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姫君の罪悪

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 ――優希が亜梨沙達と合流すると同じ頃。

「今戻ったわ♡」

 レクラム達の拠点はとある広場だ。そこまで広くはないが、数人が集まって動き回るくらいには広い。

 レクラムは広場の奥で座っていた。戻ってきたルミナスを卑屈そうな死んだ瞳が出迎える。

「で、なんか分かったのか?」

 彼が求めているのは優希の情報。彼にとって優希は異質の存在だった。ルイスの【共感】をレクラム自身にも使っていた為、監視の状況を直に見ていた。

 その為、優希の戦闘もいくつか見ていたのだ。そして感じた違和感。身体能力は高いだろうが、攻撃は単調、恵術を使った様子はなく、不意打ちを食らった時は、意識よりも先に身体が動いていた。

 戦い慣れしていないが、攻撃は当たらず、力は強い。明らかに異様。

「ウフフ♡分かったのは彼の恩恵、練度と今後の作戦♡彼はこれからあのお姫様と一緒にここに乗り込む気よ♡」

 ルミナスが言った時、特に変化は無かった。つまり今言った事は真実という事。
 それを確認したレクラムは目で合図し続きを話させる。

「彼の恩恵は剣士……ッ!」

 その時、ルミナスの首元に赤黒い紋様が現れる。ルミナスは首に締め付けられるような感覚を覚え微笑の表情が変わるが、一瞬で元に戻り再び余裕の笑み。

「フフ♡どうやら嘘つかれちゃったみたいね♡」

 レクラムは何故そんな表情が出来るのか不思議でならなかった。ルミナスはもうレクラムの奴隷になったのだ。なのになんで笑っているのか理解出来ない。まぁ彼女が狂っているのは知っていたので、深くは考えないが。

「奴の恩恵は?」

「分からない」

 これは確認だ。ルミナスが本当の事を知っていて嘘をついたのか、本当に嘘の情報を掴まされたのか。
 ルミナスはもうレクラムに逆らえない。つまり彼女は本当に嘘の情報を掴んだのだろう。

 それに優希の事が分からなくても、レクラムは多大な利益を得た。ルミナスという恩恵者を。

「まぁ奴の恩恵とかは来た時に聞くとしよう。丁寧に向こうから来てくれるんだ。歓迎しようじゃないか」

 レクラムは笑みを刻む。
 そして、その笑みはすぐさま無に帰り、

「セフォント、もう十分だ。思う存分楽しんでこい」

「やっとか、よっこらせっと。んじゃ行ってくらぁ」

 セフォントは広場と繋がっていた路地の陰に姿を消す。彼に与えられた指示は他受験者の抹殺。
 レクラムの天恵は強力だが、どんな能力か分かれば幾らでも対策できる。
 レクラムは自分に関して一切の情報を残さない。何が命取りになるか分からないからだ。つまり、一度天恵を見たレクラムの奴隷達にはここで死んでもらう。

 それに今はルミナスが奴隷となった。つまりレクラムの護衛も用意出来たわけだ。
 優希達を迎える準備は整った。

「来るなら来いよ」



 ********************

 優希とクラリスは敵チームの拠点に向けて走っていた。やはり周囲は静かだが、亜梨沙達が派手にやっているようで、少しは賑やかになっている。

「なぁ普段あの黒猫ってどこにいるんだ?」

 素早く前へ進む足を止めず優希はクラリスに質問した。
 フォルテの居場所はレクラムと会う前に知っておきたいのだ。
 優希の問いにクラリスは自らの胸元を指差して、

「フォルテは普段肉体をマナに変換してわたくしの魄籠の中に住んでおります。外の様子も見えているので、いざとなれば助けてくれる頼りになる契約獣です」

 フォルテは超級魔界に住まう超級魔族――死猫。
 漆黒の毛並みと出逢えば恐怖を感じるより先に生きる事を諦めると畏怖され、『死神の使い猫』の異名を持つ魔族だ。

 クラリスの恩恵者としての実力が低いため、全力を出す事が出来ないが、それでもフォルテの能力は高い。
 本来ならクラリス程度では契約することなど不可能だが、なんらかの事情があったのだろう。フォルテのクラリスに対する感情は、契約者と契約獣のそれを遥かに凌駕している。

 この黒猫の目が光る間は、クラリスに危害を加える事は難しいだろう。

 必要な事は知った。準備も抜かりない。
 あとはレクラムと決着をつけるのみ。

「待っていたぜ。大帝国のお嬢様」

 見下すような瞳と冷え切った声が二人を迎える。広場にいたのは中央で腰掛けるレクラムとこの状況を楽しむように微笑むルミナス。

 クラリスは優希に従い真正面からレクラムと対面。それは優希にこんな無茶無謀危険極まりない状況を打破する秘策があるからだ。あると信じているから。

「よう、あんたがレクラムか? こっちの姫さんが話があるそうなんで聞いてやって下さいな」

 緊迫する空気が漂う中、優希は進行役のような立ち位置で進める。これも秘策の一つだろうとクラリスは思う。だが、彼女の言葉を組み立てるのは、この状況ではなく、募らせていたレクラムへの怒り。

「あなたはこの試験中一体何人の人を殺してきたのですか? あなたは何人の犠牲の上に過ごしているんですか?」

 彼女の明るく高い声は、憎悪が染み込み同じ音声でも全くの別物に感じられた。
 レクラムは彼女の質問に対して過去の記憶を辿る。彼女を捉えていた瞳は少し落ちて地面を見つめる。
 そして彼女の質問に対する答えを吐き出す。

「さぁな。あんたが何について怒っているのか知らないが、一つ言っておこう。この試験で悪いのは弱者だ。弱いくせに自分の身の程もわきまえず、こんな所に来るから利用される。それだけだ」

 レクラムの一言一句にクラリスの憤りは解消せず溜まり続ける。

「確かにここの受験者は皆覚悟の上で試験を受けています。命を落としてしまったとしても仕方ないのかもしれません。わたくしが怒っているのは、人を利用しているということです」

 無理やり人を利用し、試験を続ける気がない人にも命をかけさせ利用する。その上本来出るはずのない犠牲を出し続けるレクラムに彼女は怒っている。

「それが俺の天恵だ。俺は俺の持つ力を使っているだけ。なんら問題ないだろう」

「あなたが天恵を使うのは仕方がないのは分かっています。力を選ぶのはあなたではないのですから」

 恩恵、天恵は自分で選べるものではない。天授の運命《さだめ》に従うしかないのだ。
 今回にいたってもそうだ。他者を奴隷化する天恵はレクラムが望んで手に入れたわけではない。
 レクラムは変えることの出来ない天恵を使うしかないのだ。

「ですが、あなたは不必要に犠牲を出している。いつでも受付会場に向かえたのに……あなたは何の目的があって、必要以上に能力を使っていたのですか」

 彼女の言葉にレクラムは深い溜息をつく。呆れるようなそんな表情。

「あんた何にも知らないんだな」

 レクラムの呟きが耳に入り、クラリスは怒気の中に疑問を混じらせる。

「俺の目的はあんただよ。帝国皇帝」

 クラリスの感情は怒気が消え、驚嘆と唖然のあまり言葉を失った。
 クラリスはシルヴェール帝国皇帝グレゴワール・シルヴェールの一人娘。
 大変可愛がられており、クラリスは帝国一と言ってもいいほどの箱入り娘だった。王宮の外に出たのは今回が初めてで、名前は知られても彼女の容姿までは知られていない。

 今回も王宮には内緒で試験を受けている。そんな彼女が自分の正体を見破られた事に彼女の思考が一度停止する。

 その反応にレクラムは再び呆れ顔。それも先ほどより大きい。

「あんたはバカか? いくら一度も外の世界を見た事がない雛鳥でも、外見がバレていない理由にはならない。いつどんな奴がどんな力を使っているかも分からないんだ」

 言葉を失ったまま立ち尽くすクラリス。
 だが、言葉を失ったままの理由は、自分の正体がバレたからではない。その事実を踏まえてレクラムの目的が何なのか、脳裏によぎったからだ。
 そして、レクラムはそれを見抜いた上で言葉として実態を持たせる。

「どんな理由があってこの試験に参加したのか知らないが、自分の立場を弁えず勝手な行動をした結果、俺の様な奴に目をつけられ関係のない奴が犠牲になった。あんたの言う無駄な犠牲はあんたが作り上げたものなんだよ」

 クラリスは黙る。ただ黙ってレクラムの話を受け入れ、心の中で自らを卑下していた。
 自分が自分の目的の為に行動した結果、大切な民を間接的に殺していたのだから。

 論戦はレクラムの勝利。そう見切りをつけた優希は行動に出た。

「きゃぁッ!?」

 クラリスの背後にいた優希は、クラリスの両腕を後ろに回して左手で掴んで固定し、右手を首に添える。
 同時にフォルテが【変化】後の姿で瞬く間に現れ、優希が両腕を掴んだ頃には、背後に回ってその鋭い爪を優希の脳天目掛けて振り下ろす。

 だが、その攻撃は優希の髪に触れる寸前で停止する。
 何故なら、他には見えずフォルテの位置から見えるのは、優希のコートの袖から伸びる銀龍《ヴィート》白籠手《シルヴェル》の刃がクラリスの首に突き付けられていたからだ。

「ジークさん……何を」

 クラリスの脳はますます困惑する。
 さっきまでの味方だったのに、その味方に今刃を突きつけられている。

 困惑するとクラリスを、優希は視界に入れていない。その瞳に映るのは目前で座るレクラム。

「俺と取引しないか? あんたの目的はこいつで、俺の目的は試験の合格。俺はいつでもこの姫さんを殺せる。嫌ならプレート全部渡せ。あんたの目的は合格じゃないんだろ?」

 レクラムの目的はクラリスを天恵にかけて奴隷化し、帝国の復讐に使う為。ここで殺されてはそれは叶わない。レクラムは合格に興味がない為、断る理由も無い。

「ジークさんどういうつもりですか!」

 この時初めてクラリスの声が優希に届く。優希は視線をクラリスに移した。彼女を見る目は壊れた玩具を見るような興味の消えた目。

「俺はお前らと組んだ方が良いと思ったから手を組んだ。今その相手がレクラムに変わっただけ」

「あなたの言っていた秘策というのは……」

「秘策? そんなもんあるわけないだろ。全部この状況を作る為。利用されてるんだよお前は」

 クラリスは何を信じていいか分からなくなっていた。怒り悲しみ驚嘆困惑、混沌とした感情をどこにぶつけていいか分からない。

「いいだろう。プレートは全部そこに置いてある。いるだけ持ってけ」

 優希はレクラムが指差す方を確認。そこには山積みに放置されている木製プレートがあった。

「なんで……こんな事……」

 弱々しい口調。これは自分が命の危機に晒されている事によるものではない。自分の行いが結果的に民を死に追いやったという罪悪感だ。
 先程まで優希の捕縛から逃れようと力を込めていた体は、今では眠っているように貧弱だ。
 諦観したように俯く彼女の言葉は、優希とレクラムどちらに向けられているのか分からない。

 彼女の言葉を受け取り返答したのは、すぐ後ろで剣先を突きつけている優希ではなく、目前で座るレクラムだった。

「『エンドラの町』を知っているか?」

 その時、クラリスの目は少し見開く。心当たりはあるようで、良い思い出でもなさそうだ。

 石の都『ストーンエッジ』の近くにひっそりと存在していた『エンドラの町』。別称『忘れ去られた町』とも言われている。
 裕福では断じてなかったが、独壇貧しかったわけでもない。とある事情で二十五年前に無くなり、今では誰の記憶にも残っていないそうだ。
 優希が『エンドラの町』について知っているのはそのくらいだ。
 町が消滅した理由が帝国への復讐心を生み出しているのだろうか。

「その町は俺の故郷でな、子供の頃は八大都市に住みたいとか思ってたけど、今ではあそこほど住みやすい環境は無かったと思う」

 幼少の頃を想起するレクラムの表情は、和むような緩さなど微塵も感じさせず、言葉を発するごとに暗く歪になっていく。

「『エンドラの町』は、『ストーンエッジ』の近くだったこともあって、石の都では公になって頼めない事を帝国から頼まれていた」

 石の都『ストーンエッジ』は魔石を加工して魔道具を作る技術に特化しており、魔道具に関しては生産量、品質、コストなど八大都市で随一を誇る。

 そんな都市では公になる為頼めない仕事となれば、内容は限られてくる。
 魔道具でありながら、本来存在してはならないもの。

「死者の……蘇生」

 クラリスが呟く。二十五年前というと彼女はまだ生まれていない。だが、彼女は知っていた。帝国の裏を。

「死者を蘇らせる……命を冒涜するそれを俺の故郷は魔石の研究と人体実験を幾度も重ねて完成させた。アルミナの神器に匹敵する魔道具だ」

 神の力、権能でさえも禁忌とされている生命の干渉。その性能は神器などというものではない。
 そして、そんなものを帝国側が作るよう指示したのが公になれば確かに国民から大反感を買うだろう。
 そんなリスクを冒しても帝国は『エンドラの町』に命令したのだ。

「王宮の連中は、完成した途端、俺たちを呼び出して、死者を蘇生する魔道具――冥界の扉を発動させた」

 冥界の扉を発動させるのに必要なものは三つ、蘇らせたい人物の骨、死後一日未満の人間の肉体、そして蘇らせたい人物の聖遺物だ。

「王宮の連中が蘇生させたのは、恐らく最も蘇生させてはいけない人物――初代勇者ライン・アルテミス」

 アルカトラ最初の召喚者にして歴代勇者でも最強の力を持っていたとされるライン・アルテミス。
 他の勇者は魔王討伐後行方不明になっているが、ライン・アルテミスは唯一生還した勇者。
 それほどの人物を蘇生したのなれば、魔族との戦いで大きなアドバンテージとなる。おそらく帝国はそれを望んでいたのだろう。だがしかし、そう都合良く行かないのが世界の理だ。

「ライン・アルテミスは確かに蘇った。だが、魂だけはそうもいかず、そこにいたのはライン・アルテミスの姿をしたただの殺戮兵器だった」
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