二度目の人生は、地雷BLゲーの当て馬らしい。

くすのき

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終わりの始まり⑫

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「ラム、グノー!!」
「ルディ!」
「分かってます!」
「……うっ……ぐ」

 治癒の光を浴びた二人が居残り痛――大小含む負傷及び損傷箇所を治療した際、稀に起こりうる痛覚除去のずれを指す。治療後時間経過で消えることや、平民には縁遠い事から広く周知されておらず、またさほど問題視はされていない――に眉を寄せる。どちらも見たところ致命傷は避けていたようだが、首から下、皮膚の見える場所には多くの赤が纏わりつき、かなりの出血量であると窺える。その喪失量に比例して二人とも随分と顔色が悪かった。肉体、いや先日購入したばかりの鎧に至っても今や使い古したもののように幾つもの凹みが目立ち、それが彼等が如何に激しい戦闘に身を置いていたのか教えてくれる。

「二人とも大丈夫!?」
「あ~……なんとかな」
「一体何があったんだ」
「捕まった先で、巨蟲の大群、に、囲まれた」
「こっちはオレと瓜二つの赤い化け物とのタイマンだっタ」

 彼等から緑椿象と赤鬼の鍵が手渡される。

「治療終わりました」
「助かっタ」
「お前等は無事だったみてえだな。良かった……つうか今更だが何で此処にユニがいんだ。呪いはどうした」
「解呪されたかは不明。三十分間くらい前に急に目が覚めて、ナウシュヴォーナから事のあらましを聞いたんだ。それで火炎瓶片手に来たの。俺の話は以上。二人は取りあえずコレいっとこうか」

 言うや否や、俺は問答無用で彼等の口に激糞不味栄養ドリンクをぶち込む。なんかちょっとラムが白目剥いていたが治療の一環なので気にしないでおく。

「おえっ、ゴホッ」
「よーし、飲んだね。じゃ次は口直しの飴と携帯食料いこうか」
「待テ。落ち着ケ、ガボッ」

 次々と放り込まれた食材+αで構成されたお口のカーニバルにグノーがギブアップを示すがそれすらも追加のブツで物理的に封殺する。

「ユ、ユニさん!?」
「よし!」
「いや『よし!』じゃねえよ」
「文句は後で聞くよ。はい、お水」
「……ハァ。酷ぇ目にあった」
「うん。脈拍はまだ安定はしてないけど暫く安静にしてれば大丈夫?じゃないかな。二人とも今寒気とか目眩は」
「ねえよ。強いて言やちっとばっか怠い程度だ。それを安静にってお前な」
「俺は医療従事者じゃないから正確な診断は下せないし知識もないからなんとも言えないとこではあるけど休んだ方がいいのは確かだよ。……はぁ。二人が生きててくれて良かった」
「ユニ……」

 泣き顔を隠すように下を向けば、二人が顔を見合わせ、俺の頭を撫でた。普段より弱い力だったけれど、普段と変わらないちょっと乱暴な、優しい手つきだった。

「心配かけて悪いな」
「……だからその子供扱い」
「はいはイ。泣くナ泣くナ」
「泣いてない」
「レオ、ルディ。そっちはどうだった?」
「俺の方は台所でデューダイデンの幼少期を見せられてその後は庭園で小巨人と戦わされた」
「僕の方は……映像だけでした」

 ルディの答えはどこか歯切れが悪い。

「あ、そうそう。二階への道なんだけど、そこ魔物曰く、あの肖像画の額装の上下左右にある四つの鍵穴に正しくこの鍵をささないとこの鍵は消失してもう一回さっきの扉に挑戦して入手しないといけないらしい」
「なんだその面倒臭えシステムは」
「ヒントはないのカ」
「あるにはあったけど」

 涙を拭った俺はいつもの紙切れを取り出し、そこに先程目にした謎の数字を記して二人に見せる。

「XVI、255:0:0、1,000、1/1? なんだこりゃ」
「多分この鍵に関連するものなんだと思う。例えばね、この白塔の鍵。これに関しては俺絵柄に見覚えがあってさ、予想が合ってればタロットカード、塔を示すもので番号が16なんだ。それでこの中で16を示すのがこの英数字、記号なんだ」
「なるほどな。他は?」
「残念ながら。でも残りのは多分タロットカード関連ではないと思う。二人は残り三つから何か気付いた事や引っかかる点はある?」

 彼等の前に白塔を除く三つの鍵を床に置く。

「俺の方もさっぱりだ」
「……この黒花の鍵は恐らく1/1ダ。理由は花、スノードロップ。この誕生花の日付が一月一日と言われていル」
「凄い! 二つ埋まりましたね!」
「残りは255:0:0、1,000。赤鬼と緑椿象か。ラム、グノー。部屋の中で他に何かあったりは……しないか」
「あてずっぽうは危険すぎますよね」
「けど絞る要素がないんだよ」

 レオがちらりと淑女を見やるが、微笑を贈ってくるだけで助言をくれる気はなさそうだ。

「緑椿象と赤鬼。俺が知ってるのはカメムシが臭いって事と泣いた赤鬼って童話だけでどちらも残りの数字とは関係ないし」
「泣いた赤鬼ってどんな話なんですか?」
「あ、あ~……端的に言うと人間と仲良くなりたいけど赤い皮膚とツノの生えた異種族赤鬼が、青い体の同胞兼友人にどうすればいいか相談した結果、その彼が悪役となって人の居住区で暴れ、それを退治することで赤鬼は目的の人間と仲良くなる。けどその友人とは別れ別れになって最後に涙を流すお話だよ」
「なんかモヤッとすんな」
「結構考えさせられるからね。誰かの幸福は誰かの犠牲の上で成り立っている、とか、それが本当に正しい事だったのか投げかける側面もあるから」
「なるほどナ。けどヒントではないナ。カメムシが臭いというのは?」
「? 文字通りの意味だけど」

 首を傾げる俺に全員がオウム返しのように疑問を浮かべる。まさかと思い問うてみれば、全員カメムシの存在を知らなかった。

「カメムシって言うのは虫の一種で、姿は……あれ? 俺の知るカメムシとは違うな。確かこんな感じで、臭いの爆弾とも言われてたような」
「……なんだこの化け物は」

 俺の絵――ちょっと画伯っぽい――にラムが心底引いた顔をする。

「失礼だよ、ラム。とっても味のある絵じゃないか」
「レオ、それ今あんまりフォローになってない」
「ぼっ、僕はユニさんの絵、前衛的で凄く好きです」
「有り難うね、ルディ君。でもそれ人によってはトドメになるから注意ね」
「……おイ。これはお前から見てカメムシとやらカ」

 俺の書いた絵をグノーが淑女に向けた。

「ちょっと、グノー!!」
「はい。そちらも鍵のものと同じく椿象でございます」
「同じなのか!?」
「おい、こら」
「椿象は種類が多く、似た物もあれば大きく異なるものもおります」
「へ~」
「そんなに多いんですか」
「はい。凡そ千種はくだらないかと」
「「「「「それだ!」」」」」

 俺達全員の声が重なる。
 最後の一つは不明のままだが、三つ判明すればこっちのものだ。

「じゃあ早速嵌めて」
「待って、ルディ君。それでまたいきなり別々に分断されると困るから」
「あ、そうですね」
「うん。傷が癒えたとはいえ、ラムとグノーは負傷者だ。このまま探索には連れていけない」
「おい、ちょっと待て。オレ達は」
「まさか行くとは言わないよね。治癒魔法は傷は塞いでくれるけど失った血液までは戻してくれないんだよ」

 二人は悔しげに押し黙る。
 彼等の気持ちも分からないでもない。今、前衛二人が抜けた場合、今後は前衛一人の後衛二人という大変バランスの悪いパーティーになってしまう。もしそれを許して俺達に何かあってはと思っているのだ。けれど無理をして彼等の命に何かあっては嫌だと思うのはこちらも同じ。けれどこのまま休憩を選択しても、敵地で何も起きない保証はないし、俺にかけられた呪いも解けたか不明な上、またああなった場合今度は俺がお荷物になってしまう。
 だからこそ二人は何も言えなかった。
 そんな非常に空気の重い空間に、空気を読まない女の声が聞こえてくる。

「ではラム様とグノー様はここで脱落でございますね」
「なっ、」
「二人に何をするつもり」
「脱落部屋に移動して頂きます。もちろん命を奪うことはありませんのでご安心ください」
「屋敷の外に出ることは」
「申し訳ありませんがそれは了承しかねるとの事です」
「なら脱落はしない」
「撤回は受け付けません」
「貴様ッ!」

 女が上品な仕草で指を鳴らした刹那、ラムとグノーの下に穴が開き、二人があっという間に姿を消す。

「二人を何処へやった!!」
「ですから脱落部屋へ」
「二人を返せ!」
「でしたら先へお進みください。そうすればお二人も」

 詰め寄られた女は平然と言い放つ。
 その態度に腹が立って拳を振り上げた刹那、レオがその手を掴む。

「お前っ!」
「ユニ」
「けどっ!」
「この魔物に当たっても無駄だ」
「……っ」
「ユニさん。……二人ならきっと大丈夫ですよ」
「――ごめん」
「先に進もう」

 額装の鍵穴に導き出した答えを当てていけば、三拍ほどの沈黙の後、二階部分から硝子が砕けるような高い音が鳴り響いた。恐らく道が開かれたのだろう。警戒しながら階段を登ると、何処にも硝子の破片は散らばっていなかった。ただその先の薄暗い通路から巨大な魔物が顎を開いているかのような尋常でない異質さがひしひしと伝わってくる。

「二人とも気をつけて」
「ルディ。何が起きてもいいように補助魔法の重ねがけしておこう」
「っ、はい!」

 一歩踏み出すと同時に廊下に光が灯り、息を飲む音がいやに響く。そうして靴音すら吸収する絨毯を踏みしめること暫し、目の前がスクリーンのように映像を映し出す。

『お母様、お父様~』
『あら、どうしたの。私の可愛い坊や』
『こらこら。そんなに走っては転んでしまうぞ』
『はぁい。あ、お父様、お母様。聞いて。僕ね、今日先生に筋が良いって褒められたんだ』
『まあ、凄いじゃない』
『偉いぞ。お前は私の自慢の息子だ』

 それは何処にでもある微笑ましい普通の家族の姿だった。
 映像いや視点が切り替わる。
 今度は家族側から見る景色だった。彼等の目線が廊下の曲がり角。そこから怯え窺うように醜い子供、デューダイデンの姿があった。先程の子供が貴族らしい愛された身なりをしているのに対し、彼は下働きいやそれ以下、貧民街の子供のような粗末な服を纏っている。

『……あの、お父様』
『侯爵様と呼べと言った筈だ』

 先程とは比べ物にならない絶対零度の声。それを受けてデューダイデンは涙を浮かべながら謝罪し、会話を続けようとする。
 だがそれも侯爵と告げた男は切り捨て、その場に控えていた侍女にそれを離れに帰すよう命じると三人仲良く背を向け、まるでデューダイデンなど最初からいなかったようにまた親子の会話をしながら遠離っていく。

『どうして』

 デューダイデンの呟きは届かない。
 しかし曲がり角を横切る一瞬、身なりの良い整った顔の子供はデューダイデンを見た。父母の愛を独占する優越感と彼を蔑む醜い笑顔を浮かべて。
 そこで映像が終わる。

「……なんだか可哀想ですね」
「ルディ君、気をしっかり持って」
「例え幾ら生い立ちが不憫でも彼のした事の免罪符には成り得ない」

 それは自分に言い聞かせるような言葉だった。恐らく彼も憐れみと憎しみ、少しの同情が綯い交ぜとなってしまっているのだろう。
 その苦しみは察するにあまりある。
 せめて僅かでも慰めになればと近寄ろうとした矢先、エントランスホールに置いてきた筈の淑女が音も無く現れ出でる。

「次の試練でございます」

 そう口にした時、何処からともなくドライアイスに水を加えたような白い煙がルディとレオの足元に広がった。
 女は続ける。

「その猛毒の煙は一定時間経過すると少しずつ上昇いたします。それが呼吸器に辿り着く前に、子供部屋と夫婦の寝室を探して到達してください」
「はぁ!?」
「皆様の健闘を祈ります」

 一礼した女が跡形もなく消える。
 取り残される俺達。

「何コレ消えない!?」
「クソッ! また厄介なモノを」
「ど、どうするんですか!」
「どうするって一先ず指示に従う他ないだろ」
「でっでも結構な広さですよ。間に合うんですか」
「二人とも落ち着いて。焦ったらあっちの思う壺だよ」

 手を打ち鳴らし、二人の視線を俺に向ける。

「取り敢えずレオはさっきと同じように前の警戒しながら先へ、ルディ君は殿をお願いできる。俺はどの程度の時間で煙が上昇するかはかるから。それで呼吸器までの到達時間を計算してタイムリミットを導き出す。それでいい?」
「あ、うん」
「はい」

 鳩が豆鉄砲を喰らったように目を白黒させつつも頷く二人に笑みを返し、俺は鞄の中から液体の入った瓶を取り出し、天高く掲げる。

「すぅ……ヘルブリン!。どこかで見てるよな。もし今後こういった真似をしたり、二人ううん、俺の仲間に少しでも危害を加えたら俺は迷うことなくこれを飲んで自死する。いいな!」
「ユニっ!」
「何を言っているんですか、ユニさん!!」

 途端、二人の足元に纏わり付いていた煙が半分に分量を減らす。

「……チッ」
「いや舌打ちじゃないからね」
「そうですよ、ユニさん。撤回してください」
「絶対に嫌。俺ね、結構いま怒ってるの。さっ、子供部屋と寝室を探そう」

 これは決定事項と宣言して無理矢理探索に持っていく。二人には悪いと思ってる。けど今ので色々と分かった。
 奴は俺が考える以上に俺に執着している。だからこそ煙を下げた。そして俺の死という制限をつけた事で奴は強制的に二人だけでなく、グノーとラムの命も纏めてある程度保証ないし計画の変更を余儀なくされるのだ。
 俺からのささやかな意趣返しだ。
 因みに手にした毒々しい瓶はうっかり消費期限を過ぎてしまった状態異常を治す回復薬である。飲んだところで腹を下す程度。死にはしない。
 不服そうな二人にネタばらしは控え、俺達はひたすら目的地探しに精を出し、脅しの効果か、比較的あっさり子供部屋と寝室を見つけ出した。
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