【メフィスト賞選評作品】上海千夜一夜物語

すえひと

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第4連

第四連・転句 文化大革命(2)

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第四連・転句 文化大革命
View point of 李自成

「わかった、手伝うよ」
そういって彼女の仕出しを手伝い始める。
少しして告知が流れる。

「連絡部の方では再生する楽曲の希望を募集します。素晴らしい中華音楽を応募してください。くれぐれも軽薄な流行歌なんて応募しないように。それでは第一曲目は私から『東方紅』」

天衣の好きな軍歌が流れ始める。慌てたようにウツツがチャットで呼びかける。
「もちろん日本人からも応募するぞ。当然ポップスやアニソン、ゲーソンも大歓迎だ。折角なのだからみんなで盛り上がろう」

俺でもわかる。ウツツは空気を読んだんだ。
なんだか、天衣もうまくのっけられているみたいで、俺は釈然としない気持ちを抱く。最初のやたら過激な扇動演説は一体何だったんだと。まぁ、尊敬できる敵より卑劣な味方のほうが憎いっていうし、そういうことなのかなぁ。後で聞いてみよう。

ぼーっとそんなことを考えていると、
「えっと、そのオニギリってなに?」
客に聞かれる。

「えっと、白いご飯に塩を振って海藻を巻いたものです。中に鮭の卵が入っているのと梅の果肉が入っているのがありますが」
「鮭の卵って!?それ、どんな味なの?」
「醤油づけされていますが、すこし生ぐさいですよ。ぷちぷちとした食感が楽しいですが」
「うーん、梅味のほうでいいや、あと包子と烏龍茶」
「謝謝、ありがとうございます」
まとめて渡す。
隣でカリが感心したように言う。
「なるほどねー、そう説明すればいいのか~、おもしろ~い」
「じゃぁ、カリは包子をどう説明するんだ?日本料理じゃないだろ」
「うーん、中華まんかな~、大体の中華料理は日本でも食べられてるからね~。もし日本語に名前があるんだよ」
「へー」

見渡すと延安広場で皆思い思いに座り込んで談笑しながら食事をしている。青い空はよく晴れて心地良い気温だ。たぶんトウキョウサーバーならそよ風とかも吹いていると思うが、そこまで細かく情報の書き換えはしていないようだ。それでも、味覚に関する情報をきちんと突っ込んでいるあたりさすがだと思う。


そうして時間が過ぎていく。広場には四人から六人程度のグループがまばらに座っている。突然、パブリックチャットでウツツの声が響き渡る。

「それぞれ相手国に対するイメージをシェアしてくれ。勿論、平和的にだ。いざこざが起こりそうならそのアカウントは秩序委員連絡部の名において凍結するので心するように。参加してくれれば日本人は100CP、中国人には即席だが記念の時計アプリのスキン『ビッグブラザーウォッチ―ズ』を用意した、勿論中国の法律上この時計ガジェットの使用は何の問題もないよう配慮されているので安心してダウンロードしてほしい」

ほとんど脅しとも取れるような発言と報酬の概要に続いて説明のための動画が流される。曰く『理解のための衝突』。要はそれぞれ相手の社会に対する印象を交互に列挙し、それに対して本人たちの側から実際のところを聞くということらしい。みるからに対立が火を吹きそうな活動だ。俺としてはこれを提案、あるいは賛同した天衣の意図がわからない。

「じゃぁ、やりますか~」
カリがいつもの軽薄とした口調で言って他の三人を見渡す。全員が目と目で意志を確認し合う。
「みなさん硬いですね~。カッチコチですね~。まぁ、せっかくなので。
中国人といえば『辛くて脂っこい中華料理が好きな人たち』ですよね~。本場の味なんかなかなか手がでませんよ~」

 そう言ってくすくす笑うカリに俺はなにか無性に困った気がした。
「いや、そんなことないと思うんだが。俺は辛いのあんまり得意じゃないぞ。四川とか西部の方は辛い料理多いみたいだけど、俺達みたいな南部出身者は脂っこいものはともかく辛いのはそんなに食べないぞ。北の方は脂っこい料理も少ないみたいだし」
「へー、それは意外ですね~」
特に驚いた風でもないカリの隣で無言ながらオモウは目を見開いているようだった。
「じゃぁ俺の番か」
 そうして考える、日本人に対する全体的な印象を。そもそもすでにウツツらと数ヶ月に渡る体験が多くの先入観を打ち壊してしまった。天衣なら政治や歴史の話でもするのだろうが、俺は正直そんな面倒くさいことに関わりたくない。

 そしてそこまで思って気が付いた。このゲームの企図は本当の意味での対立を喚起しないで、それでいてそこまでではない程度の当り障りのない偏見の打破なのだ。罰があるとまで明示しておきながら、しかも血も肉もある人間に対して面と向かって根本的な対立を引き起こせるのはよっぽどの白痴かよっぽどの天才だけだ。

 ここにはどちらもそれほど多くない。言い換えればほとんどはそれほど危険を冒したくない者達ばかりだ。人民党上海青年団、そんなところに集まるのもその周りを取り巻くのも結局は何とか無難に生きたいエリート志向の者達だけなのだ。日本人がいないところで息巻く勇気はあっても上からの圧力をはねのけてまで直接糾弾する者がそれほどいるはずがないのだ。

 大半は俺のように無用な争いに意味を見出さないだろう。もしいるとすればせいぜいどっかの班長だけだ。なんだか自分の思考が日本人たちのようだなっと内心苦笑する。

「日本人といえば…えっと『頭が硬くて融通がきかない』かな」

 掲示板かどこかで聞きかじった評判だ。今まで思い出すことすらなかった。
「たしかに。ウツツとか」
突然ポツリとオモウが言う。即座にカリが
「でも~、じゃぁハクさんとかどうなんですか~。今回のことは全部あの人が無理してくれたんじゃないですか。法をねじまげ権力と財力を駆使してあなた方のためにしたんじゃないですか~」

 確かに、それはその通りだ。そもそもそれほど四角四面な人間たちばかりなら技術が発展することはありえない。柔軟さは否定できない。しかし同時に彼らの秩序正しい行動原理を思い出す。恥じて互いを汲々と監視し合い、共通認識でもって以心伝心し合う。頭が硬いわけではなく、それぞれの内なる規範に忠実なのだと思う。けれども、結局そんな内心の規範が完全に同じであるはずもなく、同じくしようとするための主観共有ではなかったのか。それでも時にはハクのような人物が出現する。

「そうだな。一口で一つの文化や人々をまとめて表現するなんて不可能かもな」
少年の発言に三人の少女たちがそうかもっと頷く。
「次は私ですね。えっと中国に対するイメージですね。そうですねぇ、一般に徳の国ですかね。『論語』とかでしたっけ?でも、実際マナーが良くないとか騒がしいというイメージもありますしね…」
お茶を濁すオモウ。その気持ちは確かにわかる。この数ヶ月日本人達のカオスでありながら秩序だった社会を見てきた。それと比べて自分達が徳高いなどというのはおこがましい。たとえ彼らのそれが相互監視の文化の結果だったとしても。

 確かに中国とは義の国であり徳の国だ。歴史を見渡せば徳高い聖人君子達は枚挙に暇がなく、周りを見渡せば徳低い阿Q小人の類は星の数ほどいる。それでも俺は俺なりに国威の面子を立てなければいけないと思う。

「そんなこと言って、まさに君達こそ以徳報怨で最も救われたくせにそんな言い方ひどいじゃないか」
 胸中汲々としながら、それでも知っている言葉で言い返す。100年前敗者だった彼らに賠償を要求しなかった事こそ中華の徳の証ではないかと。勿論一方でそんなことで個々人の諾々たる下劣さの言い訳にはならないのだけど。

 再び僅かな沈黙がある。数ヶ月を過ごした俺達ですらもこの有り様なのだから他の班は恐々だろうだろう。そも普通の中国国民は教えられたことしか知りはしない。けれどもそれをいっても上から怒られるだけなのだから、当り障りのない話すら難しい。

「あの、時々『倭自治区』の分離主義者のテロが話題になりますけど、あなた方ではないんですよね?」

 そうそも、碧海が恐る恐るという風に問う。勿論幾度と無く主観共有で彼らの考え方を知っているのだからそんなに恐れる必要はないと思うのだけれど。当たり障りなく曖昧模糊な言葉で答えるのだ。

「私達ではないですね。トウキョウではなく東京に残った人たちですね。私達とは違います」
そうオモウが淡々として沈痛な声で言い切る。
「では、どちらが日本人なのですか?」
冷静に抑制された丁寧な言葉で聞き返す碧海。彼女自身その出自を異民族に持つのだからきっと興味が有るのだろう。

 二人の日本人は答えづらそうに沈黙する。そこにちょうど聞き慣れた天衣の声で告知される。
「連絡部で班毎に協働して参加できる弾幕遊戯を準備しました。優勝者には賞金百万CPあるいは百万人民円が与えられます。参加者は秩序委員を通して所属名を登録してください。勿論議論を続けたい人々はそのままで結構です」

 嗚呼、絶妙な頃合い。当然殆どの班はそちらへ行くだろう。けれども、けれども俺達が遊ぶ道理はない。遊ぶには仲間を欠いている。楚歌なしにしてなぜ俺達だけで遊べるだろうか。

俺はウツツ、カリ、そして碧海の目を覗き込み、互いに頷き合う。言葉はなく唯ひたすらに沈黙だけが公園の中で俺たちの周りにだけ沈み込む。

「25年前、日本が東京平和条約で併合された時に、自由と民主主義を標榜する日本人達は青ヶ島トウキョウサーバーに移住しました。私達は彼らの次の世代です。他にも、とにかく中国人民党を良しとしない人々はみんな移住しました」

 淡々として切々とオモウが語り始める。平静決して多弁ではない彼女だったが、言葉を選びながらもその音の途切れることはない。

「東京に残ったのは本土を明け渡すことを受け入れがたいと感じ、歴史的過程の中にあるプライドを捨てきれない人々と楽観的な中国人民党支持者たちだけでした。

 誤解しないでください。移住した人々の中には国家主義者もいました。彼らに言わせれば、陛下は私達の側に未だにいらっしゃいますし、私達が記紀に記(しる)された歴史と習俗の継承者であることは今でも確かです。本土に残ったレジスタンス達は本当の意味で日本の伝統を理解せず、陛下と八百万の神々をたった150年前にできた体制の道具として汚す歪んだ国家主義の信奉者なのです。

 また、共産主義者もいました。中華的伝統の封建制を受け入れられず、本当の意味での近代科学的共産主義は自分達自身にこそあると考える人達です。

 でも、おそらく大半の人達は民主主義と自由主義の名の下に青ヶ島に移住したのです」

そういった言葉には傷があった。隠せない分断の痛み。複雑な自己認識と敗れた民族性。膿んだ傷の痛みに耐えるような言葉だった。

「本当にそうなんですかね~。共産趣味者に国家趣味者、自由趣味者に民主趣味者。結局安楽と快楽の安定したバーチャルライフがおくりたかっただけじゃないですか~?安定は希望なんですか~?」

 そういつものようにほんわりとしたやわらかな声でカリが柿ピーをコマンドから選んで俺たちに出しながら言う。いつものように天衣がイライラするような口調で馬鹿みたいに意味深長な言葉を阿呆みたいに軽く言う。

「結局そういう意味ではここも変わらないじゃないですか。見てください!みんなゲームしていますよ~」

 確かに、見渡せばほとんどの連中はそれぞれウィンドウを開き、和気あいあい、団欒として団結。確かに遊んでいるようだった。先ほどの真面目な状況から一点全ての対立は棚上げされ、それぞれ考えることのない享楽に堕ちていく。日本人達は慣れたものだし、そういう意味で中国人だって変わりはないのだ。好き好んで対立を覗きこむ痛みに耐える必要はない。まさに日本人達がトウキョウで日々しているように。

「あなたがたは上海市民の利益が国家の利益と対立したときにどっちが大切ですか~?チベットの住民は上海に住んでいるあなたがたと同じように物事を見ていると本当に信じているのですか~?さっきいってたじゃないですか~。地方によって味覚すらちがうって」

 確かににそれはそうかもしれない。俺には未だによく解らないことだ。彼ら以外に上海市外の友人はおらず、ましてや農村に友人なんているはずもない。それでも、それでも俺は一つの中国以外の中国は想像できないのだ。

「たしかにトウキョウと東京。あなた方から見れば私達は多重人格障害かもしれません~。でもあなたがたはどうなんですか?」

 国家として、人として、違いは当然あるのだと思う。先生と話す時と友人と喋る時ではおのずから言葉遣いも気遣いも変わってくる。それは多重人格だろうか。学生でいる時と友人でいる時、社会の中で俺は本当に一人なのだろうか。日本人達との主観共有では確かに一人ではあった。しかもそれは状況と記憶で移ろいやすい一人だ。

 多分天衣やウツツはそれほど変わらないだろう。でも俺や碧海、そしてカリは?あれほどに同質的であり、さらに同質的であろうとする日本人たちの間においてさえ違いはある。性格も、口調も、キャラ付けさえも。であれば同じ歴史と文化を共有する俺たちの内側はどうなのだろうか。偉大な祖国と偉大な歴史、そのハードウェアの内部に書き込まれた数十億の多重人格のソフトウェア。

 大多数は漢や唐を中華王朝であると認めるだろう。しかし満州族の建てた清は?扶清滅洋を唱えた人々は漢族ではなかったか?さらに元は?北魏は?後唐は?中原だけが中華なのか越南から楽浪郡まで含むのか。北京話だけが中国語なのか広東話や上海話、福建話、それに客家話は中国語ではないのか。その一つ一つに数千年の歴史と数億の思い入れがあるのは間違いない。それでも大半はそんなことを深く考えないという点で共通していて、大同小異、東京を捨てたトウキョウの人々と変わりはないのだ。

 だからみんな楽しく優しく一緒に遊べる。

中国とは、日本とは。

そこまで考えたところで、ウツツの声がパブリックチャットで再び流れる。

「みんな、そろそろ『自由時間』は終わりだ。家に帰ろう。日本人はそれぞれのギルド名毎にあいうえお順で並べ、基準は『門』の右の支柱が『あ』だ。家に帰るまでが遠足だからな。15分以内でよろしく頼む」

「あ~、いかなきゃ~。今日はありがとうね、またそのうちね」

即座にカリとオモウが反応して、ペコリと頭を下げていく。日本人達の行動は素早かった。まるで訓練されているかのようにどんどん列ができる。そしてウツツの先導のもとに行進してあっという間に消えていってしまった。数分後には門はなくなり、全ての交信は回復してしまった。

 ほとんど文字通りそれは邯鄲の夢で、自分達以外にもほとんどがほうっと脱力したように公園に座り込んでいた。青年団の会合を続けようとしているのは天衣とせいぜい数人といったところか。

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