乙女ゲームは終了しました

悠十

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文庫版発売記念

番外編・本日の被害総額は

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 『乙女ゲームは終了しました』の第一巻が文庫版になって発売されました。
 文庫だけの書下ろし番外編も収録! 
 お手に取ってご覧いただけましたら幸いです。

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 チチチ、と小鳥の鳴き声が柔らかな風と共に開け放たれた窓から入ってくる。
 オリアナは仕事を終え、自室でお茶を楽しんでいた。
仄かな花の香りを運んできた風に頬を緩ませながら、お茶菓子に口を付ける。今日のお茶菓子はフリオ好みの洋酒が使われていないパウンドケーキだ。

「ふふ、美味しい」

 フリオのリクエストで作られたそれは、アレッタのレシピによるものだ。
アレッタのこととなると心の狭さを発揮するフリオは、そのパウンドケーキを全て自身の腹に収めるつもりだった。しかし、娘のレシピで作られたそれはオリアナの好物の一つでもある。そのため、オリアナは口八丁手八丁で二きれほど強奪し、フリオに敗北を味合わせた。
そんなせせこましい婿姑戦争があったものの、オリアナは心穏やかに勝利の甘味を味わっていた。
 魔物の氾濫をしょっちゅう起こす『深魔の森』がある領地であるとはいえ、毎日物騒な騒動が起きるというわけではない。
まあ、ベルクハイツの超人的な力を持つ者達が何かしら破壊して予定外の出費に頭を悩ませることはあるが、落ち着いてお茶を楽しむ時間を確保できる程度には余裕があった――はずだったのだが……

――ドゴォォォン!
――ゴッシャァ……!
――バキィッ!
――ガッターン!
――ガッシャァァァン!

 一つの破壊音から連鎖するように、それはベルクハイツ邸に響き渡った。
 オリアナは、スン、と表情を消し、ゆらりと立ち上がった。

   ***

「貴方達は、どうしてこう……」

 頭が痛いとばかりに眉間にしわを寄せ、大穴の開いた屋敷の壁を前に、オリアナは溜息をつく。
 そんな彼女の傍に並んで正座するのは、ゲイル、バーナード、ディラン、グレゴリー、アレッタ、という彼女の大きな子供達だ。
 上二人は既に家庭を持つ身でありながら、未だに何かしら壊すのだから頭が痛い。もっと落ち着いて行動しなさい、と耳に胼胝ができるのではないかというくらいに言い聞かせているのに、効果は薄い。

「それで、貴方達は何を壊したの?」

 小さく縮こまりながら、そっと挙手しながら口を開いたのは次男のバーナードだった。

「その、結構な大きさの蜂がいて、咄嗟に危ないと思って拳を振るったら、うしろの壁まで……」

 蜂と一緒に壁もご臨終したらしい。
 流石はうっかり破壊ナンバーワン。オリアナは、今月も給料から容赦なく修理費を引くので覚悟しろとばかりに、脳みそまで筋肉が詰まっている息子を睨みつけた。
 その次に口を開いたのは長男のゲイルだった。

「その、俺は破壊音に驚いて、つい階段を踏み砕いてしまって……」

 どの階段を踏み砕いたかは分からないが、聞こえてきた音からしてかなり派手に壊したのだろう。ゲイルにしては珍しい失敗であった。しばらくは修理費で晩酌の酒がグレードダウンするだろう。
 そして次に口を開いたのはディランだった。

「私もその、派手な破壊音に驚いて、つい扉を蝶番ごと外してしまって……」

 ディランの失敗は特に珍しい。しかし、ベルクハイツの業とでもいうべきか、稀にこうして失敗する。
 正直、ディランの失敗は他の子供達より可愛いものなので、「次は気を付けなさい」とさらりと流す。
 そしてディランの隣に座っていたグレゴリーが、神妙な顔をして口を開いた。

「俺は破壊音が重なって、何事かと見に行こうとして注意散漫になって……棚の引き戸を閉じるのに失敗して、その勢いのまま引き倒してしまって……」

 書類も散乱しました……、と惨状を青褪めながら告白した。
 今は部下が拾って纏めてくれているらしいが、件の書類はオリアナの管轄下にあるものなのだとか。一枚でも無くせば、どんな恐ろしい目に合うか分からない。
 オリアナから向けられる冷ややかな目が更に温度を下げ、凍り付きそうなそれから逃れたいとばかりにグレゴリーはさっと己の母から視線を逸らした。
 そんな四男の姿に呆れながら、オリアナは末の娘へ視線を向ける。
 次期領主の運命を背負った末っ子のアレッタは、顔全体でやってしまった! と言わんばかりの気まずそうな表情を浮かべていた。

「私も破壊音に驚いて、現場に向かおうとして腕を花瓶に引っかけてしまって……」

 そのまま花瓶は落下し、ものの見事に割れたそうだ。
 アレッタの気質はバーナードに近い。そのため、バーナードの失敗をなぞるように物を破壊する。しかし、やはり女の子であるおかげか、多少気の回し方が違うらしく、壁に大穴を空けることは少ない。

「ただ、貴女はとにかくそそっかしくて色々と引っかけて壊すのよね」
「ううぅ……」

 令嬢らしい優雅さとは無縁なため、勢い余って物を壊すのだ。
 壁の大穴から吹き込んでくる風に髪を遊ばせながら溜息をつくオリアナに、子供達は気まずそうに視線を逸らす。

「たまには旦那様に叱ってもらおうかしら」

 ポツリと呟いたそれに、子供達がゲッ、という顔をしたので、本気でそうしようかと思った、その時である。

「オリアナ」

 なんともタイミングよく、オリアナの旦那様こと、アウグストがやって来た。
 オリアナがチラ、と子供達の方を見れば、彼らは絶望顔でアウグストを見ていた。その顔が小さい頃と重なって見え、本当に体ばかり大きくなったのね、となんとも言えぬ面白さにオリアナは思わず吹き出しかける。
 しかし、それを堪え、アウグストを迎えた。

「あら、旦那様。どうかなさいましたか?」
「うむ……」

 アウグストはその厳つい顔を気まずそうなものに変える。そして――

「……すまん」

 常ならぬ小さい声で謝罪を紡ぎつつ差し出したそれは、ひしゃけたドアノブだった。
 思わず天を仰いだオリアナに、アウグストはそっと子供たちの正座列に加わったのだった。



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