お姫様は死に、魔女様は目覚めた

悠十

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プロローグ

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 プレスコット王国には、正妃の子たる二人の王子と、腹違いの側妃の子である姫君が居た。
 派閥による水面下の小競り合いはあったものの、妃たち本人は王の寵を争うようなことは無く、結果、子供達三人はそれなりに仲が良かった。
 そうしてすくすくと成長し、第一王子――ジャクソンは王太子に、第二王子――ジュリアンはそのサポートに。そして、第一王女たる姫君――ミリアリアは大国、ブレスト皇国へ嫁ぐことになった。
 季節は冬間近な秋。
 十七歳になったばかりのミリアリアは、その日が迫るのを緊張と共に待ちわびていた。なにせ、有能で美しいと評判の皇帝陛下だ。正妃様も美しく優しい方だと評判で、仲良くできればと思っていた。
 ミリアリアは美しい姫君だった。
 金色のふんわりした髪を結い上げ、青空のような美しい瞳を持ち、その美貌は心根をそのまま写し取ったような優しげなものだ。
プレスコット王国の国民は、このお姫様の美貌を密かに自慢に思っていた。
 そんなミリアリアがブレスト皇国へ出立するまで、あと三日と迫った日のことだった。
 ソワソワと落ち着きを無くすミリアリアに、ジャクソンが苦笑する。

「ミリアリア、気持ちは分かるが、落ち着きなさい」
「うっ、だって、嬉しいのですけど、やっぱりちょっと不安で……」

 ミリアリアの不安は他国へ嫁ぐこともあるが、気心の知れた侍女を連れて行けないからだ。
 使用人は全て皇国で用意すると言われたものの、やはり不安だから一人だけでも連れて行きたいと言ったのだ。しかし、正妃もまた生国から使用人は一人も連れて来なかったと言われてしまえば、それ以上言うのはためらわれた。

「そうだな。一から人間関係を構築しなきゃいけなくなるんだから、やっぱり大変だよな……。まあ、大国の使用人だ。一国の姫に下手な使用人はつけないだろう」

 ジュリアンのその言葉に、ミリアリアは少し不安そうにしながらも、「そうですよね。あちらの侍女とも仲良くできるように頑張ります」と頷いた。
 そんなことを話したな、と戸惑いながら思い出したのは、件のブレスト皇国の後宮内の隅に建てられた、離宮でのことだった。
 ミリアリアは無事にブレスト皇国へ到着し、まずは客間へ通された。そこでプレスコット王国の者達と別れ、その後に離宮へ通された。
 離宮の内装はほどほどに良い物だったが、生国で与えられていた自室と比べれば劣るものだった。これが他国から嫁いできた姫君に与える部屋だとするなら、随分とプレスコット王国を下に見ていると思わざるを得ないものだった。
 静かにショックを受けているミリアリアは、はた、と気付く。
 普通、部屋には侍女が待機し、部屋の前には護衛兵が居るものだ。しかし、それが居ない。
 ここにミリアリアを案内して来た使用人が去れば、ミリアリアの他に人の気配が感じられなくなったのだ。
 試しにベルを鳴らしてみても誰も来ず、そっと部屋の外を見てみても誰も居ない。これは一体どういうことなのかと不安に思い、思い切って大きな声で人を呼んでみても、やはり誰も来ない。
 取りあえず落ち着かなければ、と旅装を解いただけの外出着のままで椅子に座り、考える。しかし、旅の疲れからそのままうとうととしてしまい、ミリアリアは眠り込んでしまったのだった。
 ミリアリアが目を覚ましたのは、深夜だった。
 辺りは暗く、寒い。
 ミリアリアは慌てて立ち上がるも、めまいを起こして慌てて卓に捕まる。――熱があるのだ。
 しばらくめまいが収まるまでそのままの体制で止まり、それが落ち着くとベルを鳴らす。――しかし、誰も来なかった。
 ――おかしい。今の自分が置かれている事態は異常だ。
 ミリアリアは不安で胸が張り裂けそうだった。
 使用人が来ればまず起こされるだろう。しかし、それが無かったということは、誰もこの部屋に来なかったという事だ。こんなに部屋が真っ暗になるまで自分は放置されていたのだ。
 
「どういうことなの……?」

 熱でうまく回らない頭を抱えながら、ミリアリアはドアへ向かう。しかし、その前に再びめまいを感じ、そのまま倒れてしまった。

「う……」

 小さく呻き、ミリアリアはそのまま気絶した。
 その後、ミリアリアが目を覚ましたのは三度だった。
 部屋の中を眩しい白い光が満たしたのを見て――暗転。
 次の目を覚ました時に、部屋は夕日の赤に染まっているのと見て――暗転。
 そして、薄明かりが部屋を浮かび上がらせたのを見て――暗転。
 
 そして、再び目を覚ましてみれば、そこは時を止めた懐かしい我が家だった。
 
「えっ。は、はあぁぁぁ!?」

 飛び起きたのは、金髪碧眼の、気の強そうな美貌を持つ少女だった。
 年頃はミリアリアとそう変わらない少女は、ベッドから降りて鏡台の鏡を覗き込み、茫然と呟く。

「元の体に戻って来てる……」

 鏡の中に写っているのは、黒いドレスを着たミリアリアとは似ても似つかない美少女だ。

「と、いうことは……」

 鏡の中の少女の顔が、みるみるうちに歪んでいく。

「嘘でしょ⁉ まさか、あのまま死んだ!?」

 少女は慌てて戸棚を開き、その中から水晶玉を取り出して覗き込んだ。
 その水晶玉は、魔女が使う自分と縁有る地を覗ける遠見の水晶玉だった。

「いったい、どうなってるの!?」

 混乱する少女は、魔女だった。
 かつて、側妃がなかなか子供が出来ないことを嘆き、子を望む彼女の願いを叶えるため、自らの魂を貸し出した魔女だった。
 そして、魔女は彼女の子として記憶を全て封じ、ミリアリアとして生まれだのだ。ミリアリアが死ねば、再び元の魔女の体に魂が戻るようにしていたとはいえ、あまりにも早い帰還だった。
 まさか、嫁ぎ先で早々に死ぬなんて、夢にも思わない。
 遠見の水晶を操り、魔女――ミア・バーキンはその後の皇国の様子を覗き見た。

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