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令嬢は踊る
第四十一話 新生物誕生2
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チアンに教えてもらった手順は三つだった。
1.針で指を刺し、出た血を猿面につける。
2.契約の為の呪文を唱える。
3.猿面を使い魔にしたい対象に装着させる。
魔法陣も何も要らず、対価に魔力を十分の一持って行かれるだけ。
簡単なそれに、レナはこれなら自分も出来そうだと安堵した。
そうして針を取り出して指に刺し、血を猿面につけ――レナはぎょっと目を見開いた。
血を猿面につけた途端、その血が猿面の目の周りに異動し、東国の絵で見たような眦に赤い化粧を施したように変わったのだ。
「よし、契約準備に入ったな。次は呪文だ」
「は、はい!」
チアンの言葉にそう返事をするものの、レナは、あれ? これって本当に大丈夫なの? と不安が鎌首をもたげる。
この面、よく考えれば、どういう物なのか聞いていない。
こちらでいう使い魔を作る際に使うとは言っていたが、元々は呪法の為のアイテムだ。例えで使い魔と言っただけで、使い魔を作る為の物では無い。
チアンの事だから、レナにとって悪い事になるような事はしないだろう。しかし、だからといってこのアイテムがヤバイ物ではないという保証にはならない。
レナはチラ、と猿面を見下ろし、口をへの字にする。
猿面から妙な圧を感じるのは気のせいだろうか……?
「チアン殿下、このお面から何だか圧を感じるんですが……」
「大丈夫だ。害は無い」
猿面からズモモと黒い瘴気的なナニカが出ているような気がしてならない。
これは本当に大丈夫なのかと不安になるレナをよそに、チアンが先を促す。
レナはこれで中断する方が怖いような気がして、覚悟を決める。
ふっ、と軽く息を吐き、声に魔力を籠めて紡ぐ。
「《これは常世の契りなり――》」
ドクリ、と猿面から鼓動が聞こえるような気がした。
「《我、約定に基づき、ここに僕を求める
我が魔力を糧に、主従の契約を結ばん》」
ドクドクと脈打つ猿面を、不気味さに恐れを感じながら紫色の新生物の顔へ装着させた、その瞬間――!
猿面の縁取りの金が、幾本もの触手となって、新生物を突き刺し、貫き、覆い隠す。
「ひっ⁉」
思わず上げた悲鳴に、視線がこちらへ集まる。
そして、彼女の視線の先に在る物を見て、目を見開いた。
「ちょ、待て待て待て! 何だ、それは⁉」
「レナ! そこから離れて!」
男達は叫び、イヴァンがレナの腕を取って己の背後へ押し込む。
「ちょっと、ソレ、呪具じゃない⁉」
「ふぅ……」
儚く気を失ったエラに、ネモが「エラちゃん!?」と悲鳴を上げてそれを受け取める。
そんな人間達の騒ぎなど気にも留めず、猿面の下で、金色の触手繭玉となったそれが、ウゴウゴと脈打ちながら蠢く。
不気味な様子のそれを前に、余裕の表情をしているのは、猿面の持ち主だったチアンだけだ。
しかし、それも暫くして失われる。
「む……?」
猿面が、蠢く金色の繭の中へ沈み始めたのだ。
繭の中から、バリ、メリメリメリ、とくぐもった音がする。
これは流石にただ事ではないと思ったらしく、彼は眉をひそめた。
そうして、不気味な繭玉は段々と動きを静かなものにしていき、完全に止まる。そして――
――ブチャリ!
触手の繭玉を引きちぎるかのように、粘液に塗れた腕が生えた。
その腕は金色の毛に覆われ、その手の指は五本。まるで、猿の手のようだった。
一同が戦々恐々として見守る中、腕がパタパタと暴れるように動き、次いで反対方向にブチャ、と二本目の手が生える。
それもまたパタパタと暴れたが、暫くしてその腕を繭玉の中へ引っ込めた。そして、残った一本の腕の方の生え際に、にゅっ、と指が突き出る。
それはそこから割り出ようというのか、ぐぐぐ、と横に力を籠める。
――ブチ、ブチブチブチ!
音を立てて、触手が千切られ、裂ける。
そうして、ついに裂け目から、にゅっと頭が出て来た。
「えっ」
レナは思わず声を上げた。
視線が、それに集まる。
「こ、小猿……?」
それは、小猿だった。
可愛らしいクリッとした大きな紫色の丸い目に、金色の体毛に覆われた小猿だ。
小猿は、頭が出ればこっちもの、とばかりにスルリと繭玉を抜け出し、ちょこん、とテーブルの上に座る。
レナは小猿をよく見ようとイヴァンの背後から身を乗り出すが、イヴァンに危ないから、と言って引き離される。
代わりに小猿の前に立ったのは、チアンだ。
1.針で指を刺し、出た血を猿面につける。
2.契約の為の呪文を唱える。
3.猿面を使い魔にしたい対象に装着させる。
魔法陣も何も要らず、対価に魔力を十分の一持って行かれるだけ。
簡単なそれに、レナはこれなら自分も出来そうだと安堵した。
そうして針を取り出して指に刺し、血を猿面につけ――レナはぎょっと目を見開いた。
血を猿面につけた途端、その血が猿面の目の周りに異動し、東国の絵で見たような眦に赤い化粧を施したように変わったのだ。
「よし、契約準備に入ったな。次は呪文だ」
「は、はい!」
チアンの言葉にそう返事をするものの、レナは、あれ? これって本当に大丈夫なの? と不安が鎌首をもたげる。
この面、よく考えれば、どういう物なのか聞いていない。
こちらでいう使い魔を作る際に使うとは言っていたが、元々は呪法の為のアイテムだ。例えで使い魔と言っただけで、使い魔を作る為の物では無い。
チアンの事だから、レナにとって悪い事になるような事はしないだろう。しかし、だからといってこのアイテムがヤバイ物ではないという保証にはならない。
レナはチラ、と猿面を見下ろし、口をへの字にする。
猿面から妙な圧を感じるのは気のせいだろうか……?
「チアン殿下、このお面から何だか圧を感じるんですが……」
「大丈夫だ。害は無い」
猿面からズモモと黒い瘴気的なナニカが出ているような気がしてならない。
これは本当に大丈夫なのかと不安になるレナをよそに、チアンが先を促す。
レナはこれで中断する方が怖いような気がして、覚悟を決める。
ふっ、と軽く息を吐き、声に魔力を籠めて紡ぐ。
「《これは常世の契りなり――》」
ドクリ、と猿面から鼓動が聞こえるような気がした。
「《我、約定に基づき、ここに僕を求める
我が魔力を糧に、主従の契約を結ばん》」
ドクドクと脈打つ猿面を、不気味さに恐れを感じながら紫色の新生物の顔へ装着させた、その瞬間――!
猿面の縁取りの金が、幾本もの触手となって、新生物を突き刺し、貫き、覆い隠す。
「ひっ⁉」
思わず上げた悲鳴に、視線がこちらへ集まる。
そして、彼女の視線の先に在る物を見て、目を見開いた。
「ちょ、待て待て待て! 何だ、それは⁉」
「レナ! そこから離れて!」
男達は叫び、イヴァンがレナの腕を取って己の背後へ押し込む。
「ちょっと、ソレ、呪具じゃない⁉」
「ふぅ……」
儚く気を失ったエラに、ネモが「エラちゃん!?」と悲鳴を上げてそれを受け取める。
そんな人間達の騒ぎなど気にも留めず、猿面の下で、金色の触手繭玉となったそれが、ウゴウゴと脈打ちながら蠢く。
不気味な様子のそれを前に、余裕の表情をしているのは、猿面の持ち主だったチアンだけだ。
しかし、それも暫くして失われる。
「む……?」
猿面が、蠢く金色の繭の中へ沈み始めたのだ。
繭の中から、バリ、メリメリメリ、とくぐもった音がする。
これは流石にただ事ではないと思ったらしく、彼は眉をひそめた。
そうして、不気味な繭玉は段々と動きを静かなものにしていき、完全に止まる。そして――
――ブチャリ!
触手の繭玉を引きちぎるかのように、粘液に塗れた腕が生えた。
その腕は金色の毛に覆われ、その手の指は五本。まるで、猿の手のようだった。
一同が戦々恐々として見守る中、腕がパタパタと暴れるように動き、次いで反対方向にブチャ、と二本目の手が生える。
それもまたパタパタと暴れたが、暫くしてその腕を繭玉の中へ引っ込めた。そして、残った一本の腕の方の生え際に、にゅっ、と指が突き出る。
それはそこから割り出ようというのか、ぐぐぐ、と横に力を籠める。
――ブチ、ブチブチブチ!
音を立てて、触手が千切られ、裂ける。
そうして、ついに裂け目から、にゅっと頭が出て来た。
「えっ」
レナは思わず声を上げた。
視線が、それに集まる。
「こ、小猿……?」
それは、小猿だった。
可愛らしいクリッとした大きな紫色の丸い目に、金色の体毛に覆われた小猿だ。
小猿は、頭が出ればこっちもの、とばかりにスルリと繭玉を抜け出し、ちょこん、とテーブルの上に座る。
レナは小猿をよく見ようとイヴァンの背後から身を乗り出すが、イヴァンに危ないから、と言って引き離される。
代わりに小猿の前に立ったのは、チアンだ。
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