12 / 98
野営と思わぬヒント
しおりを挟む野営地点への到着はまだ早い時間だった。
見上げた空の太陽は真上を少し過ぎた程度。腕時計や時計塔のない此処では恐らく昼の二時の辺りだろう。
燦々と降り注ぐ陽光は温かく、隠す雲は見当たらない。明日もきっと快晴だ。
荷を降ろした俺は、周囲を検める。
雑草のない、踏みしめられた剥き出しの大地が四方二十メートルほど。一角には何年も親しまれてきたような土堀りの竃と、片付け忘れた少量の灰が残っていた。
俺達以外に人の気配はなく、魔物による襲撃などの痕跡は今の所ない。
「じゃあ野営の準備をしようか」
レオの号令を合図にそれぞれが動く。
中年カップル組は四方に刺した木の杭へ、木板に音の鳴るよう細工した鳴子を紐に通して結びつける。一方の同郷組は寝床の作成と忌避剤の設置。警護対象である依頼人は馬の世話、最後の俺は恒例の焚き火と食事の支度に勤しむ。
因みになぜ恒例かは消去法だ。
世の中には同じ材料、手順を辿れど摩訶不思議な現象を生み出すその道のプロがいる。
彼等がまさにそれだった。
毒料理と無味料理のスペシャリスト。彼等の名誉の為にどっちがどっちかは伏せておく。……とまあそんな感じで調理は全面的に俺が熟している。
付近に流れる小川で汲んだ水を沸かし、良い感じに冷ました頃、水洗いした人数分の布を投入し絞って簡易お絞りを作成する。
焚き火の火を守りつつ、付近に流れる小川で汲んだ水を沸かして良い感じになった頃、洗濯した人数分の布をさっと入れて絞ったら簡易おしぼりの完成だ。
これを風呂代わり兼防具の拭き取り用にする。生ものを扱う手前、先に身奇麗にしていると役割を終えたレオが戻ってきた。
「あ、お疲れさま」
「いや、え」
俺を見るなり、即、目線を外す。
「ユニ、服、服!」
「食べ物を扱うからね。レオ達の分もそこの鍋にあるから自分で絞って使って」
「そうじゃなくて、服着て」
「……え?」
何を言われたのか一瞬理解できなかった。
俺は自分の身体を見る。
やや色白な半裸。後衛特有の筋肉の薄い体だが、見るに堪えないほど酷くはない……と思う。多分。
故に優しいレオは、俺が風邪を引いてはいけないと慮ってくれたのだろう。
「はい、着たよ」
「えっとごめんね。あ、ちょっと口開けて」
「? ふぉう?」
「っ、」
指示通り唇でOの字を作ると、何故かレオが息を飲んだような気がした。
そこまで酷い顔だったのかと地味に傷付いた刹那、何かが口に放られる。大きさは、昔栽培したワックスベリー大で、噛むと酸味と甘みが広がった。
とんとご無沙汰だった甘味だ。自然と顔を緩めた俺に、レオは自身の口元に人差し指を立てて、内緒のポーズを取る。
「さっき、そこで見つけたんだ。一つしか無かったから皆には内緒にして」
首がもげるくらいに首肯する。
紫だった頃にはたくさん甘い物を口にしてきたが、今はこれがどの有名スイーツより何倍も美味しく感じる。
余韻を楽しむ俺に、レオはまた見つけたらあげるねと笑う。
「これからご飯の支度だよね。手伝うよ」
「有難う。……けどそれよりお願いがあって。――俺がご飯作ってる間、アイツを近付けないように抑えてほしい」
真顔でオズの居る方を指差す。
奴を野放しにしたら最後、ストレス全開で調理する未来しか見えない。
『あ゛? メシってこれかよ』
『何だこの味付け』
『ほんとお前つかえねーな』
『腹減ってんだからさっさと作れよ』
後半は屑元彼の言だが、奴なら絶対に言いかねない。
「あ~……うん。ごめんね」
「へ、あ、兎に角宜しくね」
多分俺は今、口に出せないほどブスな顔してたんだと思う。取り繕うように作り笑いを浮かべるが、レオの表情が引き攣っているところを見るに、一ミリも誤魔化せてはいないのは明白だ。
けれどプラスに考えればこれで奴と俺の相性が壊滅的だと理解してもらえて、今後安易に近付けさせないよう仕向けられる。なので結果オーライだ。
「お疲れで……どうかしました!?」
「あ、いや、何でもない。じゃ、アイツのとこ行ってくるよ」
早速足止めに行ってくれたレオをリモと二人で見送る。
「もしかして喧嘩してました?」
「ううん。強いて言うならこれから喧嘩しないよう行ってくれた」
「あ~……」
方角を見て深く頷くリモ。
「そこのお湯鍋に布入れてあるから絞って体拭くといいですよ」
「いいんですか!?」
「全然オーケー。なんなら小鍋にお湯分け入れて馬さんの体を拭っても構いませんよ」
「うわぁ、助かります!」
パァアアという擬音が聞こえてきそうなほど眩い笑顔に目を細める。
自分にもあんな時期があった。
気持ちを切り替えて調理道具と食材を並べていく。今日のメニューはナイトレイドの香草焼き、ホットワイン、ヒューリ村で頂いた馬鈴薯の蒸かしだ。
その内、各自の役割を遂げた面々が合流し、武器や防具の手入れをする。
鴉に似た鳥が鳴いている。
空が朱色に染まる頃、俺達は夕餉にした。
メインは肉汁を吸わせて柔らかくした固焼きパンに野菜代わりの食べられる野草と香草焼きを挟んだ即席サンドイッチだ。
全員に配り、カップのホットワインに口を付ける。安い赤ワイン特有の閉じた味わいに加え、ぴりりとした刺激が舌の上に転がり冷えた体を温める。
サンドイッチの方も、入念な下処理のお陰で肉の臭みと筋張った食感は一切なく、豚肉程度の柔らかさに昇格している。
秘かに他面々の反応を窺えば、それぞれ口角を上げたり、目元を緩めるなど美味しいを表情してくれていた。
「これ、凄く美味しいです」
「そうかぁ? まあまあじゃねえの」
「口に合わないなら食べなくていいよ」
「あ゛、合わねえとは言ってねえだろうが」
「あっそ」
奴と俺の背後に柄の悪い山猫と威嚇する飼い猫が見えるとグノーが小さく呟く。
そんな気まずい空気が流れる中、レオが火の消えた竃にある鍋を指差した。
「ユニ、あっちの鍋は何?」
「ナイトレイドのごろごろシチュー。明日の朝飯用だから勝手に食べないようにね」
「あ゛、なんで俺様を見んだよ!」
「はいはい、喧嘩はそこまで。ユニもそう突っかかんな」
「ん、ごめん」
「ハッ。怒られてやんの」
「オズ。お前もダ」
「……チッ」
「ま、まあまあ。ユニさん、これどうやって作ったんですか?」
「香草焼きですか? そんなに難しくないですよ」
調理の手順やアレンジなどなるたけ解りやすく説明していく内、レオ達が話しを膨らませ、和やかな食卓を形成する。
「ハハッ。そういえば此処もゴブリンが多かったナ」
「ここも?」
「ああ、最近ちょっと魔物の数が増えているような気がしてね」
「繁殖シーズンなら分かるんだけどまだ時期は先だし、リモの村では話しとかない?」
「いえ、初耳です」
「あ゛、いつも通りだろうが」
「支部では特に言及なかったから危険度はないと思うけど」
「おい、俺様を無視してんじゃねえ!」
「考えられるとしたら偶然巣が近かったか、全体的に塒を変えたか。どちらにせよ帰ったらまた報告だな」
「おいっ!」
「あ、今更ですけどこの依頼はどうしてリモさんなんです?」
普通、薬剤の材料になる物を取りに行くなら扱う立場にいる者か、それに準ずる者だ。
「それは俺が時々手伝ってて、村の医者はもういい歳ですから」
「じゃあ何時もリモが? 大変だね」
「ええまあ。けど妹の薬の材料も取りに行けるので俺としては助かってます」
「妹さん? 何処か悪いの?」
「足を少し」
歯切れ悪く告げるリモに、改めてこの世界の医療レベルの低さを痛感する。
「なんか空気悪くさせてすみません。そうだ、皆さんはどうして冒険者になったんですか?」
「俺様は強くなるためだ!」
「俺は子供の頃からの夢かな」
「オレとグノーは、まあそれしか選択肢がなかったってだけだな」
「俺は……大体レオと同じ」
今は脱出を考えているけども。
「他の奴は一攫千金とか名声、あとはちっと違うが支部への就職って奴もいるな」
「就職?」
創作小説で富と名声は耳に為るが、支部への就職は耳にしたことはない。
「引退を考えた冒険者が支部の職員としてやってくんだよ。腕の良い奴はスカウトされるらしいが、そうでねぇ奴は最低でも銀等級まで上がらねえと無理なんだと」
「初耳だよ」
「そりゃあ、あんま魅力ねえからな」
ガハハと豪快に膝を叩くラム。
だがその中で俺だけが、雷に打たれたような衝撃を喰らっていた。
支部の職員。あのカウンターで仕事を捌く受付が脳裏を過る。
――支部職員、ユニ・アーバレンスト。
……ありかもしれない。
135
あなたにおすすめの小説
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。
小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。
そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。
先輩×後輩
攻略キャラ×当て馬キャラ
総受けではありません。
嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。
ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。
だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。
え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。
でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!!
……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。
本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。
こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。
その捕虜は牢屋から離れたくない
さいはて旅行社
BL
敵国の牢獄看守や軍人たちが大好きなのは、鍛え上げられた筋肉だった。
というわけで、剣や体術の訓練なんか大嫌いな魔導士で細身の主人公は、同僚の脳筋騎士たちとは違い、敵国の捕虜となっても平穏無事な牢屋生活を満喫するのであった。
なぜ処刑予定の悪役子息の俺が溺愛されている?
詩河とんぼ
BL
前世では過労死し、バース性があるBLゲームに転生した俺は、なる方が珍しいバットエンド以外は全て処刑されるというの世界の悪役子息・カイラントになっていた。処刑されるのはもちろん嫌だし、知識を付けてそれなりのところで働くか婿入りできたらいいな……と思っていたのだが、攻略対象者で王太子のアルスタから猛アプローチを受ける。……どうしてこうなった?
【完結済】俺は推しじゃない!ただの冒険者だ!
キノア9g
BL
ごく普通の中堅冒険者・イーサン。
今日もほどほどのクエストを探しにギルドを訪れたところ、見慣れない美形の冒険者・アシュレイと出くわす。
最初は「珍しい奴がいるな」程度だった。
だが次の瞬間──
「あなたは僕の推しです!」
そう叫びながら抱きついてきたかと思えば、つきまとう、語りかける、迫ってくる。
挙句、自宅の前で待ち伏せまで!?
「金なんかねぇぞ!」
「大丈夫です! 僕が、稼ぎますから!」
平穏な日常をこよなく愛するイーサンと、
“推しの幸せ”のためなら迷惑も距離感も超えていく超ポジティブ転生者・アシュレイ。
愛とは、追うものか、追われるものか。
差し出される支援、注がれる好意、止まらぬ猛アプローチ。
ふたりの距離が縮まる日はくるのか!?
強くて貢ぎ癖のあるイケメン転生者 × 弱めで普通な中堅冒険者。
異世界で始まる、ドタバタ&ちょっぴり胸キュンなBLコメディ、ここに開幕!
全8話
たとえば、俺が幸せになってもいいのなら
夜月るな
BL
全てを1人で抱え込む高校生の少年が、誰かに頼り甘えることを覚えていくまでの物語―――
父を目の前で亡くし、母に突き放され、たった一人寄り添ってくれた兄もいなくなっていまった。
弟を守り、罪悪感も自責の念もたった1人で抱える新谷 律の心が、少しずつほぐれていく。
助けてほしいと言葉にする権利すらないと笑う少年が、救われるまでのお話。
【BL】無償の愛と愛を知らない僕。
ありま氷炎
BL
何かしないと、人は僕を愛してくれない。
それが嫌で、僕は家を飛び出した。
僕を拾ってくれた人は、何も言わず家に置いてくれた。
両親が迎えにきて、仕方なく家に帰った。
それから十数年後、僕は彼と再会した。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる