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悠十

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小説第三巻・コミック第一巻発売記念

番外編・とある兵士のファッション事情

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 ついに小説第三巻・コミック第一巻が発売されました!
 小説第三巻は『アレッタの冬休み編』、『マデリーンのリベンジデート編』、そして書下ろし短編『北からの客人編』の短編集となります。
 コミックも劇画お父様に注目!(笑)
 どうぞ、よろしくお願いいたします!


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 この世界には、魔境と呼ばれるような危険な土地が幾つも存在する。
 そんな魔境だが、ウィンウッド王国にもそれは存在していた。
 それはどこにあるのかと尋ねれば、人々は迷わず『ベルクハイツ領』だと答えるだろう。
 ベルクハイツ領には『深魔の森』と呼ばれる森があり、それが魔境に相当する。
 深魔の森には異常な量の魔素が漂っており、それを取り込んだ魔物は凶悪化し、大量発生する。まさに、悪夢のような森だった。
 そんな地を治めるのが、超人的な力を持つ領主一家である。
 彼等は凶悪な魔物の群れを大剣の一振りで薙ぎ払い、民を守って来た。
 民の安寧こそ我が誇り。
 それを分かりやすく体現して来た領主一家は、領民――特に、かの人達と肩を並べて戦場に立つ兵士達には憧れの存在である。
 そのせいか、兵士達は分かりやすく強そうなファッションを好むようになった。
 己の鍛え上げた筋肉を誇示し、鎧などには痛そうなトゲなんてものがついていたらテンションが上がる。
 ある者は真ん中の髪をおっ立てて、あとは剃り上げるモヒカンヘアーに。またある者は、潔くスキンヘッドに。
シャツの袖は無駄に破かれ、そこからは逞しい上腕二頭筋がのぞく。
 彼等はどんな凶悪な魔物を前にしても常にテンションを上げ、ヒャッハー! と声も高らかに突っ込んでいく。
 その光景は、まるきり世紀末の暴徒のそれである。
 しかしながら、この領の兵士達は町では大変評判が良い。
 重い荷物を持った老婆を見かければ、声をかけて荷物持ちをするし、親と逸れて泣く子供がいれば、飴ちゃんを差し出して肩車をしながら一緒に親を探してやる。
 領民から見れば、見慣れた優しい兵士さんの図だが、旅行者には見た目とのギャップに二度見される光景である。

 そんな、見た目と相反する道徳心を持つ世紀末兵士。それが、ベルクハイツ領の兵士達だった。

   ***

「おう、ルイス! お前も最近、体が仕上がって来たじゃねぇか!」
 ニヤニヤ――本人的にはにこやかなつもりらしい笑顔で、ルイスが所属する部隊の先輩兵士がそう声をかけて来た。
 ルイスは先輩兵士の言葉に、嬉しそうに破顔する。
「あ、やはりそう思われますか? その、自分でも王都に居た頃よりは筋肉がついたと思っていたんです」
 そう言うルイスの体は鍛えられ、王都に居た頃よりワンサイズ大きく見えるようになっていた。
 式典に並べると見栄えがよさそうな秀麗な騎士から、戦場に立つ戦士の体になったルイスに、先輩兵士は「立派になったな」と笑った。
 
 ルイスがベルクハイツ領に来て、一年以上の時が流れた。
 あのアラン王子らによる婚約破棄騒動で、ルイスが愚かなことをして方々に迷惑をかけてから、それだけの時が流れたのだ。
 ルイスは自分のやらかした罰としてこのベルクハイツ領に配属され、日々厳しい訓練に明け暮れた。
 この領の兵士達は、王都の騎士や兵士達よりも求められるレベルが高く設定されている。それこそ、この領の一般兵が王都の軍に所属すれば、一足飛びで出世し、騎士爵だって夢じゃないだろう。
 そんなレベルの高い兵士達にもまれていれば、ルイスも彼らに感化され、意識も変わってくる。
 かつてベルクハイツ家の次期当主であるアレッタと婚約していたルイスは、彼女に恋愛感情を抱けなかった。
 それというのも、婚約者としての顔合わせの際に見た、返り血を浴びて魔物の屍の上に立つ彼女の姿にドン引きしたからである。
 当時、王都の可憐な令嬢達しか知らなかったルイスは、そんな彼女を愛せなかった。
 しかし、この地に来て、同じ戦場に立ったことで、アレッタの魅力というものがどういうものなのか、ようやく理解できるようになった。
 この厳しい地で、その小さな体をはって民を守るその姿の、なんと尊いことか。
 常識に当てはめて彼女を見た己の浅はかさをルイスは恥じた。
 今のルイスは、他の兵士達と共に彼女に心から尊敬の念を向けている。
 
 さて、ルイスはそんなアレッタに恥をかかせ、婚約解消された男である。
 ルイスがこの地に来た時は、自慢のお嬢様にそんな仕打ちをした男に周りは厳しい目を向けていた。しかし、この地を守る誇り高き戦士である彼らは、ルイスに理不尽な仕打ちをするようなことはしなかった。ただ純粋に、この地で生き延びるためにルイスを鍛え続けた。
 そしてルイスがアレッタの価値を知り、彼女に尊敬の念を抱き始めた頃には、ルイスは彼らに認められ、この地に馴染んでいた。
 ルイスは先輩兵士に憧れの目を向け、言う。
「先輩、私も先輩方がつけている防具が似合うような体になったでしょうか?」
 トゲ付き肘当てが自慢の先輩は笑顔でサムズアップし、ルイスは嬉しそうに笑った。
ルイスは色んな意味でベルクハイツ領に染まりつつあった。

   ***

 ベルクハイツ領の砦には、武器や防具を保管する保管庫がある。
 保管庫に収められている武器や防具は兵士への支給品であるのだが、それらは深魔の森の魔物に対抗するために作られた特注品ともいえるもので、それゆえに一般兵が身に着けているそれだけでもそれなりの値段がつけられる。
 そんな保管庫に、ルイスはある用事のために来ていた。
 実は、彼は筋肉がついたために防具のサイズが合わなくなってきたため、代わりの防具を選びに来たのだ。
 目を輝かせて保管庫の中を見回すルイスに、保管庫で働く職員が微笑ましそうな顔で彼を見ていた。
「ルイスさんの体格でしたら、こちらの棚の防具になります。気になることがありましたら、遠慮せず聞いてくださいね」
「ありがとうございます!」
 職員がさし示した棚には、ずらりと防具が並んでいる。
 領軍の兵士達が好んで身に着けるトゲつきのものや、派手な色のもの、奇抜な形をしたものと、様々な防具が並んでいる。
 もし、キラキラとした目でどれにするべきかと選ぶルイスを転生者であるアレッタが見たら、生暖かい目を彼に送っただろう。そして、同じく転生者であるレーヌが見たら、青褪め、必死になって彼を止めただろう。
 しかし、残念ながらここに彼を止める者は居ない。
 世紀末暴徒ファッションへ既に片足を突っ込んでいるルイスは、とりあえず大雑把に全て目を通してみようと歩を進める。そして、それに気づいた。
「すみません、これはなんでしょうか?」
 それは、何かしらの獣が描かれた随分と立派な箱だった。
 職員はそれを見て、ああ、それはですね、と語り出す。
 なんでも、三年位前に退役した戦士が自費で作った特注の防具なのだとか。
 かなり頑丈で長持ちする良い品なので、使わないのは勿体ないと、後進に譲るべく置いていったそうだ。
実はこうして自分の武器や防具を軍に寄贈する引退戦士達は珍しくない。この保管庫にある四分の一はそういう品になる。
「ただ、オーダーメイド品でしたので、着る人を選ぶんです。魔力量が多くないと着れないんですよ」
 この防具に相応しい人物でないと、箱すら開けられないのだという。もしアレッタがその場に居れば、どこかで聞いたような設定ですね、と視線を逸らしただろうし、レーヌが居れば、それにしましょう! と暴徒ファッションから遠ざかるべく強く勧めただろう。
 職員に試してみるかと尋ねられ、まるで物語に出てくる伝説の防具のようなそれに、少年心がくすぐられたルイスははにかみながら頷いた。
 しかし、残念ながらルイスにはその防具の主となる資格は無かったようだ。箱はうんともすんともいわず、ただ静かにそこに鎮座していた。
 残念そうに眉を下げるルイスに、他にも良いものがありますから、と職員が慰める。
 そして視線は再び暴徒ファッションへと戻る。
 ルイスは試しに革ジャンを手に取り、羽織ってみる。
袖が破れたようなデザインの革ベストはサンドリザードという魔物の皮でできており、魔物の爪も牙も通さない頑丈さだ。
 職員が気を利かせて姿見を持って来てくれたので、それに全身を映してみる。
「これは……」
「あらー……」
 端的に言って、似合わなかった。
 体格がよくなったとしても、顔つきはまだ乙女ゲームで通用するような端麗さが残っている。
 ルイスはショボショボとした顔で革ベストを棚に戻した。
 その後、色々と試着してみたのだが、どうにも暴徒ファッションはルイスには似合わず、結局は落ち着いたデザインの防具を選ぶこととなった。
 その防具を持ち、少し気落ちしながら宿舎へ帰ると、ルイスの様子に気づいた先輩兵士が「どうした、何かあったのか?」と声をかけて来た。
 ルイスが素直に、先輩達みたいな格好いい防具が似合わなかったのだと答えると、彼はカラッと笑って言った。
「なんだ、そんなことか。お前、女にモテそうな綺麗な顔をしてるからなぁ!」
 あっはっは、と笑いながら、折角だからもうちょっと強そうに見える髪型を教えてやるよ、と先輩兵士はルイスを洗面台の前まで連れいった。
 そして、彼は整髪料を持って来て、ルイスの髪をちょいちょい、と器用にまとめ上げる。
「ほら、この髪型、強そうで良いだろう?」
「わあ、本当ですね!」
 ルイスの声が嬉しそうに跳ねる。
 鏡の中の彼は、それは見事なリーゼントスタイルとなっていた。

 こうして、ルイスは着々とベルクハイツ領スタイルへと染まっていった。
この数年後、こっそりルイスの様子を見に来たレーヌが彼の姿を見て崩れ落ちることになるのだが、それは今の彼はあずかり知らぬ所である。
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