【メフィスト賞選評作品】上海千夜一夜物語

すえひと

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第4連

第四連-承句 和魂洋才・中体西用(1)

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第四連-承句 和魂洋才・中体西用
View point of若桜響子

 それは2週間前に遡る。

 排気ガスで煙った夜が更けていく、東京の空は今日も雲がかかっていた。東京飯店を首になって、親から絶縁された私はどこにも行くところがなくなってしまった。そして食べるに困ったわたしは阿片窟でウェイターとして働きはじめるしかなくなってしまった。汚らわしい中毒患者達の妄想と戯れる毎日、終わると近くのインターネットカフェで仮眠しつつ、次の勤務までの虚しい夢を見る。
 
 ほんのひと月ほど前までこんなはずじゃなかったのに、そう思い返すたびに冷たい涙がフルフェイス型コンピューターをぬらす。なにが悪かったのか、わたしにはわからない。
あそこで自爆するのが正しかったのだろうか。そうしてそれと知りながらお父さんお母さんの正義を汚すのが?それとも特攻に志願したこと?お父さんお母さんと反逆者になったこと?ただ一つだけ言えることは、わたしはあの場において、もはや死をおそれていたわけじゃなかったということ。

 わたしにはどれひとつ正しいようには見えないのだけれど、どこかにあるはずの仮定の選択肢を泣きながら探す。そして泣きつかれた後で電脳空間にログインする。全て忘れて邯鄲の夢を見るために。たぶんわたしはもう阿片窟の中毒患者達と変わらない、それどころか現実を捨て去り日々虚構の世界を生きるトウキョウの売国奴たちともかわらない。虚しさを抱いてわたしは今日もログインする。

 遅い、プラグをさして電源を入れる。そこまではいつも通り、普通に進み、個人情報の入力をした途端、急に接続が遅くなる。インターネットカフェのバーチャル空間に自分のアバターが出てくるまで、普通なら一分くらいしかかからないのに10分以上かかる。さて、今日はどこに行こうかしら、疲れて眠くなるまでの間、ファンタジー世界で龍を狩るか、カジノでつかの間の快楽に課金するか、はたまたフルダイブ型の映像劇でも見に行くか。わたしはとりあえず下品なポスターがベタベタ貼られて、半裸の女性たちが蠱惑的に体を揺らしているこのインターネットカフェのポータルサイトを出ることにした。

 そこは現実とは少しだけ違う東京の町並み。夜が来ることはなく、いつもさんさんと動かない太陽が街を照らしだしている。塵一つなく、監視カメラもない。工事中のビルはなく、廃墟も廃屋もない。現実と違い落書き一つ無い街の中をあてどなくわたしはさまよった。只々煩わしいわたしの思考とアバターの行動との間に起こるタイムラグは鬱陶しくも、まさしくわたしの現実の愚かさを映しているみたいでわたしを悲しくした。

 結局いまさらわたしにはきめられないんだ。どこにいくのかなんて、今までだって一度だって自分で決めてはこなかったんだから。列車のレールのように、ただ決められたとおりにわたしは反逆者になった。お父さんとお母さんが喜んでくれると思ったから。そうなのに、一体いつわたしのレールは脱線してしまったんだろう。どこでわたしのレールは阿片窟や悪趣味なネカフェに通じるように切り替わってしまったんだろう。終わらない問は、終わる夜を越えて既に幾夜も続いている。あの夜以来。

「ちょいとそこな、おねーさん?」

 突然個別チャットのウィンドウがポップアップして、見たことのないハンドルネームが表示される。『ホワイト』と読めるその名前の向こう側でやっぱり見覚えのぜんぜんない子どもが手を振っている。

 確かに透き通るように肌が白くて白い色のシャツにやはり白を基調としたハーフパンツを着ている。見なかったことにしてわたしは反対方向に足を向ける。こんな時間に子どもが電脳空間にいるなんてやっぱりおかしい、最近流行りのバーチャルセックスのたぐいなんだろうか。

「ひどいなー、無視しないでよー」

 再びウィンドウがポップアップして少年が追いすがってくる。わたしは妙に重い回線のせいでラグがあって少し歩く早さが遅い。そのせいかすぐに少年は追いついて、音声回線をひらくようにメッセージを飛ばしてくる。わたしはしかたがないので、ない心当たりに怯えながらひらく。

「もー、おねーさんひどいよ、ボクを無視するなんて」
思った通り子供の声で話しかけてくる。
「えっと、どこかであったことがあったかしら?」
そう尋ねるわたしに少年はどこ吹く風というように子供は答える。
「うーん、ないねー。
でもさ、なくても話しかけていいじゃん。おねーさんはどこか行く予定でもあったの?」
「もちろんよ。大人なんだから」
大人というどうにも自分を形容するには違和感のある表現を使う。
「嘘だね。せっかくだからちょっと付きあってよ。日本人のおねーさん」
少年は軽口を叩く。わたしはめまいを覚える。まさか、知られている?わたしのハンドルネームは中国風なのに。でもまだ偶然の可能性もある。なんせここは東京サーバー人口の半数は日本人だ。
「ごめんなさいね、わたしは既に彼氏がいるから君とは付き合えないかな」
そう、またしても自分らしくない軽い返事でその場を取り繕って少年から距離を置こうとした。
「うーそだってね、
まぁ、君は若いねぇ、人を見た目で判断するなんて。それにここはバーチャル空間、アバターなんていくらでもいじれるよ」

 そんなことはない。各年齢層ごとに決められたアバターのモデルが有り、それ以外を使うことは許されていない。

「アバターの年齢詐称は法律違反のはずよ」
「そうだったっけ?まぁ、ボクはたぶんキミを助けられるよ」

 知ったような口を聞かないで、思わずそう言いたい気持ちにかられた。目の前で人をおちょくったような子どものアバターにイライラさせられる。

「わかった、じゃぁ最初に一つ証明してあげる。ボクのリリカルでマジカルなパワーをね」

 なんだかバカバカしい言葉を言って少年はわたしの肩に背伸びして手をおいた。その瞬間、煩わしかったラグが消えた。あんなにしつこくて、どんなにウィルス対策ソフトをかけても解消されなかったラグが一瞬で消えた。たしかにそれは魔法に似た何かと思ってしまう。

「じゃぁ、ボクとお茶に行くことけってーね」
そう少年は笑っていった。
「ちょっと、あなた一体どうやったのよ」
すたすたと歩き始める少年に今度は私が追いすがる番だった。
「まーちょっとしたウィルスバスターをね」
「え、でも私だってそれくらいは」
「金長城の内側で配布されてるパチもんじゃダメだよ。ボクが持っているのは本物のやつ当局の監視ソフトもこれでいちころ、シャットダウンだよ」
「あ、あなた一体なにを言っているの…」

 そんなことを言いながら歩いていると公園にでた。もともと併合される前は皇居と呼ばれていたエリアだ。おしゃれにカラーリングされた大型のバンが止まっていてクレープを売っている。店の名前は『DEJIMA』と読める。

 さぁ入って入ってと少年はバンのトランクを開けてわたしを招く、見ためにはただの調理場なのに、少年は当然のようにわたしを招き入れる。お店の人は気に求めていないようだ。

「ごめんください」

 そういってわたしは足を踏み入れる。その瞬間そこは手狭なバンから全面ガラス張りの開放感のある近代的なカフェに変わった。ガラスの向こうには金木犀の咲き乱れる美しい庭園、洋風のレンガ造りの可愛らしいお家。
「え、ここは?」
混乱して立ち尽くすわたしに少年は椅子を引いてわたしに勧めてくれる。

「ようこそ、『Cafe:出島』へ、本日のおすすめはイングリッシュブレックファーストティーだよ。アッサムの一番摘みにケニアとセイロンを加えたやつ。たっぷりのミルクとお砂糖と一緒にどーぞ。
あ、カフェインダメだったら言ってね。ノンカフェインのハーブティーに変えるから」

 目の前には湯気の立つティーサーバーとほのかに湯気が立つティーカップ、ミルクのカップと角砂糖の小さな壺が置かれている。

 わたしは戸惑いながら席についた。透明なガラスの円筒形のティーサーバーは見慣れないもので、使い方がわからない。普通の急須で出して欲しかったなっと思う気持ちを汲んでくれたのか、少年がティーサーバーの蓋についた金色のつまみを上下に動かして少しずつお茶を出す。透明だったお湯が少しずつ茶色く染まっていく。少年は手際よくミルクをカップに3分の1ほど注ぎ、黒っぽくなるほどでた紅茶をティーサーバーからカップに注ぐ。角砂糖を二つ落としてティースプーンでかき混ぜてといてくれる。

 流れるような少年の所作はわたしに一瞬で全てを忘れさせてくれた。おしゃれで、きらきらしていて、なんだか自分がとても特別な人間になったような気がした。テロリストや阿片窟の従業員なんかじゃない何かもっと高貴な立場に…。それは確かに夢のよう。

「どうぞ」

 そう言って少年はわたしにカップを勧めると自分はわたしの向かい側の席に座った。少し椅子が高いのか、目線はわたしと同じくらいになる。

 私が一口、口をつけて一服したのを見計らってから少年は口を開く。

「改めて、はじめまして。ボクはトウキョウで大陸交渉大臣をやっているハクというものなんだ。キミは大日本復興会議の若桜響子さんだよね」

わたしは首を縦に振るしかなかった。
「キミの最後の仕事に関して見たこととか聞いたことを教えて欲しいんだ、キミは会議を除籍になったそうだからもういいよね」

 どうしてそれをっと思った。わたしですら知らなかったのに。もちろん、たぶんそうなってはいると思ってはいたけれども直接は誰からも聞かされていなかったから。

「はい、たぶん。でもどうしてそれを」
「世界中どこにでもゲーマーはいるんだよ。そしてその多くがボクタチのシンパだなんだよ。まぁ、ボクラは中国と違って構造的抵抗勢力のほとんどない社会を作ったから、そんなに関与する必要もないんだけどね。みんながまじめに考えて行動したら意見の対立が常に血を呼ぶ、火種を呼ぶ。結果的にそれを抑えるのは更なる力とその正当化になるわけだけどね。一方、ボクラはみんなでバカになることにした。みんなが不真面目で変態のキモオタならそもそもまじめに取り合わないから強力な権力もそれに対する抵抗も必要ない。それをキミタチ『日本人』も中国人も堕落しているって言うけどね。ちょっとくらい腐敗している方が味が出るもんだよ。それにみんな平等に堕落しているから、本来の意味での腐敗は存在しないしね。

 まぁ、それはさておき、キミの知っている情報を全て僕にちょーだいよ。そして今後はトウキョウに忠誠を誓って協力してよ。そうすれば2年後に青ヶ島のトウキョウサーバーに行けるように取り計らってあげる」

既にどこにも居場所のないわたしに選択肢は残されていなかった。こうして既に一度『出島』でトウキョウを体験してしまった以上、その幻想はすでに阿片のようにわたしに染み込んでいた。
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