にも見えないんだと思う。
でも、それでいいんだ。私のお父さんもお母さんもそんなに偉い人じゃないから。班長も自成君も楚歌君も御両親はみんなやり手の党員ばかりなのに私だけが平凡な家の生まれだから。それでも、私はお父さんお母さんよりも将来はうまくいくと思ってる。だって、私達の班の班長は淮天衣なんだから。先生たちの覚えもいいし、家柄も、能力も誰も疑っていないんだもの。みんな、きっと彼女は彼女の父と同じく上海公安委員会の委員長になれると思ってる。
でも、私はそうは思わない。いつも班長の言葉を聞かされている私だから、確信をもっていえる。天衣は上海の頂点なんかじゃなくてこの国の頂点を目指してるって。班長のお父さんは清廉潔白品行方正で知られているけど、私達の班長はそんな人じゃない。天衣はすでにこの国に自分なりの理想をもっていて、そのためには法律なんてそんなに重んじてはいない。だから私達は班長の指導の下でトウキョウに遊べる。
そんなことを見つめたまま考えていると眼鏡型端末が微かに震えて電子手紙の受信が通知される。開いてみれば、班長の手書きの楚々とした文字で、
『授業に集中しなさい。故君子有諸己、而后求諸人』
一体いつ書いたんだろうっと不思議に思いながら授業に集中しようとする。
「ゆえに君子は徳を己に有して、のちに徳を人に求める…か、私には両方共縁遠いなぁ」
そう思って反対側を見れば、奥の席で楚歌君がすごく気持ちよさそうに机につっぷして寝ている。その向こうには、今日も高い蒼天。手前の側には自成君がいて、私と同じように眠気と闘いながら板書をとってるみたい。
自成君は試験直前の馬力が凄いからなぁ。時々、班長も圧倒しちゃうぐらい精力的に論説しちゃうし。たぶん頭が良すぎるからだと思うけど天衣は時々迷っちゃう。でも自成君は違う。いつも自分の意見が既に定まっててすごいなぁって思う。
前に、天衣に自成君とお付き合いしてみたらって言ってみたことがある。そしたら班長は、『友達としては大切だけれども、付き合ってみたらイライラしそうだから無理ね。あなたがいけば』だって。まぁ、私は天衣だけで十分満たされてるから、恋愛なんてあんまり興味はないんだけどね。
そんなとりとめのないことを考えてる内に授業が終わる。授業の終了とともに楚歌君が起きてきて伸びをしながら聞く。
「つ、次ってなんだっけ?」
「確か今日は憎悪習慣よ」
「あ、あれか…憂鬱だな」
「そんなことを言うものじゃないわ。敵を憎んで国家を愛するために大切な行事なんだから」
楚歌君がこぼし、天衣が諭す。いつもの光景だ。平和だなぁって思う。実際、班長だってあの時間は嫌いなくせに、こういう正論をお首にも出さずにいえるんだから、やっぱり政治家の気質なんだと思う。憎悪習慣に関し天衣はいつだったか二人っきりの時に、『人倫に悖る旧弊たる悪習』って散々にこき下ろしていたくせに。
「で、今週は何だと思う?先週は確か…」
「新疆で起きた反政府暴動を扇動した西欧帝国主義者達に対する憎悪と、今日も美味しい中華料理の伝統を維持している国家に対する謝意よ」
「あれ、そうだったっけ、ていうことは今日はなにがきそう?」
「おそらく、倭、新疆ときたから越南あたりかしら。感謝は、そうね、最近の傾向は音楽、料理ときたから美術あたりが妥当なところね」
茶化さなければやっていけない。つまらない時間にむりやり叱咤する私達。
「碧海、ちょっとこっちに来て」
えっ、突然班長が私を呼ぶ。
「そのブローチはすこし華美に過ぎるわ、こっちに変えなさい」
そう言って天衣が私の襟元につけていた青地に四つの白い星の文様の入ったブローチを外して、代わりに党の標語の書かれた紅と黄の洗練さのかけらもないものに変える。あのブローチは結構地味な方だと思ったんだけどな。まったく、こんな無粋なのない方がましだよ。そう思いながら私はまだ少しだけ天衣のあたたかみの残ったそれに触れる。表面の文字は『炮打司令部』、司令部を砲撃せよ、天衣の好きな言葉だ。
一方で班長は楚歌君にも、
「あなた、さっき小型の新しい端末を持っていなかった?それにメガネ型端末もこの時間は外さなければいけないわ。少し私に貸しなさい、終わったら返すから」
楚歌君がいやいや差し出すそれらを班長が取り上げる。
「ほんの一時間かそこらよ、今日も学校終わったらみんなで一緒にいきましょう」
仕方ないなぁ、っとしぶしぶ楚歌が端末を班長に渡す。
そして私達は講堂に向かった。既にそこにはたくさんの生徒たちが来ていて学年と組ごとに整列していた。私達もいつもの様に並んでいた。
憎悪習慣、週に一回か二回ある気の進まない行事。講堂に全校生徒が集められて五分間、講堂の巨大画面に映し出された国家の主敵に対する憎悪を声の限りに叫び、怒鳴り、地団駄を踏んで表現する。最終的に誰も彼も酸欠状態になってヘロヘロのへとへとになってふらふらするようになる。そしてその頃には講堂の画面は敵ではなく、そこから私達を守ってくれている祖国と党の印に変わっていて、私達はみんなほっとして、感謝の言葉をからからの喉から絞り出す。
今日も校長先生が壇上に立っていつもの様に、憎悪習慣の開始を宣言されるのだと思ったら、そうではなかった。
「まず、憎悪習慣にはいる前に、何人かの学生の呼び出しを行います」
先週赴任してきた新しい校長先生。正直に言って、評判はあんまり良くないみたい。班長も自成も不平をこぼしていたし。
「まず、張偉、王偉、王芳、李偉、王秀英、李秀英、李娜」
ばらばらと名前を呼び出された生徒たちが列の中から押し出されてくるのが見える。憎悪習慣の前に呼び出されるっていうのは怖いことだ。私は私の前に立っていた班長の制服の袖を一寸握った。天衣がすぐに気がついて私の手を握ってくれる。
「張秀英、張敏、張楚歌、李静、王静、李強、張静、李敏」
え、時が止まった気がした。班長の私を握る手がぎゅっと力を帯びる。私の後ろには楚歌が立っている。私達はどうしていいのかわからなくて固まってしまった。左右の列にいた名前も知らない他の組の生徒が楚歌君に気がついて、無理やり列から押し出そうとしている。楚歌君は必至に抵抗しているけれども、引きずられるように列から押し出される。私達三人は見ているだけで動きようがなかった。ここで楚歌君をかばったら自分の名前が呼び出される番だ。反動分子は反動分子によってかばわれる、そう初等部で学ばされた。
壇上には性別も年齢もバラバラの十六人が立たされている。みんな青ざめて震えている。すぐに先生方が、一人一人に札をかけていく、そこには『私は試験で不正をはたらきました』とか『私は学び舎の風紀を大いに乱しました』とか書かれている。そして今にも泣き出しそうな楚歌君にも『私は反動豚になりました』と書かれた札がかけられる。
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