85 / 98
終わりの始まり②
しおりを挟むその異変に気付いたのは明け方。
レオが装備を調え終えた後だった。
普段であれば既に起床している筈の彼が起きていなかったのだ。当初は昨夜の行為が響いているのだろうと楽観視していたが、体感十分ほど経過したあたりで、揺すっても一切反応を示さなかったため異常に気付いた。
レオはすぐさまラムとグノーを呼び寄せて、彼等に町医者を連れてきてもらったのだが、これがとんでもないヤブ医者だった。
彼の下した診断は異常なし。
叩いても、揺すっても、名を呼んでも、気付け薬を飲ませても何の反応も示さないにも関わらず、だ。明らかに異常事態でしかないというのに。
頭に血が昇ったレオは老医師の襟首を掴み上げ、ちゃんと診ろと恫喝するも、それでもヤブ医者は『脈拍、心拍、呼吸ともに正常。彼は間違いなく病気ではない』と診断を覆すことはなかった。
煮えたぎったマグマが頂点に達したその時、殴りかかろうとしたレオをグノーが拘束し、ラムが老医師に幾ばくかの金を握らせて部屋から追い出した。
窒素より重い静寂が室内を満たす。
昨日はなんでも無かったのに。レオの胸中に深い悲しみと絶望が支配する中、グノーは拘束を解いて気遣うように話しかけた。
「落ち着いたカ?」
「っ。落ち着いた? この状況でよくそんな事が言え……! ごめん」
瞬間湯沸器となったレオの熱が、グノーの傷付いた表情によって冷まされる。
「……昨日はなんでも無かったんだ」
ポツリと漏らしたそれは泣き出しそうなほど切実なものだった。強く握り締めた拳も小刻みに揺れて白く染まっている。
「普通におやすみって、またあしたって言ってたんだ」
潤んだ翠から一筋の水が零れ落ちる。
「なんで、なんでこんなことに」
「レオ……」
「しんどいかもしれねえがしっかりしろ。ユニに関して一番知ってんのがお前だ。なんでもいい。ここ最近、ユニの周りで何か変わった事や些細な変化はなかったか」
「そんなの…………あっ」
「何かあるのカ!?」
「関係あるかは分からないけど、最近のユニ、寝ると魘されることがあって。本人は今後の不安とストレスだから問題ないって言ってた……どうしたの?」
ラムとグノー、両名の顔が曇る。
「な、なに」
「レオ。その魘されてたのは何時からだ?」
「え。あ、確か一つ目のクリスタルを破壊した後だから四日前」
レオの返答に、真剣な面持ちで頷きあった二人が深呼吸の後、前職で遭遇したことだと前置きした上で語り始めた。
「オレの死んだ元同僚なんだが、ソイツも今のユニと同じような状態になった。もしかしたらユニは呪いを喰らった可能性がある」
「死ん、だ……」
愕然とするレオ。
「じゃ、じゃあユニも」
「落ち着け! あの頃はどうしようもなかったが調査の結果、呪い元をどうにかするか強い神聖力で打ち消せば治る筈だ!」
「なお、る……?」
「あぁ。ユニがソイツと同じならな」
明らかに安堵した様子のレオは絶望から脱した瞳となり、早速ユニを抱き上げた。
「教会、いやルディのところへ行こう!」
莫大な献金を要求する教会と違い、気にくわないけれど異常なほどユニを慕う彼ならば一にも二にも治療してくれるだろう。
一行はレオの先導に続いて、朝のグリル亭を出た。
「こっち! こっちに寝かせてください!」
デールライト伯爵家に到着すると、慌てた様子で自身の寝台まで導いたルディはユニの手を握り、名を呼んだ。そして何度も体を揺するも、やはり反応はなく、ユニは静かに眠っている。
「なんで。なんでこんなことになっているんですか!」
空の青のごとき大きな目を涙で濡らしながら精一杯吊り上げたルディは、レオの胸倉を掴んだ。
抵抗なくされるがままのレオは、力無く唇を開く。
「四日前に急に悪夢を見るようになって、今日突然目を覚まさなくなったんだ。ラムとグノーが言うには呪いを受けた可能性があるらしい。解呪には神聖力が必要なんだ。……頼む。ユニを助けてくれ」
「っ、」
悲痛に顔を歪めたレオを見て、ルディは手を離す。そして「貴方に言われなくてもやりますよ」と再びユニへと向き直り、その横へ跪いた。
続いて何やら聞き馴染みのない言葉、恐らくは詠唱を紡いだ直後、ルディの身体が淡い金色の光を纏う。
だがしかし――。
その光がユニへと伸びた瞬間、静電気のようにパチッと音が鳴り、光が消える。それが何を意味するのか、即座に理解したルディは顔を青くした。
けれどすぐにその驚愕を打ち消し、再度起動に必要な呪文を唱える。
が、何度試してもユニへと届く前に光は霧散してしまう。明らかに届いていない。それどころか拒絶されているようだった。
その光景を見守っていたレオは言葉を失い、呆然としたまま膝から崩れ落ちる。その森の翠のごとき美しい瞳は暗く濁り、深海よりも深い絶望が彼を柔らかく包み込む。
彼の後方にラムとグノー。少し離れた場に案内役の執事、ロッテングルー。三人は気まずそうに佇んでいた。誰も何も言えず、沈黙が室内を支配する。その中で何度も何度も神聖力の弾かれる音だけがいやに響く。
「どうして、どうして効かないの!」
嗚咽混じりのルディが再度、神聖魔法を唱えた次の瞬間、ブゥンと機械が稼働する時にも似た音がした。
突如、寝かされていたユニの身体が紫の光を放ち、その上に何かを浮かび上がらせる。見たことのない複雑怪奇な紋様――魔法陣がそこにいた。
全員が目の前で起こった不可思議な現象に仰天している間に、魔法陣の一部から何匹かの蛇が現れ出でる。
ぼとり、ぼとりと寝台に沈み、此方を威嚇する様は異様の一言に尽きた。まるでユニを護るようなその顔は蛇のものではなかった。人のような輪郭を刻み、ギラついた紅い瞳でレオ達を睨む。ロッテングルーを除き、他の面々は一目でそれが誰であるか悟る。ヘルブリンだ。
同時に答え合わせも済んだ。
「貴様っ!」
レオの叫び声が上がる中、敵意を孕んだ威嚇と共に飛びかかってきた一匹の蛇に対し、レオはロングソードで斬り払った。銀色の刃に切断され、両断された死骸が絨毯に沈む。それに合わせてユニの周りにいた蛇たちが姿を消した。誰も動かない。
そんな静寂の中、尻餅をついたまま呆けていたルディが動いた。
「ユニさん!」
短剣を手にし、あの蛇が潜んでいないか探す。その後にレオも続き、二人がかりで寝台に目を光らせる。
「いない……?」
「そうみたいだ。……けどなんでヘルブリンが。いやそれよりも」
レオは自身の得物を鞘に収める。
そしてもう一度確認してから、ゆっくりとユニを抱き上げ、ソファーの前に移動する。そうして上に何もないのを確認してから、ユニの身体を置く。あんな事があったのに彼は何事もなかったように静かに寝息を立てている。
噛まれてはいないようだ。
ほっと胸をなで下ろし、だがそれと同時に荒々しいものが疾風のようにレオの心を満たしていく。
ユニの前髪を直しながら彼は呟く。
「……もう少しだけ待っててね」
立ち上がり、踵を返す。
「あの野郎。……絶対に殺してやる!」
「っ」
直視してしまったラムとグノーが、そのあまりの形相に言葉を失う。これは一体誰だ。そう思えるほど別人と化したレオに彼等は一歩後退った。
106
あなたにおすすめの小説
【BL】捨てられたSubが甘やかされる話
橘スミレ
BL
渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。
もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。
オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。
ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。
特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。
でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。
理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。
そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!
アルファポリス限定で連載中
二日に一度を目安に更新しております
主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。
小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。
そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。
先輩×後輩
攻略キャラ×当て馬キャラ
総受けではありません。
嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。
ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。
だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。
え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。
でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!!
……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。
本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。
こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ユィリと皆の動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵も皆の小話もあがります。
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新!
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
キュートなモブ令息に転生したボク。可愛さと前世の知識で悪役令息なお義兄さまを守りますっ!
をち。「もう我慢なんて」書籍発売中
BL
これは、あざと可愛い悪役令息の義弟VS.あざと主人公のおはなし。
ボクの名前は、クリストファー。
突然だけど、ボクには前世の記憶がある。
ジルベスターお義兄さまと初めて会ったとき、そのご尊顔を見て
「あああ!《《この人》》、知ってるう!悪役令息っ!」
と思い出したのだ。
あ、この人ゲームの悪役じゃん、って。
そう、俺が今いるこの世界は、ゲームの中の世界だったの!
そして、ボクは悪役令息ジルベスターの義弟に転生していたのだ!
しかも、モブ。
繰り返します。ボクはモブ!!「完全なるモブ」なのだ!
ゲームの中のボクには、モブすぎて名前もキャラデザもなかった。
どおりで今まで毎日自分の顔をみてもなんにも思い出さなかったわけだ!
ちなみに、ジルベスターお義兄さまは悪役ながら非常に人気があった。
その理由の第一は、ビジュアル!
夜空に輝く月みたいにキラキラした銀髪。夜の闇を思わせる深い紺碧の瞳。
涼やかに切れ上がった眦はサイコーにクール!!
イケメンではなく美形!ビューティフル!ワンダフォー!
ありとあらゆる美辞麗句を並び立てたくなるくらいに美しい姿かたちなのだ!
当然ながらボクもそのビジュアルにノックアウトされた。
ネップリももちろんコンプリートしたし、アクスタももちろん手に入れた!
そんなボクの推しジルベスターは、その無表情のせいで「人を馬鹿にしている」「心がない」「冷酷」といわれ、悪役令息と呼ばれていた。
でもボクにはわかっていた。全部誤解なんだって。
ジルベスターは優しい人なんだって。
あの無表情の下には確かに温かなものが隠れてるはずなの!
なのに誰もそれを理解しようとしなかった。
そして最後に断罪されてしまうのだ!あのピンク頭に惑わされたあんぽんたんたちのせいで!!
ジルベスターが断罪されたときには悔し涙にぬれた。
なんとかジルベスターを救おうとすべてのルートを試し、ゲームをやり込みまくった。
でも何をしてもジルベスターは断罪された。
ボクはこの世界で大声で叫ぶ。
ボクのお義兄様はカッコよくて優しい最高のお義兄様なんだからっ!
ゲームの世界ならいざしらず、このボクがついてるからには断罪なんてさせないっ!
最高に可愛いハイスぺモブ令息に転生したボクは、可愛さと前世の知識を武器にお義兄さまを守りますっ!
⭐︎⭐︎⭐︎
ご拝読頂きありがとうございます!
コメント、エール、いいねお待ちしております♡
「もう我慢なんてしません!家族からうとまれていた俺は、家を出て冒険者になります!」書籍発売中!
連載続いておりますので、そちらもぜひ♡
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
世界を救ったあと、勇者は盗賊に逃げられました
芦田オグリ
BL
「ずっと、ずっと好きだった」
魔王討伐の祝宴の夜。
英雄の一人である《盗賊》ヒューは、一人静かに酒を飲んでいた。そこに現れた《勇者》アレックスに秘めた想いを告げられ、抱き締められてしまう。
酔いと熱に流され、彼と一夜を共にしてしまうが、盗賊の自分は勇者に相応しくないと、ヒューはその腕からそっと抜け出し、逃亡を決意した。
その体は魔族の地で浴び続けた《魔瘴》により、静かに蝕まれていた。
一方アレックスは、世界を救った栄誉を捨て、たった一人の大切な人を追い始める。
これは十年の想いを秘めた勇者パーティーの《勇者》と、病を抱えた《盗賊》の、世界を救ったあとの話。
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました
* ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。
BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)
本編完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
きーちゃんと皆の動画をつくりました!
もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画
プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら!
本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけですー!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる