錬金術師の成り上がり!? 家族と絶縁したら、天才伯爵令息に溺愛されました

悠十

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令嬢は踊る

第六十話 エメネラの花薬

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 オーランドが何を企んでいようが、日々は過ぎ行く。
 王子二人は相変わらず忙しそうに動き続け、エラもまた令嬢達から何か聞けないかと女同士の付き合いに精を出している。
 残るのは、動けば更地を作りそうな熟練の問題児とその候補達である。
 
「結局、私達は待機なんですね」
「ま、妥当な判断でしょ。錬金術師の仕事はモノ作りよ」
「そうですね。よし、じゃあ僕は、いざという時の為のアイテムを作ります」

 そう言ってイヴァンが取り出したのは、ヒヒヒ、と小さく笑い声が漏れ聞こえる、見るからにヤバイ小箱である。
 レナは飛びのき、ネモは真顔でイヴァンに豪快なビンタを喰らわせた。
 イヴァンはそのまま床に沈み、小箱からは笑い声が消え、今は怯えるように震えている。
 ネモはそれを回収し、笑顔でレナに向き直る。

「さ、レナちゃん。今日のクラブ活動を始めましょうか」
「は、はい……」

 有無を言わせぬ笑顔を前に、レナは引き攣った笑みを浮かべて頷いた。

 

   ***


 
 床に無慈悲に転がされているイヴァンを無視し、ネモが鍋を片手に話し出す。レナがチラチラとイヴァンを気にしても、ネモはチラリとも見ない。

「さて、じゃあ今日は『エメネラの花薬』を作るわよ」
「鼻薬ですか?」
「違うわ、花薬よ。フラワーの方」

 薄く花の香りがする口臭薬なの、と言われ、レナは興味を惹かれて心なしか前のめりになる。

「この『エメネラの花薬』はとても古い薬でね、飲み薬なんだけど、軽い整腸作用もあるの。古い薬にも拘らず、今でも一番安全な口臭薬と言えば、この『エメネラの花薬』と言われているわ」
「へ~……」

 瞳を輝かせて薬の説明を聞くレナの頭には、既に床に転がる闇深きお馬鹿ちゃんの存在は無い。これを知ったらイヴァンは泣くだろう。流石師匠、自称弟子の嫌がる事をよく分かっている。

「まあ、実の所、口臭薬に分類されたのは後の方で、最初は整腸薬として世に出たのよ」
「そうなんですか?」

 元の成り立ちは、エメネラが多く生えている山間部の村の薬師が整腸薬として作ったのが始まりだ。それを避暑に行く際に村に立ち寄った貴族が体調を崩した際に飲み、口臭が花の香りに変わった事に注目し、そこから口臭薬として広まったそうだ。

「整腸作用が弱かったものだから、整腸薬としては埋もれてしまったの。けど、逆に口臭薬としてはとても優秀だったわ。当時、貴族の間で爆発的な人気が出たのだけど、人気が出過ぎてエメネラが絶滅寸前になっちゃったのよね」
「えっ⁉」

 驚くレナに、ネモが肩を竦める。

「実はね、この『エメネラの花薬』なんだけど、エメネラの根を材料に使うのよ。そうやってどんどん根こそぎ使って行ったら、無くなるに決まってるじゃない?」

 そうして、ついにエメネラの姿をあまり見なくなり、ようやくまずいと気付いた当時の薬師や錬金術師、そして医師が国に訴状し、エメネラの自由採取が禁止された。

「本当に危ない所だったのよ。エメネラの葉がペセン病の特効薬に必要だったから、絶滅されたら本当に困るのよ」
「ひえぇぇ……」

 ペセン病は今も稀に見られる病気だ。感染力も低く、病状の進行速度も遅い。しかし、自然治癒が難しい病気で、薬が無ければ致死率は九十パーセントを超える。

「現在は薬草園で必ず育てられているし、草原でもたまに見かけるようになったわね。自由採取も、五株中、一株だけなら採取を許されているわ」

 そう言ってネモがマジックバックから真っ赤な花を咲かせた植物を取り出す。
 その花はハルジオンによく似ており、根の方は太く、少し細めの牛蒡のようだった。

「あれ? これって、前に薬草採取をした時に採ったやつ……ですよね?」
「そうよ。これが、エメネラ。ペセン病の特効薬に使う葉は、干して乾燥させたものでも良いし、新鮮なものでも大丈夫。ほんと、当時は焦ったわね。一時期ペセン病患者に薬が行き渡らない事態になりそうだったのよ。嫌な予感がしたから、取りあえず何株か確保して、根だけで葉は要らないって捨てられそうなのを、格安で買い集めて保存しておいたの。それで薬が間に合わなくなる事態を回避したんだけど、かなりギリギリでひやひやしたもんよ」
「えっ」

 何だか聞き捨てならない事を言われた気がして、レナはネモの顔をまじまじと見た。

「何、どうかした?」
「あ、いえ……」

 首を傾げるネモから視線を外し、レナはそう言って誤魔化した。
 色々言いたい事はあった。
 その絶滅危機当時に生きてたんですか? もしかして救世主的な事になったりしませんでしたか? 国に訴状した錬金術師の一人がネモ先輩だったりしますか?
 ――などなど、色々と聞きたかったが、口を噤んだ。何故なら、最終的に年齢の事に行き当たりそうだったので……
 レナはそんな考えをポイッ、と他所にやり、ネモに向き直って笑む。

「それで、ネモ先輩、これはどういう風に調合するんですか? それから、ペセン病の特効薬の事も知りたいです」
「あら、勉強熱心で関心ね。良いわよー、教えてあげるわ。けど、ペセン病の特効薬の調薬は資格が要るから、もし練習で作ったとしても、使っちゃ駄目よ」
「分かりました」

 そうして二人は調合に入り、イヴァンの存在は、彼がくしゃみをするまで、コロッと忘れられたままだった。
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