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第4連
第四連・起句 修身斉家治国平天下 (1)
しおりを挟む第四連・起句 修身斉家治国平天下
View point of淮天衣
暗々たる雰囲気が深く垂れ込めていた。夕方遅く、自成の部屋。一人を欠いた私達三人は膝を突き合わせて沈み込んでいた。
「天衣、君の方から手を回して楚歌をたすけられない?
例えば、君のお父さんに頼んでみるとか」
自成が問う。
「人民党上海委員会も上海公安委員会も今は動けないわ。知っているでしょ?」
自成の父親だって党員で、上海閥とつながっている以上、彼だって状況はわかっているはずだ。
林豹が東京から戻り、党中央委員会で打ち出した新たな腐敗撲滅政策は華南一帯を狙い撃ちにしている。今はどのような動きも李下に冠を正すと見なされかねない。
実際私達の学校の校長の交代も楚歌の弾劾もその文脈の上にあることは明々白々疑う余地を見ない。おそらく今頃、楚歌の父親も糾弾されているのではないだろうか。
「じゃあ、トウキョウに行こう」
自成が言った。珍しく碧海が私の袖を掴んで強く訴えている。
「行ってどうするの?」
「楚歌は既に与えられたミッションを終えていた。彼はトウキョウの市民権を得ていた。彼らに助けを頼もう」
自成の言葉は理解できる。それでも私は班長として、漢人として、青年団の一員として言わなければならない。それに、可能性が低すぎる。
「彼らに助けを乞うなんて我慢できるのかしら?それに、彼らが受け容れたとして、その意味を解かっているのかしら?トウキョウがどんな形にせよ私達の内政に介入するってことなのよ」
野蛮な東夷は四方の夷狄の中で常に一番狡猾だった。そう言いかけた言葉を飲み込んで薄暗い表情の自成を睨みつける。
「わかっているさ。楚歌は俺たちの友達じゃないか。一人の友達も助けられずになにが天下国家だ!『その身を脩めんと欲するものは、先ずその心を正しくす』だ。今ここで友を見捨てることのどこに正義があるというんだ!」
怒れる自成は『大学』を引用した。おそらく私は同じく『大学』から反論することが出来る。しかし、それは果たして正しいことなのだろうか。長年に渡り同じ時を過ごしてきた彼を見捨てることは国益にかなっていたとしても正道だろうか。
私が逡巡していると、珍しく碧海が私の服の袖を掴みながら言う。私がちょうど今日の午後に彼女に送った言葉だ。
「『ゆえに君子は徳を己に有して、のちに徳を人に求める』、仁義にもとることは徳とは言わないよ。天衣、お願い。きっと私達の班長は有徳の人だと、私信じてるから」
将来人民を治めんと期待されている私達が徳にもとる行為をする?臥薪嘗胆?それは違う、断じて違う。少なくとも将来天下国家を正さんと欲する私が徳を示せずして、何が班長か。何が人民党上海委員長の娘か。
それならば、国家に服従して友人を見捨てる?ありえない、それは目指すべきものではない。外道は蔑まれるべきだ。そして、国を治めるべく教育されている私達はまずその心を正しくしなければならない。そして正しさとは人徳なのだ。ここで友を見捨てることのどこに人徳があるのか。
学校の教育だって決して完全ではない。今北京にいる治者達だって腐りきっている。そこから発せられた教育は欺瞞と偽善に満ちている。それでも私達は実利のために甘受してきた。いつの日かこの国を革新せんと。そのために私は身を清くして班をよく治めんと望み、身を清くして徳を積み上げ、人民党上海青年団でいかな正道があり得べきか議論してきた。だから、断じてここで友を見捨てるなんてありえない。
友を見捨てるものは支持者を欺くだろう。支持者を欺くものはいずれ国を裏切るだろう。高貴たれ、正道たれ、漢には妙徳の血が流れている。
同時に私は考える。何とかして友誼と報国を両立し得ないかと。そして至った結論は私には少し手に余る様に感じられた。そんなことを実行するのは危険過ぎると。
「分かったわ。やれるだけのことはしてみましょう。でも、これだけは理解してほしいわ。私達がこれから行うことは中等部の学生の身ながら中央政界に叛旗を翻すこと。一つ間違えれば私達は皆処刑されるわ。そして、言うまでもないことだけど私を信じてついてきて」
「ああ、当然だ。楚歌を助けに行こう」
「うん、わたしは天衣にいつまでもついていくわ」
珍しく碧海が言葉にして賛意を示してくれる。
三十分後、私達はシナガワステーション近くの茶店でウツツとあっていた。何度か使ったことのあるあの洋風の茶店だ。
「そういうわけで、私達はあなたの助けが必要なの」
状況を説明しウツツに助けを求める。
案の定ウツツは渋い顔をしている。
「それは難しいと思うぞ。お前が要求していることは日中間の国際問題を引き起こす」
「そんなことは承知よ。それでも、楚歌はここの市民権を得ていて、十分トウキョウに貢献したんでしょ。その労に報いることも出来ないなんて、礼儀知らずよ」
「一個人のために国家を危険に晒せない。当然だろ」
そういうウツツの言葉は頭にくる。いつもの硬直した笑顔は気に障る。それでも、私達が使える方策のためにはどうしても彼らの助けが必要なのだ。
「あなた達が冷徹なのはわかったわ。それじゃぁ、もっと現実的に話をしましょう。といっても、確かにに私があなた達にあげられるものは限られているわ。だから、我が身をもってあなた達への貢物とするわ。人民党上海委員会委員長の父の手によるものよ。きっと将来有望よ」
ウツツの目をまっすぐに見据える。彼女は困惑しているようだった。ひょっとしたら何かしら面倒くさいとか思われているかもしれない。あの硬直した顔の下で一体彼女はなにを感じているのか。
「うーん、そこまで言うなら上の方に報告してみるが、期待はするなよ」
そういってウツツは手振りで彼女の発言を私達に対してミュートモードにしたことを伝える。目の前で若干視線を下げたウツツの口がパクパクと動いていた。
そして数分後、彼女が目を上げると更に困惑した様にもごもごと言う。
「大陸交渉大臣が来るらしい、しかもすぐに」
言うやいなや、ウツツの目が泳ぐ。
「ごめん。すこし席を開けてもらえる?」
そう後ろから聞こえた声の主は少年だった。かつて一度、最初にトウキョウに来た時に会ったことのある幼い少年だった。椅子によじ登るようにしてちょこんと座ると、あの時と同じく紅頬の少年に似つかわしくないスーツを着こなしてすまして口を開く。
「やあやあ、半年ぶりかな?
あの時はたぶん自己紹介をしていなかったと思うから、遅ればせながら」
コホンっとわざとらしく咳払いをして少年は続ける。
「僕の名前はハク。ジョブは大陸交渉大臣。って言っても、知っての通りそんなに往来はないわけだけれどね。ボクが国境の受付をやれるぐらい暇っちゃ暇だしね。
んと、お話を聞かせてもらえるかな?てっきり僕が君たちに会うのは次の居住権の更新のアンケートの時だと思っていたのだけれど」
そして私はもう一度丁寧に少年に状況を説明することになった。彼のアバターこそは子供だが、その中身が表とはかけ離れていることは最初に会った時から何となく気がついていた。
「なるほどね。状況は大体分かった。でも、いいの?この提案を僕が北京に通報したら、キミタチみんな良くて銃殺刑、最悪凌遅刑かもしれないよ?」
人を喰ったように笑う少年に苛立たしさを覚えながら私は応じる。
「そんなことは解っています。しかし、ここで友人を見捨てては今後正道に還れない。だから全て承知で私達はここに来たのよ!」
「おお、こわいこわい。
しかしボクらとしても国益を犠牲にしてまで人助けをする気はないよ。それもわかっているんだよね」
「もちろんよ。あなた達は私を、楚歌と身代わりに手に入れられるわ。ウツツにも言ったけれども人民党上海委員長の娘よ。人質にすれば外交の切り札に使えるかもしれないし、将来の交渉相手としてはきっと有望だわ」
「へー、日本の政策を変えるために貢物が君ってわけか。ボクのプレイは激しいよ?」
そう言いながら少年はその小さな手で私の太ももに手をかける。嗚呼!耐え難い屈辱。生暖かい手の感触が、肌触りが高機能な倭人たちの情報技術によって上海の私に伝えられる。汚辱、恥辱にまみれようとも仁義の道を指し示す。数千年の昔、匈奴に我と我が身を供物として捧げられた王昭君もこんな心持ちだったのだろうか。
「んーつまんないなぁ。人民党のハニートラップかなんかだと思ったんだけども。
反応も普通に嫌がってるし、まぁ全部終わったらお茶でもおごるから許してよ」
そう言って、一変した少年はカラカラと笑った。
「つまり、助力いただけると」
「うん、そーだね。日中は一衣帯水の仲、友人のトラブルに協力するのは当然だよ。まぁ、実際なにが出来るか話したいんだけど、ウツツ、あと他のみんなもちょっと席を外してくれないかな。すこし彼女と二人だけで話がしたいんだけど。あと、この店の店主に言って人払いを頼む。CPは後から払い込むと伝えておいて」
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