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第4連
第四連・転句 文化大革命(1)
しおりを挟む第四連・転句 文化大革命
View point of 李自成
その日、少年達は延安公園にいた。正しくは延安公園の仮想空間だが。空はいつかのように蒼々と天高く広がり、太空をゆく雲が浮々としている。
天衣になにか考えがあるらしい、トウキョウとの交渉はうまく行っていたようだ。だが、自成にも碧海にもなにも教えてくれはしない、機密だからっと。全く融通のきかない班長だ。だが、少年は自分が彼女に頼んだのだから甘んじて受け入れる。この国で十年以上生きていれば秘密とか機密とか部外秘とか、そういう言葉にはもう慣れっこであった。
日曜日の朝、延安公園の電脳空間はたくさんのアバターでごった返していた。突然上海人民党青年団の定期会合がこの場所になったからだ。どうやら人民党上海委員会のほうから声がかかったらしい。つまりは天衣のお父上だ。普段はもちろん仮想空間ではないし、上級会員だけの参加のはずだが、昨日付の通達で仮想空間で行うため、全員参加が『望ましい』と連絡があった。すぐに天衣に聞いてみたところ、ぜひとも参加して欲しいということだった。そして更に楚歌の友人たちにもできるだけ声をかけて欲しいと頼まれた。
その結果自成達のいる公園の南入口はどうにも人民党青年団の会合にはふさわしくない風貌のアバターがかなりいる。規制されているはずの自作アバターや、それ以前に肌の露出がかなり多い青少年保護法令に引っ張られそうなものまである。今回の会合は公開されることになっているので青年団以外でも入れるのだが、それにしてもひどい。自成はなんだか眼のやり場に困っていた。まわりの一般の参加者たちも眉をひそめている人は少なくない。
楚歌の名誉回復のために手伝って欲しいと頼んだのが良くなかったのだろうか。ほんの数人に頼んだだけにもかかわらず、すくなく見積もっても数十人はいるようだった。彼らの背後でなんとなく居心地が悪く感じながらも自成達は天衣の演説に集中しようとしていた。通常ならもっと前の方のいい席が予約されているはずなのに。ここからでは天衣の顔はわざわざウィンドウを開いて至近距離からの映像配信をひらくしかなかった。
「なぜ我々の健全な正義の活動までが自粛を強いられねばならないのか。北京はいまや罪なきものを罪人として捕らえ、罪あるものを聖人として崇めている。更に人民の富は不正に役人たちによって専横され、ここに至って北京はもはや何万もの魏忠賢の巣窟となっている。一方、ここ華南では当局の不正な追求に屈し、心当たりのないものまでが偽証され何万もの屈原を生み出している。私たち若者はこの現状を無視すべきだろうか?否、断じて否」
聞こえてきた天衣の言葉は度を越して過激だった。彼女が現状に不満を持っていることは自成も知ってはいたが、こんなことを言っては明日にも騒乱罪で逮捕されてしまうのではないだろうか。隣を見ると碧海も困った顔をしていた。
「であれば、どうすればいいか?我々は誇るべき過去を振り返らねばならない。若者たちはいつも腐敗した中央政府に物申す立場であった。蜀の玄徳公が挙兵したのは二十三の時であった。かの毛同志も造反有理を唱え、若者たちの行動を支持したではないか。我々が紅(くれない)を衛(まも)る兵となれない道理はどこにもない!」
彼女は本気なのだろうか、楚歌を取り戻すために、武装蜂起でもする決意を決めたのだろうか。それならば自成たちは彼女を支えるしかない。脳内でなにが出来るか考え始める、先ず父親の説得だろうか、コンピューターを差し出すことだろうか。そもそも、ここで彼女がああ言うということは、既に彼女は彼女の父を説得して旗を掲げる覚悟を決めたということなのだろうか。
その時、隣の碧海が俺の裾を引っ張った。彼女が指差す方には今まさにゆらゆらと門ができようとしていた。黒々とした柱に堂々たる瓦屋根、かなり古々たるその様式はシナガワステーションで俺たちが見たものと酷似していた。次第にゆらぎが落ち着くに連れて、その門の向こう側も見えるようになってきた。やはり、上海にはありえないような和風の町並みがそこにはあり、たくさんの雑多でそれでいてまとまったアバターの群れがこちらに向かってゆっくりと体を揺らしながら向かってきているのが見える。
天衣は気が付かないのか今だに演説をぶっている。
「外を見渡せばかつての帝国主義者達が未だに我々の神聖なる大地を虎視眈々と狙っている。にも関わらず、中央の腐敗は度を越して進み、今まさに我らが祖国を夷敵の手に売り払わんばかりだ。このような内憂外患において次世代を担い、現統治の将来の犠牲者たる我々が手をこまねいていることは全くの不合理であるばかりか、我らの次の世代に対する罪ですらある。
見よ、今まさに我々は敵の攻撃を受けつつある」
そう言って天衣が『門』を指差す。それはいつの間にか元々そこにあったかのように固定され、すでにその中から人々が出始めている。
丁度天衣が指摘したこともあって会場の目が門に向く。一瞬の沈黙が覆った。沈黙した天衣の言葉の代わりに門の向こう側から聞こえてきたのは音楽だった。軽薄でそれでいて耳に心地の良い音楽。体を妙に揺らしていると見えた人々は踊っていたのだと理解できる。しかも彼らのアバターの服装は妙に艶かしかったり、露出が多かったりで眼のやり場に困る。ただでさえ、ここ中国の規制から見れば彼らのアバターは自由すぎるというのに。それと比べれば自成達の回りにいる不良たちですらもまだおとなしかった。
電子手紙が天衣から主要な青年団のメンバー宛に届く。
「聴衆を門から遠ざけなさい」
数秒立たずに別のメッセージが天衣から再びごく一部の信頼できる同志に届く。
「聴衆を門から遠ざける『ふり』をしなさい。あと、当面の間はあなた達は日本語がわからないってことを意識しなさい」
すぐに俺と碧海は目をみあわせて頷くと反転して門を凝視する聴衆に向かい合わせになった。彼らも混乱しているようで、どうしていいかわからないというふうだった。やがて背後の方からも声が聞こえる。
「あのーこれ以上すすむのはやめたほうがいいんじゃー」
「そうだ、やめたほうがいい」
その声は紛れも無くカリ、とオモウの声だった。しかし彼らの静止を聞く者はほとんどいないようだ。
「ここで止まったらCPの報酬が下がっちまうだろうが」
「んだよ、空気読めよ。みんなで楽しく踊っているんだろうが」
「風紀委員とかじゃないですよね、じゃぁいいじゃないですか一緒に続けましょう」
「みんな、踊り続けてるじゃないですか。ここで止めたらみっともないですよ。それに、風紀委員でもないのに、そんなふうに静止したら場のフラストレーション値が上がってしまいますよ」
そう言われて、ほとんどカリもオモウも動けないようだった。それは仕方がない、彼らはやはり日本人なのだ。
数百人の見守る中で飄々と踊り続ける途切れない踊り手達の群れは一種異様な光景だった。本人たちは観衆の困惑した眼差しを知ってか知らずか、いよいよ激しく踊り始めたようにすら見える。訓練されたかのような一糸乱れない踊り手達のパフォーマンスは確かに見ていて面白くないものではなかった。
壇上から再び天衣がオープンチャットで声を張り上げる。
「変なウィルスに感染するといけませんから、彼らには触れないでください。距離を取ってください」
指示を聞いて、俺と碧海は慌てて前にはみ出しつつあった聴衆を押し戻そうと形ばかりの努力をする。碧海は一生懸命やっているようだけれども、元々非力なのかほとんど効果は見えない。二人で群集に対して声を上げて注意喚起する。
「安全のため距離を取ってください」「当局は誰が愛国的で誰が売国的か確認していますよ」
曲が変わる、踊りが単調な動作の繰り返しに切り替わる。その時俺の視界の端にいた若い女性のアバターがついに群衆からはじき出されて踊っている日本人達の間に倒れこむ。あからさまに肩を出して性的な視線を意識して作られたそのアバターは誰がどう見ても違法なものだった。
一人の日本人が踊る動作の合間を見て彼女を立たせるとなにか言う。伝わらないことに気がついたらしく、身振り手振りで一緒に踊ったら?と誘い始める。初めは嫌がっていたその女子も、もともと違法な改造をするくらい意識が低いからか、すぐに踊り始めた。
動きは手足を音楽に合わせて交互に激しく前後するだけのもの、符丁は精々三種類、見ていればだれでも出来ると感じる程度のものだからか、事もあろうにその女子はこちらにむかって、
「ウィルスなんて大丈夫よ、みんなもこっちにきて踊りましょう」
と言い始めた。大半の聴衆は
「馬鹿じゃないのか」「売国奴」「売女」「端女」
っと罵る一方で自成達の抑えている明らかに不真面目なゲーマーたちの中には俺や碧海をどけて中に入ろうとするバカたちがいる。もちろん碧海に押し返せるはずもなく、ばらばらと碧海のところから何人もの造反者達が加わる。
「当局に捕まるぞ」「反逆者」「束縛しろ」
という怒声がわき起こる中で天衣が再びパブリックチャットを使って指示を出した。
「現在、上海人民党青年団本部、上海公安部、上海電子監視台、電脳安全維持局、青少年保護部、その他の公安施設との連絡が途絶えています。我々一人一人が中国人としての誇りを持ってこの一大事に行動せねばなりません」
これによって、完全に少年と少女は国家の規制から脱出して突進する群衆に飲み込まれた。
「君達どこから来たの?」「そのアバター可愛いね?ソースコード見せてくれる?」「あれ、言葉通じないぞ、何語だこれ」「北京官話じゃねーか」「だれか言語スキルクリアしてパッチもっているやついねーのか」「あーおれもってるわ」「うわ、急に中国語話し始めた!」「振り付けはもっと大きくて足を動かすんだよ」
もはや日本人か中国人かわからない会話がどんどん聞こえてくる。曲が変わる、わーっと混乱する、日本人達がいちいち踊りながら言葉で教え始める、その光景を見ながらいままで距離をとっていた中でも好奇心旺盛な者達が恐る恐る加わり始める。
自成は殆ど諦めて座り込んでしまった。もはやこうなってしまってはどうしようもない。秩序が保たれているのは中央の演台の周りだけだ。そこでさえも、もはやどうしていいか判らないといった混乱に巻き込まれているように見える。
「え~っと、飲み物いりませんか?売りますよ?檸檬炭酸水、お水、お茶、全部冷えていますよ~」
聞き覚えのある声が聞こえてくる。先ほどまで踊り手達を止めようとしていたカリが何故か飲み物と軽食を売り始めていた。
「えっと~、日本の方は5CP、それ以外は…あ、いいですよ、タダで、人民円の取り扱いはないから~、仕方ありませんよね~」
なんだそれはっと言おうとしたら、既に群がる人並みにカリが圧倒されている。
「だめだよ、きちんと並んで、全員欲しいだけありますから」
珍しく碧海が声を張り上げてカリを守ろうとしている。やはり、ここは中国で上海だから彼女なりの気遣いなのだろうか。そう思って、碧海の方を見渡すと既に彼女自身が檸檬炭酸水の小瓶を傾けている。
更に三曲ほど曲が変わり、全体的にみんなが疲れてきた頃、パブリックチャットでまたしてもここで聞こえるはずのない声が流れ始めた。
「ああ、混乱させてしまって非常に申し訳ない」
それは紛れもなくウツツの声だった。ステージを表示するウィンドウを開けば、いつもの彼女の黒髪で凛々しい姿が表示される。今日はどうやら紺の袴のようだ。
「私はトウキョウサーバーの風紀委員、えーと、伝わるかな?」
「規律委員よ」
「そう、規律委員のウツツというものだ。今回トウキョウサーバーは第三者からの、おそらく国外からの極めて異例かつ悪質な攻撃にさらされている。そのため、どういうシステム上のトラブルかわからないが上海のこの地区と接続してしまった上に、連絡が取れない状況に陥ってしまった。
先ほどまでこちらの、えっと、上海人民党青年団?の方々と相談した結果、状況が復旧するまでこの場で秩序を維持しつつ待機することになった。この場にいる日本人達は皆それぞれのメイン登録ギルドごとに連絡を取り合って、このステージの方に届け出て欲しい」
続いて、天衣が同じく音声を流す。
「我々も同じよ。各学校学級ごとに電子連絡網で連絡を取り合い即席の三人一組の班を作って運営本部に届け出なさい。それぞれに秩序委員を割り振るわ」
「聞いての通りだ。
その後に日本人と中国人のそれぞれの登録されたグループを合わせて相互監視を行う。また、各グループごとに秩序委員を設定し、暴力行為や過度の混乱を生み出す状況の抑制に努める」
「即席だけれども、ここに中日秩序委員連部を設置し、以後連絡部を通して状況の把握に努めます」
『状況の把握』や『混乱を生み出す行為』なんて言葉に俺は妙な笑いが込み上げてきた。おそらくあの二人は全て知って、取り計らった上で言っているのだろう。考えてみれば先程の扇動的な天衣の演説も当局の監視の外にあると知っていたから出来たことなんだろう。「まったく、俺たちの班長は反逆的だ」
少年はポツリとそう呟いた。
ピトッと冷たい感触が頬に当たる。見上げればカリと碧海だった。カリが俺の頬にレモン炭酸水の小瓶を当てている。
「あ~、感慨に浸ってるところ悪いんですけどね~、とりあえずそれぞれ登録に行きましょ~か」
洋風の給仕服姿(たしか、『メイド服』だっけ)のカリが言った
そうしてカリ、ウツツ、碧海と共に中央のステージの方にいく。いつの間に用意されたのか『秩序委員連絡部』と旗が立てられている。本来俺たちと共に、天衣がいてもおかしくなく、楚歌がいるほうが自然だった。けれども二人はいない。天衣は管理者として、そして楚歌こそがこの状況の原因であり、被害者であった。
旗の下には『秩序委員連絡部』と腕章をした数人がいた。その中に見知った天衣とウツツがいて、俺達が声をかけると『既に登録済みだから一緒にいなさい』という班長の指示だった。俺は密かに
「班長、中『日』秩序委員連絡部って言うのは危ないぞ。せめて中『倭』秩序委員連連絡部じゃないと」
と打った。直後に返信が来る。
「こんな状況になって、隠し通せない欺瞞を続けるのは馬鹿よ。細かいことは『今は』いいわ。最終的に彼らが納得して自治省になればいいのよ。欺瞞は国を滅ぼすわ。康有為、梁啓超、そして徳宗、彼らがなぜ滅んだか忘れてはならないわ。
あ、ついでにあなたが秩序委員になりなさい。十三班ね」
いったい天衣は何を考えているのだろうか。百日維新、日本に学ぼうとした二百年前の人々の名前を出す天衣。とにかく俺と碧海、カリ、オモウは四人でウツツから追加で来た指示に従って仕出しをすることになった。
カリが言う。
「おにぎりと包子(パオズ)の仕出しをするんですよ~、飲み物と一緒にね」
「なんでまた、そんなことを」
どうしてもこの四人だと俺とカリの会話になりがちだ。碧海もオモウも比較的おとなしいからだ。この二人が何を考えているか分らなくていつも俺は苛立たしいと思う。
「お腹が減ってるとカリカリするでしょ~。せっかくあなたんところの小うるさい班長も妥協してくれたんですし~、せっかくなんで交流をガンガン推し進めちゃいますよ~」
ああ、そういうことなのか。少年は理解する。ここはある意味で交易所、ある意味で外交所、ある意味で喫茶店なのか俺はなんとなく理解した。この日本人達は本当に無垢に遊びたいのだと。トウキョウサーバーにいる時と何も変わらず、ストレスなく和気あいあいとして話し、好々たる記憶を各々の人生に積み上げたいだけなのだ。
なんだかなーと思う。天衣や自分たちがこんなに頑張ってイデオロギーとか国体とかそういうものを意識していたのに、こいつら食事の心配をして、つまらなくないようにエンタメを準備していた。なんだか肩の力が抜けた。
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