二度目の人生は、地雷BLゲーの当て馬らしい。

くすのき

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譲らない譲り合い

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「チッ……さあ、下りてやったぞ。で、依頼ってのはどんなのだ」
「ったく。相変わらず騒がしい犬だぜ」
「あ゛、誰が犬だぁ? 上等だ。表出ろや、おっさん!」
「もう既に表だゾ」

 元彼風ヴィジュアル系ヤンキーVS海賊~悪役レスラーを添えて~。
 意味の解らない絵画のような、息苦しい区画から俺は一歩後退って深呼吸する。
 次いで肌を突き刺す視線に気付き、顔を上げると、先程まで疎らだった村民が遠巻きに集まって此方を注視している事に気付く。
 誰も彼も不審と恐怖が綯い交ぜになった揺れる感情をのせ、俺達を警戒する。
 彼等にとって当然の反応だが、向けられた側はなんとも居心地が悪いものだ。

「お騒がせしてすみませーん」

 社会人時代に培った営業用の笑みを貼りつけ、アパレルの女性店員とまではいかずとも一段高い声を作る。
 続けて口にするのは此方の身元と用件だ。
 依頼主の名前を出せば、比較的近い距離から微かな悲鳴があがった。
 栗毛色の髪が似合う青年だ。
 他メンバーを残し、俺だけ彼の元に歩み寄り、身分証代わりのドッグタグを提示する。

「俺は疾風迅雷のユニ・アーバレンストと言います。依頼主のリモ・グラットさんで間違いありませんか?」
「あっ、はい。貴方がリーダーさんですか」
「いえ。リーダーは彼方にいる金髪の方です。あとはあの喧しい輩以外が仲間です」
「じゃああの人は?」
「俺は面識ありませんが、他のメンバーとは知り合いのようです」
「は、はぁ……」
「では依頼内容の、大森林での薬花の採集と道中の警護ですが、相違ございませんか」
「あっはい。受けていただいてありがとうございます。あの、詳しい話しは少し待っていて貰ってもいいですか。村長や村の皆にも話しておきたいので」
「勿論構いません。というか此方の配慮が足らず申し訳ありません」
「じゃ、じゃあ少し待っていてください!」

 村民達の元へ小走りで駆けていくリモを見送り、俺もレオ達の方へ踵を返す。
 いい加減大人しくなっただろうと思いきや、オズなる人物は未だラムに噛みついており、時折グノーとレオが宥め賺している状態だった。

「村人に説明するから少し待ってって」
「ありがとう。ユニだけに任せてごめんね」
「それはいいけどさ。本気でその人と共同というか対決するの?」

 レオにだけ聞こえるように尋ねると、そうでもしないと纏わり付いて仕事にならないからと返ってくる。なんて迷惑な人物だ。

「あとユニの意見も聞かずに勝手に決めてごめんね」
「それは別にいいけど、向こうの反応と取り分は揉めない?」
「取り分については考えがあるから大丈夫。反応は……ゴリ押せばいける、かも?」

 乾いた笑いが漏れる。

「それはそれとして、レオ達はあの人と知り合いっぽいけど何の繋がりなの?」
「繋がりというか腐れ縁かな。アイツとは同じ村出身なんだ。昔からあんな風に突撃してくるからその流れでラム達とも知り合ってたんだよ」
「凄いエキセントリックな人だね」
「うん。でもまあ、アイツ一応腕は確かだから」

 言葉を濁しながら、頬を搔く。

「……勝負して大丈夫なの?」
「負けなければ割と無害な方だから」
「そう、なの」

 それ勝たれたら拙いのでは、と心で突っ込んでいた最中、村民報告会を終えたリモが戻ってきた。まだ少々緊張した面持ちだが、最初の頃よりは柔らかい部類だ。

「お待たせしました。立ち話しもなんですのでこちらへどうぞ」

 そう言って通されたのは村の広場だった。
 が見た目は現代にあるような、古びた椅子と机しかない無料休憩所に近い。
 少しがたつくそれに腰掛けると、ひゅう、と生温かい風が吹き抜けた。

「改めまして、俺はリモ・グラットです。この村で農家をやってます。依頼した通り、皆様方には大森林での薬花採集と、その道中の警護をお願いします」
「ケッ。ピクニックじゃねえか」

 オズが柄悪く吐き捨てる。
 しかし即座にレオによって窘められ、彼は不満そうに外方を向く。

「俺はレオンハルト。疾風迅雷のリーダーをしている」
「ユニ・アーバレンスト。付与術士です」
「俺はラム。前衛だ」
「グノー。ラムと同じ前衛ダ」
「……オズ。自己紹介は?」
「チッ。オズ・ベアリングズ。ソロだよ」

 舌打ちするオズに全員が苦笑いを示す。

「では打ち合わせに入る前に、リモさんにお伝えしたいことがありまして。こちらの事情ですみませんが、彼も同行する事になったのですがいいですか。勿論それに対して報酬の増額をお願いする事は一切ありません」
「はぁ、俺としても人手が増えるなら別に」
「決まりだな。さっさと話せ」
「あっ、はい!」
「おい。その態度は」
「オズ。上手くやるつもりがないなら勝負は君の負けにするよ」

 普段温厚な人がブチ切れると怖いと言うが、ブチまでいかなくても怖い。
 数度下がったような空気の中、グノーが一つ手を叩く。

「そうダ。裁定の一つに、依頼人への口撃やぞんざいな扱いや言動が見られた場合、減点方式に加えるのはどうダ?」
「はぁああ!?」
「そりゃいい案じゃねえか! な、ユニ!」
「あ、うん。良いんじゃない」

 頷きながら、遅れてその理由に思い至る。
 それというのも冒険者支部では依頼の報酬に出来高制を採用していたからだ。
 採集・納品・討伐等を熟した際、一定品質を越える、又は個数多めに提出した場合、報酬に色をつけてくれる。勿論上があれば逆も然りで、その中には依頼主に対しての心証もしっかり含まれている。
 要はどんなに腕が良くても人間性に問題があるかないか支部は見ているのだ。
 仮に引っ掛かった場合、当然酷い時はペナルティーが与えられ、受ける仕事の幅も狭まり、昇級どころか降格に繋がる。
 これが自分達だけの失態ならば諦めもつくが、ほぼ半強制的な状態で迷惑を掛けられるのは我慢ならない。
 ならば減点方式にしてその目を潰す。
 まさに発想の転換だ。
 一人だけ不満そうなオズを無視し、俺は軽く片手を上げる。
 
「じゃあ俺からも一つ。急な合同パーティと対決に対する迷惑料込みで、帰りの道中で撃退した食用の魔物の肉とか毛皮なんかは一部、リモさんに進呈するのはどう?」
「是非お願いします!」
「ハハッ。皆はそれでいい?……うん。反対意見ないから決まりね。じゃあ出発等の打ち合わせに入ろうか」

 そう言うとレオは取り出した地図をテーブルの上に広げた。

「まずは出発ですが、何時頃がいいですか」
「一応粗方の準備はしてるので、明日の早朝でも構いませんか?」
「異議無し」
「右に同ジ」
「えっと、はい。前にお願いした時はここのルートで途中休憩を挟んでました。採集日数に関しても同じ馬車一台分なので、多分三日ないし四日かかると思います」
「その馬車、もしくは馬の貸出とかはやってたりするか?」
「すみませんが、運搬用なのであまり丈夫じゃなくて。馬の貸し出しについても多分全員分は難しいです」
「なら歩きだな」
「食糧はどの程度積めル?」
「それについても。あとお恥ずかしながら村の蓄えはそう多くなくて」
「判っタ。現地調達だナ」
「あの」

 五対の目がリモに向けられる。

「ひっ、すみません。あの、対決って皆さんは何をするんですか」
「それ俺も気になる」

 レオは負けなければいいと言うが、何も知らないままは不安でしかない。
 もし対決中に俺が足を引っ張りでもしたら胃痛どころか辞職案件だ。まだ再就職先も決まってない中でそれはどうやっても避けなければならない。
 生唾を飲み込む音が嫌に大きく聞こえる。

「あ、ユニも知らなかったね。対決っていっても警護中に向かってきた魔物限定の討伐数を競うだけ。小型なら+1、大型は+2で無理な深追いや相手への妨害行為、警護対象から一定の距離が空いた場合は-1」
「そ。んでやるのはあくまでレオと其奴のみ。今回は……そうだな。オレとグノーはそれぞれの相方兼ジャッジ役だ」
「あ゛、んなもん要らねえよ!」
「お前が嘘をつかないとは言い切れなイ」
「んだとぉっ!」
「オズ。文句があるなら今からスタートになるよ」
「……チッ。他に条件は? 無ぇなら俺様は行く!」

 地団駄を踏むようにオズがその場から去る。

「冒険者にも色んな方がいるんですね」
「多分あれは特異な例だと思います」
「確かにそうだナ」

 ぎこちなく笑みを貼り付けたリモが、あっ!と声を上げる。

「忘れてました。さっき村長にオズさん同様、皆さんにも空き家二つを宿泊施設として貸し出すよう言われてたんです。奥の方にありますので使ってください。これ、鍵です」
「それは助かル」
「いえ。明日は宜しくお願いします。じゃ、俺もまだ仕事があるので。それじゃ」
「……じゃあ俺達も行こうか」




「ここ、かぁ」

 若干寂れた空き家を見ながら呟く。
 朝のグリル亭の何倍も趣のある家屋が、今日の俺達の宿らしい。
 錆びた鍵でドアを開けた途端、籠もった家屋特有の黴と埃臭さが俺達を歓迎する。
 鼻から下を掌で覆い、室内を見渡す。
 確認できる限り、部屋の窓とカーテンは全て閉め切られていて、内部は正午とは思えないほど薄暗い。
 一歩足を踏み入れる。
 玄関先にある土間のような場所はそこそこの広さを有し、炊事場が隣接している。そして丁度土間の真ん中辺りには、前の住人の私物だろうテーブルと三脚の椅子があった。
 こちらも随分と年季が入っている。
 指の腹でなぞってみれば、綺麗な線が誕生した。随分と人の手が入っていないと解る。

「まずは掃除だね」

 直ぐにカーテンを開けて、取り出した長めの布で作った簡易マスクを装着する。
 ファンタジーにありがちな唱えるだけで綺麗になる不思議な力はこの世界には存在しない。ついでに自動掃除機も清掃業者もいない。此処にあるのは立てかけの箒と錆びた農具と生活用品だけ。
 玄関の方で埃を吸ったレオが咳き込んだ。

「レオは井戸の使用許可をもらってきて。それでOKならこの容れ物に汲んできてもらえる?」
「ゴホッ。了解」

 一人になった空間で俺は気合いを入れる。
 実は何でも出来そうなレオだが、掃除洗濯といった家事全般とは頗る相性が悪かった。
 仮にやらせようものなら破壊と出費を覚悟しなければならないほど。
 外套を目深に被り、箒を持って奥の寝室に向かう。これまた建て付けの悪いドアを慎重に開き、夫婦の寝室だろう内部に潜入する。
 こっちの汚さも居間と大して変わらない。
 使用者のいない寝台に染みと埃を纏った布団が置いてある。
 夜逃げして数年と称してもいいほど生活感が滲んでいた。

「一旦外に出そ」

 流石にダニ特盛キャンペーン中の布をかけて寝れるほど無頓着ではない。
 元の持ち主には申し訳ないが焼却処分だ。
 それが終われば煤払いの要領で、天井の埃を落とす。気分はまさに年末大掃除だ。
 高い所から低い場所に埃を誘導し、奥から手前に移動する。
 そうこうしている内に許可を取り終え、水を持参したレオが帰還したので、布団の焼却と湯を沸かしてもらうようお願いする。
 湯についてお湯拭き雑巾作成用だ。
 手の届く範囲と家具や床・窓の汚れを拭き取り、最後に乾拭きすれば完了。
 言葉にすると短いが三時間はかかった。
 換気の為に開けた窓から通る夕方の空気が心地良い。

「すっかり綺麗になったね」
「なんとかね」
「あ、白湯作ったけど飲む?」
「飲む!……あ~生き返る」

 飲み下した白湯が染みわたる。

「まだお湯残ってるよね。夜はスープにするけど良い?」
「全然構わないよ。……あと役に立たなくてごめんね」

 申し訳なさそうに項垂れるレオに、ぎょっと目を見開く。目の前にいるのがアイツではないと理解していても、脳味噌がアイツの映像をちらつかせる。
 年末大掃除後、戦力外のアイツはいつも俺の好きな茶やケーキを差し出してすまなそうにしていた。

「……ユニ?」
「ううん。なんでもない」

 追及される前に話題を寝室に移す。

「あ、寝室なんだけどベッドが一台しかないからレオが使っていいからね」
「え。ユニが頑張って掃除してくれたんだからユニが使いなよ」
「いやいやいや。明日、勝負するんだから万全の状態で挑まないと駄目でしょ。俺は床か椅子で寝るから」
「尚更駄目」
「どうして」
「どうしても」

 譲らない譲り合いを続ける事五分。

「じゃあジャンケンで決めよう」
「それ絶対こっちの手を見てから負けようとするから駄目!」
「う……なら何時まで経っても決められないよ」
「だからレオが使ってってさっきから言ってるよね?」
「俺は嫌だって言ってるじゃん!」

 白熱したそれに自然と息が上がっていく。
 何時終わるのかと思われた矢先、レオが何かを閃いたかのように手を打ち鳴らす。

「じゃあもう二人で使えばいいよね!」
「…………はい?」
「ちょっと来て!」

 強い力で俺の手首を掴んだレオはそのまま寝室に向かうと、抱き竦めるような形で俺ごとベッドに横になる。

「ほら。ちょっと狭いけど二人で使える」
「あ、うん」
「じゃあこれで決まり!」
「うん――うん????」
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