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五章 新し世界の始まり
不発の、デート
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「顔役って方を、探しておられたんですね」
街の案内を依頼した少女リディは、少し困ったような顔を浮かべた。
その表情だけで、クリストフは答えを悟った。
「そう言った方は、存じ上げてません。お力になれなくて、申し訳ありません」
しばらく雑談をしてから、探していた自称『顔役』の染物職人について質問したのだが、答えは他の街の人間と変わらなかった。
「……でしょうね」
期待してなかったようにロアが呟く。クリストフは素っ気ない言葉に違和感を持ったものの、そういう感想になるのは納得できた。
やはり、予想通り、街ぐるみで職人や工房について話さないように口止めされてるのだろう。
雑談をしながら聞き出した内容によると、リディは宿屋の下働き。それも、まだ勤め始めてから一年くらいの十六歳だそうだ。街の決まりごとに逆らえる立場ではないだろう。
「そっか。じゃあ、何か軽く食べたいんだけど、おすすめはあるかな?一緒に食べよう。おごるよ」
クリストフは、すぐに頭を切り替えて、申し訳なさそうにしているリディに、明るく尋ねた。
「……そうですね。他の国の人にはトラウトが人気ですね。塩焼きが美味しいです。ダックも季節ですが、ランチよりもディナー向きです。でも、たしか、どこかに手軽に食べられるように焼いたのを薄く切ってパンに挟んで売ってる屋台もあったはず……。淡水貝のスープも人気です」
リディが上げたのは、湖の恵みばかりだ。鱒は大小さまざまな種類がいる代表的な淡水魚だし、鴨も冬に湖にやって来る渡り鳥だ。淡水貝も湖では色々な種類が獲れる。
この地域の案内としては、教本でもあるのかと思える理想的な答えだった。
「オレはトラウトが良いな。ロアは?」
「えっと、魚って、香草を使って焼いたりしますか?」
「?」
意外な問い掛けだった。今までロアが香草に拘って、食べ物を選ぶ姿を見たことが無い。クリストフは首を傾げる。
「いえ、新鮮な魚が手に入るので、この辺りでは香草はあまり使いませんね。あ、従魔の食事の心配ですか?香りが強い物を嫌う魔獣もいるらしいですね」
「あ、いえ」
リディは、ロアが双子に与えるために香りの強い物を避けようとしていると思ったらしい。だが、ロアは即座に否定したものの、そのまま一度考えこんで、やっと言葉を続けた。
「香草を使わないなら、この地方ならではの食べ物が良いです」
「でしたら、少しずつ買って色々と食べ比べられる屋台が良いですね」
ロアの答えに頷くと、リディは歩き始める。おすすめの屋台に案内してくれるのだろう。まるで最初から準備していたかのように素早い動きで、迷いを感じない。
クリストフとロアはいきなりの行動に戸惑いながらも、彼女の後を追いかけた。
「飯を食い終わったら、観光ができる所があれば案内してもらえるかな?」
「観光だと、やっぱり教会ですね。この地域の教会は、街の窓口と言うこともあって、歴代聖女の像と、十三聖人の像も安置されていますから見応えがありますよ」
「聖女の像」と聞いて、クリストフの眉が跳ね上がる。
昨日、着いてすぐに目にしたアレの印象が強すぎる。歴代聖女と言うことなので始祖聖女だけでは無いだろうが、逆に言えば始祖聖女の像もあるということだ。この街には、複数の始祖聖女の像があるのだろう。
こりゃ、リーダーはしばらくは外出できそうにないなと、クリストフは苦笑を浮かべた。
ディートリヒは、始祖聖女像の衝撃から立ち直っていない。像を目にするのを恐れて、今も宿の部屋に籠っている。ロアとの外出に同行していないのも、それが理由だった。
ちなみにベルンハルトは何やら研究らしきことをしていたし、コルネリアは今の内にゆっくり過ごして体調を整えると言っていた。あの性悪グリフォンを宿に残してきているので、二人は見張りも兼ねている。
「あ、あそこです!あの屋台は漁師の家族がやっているので、質の良い魚が揃ってるそうですよ」
リディが振り向いて笑顔を向ける。
明るい表情。早朝に湖の畔で見た、神秘的な雰囲気は無い。どこにでもいる少女そのものだ。
リディに紹介された屋台で数品買い込んで食事を始めると、ロアからも笑顔がこぼれた。どれも美味しい。
買ったのは串に刺さった焼き魚や、貝のスープなど。単純な調理の物ばかりだが、それだけに魚の質に拘っているのがよく分かる。
双子も気に入ってお代わりを要求したし、宿で待っている者たちのお土産も兼ねて、最終的にはかなりの数を買い込む羽目になってしまった。
そうしてお腹を満たした後は、教会の見学だ。
屋台からさほど離れていない場所に、教会はあった。
主神教の教会は、信者以外でも自由に入ることができる。お布施を要求されることもなく、予定される行事が無い限りは、日中は解放されている。
中に入れば、思わず見上げてしまうほど天井が高い建物。
だが、まず目を引いたのは、正面に広がる巨大な硝子窓だ。
高い天井を支える壁の一面が、巨大な扉を模した窓になっている。窓には、色とりどりの半透明のガラスが散りばめられており、抽象的ながら荘厳な装飾となっていた。
主神教では、神の姿は伝えられていない。
神は常に扉の向こう……人が関われない場所にいる存在。
そのため、主神教では扉が神のいる場の象徴であり、信仰を向ける対象となっていた。
また、光は神の力の現われとされている。
格の高い教会では、神の存在がより感じられるように、あらゆる方向から光が差し込むように工夫を凝らしている所も多い。
この教会も例にもれず、窓そのものを扉に見立て、半透明のガラス細工を通して光を差し込ませることで、荘厳な雰囲気を作り出していた。
「すごい……あのガラス装飾は、鉛の繋ぎを使わないで直接ガラスを繋いでる?魔法かな?手作業?」
ロアが呟きながらフラフラと窓へと近づいていく。他にも見学者がいたが、お構いなしだ。
ある程度歩いて行くと、今度は左右に置かれた彫像にロアは目を奪われた。
「フェニックスとドラゴン……。銅像?こんな大きい物なんて鋳型はどうしたんだろう?でも、手作業で作ったみたいに見える。細かな部品に分けて作って、後で繋げたのかな?繋ぎ目が分からないから、繋ぐのだけ魔法を使ったとか?」
像はフェニックスとドラゴン。神の使いとされている二体の神獣だ。
やはり巨大で、扉を左右から守るように置かれていた。
「あ、この彫像も細かい。小さい代わりに手が込んでる。うわ、髪の毛の一本まで彫ってある!」
さらに、壁際にずらりと並んでいる人物の彫像に目を移す。等身大の彫像だが、他の物と比べて小さい代わりに、細かな技巧を凝らされいて、まるで生きているかのようだった。
「それは、聖人像です」
リディが説明してくれたが、熱心に見ているロアの耳には入っていない。
聖人とは、教会によって認められるほどの偉業を成した人物のことだ。偉人と言ってもいい。
当然ながら聖女もまた聖人であり、そこには歴代の聖女の像も混ざっていた。
「あー、ロア。あんまり他の人に迷惑をかけるなよ。ルーとフィー、暴走したら止めてくれよ」
ロアは物作りが関わると、度々暴走する。クリストフは自分で止めるのを諦めて、双子にお願いをした。その方が、ロアも言うことを聞いてくれるからだ。
ロアはかなり興奮していたが、別に教会に来るのは初めてではない。
アマダン伯領にも主神教の教会はあったし、他の街でも訪れたことがあった。
だが、これほどまでに卓越した技術を駆使した物がそろっている教会は、初めてだ。流石は、協会本部のお膝元と言ったところだろう。
「聖人って、こんなにいたんだな」
クリストフも見事な眺めに感動しつつも、どこか的外れな感想を漏らす。確かに芸術的ですごいとは思うものの、ロアほどの情熱は無い。数の多さが気になった結果、こんな感想になってしまった。
「長い歴史の中で、聖女以外に聖人認定された方はわずか十三人。それを考えれば、多いと言うほどでもないと思いますよ」
穏やかな口調で、リディは返した。
彼女は見慣れているのか、窓や像には目もくれずにロアの姿を目で追っていた。
「そう言われれば、少ないのかな?」
「近年は、まったく増えていませんからね。最後に認定された聖人は、三百年ほど前の奴隷解放の父である、聖マルクスです」
リディが示したのは、並んでいる聖人像の一番出口に近い場所。末席と言っていい位置だ。
その像は、他の聖人像が神官服を着ているのにも関わらず、粗末なローブを着ていた。見た目の年齢も初老程度で、老人ばかりの聖人の中ではかなり若く見える。
その手には、彼の象徴となる物なのだろう、引きちぎられた鎖が握られていた。
「彼は奴隷出身で、奴隷制度を憎み、この世から無くした功績で聖人と認定されました。それ以降は、彼以上もしくは同等の善行を成した人物は現れず、新しい聖人は認定されておりません。嘆かわしい事です」
「まあ、裏を返せば、それだけ平和な時代が続いたってことじゃないか?」
「それは確かにそうなのですが、荒れた時代でなくとも善行は為せるのですよ。他人の不幸を覆すだけが善行ではないのです」
「そういうもんか」
「その通りです」
まるで神官の様なリディの受け答えに、さすが協会本部近くの住人だとクリストフは感心する。
宗教が身近にある生活をしていると、これほどまでにしっかりとした考えに育つのだろう。
二人が話している間にも、ロアは教会の色々な場所をじっくりと見て回っていた。
時折、建物の隅に座り込んだり、像の付け根を見たりしている。双子に臭いを嗅がせているのは、使われている素材の判別の為だろうか?
そろそろ止めた方がいいかなと思いながらも、クリストフはその様子を見つめているリディを横目で観察した。
リディは真っ直ぐにロアを見つめていた。
ロアに興味を持っているのは間違いなさそうだが、恋愛対象に向ける目ではない。せいぜい、やんちゃな弟を見るような目だ。
クリストフはリディに案内を頼んで、ロアとのデートにしてしまおうとしたが、どうやら失敗らしい。
互いに意識している感じはあるのに、恋愛感情に発展する雰囲気は皆無だ。
まあ、ロアだからなぁ。……と、よく分からない感想を浮かべながらも、クリストフは溜め息を漏らす。
この後は、案内のお礼の代わりに服を買いに行く予定だ。一緒に服を選べば、多少は二人の距離も縮まるだろう。
クリストフは気を取り直して、次に期待をすることにした。
……だが、その期待はあっさりと裏切られてしまった。
そろそろ帰らないといけないと、リディが言い出したからだ。
「仕事がありますので。それに、お礼は食事をご馳走になったことで十分です」
「それは……」
クリストフはまだ礼が終わってないからと引き留めようとしたが、仕事と言われては無理強いはできない。
まだ熱心に像を見ていたロアを呼び寄せて、別れの挨拶をさせる。
ロアも引き留めることはせず、次に会う約束も無く、あっさりと終わってしまった。
成果の薄い一日だった。
しかし、ロアとリディは一緒に食事をしたわけだし、友達程度にはなれただろう。
宿屋の下働きをしているなら、すぐに再開できるはずだ。現に、早朝に会って、昼には再会したのだから。
その時にまた距離を縮めて行けばいい。
そう考えながら、宿屋に帰ったクリストフを待っていたのは。
<鈍感チャラいの。これから貴様の断罪裁判だ!吊るし上げられる覚悟をせよ!!>
グリおじさんの地獄の断罪宣告だった。
街の案内を依頼した少女リディは、少し困ったような顔を浮かべた。
その表情だけで、クリストフは答えを悟った。
「そう言った方は、存じ上げてません。お力になれなくて、申し訳ありません」
しばらく雑談をしてから、探していた自称『顔役』の染物職人について質問したのだが、答えは他の街の人間と変わらなかった。
「……でしょうね」
期待してなかったようにロアが呟く。クリストフは素っ気ない言葉に違和感を持ったものの、そういう感想になるのは納得できた。
やはり、予想通り、街ぐるみで職人や工房について話さないように口止めされてるのだろう。
雑談をしながら聞き出した内容によると、リディは宿屋の下働き。それも、まだ勤め始めてから一年くらいの十六歳だそうだ。街の決まりごとに逆らえる立場ではないだろう。
「そっか。じゃあ、何か軽く食べたいんだけど、おすすめはあるかな?一緒に食べよう。おごるよ」
クリストフは、すぐに頭を切り替えて、申し訳なさそうにしているリディに、明るく尋ねた。
「……そうですね。他の国の人にはトラウトが人気ですね。塩焼きが美味しいです。ダックも季節ですが、ランチよりもディナー向きです。でも、たしか、どこかに手軽に食べられるように焼いたのを薄く切ってパンに挟んで売ってる屋台もあったはず……。淡水貝のスープも人気です」
リディが上げたのは、湖の恵みばかりだ。鱒は大小さまざまな種類がいる代表的な淡水魚だし、鴨も冬に湖にやって来る渡り鳥だ。淡水貝も湖では色々な種類が獲れる。
この地域の案内としては、教本でもあるのかと思える理想的な答えだった。
「オレはトラウトが良いな。ロアは?」
「えっと、魚って、香草を使って焼いたりしますか?」
「?」
意外な問い掛けだった。今までロアが香草に拘って、食べ物を選ぶ姿を見たことが無い。クリストフは首を傾げる。
「いえ、新鮮な魚が手に入るので、この辺りでは香草はあまり使いませんね。あ、従魔の食事の心配ですか?香りが強い物を嫌う魔獣もいるらしいですね」
「あ、いえ」
リディは、ロアが双子に与えるために香りの強い物を避けようとしていると思ったらしい。だが、ロアは即座に否定したものの、そのまま一度考えこんで、やっと言葉を続けた。
「香草を使わないなら、この地方ならではの食べ物が良いです」
「でしたら、少しずつ買って色々と食べ比べられる屋台が良いですね」
ロアの答えに頷くと、リディは歩き始める。おすすめの屋台に案内してくれるのだろう。まるで最初から準備していたかのように素早い動きで、迷いを感じない。
クリストフとロアはいきなりの行動に戸惑いながらも、彼女の後を追いかけた。
「飯を食い終わったら、観光ができる所があれば案内してもらえるかな?」
「観光だと、やっぱり教会ですね。この地域の教会は、街の窓口と言うこともあって、歴代聖女の像と、十三聖人の像も安置されていますから見応えがありますよ」
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昨日、着いてすぐに目にしたアレの印象が強すぎる。歴代聖女と言うことなので始祖聖女だけでは無いだろうが、逆に言えば始祖聖女の像もあるということだ。この街には、複数の始祖聖女の像があるのだろう。
こりゃ、リーダーはしばらくは外出できそうにないなと、クリストフは苦笑を浮かべた。
ディートリヒは、始祖聖女像の衝撃から立ち直っていない。像を目にするのを恐れて、今も宿の部屋に籠っている。ロアとの外出に同行していないのも、それが理由だった。
ちなみにベルンハルトは何やら研究らしきことをしていたし、コルネリアは今の内にゆっくり過ごして体調を整えると言っていた。あの性悪グリフォンを宿に残してきているので、二人は見張りも兼ねている。
「あ、あそこです!あの屋台は漁師の家族がやっているので、質の良い魚が揃ってるそうですよ」
リディが振り向いて笑顔を向ける。
明るい表情。早朝に湖の畔で見た、神秘的な雰囲気は無い。どこにでもいる少女そのものだ。
リディに紹介された屋台で数品買い込んで食事を始めると、ロアからも笑顔がこぼれた。どれも美味しい。
買ったのは串に刺さった焼き魚や、貝のスープなど。単純な調理の物ばかりだが、それだけに魚の質に拘っているのがよく分かる。
双子も気に入ってお代わりを要求したし、宿で待っている者たちのお土産も兼ねて、最終的にはかなりの数を買い込む羽目になってしまった。
そうしてお腹を満たした後は、教会の見学だ。
屋台からさほど離れていない場所に、教会はあった。
主神教の教会は、信者以外でも自由に入ることができる。お布施を要求されることもなく、予定される行事が無い限りは、日中は解放されている。
中に入れば、思わず見上げてしまうほど天井が高い建物。
だが、まず目を引いたのは、正面に広がる巨大な硝子窓だ。
高い天井を支える壁の一面が、巨大な扉を模した窓になっている。窓には、色とりどりの半透明のガラスが散りばめられており、抽象的ながら荘厳な装飾となっていた。
主神教では、神の姿は伝えられていない。
神は常に扉の向こう……人が関われない場所にいる存在。
そのため、主神教では扉が神のいる場の象徴であり、信仰を向ける対象となっていた。
また、光は神の力の現われとされている。
格の高い教会では、神の存在がより感じられるように、あらゆる方向から光が差し込むように工夫を凝らしている所も多い。
この教会も例にもれず、窓そのものを扉に見立て、半透明のガラス細工を通して光を差し込ませることで、荘厳な雰囲気を作り出していた。
「すごい……あのガラス装飾は、鉛の繋ぎを使わないで直接ガラスを繋いでる?魔法かな?手作業?」
ロアが呟きながらフラフラと窓へと近づいていく。他にも見学者がいたが、お構いなしだ。
ある程度歩いて行くと、今度は左右に置かれた彫像にロアは目を奪われた。
「フェニックスとドラゴン……。銅像?こんな大きい物なんて鋳型はどうしたんだろう?でも、手作業で作ったみたいに見える。細かな部品に分けて作って、後で繋げたのかな?繋ぎ目が分からないから、繋ぐのだけ魔法を使ったとか?」
像はフェニックスとドラゴン。神の使いとされている二体の神獣だ。
やはり巨大で、扉を左右から守るように置かれていた。
「あ、この彫像も細かい。小さい代わりに手が込んでる。うわ、髪の毛の一本まで彫ってある!」
さらに、壁際にずらりと並んでいる人物の彫像に目を移す。等身大の彫像だが、他の物と比べて小さい代わりに、細かな技巧を凝らされいて、まるで生きているかのようだった。
「それは、聖人像です」
リディが説明してくれたが、熱心に見ているロアの耳には入っていない。
聖人とは、教会によって認められるほどの偉業を成した人物のことだ。偉人と言ってもいい。
当然ながら聖女もまた聖人であり、そこには歴代の聖女の像も混ざっていた。
「あー、ロア。あんまり他の人に迷惑をかけるなよ。ルーとフィー、暴走したら止めてくれよ」
ロアは物作りが関わると、度々暴走する。クリストフは自分で止めるのを諦めて、双子にお願いをした。その方が、ロアも言うことを聞いてくれるからだ。
ロアはかなり興奮していたが、別に教会に来るのは初めてではない。
アマダン伯領にも主神教の教会はあったし、他の街でも訪れたことがあった。
だが、これほどまでに卓越した技術を駆使した物がそろっている教会は、初めてだ。流石は、協会本部のお膝元と言ったところだろう。
「聖人って、こんなにいたんだな」
クリストフも見事な眺めに感動しつつも、どこか的外れな感想を漏らす。確かに芸術的ですごいとは思うものの、ロアほどの情熱は無い。数の多さが気になった結果、こんな感想になってしまった。
「長い歴史の中で、聖女以外に聖人認定された方はわずか十三人。それを考えれば、多いと言うほどでもないと思いますよ」
穏やかな口調で、リディは返した。
彼女は見慣れているのか、窓や像には目もくれずにロアの姿を目で追っていた。
「そう言われれば、少ないのかな?」
「近年は、まったく増えていませんからね。最後に認定された聖人は、三百年ほど前の奴隷解放の父である、聖マルクスです」
リディが示したのは、並んでいる聖人像の一番出口に近い場所。末席と言っていい位置だ。
その像は、他の聖人像が神官服を着ているのにも関わらず、粗末なローブを着ていた。見た目の年齢も初老程度で、老人ばかりの聖人の中ではかなり若く見える。
その手には、彼の象徴となる物なのだろう、引きちぎられた鎖が握られていた。
「彼は奴隷出身で、奴隷制度を憎み、この世から無くした功績で聖人と認定されました。それ以降は、彼以上もしくは同等の善行を成した人物は現れず、新しい聖人は認定されておりません。嘆かわしい事です」
「まあ、裏を返せば、それだけ平和な時代が続いたってことじゃないか?」
「それは確かにそうなのですが、荒れた時代でなくとも善行は為せるのですよ。他人の不幸を覆すだけが善行ではないのです」
「そういうもんか」
「その通りです」
まるで神官の様なリディの受け答えに、さすが協会本部近くの住人だとクリストフは感心する。
宗教が身近にある生活をしていると、これほどまでにしっかりとした考えに育つのだろう。
二人が話している間にも、ロアは教会の色々な場所をじっくりと見て回っていた。
時折、建物の隅に座り込んだり、像の付け根を見たりしている。双子に臭いを嗅がせているのは、使われている素材の判別の為だろうか?
そろそろ止めた方がいいかなと思いながらも、クリストフはその様子を見つめているリディを横目で観察した。
リディは真っ直ぐにロアを見つめていた。
ロアに興味を持っているのは間違いなさそうだが、恋愛対象に向ける目ではない。せいぜい、やんちゃな弟を見るような目だ。
クリストフはリディに案内を頼んで、ロアとのデートにしてしまおうとしたが、どうやら失敗らしい。
互いに意識している感じはあるのに、恋愛感情に発展する雰囲気は皆無だ。
まあ、ロアだからなぁ。……と、よく分からない感想を浮かべながらも、クリストフは溜め息を漏らす。
この後は、案内のお礼の代わりに服を買いに行く予定だ。一緒に服を選べば、多少は二人の距離も縮まるだろう。
クリストフは気を取り直して、次に期待をすることにした。
……だが、その期待はあっさりと裏切られてしまった。
そろそろ帰らないといけないと、リディが言い出したからだ。
「仕事がありますので。それに、お礼は食事をご馳走になったことで十分です」
「それは……」
クリストフはまだ礼が終わってないからと引き留めようとしたが、仕事と言われては無理強いはできない。
まだ熱心に像を見ていたロアを呼び寄せて、別れの挨拶をさせる。
ロアも引き留めることはせず、次に会う約束も無く、あっさりと終わってしまった。
成果の薄い一日だった。
しかし、ロアとリディは一緒に食事をしたわけだし、友達程度にはなれただろう。
宿屋の下働きをしているなら、すぐに再開できるはずだ。現に、早朝に会って、昼には再会したのだから。
その時にまた距離を縮めて行けばいい。
そう考えながら、宿屋に帰ったクリストフを待っていたのは。
<鈍感チャラいの。これから貴様の断罪裁判だ!吊るし上げられる覚悟をせよ!!>
グリおじさんの地獄の断罪宣告だった。
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