96 / 98
間違った命
しおりを挟む
「此処は執務室みたいだね」
「ユニ、危ないからあまり前に出ないで。ルディ、後方の確認は大丈夫」
「言われなくてもちゃんとやってます。異常なし。そういう貴方こそちゃんと前方警戒してるんですか」
「は?」
「はいはい、二人とも喧嘩しない。……にしても此処も悪趣味な内装してるね」
眼前にて広がるホラーハウス顔負けの、気合いの入った演出具合に俺は肩を竦める。二階攻略時からおおよそ一時間程度。癪に障る誘導に従い、俺達は今、三階の一角、当主執務室だろう一室にいた。
レオが辟易としながら同意する。
「センスの無さに絶望するよ」
「いやセンス関係ないでしょ」
「レオ、罠はどう?」
「俺の知る範囲でなら無いと思うけど、念のため俺の歩いた所と許可した場所以外は通らないで」
頷くことで了承を示した俺はそのままゆっくりと周辺を見渡した。
最初はレオ。周囲を警戒しながら器用にルディとボケとツッコミいやギスり?あっている。がそれより注目すべきはその足元。二階攻略時に科せられたあの猛毒の煙は何処へやら。今では最初から何も無かったように綺麗さっぱり消え去っている。ルディにおいても同様だ。
次は室内……となるところだが、どう足掻いても罠付きお化け屋敷以外の表現がないのでこれは置いておく。
最後は窓だ。訪問当初、鮮やかな茜の空は暗闇のベールにとって変わり、淡い月がポツンと空に浮かんでいるのがそこから見える。
恐らくはもう十九~二十時は優に越えているだろう。
そんな中、俺の腹がくぅっと控えめな音をあげる。そういえば目覚めてから彼等と合流することに必死で、走りながら携帯食を一つ食べたきりだった。
「ユニ?」
「ごめん。こんな時になんなんだけどちょっとお腹空いた。二人はお腹空いてない?」
「あ~……少し空いたかな」
「実は僕も。どうします、一旦廊下に出て休憩とります? それとも先に探索してからにします? 僕はどっちでもいいですよ」
「俺は探索を終えた後がいい」
「りょーかい。じゃあ探索後にしよ」
「俺は警戒に当たるから、二人は探索を頼むよ」
「ユニさん、何処から見ていきます」
「そうだね……。あんまり触れたくないけど、あの一番存在感のあるやつから見ていこうか」
指し示した先は執務椅子。否、正確にはそれに座らされた死体だ。それもホラーハウスの小道具ではなく、本物の、である。
レオ先導の元、亡骸へと近付く。
途端、漂っていた腐臭が強まり、俺は反射的に鼻を押さえた。酸いものが喉元までせり上がり、それでもどうにか検視を始める。
腐敗と損傷により顔の判別は難しい。が、着衣やその材質、骨格その他諸々を踏まえて男性の死骸だろう。かろうじて残る特徴的な桃色の頭髪には白いものが半分ほどあり、それほど若くないと察せられる。
レオが口を開く。
「鎖で四肢が拘束されてるみたいだけど、安全のために一応足だけでも潰しておく?」
「サラッと怖い事言うの止めてもらえます? というかブービートラップだったらどうするんですか!?」
「それで放置して襲いかかってきたら。今前衛は俺しかいないんだよ」
「二人ともストッープ。少しだけお口チャックしてもらえる?」
彼等を宥め、俺は再度死体を検める。と言っても俺は優秀な検視官でも探偵でも医者でもないので上記以外に拾える情報はそう多くない。
死因・死亡時期に至っては不明。
被害者の身元……は髪色から先代アウグスブルク侯爵ないし一族の誰か、或いはミスリードの可能性もある。
なにせミステリードラマや小説では被害者の死体を損壊し、意図的に死因や身元を隠蔽する手法は古くから広く使われてきたものだ。
「ユニさん、何か分かりました?」
「残念ながら取り立てて成果と呼べるものはないかな。ルディ君は」
「えっとあんまり自信はないんですけど、この人、二階の映像で見た侯爵って呼ばれた男の人じゃないかなって思います」
「そうなの?」
「ここにダイヤみたいな痣がありますよね。映像にも同じ痣があった気がするんです」
「……本当だ」
指摘通り、死骸の首、微かに残った首の皮には特徴的な痣が刻まれていた。
それを視認したレオも続く。
「二階の死体同様、これもデューダイデンの仕業だろうね」
二階の死体とは、寝室と子供部屋にあった死体の事だ。一体は高級娼婦が着るような夜着を纏った後妻、もう一体は貧民を模したようなデューダイデンの義弟だった。
「……彼はいったい何を伝えたいんだろうね」
「なにって被害者アピールとこれは自分を虐げた報いだっていう主張?じゃないですか」
「それもあると思う。けど君達を呼んだのはヘル……あの男だよね。これがデューダイデンなら納得出来るけど、肝心の奴は一向に姿を見せてこない」
そう。未だヘルブリンもデューダイデン・アウグスブルクは俺達の前に姿を現してはいなかった。俺が自分の命を盾に脅しているとはいえ、ここまで沈黙を貫かれると他に何か企んでいる、或いは他に意図があるのではと疑いたくなるというものだ。
「(物語との差異が出てる以上、手持ちの情報は多分当てに出来ない。ストーリー上、デューダイデンはヘルブリンを呼び出し、バックにつけているけどこの世界ではもしかしたら融合している可能性もゼロじゃない。だとしたら俺の脅迫で奴等が対立していてもおかしくない)」
仮にそれを軸とした場合、割と辻褄が合うのだ。レオとルディを害したいヘルブリンに、恐らくルディに用があるデューダイデン。だが俺によりそれが封じられた。俺が奴等の立場ならまず主導権を奪った原因の俺ないしこの毒薬(嘘)を排除する。
だがヘルブリンは恐らく俺を傷つける選択肢は選ばない。しかしデューダイデンは別だ。彼の躊躇いにさぞ業を煮やしている事だろう。
「ユニさん、どうかしましたか?」
「ごめん。ちょっと考え事してた」
なんでも無いと告げて、検分を再開する。次の検分先は机だ。
元は高級な木材だっただろうそこは、爪による引っかき傷と固まり滲んだ血液により結構な変貌を遂げていた。
「手紙、ですかね」
「随分と狂気的な恋文……懺悔?」
トラップを警戒して横から覗き見たそれはインクらしからぬ色を載せた古びた紙が数枚。内容はすべてミリモネという女性に宛てられたものだ。
改めて君に手紙を書く。今更だと思うだろうが許してほしい。四季の移ろいを肌で感じる度に君と過ごした日々が懐かしいよ。手を繋いで歩いたあの道も随分と変わっていたんだ。なんていうかな、名前は覚えていないがあの大きな樹も無くなってしまったよ。いつもあると思っていたものがいつか突然なくなるのはやはり堪えるよ、ミリモネ。
「――普通の手紙ですね」
「そう、だね」
一見なんてこと普通の手紙だ。他のものについても内容も似たり寄ったりで大して変わらない。けれど何故か違和感のようなものがある気がした。
「なんだろ。なんかちょっとモヤモヤする」
「そうですか?」
「……ユニ。その手紙、声に出して読んでみてくれる?」
「分かった。
――飾らない君へ。
家族として認められた時、私は死ぬほど嬉しかったのを覚えているよ。
サルビアの花が咲いたあの日だ。レインリリーとダリアの花もあったよね。
庭園にも植えたのを君は覚えているかな。いつ気付くかなって思っていたらまさか発注した注文書から気付かれるのは本当に予想外だったよ。
類を見ない、人と異なる子と表現していた義母上だけれど、思い返してみると君は確かにその通りと言えるかもしれないね。
ほら、あの時もそうだ。
「んー」とアクセサリー選びで悩んでいた時、私が声をかけたら君は言ったよね。「縞々とマーブルどちらが良いと思う」ってさ、流石に選べないからもう両方つけよう!って結論づけた時はしように
ん総出で止めたけど。
実際凄い面をくらったけれど今思うとそれすらも良い思い出だね。
やっぱり私には君しかいない。
なのに何故君はここにいないのだろうね。
いつもいつもふとした時に君を思い出して悲しくなるんだ、ミリモネ」
「俺には普通に恋文に聞こえるかな」
「じゃあ俺の勘違いかも」
なんとなく実母が金をせびる度に綴っていたような白々しさを感じる文面だったが、二人が言うならきっと俺の勘違いなのだろう。
「机はこんなところかな。次は……」
足元からカチリと音が鳴り、見てみると古びたロケットペンダントが転がっていた。
「侯爵の私物かな……あれ、上半分が焦げてる」
中にあったのは、上半分が焦げた家族の肖像画だろう絵だった。けれどそれも一瞬の事。手にしたそれから突如焔が上がり、跡形もなく燃え尽きたと思いきや、まるで始めから見間違えであったかのように別の肖像画にすり替わっていた。
「大丈夫、ユニ!?」
「手を見せてください! 治します」
「あ、いや火傷も何もしてないから大丈夫。それよりこれ見て」
「これは……」
差し替わった絵は、幼いデューダイデンと魔物淑女と彼の三人だ。
「デューダイデンとあの魔物?」
「さっきは違うのだった。……まさか!……やっぱり」
「何がやっぱりなんですか?」
「もう一回手紙見て。こことここ、不自然な改行が入ってるでしょ。これ多分わざと違和感を覚えてさせて、別のメッセージ、縦読みっていうんだけど、ルディ君。全部の手紙の改行頭文字だけ一枚ずつ読んでみて」
「はぁ……あ、い、し、て、な、い。か、か、さ、れ、て、い、る。ほ、ん、し、ん、じ、や、な、い。わ、た
し、の、か、ぞ、く、は、え、い、だ、と、あ、べ、る……あ!」
「そう。愛してない、書かされている、本心じゃない。私の家族はエイダとアベルってなる。恐らくこれもデューダイデンが無理矢理書かせたんだろうね」
インクは恐らく血。
筆圧の荒さ具合から相当切羽詰まって書いたのが窺える。
想像だがエイダ夫人とアベルの命を盾にして必死に書かされた彼のせめてもの反抗だったのかもしれない。
現に二人の遺体は手足の指が関節ごとに切られ、それ以外はぐしゃぐしゃにされていた。これも推測だが縦読みに気付いたデューダイデンが先に二人を殺し、反抗した父親も殺した。
「馬鹿じゃないのかな」
その場凌ぎの薄っぺらな愛の言葉など砂粒以下の価値しかないというのに。
「……多分、デューダイデンは当たり前の家族愛が欲しかったのかもね。まやかしでも自分は愛し合う両親の元に生まれたんだってと思い込みたくて」
「けどこの人の中には前妻はおろかデューダイデンの入る隙間はなかった」
「なんていうか憐れですね……」
この家にいた者は皆、被害者で加害者ばかりだ。
そんな重苦しい空気の中、俺の腹が空気を読まず、いやある意味ベストタイミングで音を鳴らす。
「……ごめん。お腹減った。さっさと探索してご飯食べたい」
「ユニさん。――そうですね! 僕もお腹空いてきちゃいました」
「ルディまで。……分かったよ、手早く進めて廊下に出よう」
先程までのお通夜空気が霧散し、俺達は気持ちを切り替えて室内探索に取り掛かった。本棚、調度品、絨毯の下。目につくありとあらゆる場所を調べ、漸く最後。花瓶の下に貼り付けられた鍵を見つけた。
「よし、一旦出よう」
「賛成です!……ユニさん、何してるんですか?」
「あんまり人間的には好かないけど冥福くらいは祈ってあげようと思ってさ」
「ユニさんがするなら僕も!」
親の真似をするようにルディも目を瞑って両手を合わせる。
「有難う」
よしよしと頭を撫でてやれば、彼は擽ったそうに笑う。そうして二人で踵を返し、レオの後に続いた時だ。
ぎぃっと呻き声を上げる扉の奥、執務机の前に足の透けた一人の男がゆらりと現れる。
『どうか間違った命を断ってくれ』
ぱたりと扉が閉まる。
「あれ? 今、何か聞こえなかった」
「いや俺には何も」
「僕も」
「あ、じゃあ気の所為かも」
「ユニ、危ないからあまり前に出ないで。ルディ、後方の確認は大丈夫」
「言われなくてもちゃんとやってます。異常なし。そういう貴方こそちゃんと前方警戒してるんですか」
「は?」
「はいはい、二人とも喧嘩しない。……にしても此処も悪趣味な内装してるね」
眼前にて広がるホラーハウス顔負けの、気合いの入った演出具合に俺は肩を竦める。二階攻略時からおおよそ一時間程度。癪に障る誘導に従い、俺達は今、三階の一角、当主執務室だろう一室にいた。
レオが辟易としながら同意する。
「センスの無さに絶望するよ」
「いやセンス関係ないでしょ」
「レオ、罠はどう?」
「俺の知る範囲でなら無いと思うけど、念のため俺の歩いた所と許可した場所以外は通らないで」
頷くことで了承を示した俺はそのままゆっくりと周辺を見渡した。
最初はレオ。周囲を警戒しながら器用にルディとボケとツッコミいやギスり?あっている。がそれより注目すべきはその足元。二階攻略時に科せられたあの猛毒の煙は何処へやら。今では最初から何も無かったように綺麗さっぱり消え去っている。ルディにおいても同様だ。
次は室内……となるところだが、どう足掻いても罠付きお化け屋敷以外の表現がないのでこれは置いておく。
最後は窓だ。訪問当初、鮮やかな茜の空は暗闇のベールにとって変わり、淡い月がポツンと空に浮かんでいるのがそこから見える。
恐らくはもう十九~二十時は優に越えているだろう。
そんな中、俺の腹がくぅっと控えめな音をあげる。そういえば目覚めてから彼等と合流することに必死で、走りながら携帯食を一つ食べたきりだった。
「ユニ?」
「ごめん。こんな時になんなんだけどちょっとお腹空いた。二人はお腹空いてない?」
「あ~……少し空いたかな」
「実は僕も。どうします、一旦廊下に出て休憩とります? それとも先に探索してからにします? 僕はどっちでもいいですよ」
「俺は探索を終えた後がいい」
「りょーかい。じゃあ探索後にしよ」
「俺は警戒に当たるから、二人は探索を頼むよ」
「ユニさん、何処から見ていきます」
「そうだね……。あんまり触れたくないけど、あの一番存在感のあるやつから見ていこうか」
指し示した先は執務椅子。否、正確にはそれに座らされた死体だ。それもホラーハウスの小道具ではなく、本物の、である。
レオ先導の元、亡骸へと近付く。
途端、漂っていた腐臭が強まり、俺は反射的に鼻を押さえた。酸いものが喉元までせり上がり、それでもどうにか検視を始める。
腐敗と損傷により顔の判別は難しい。が、着衣やその材質、骨格その他諸々を踏まえて男性の死骸だろう。かろうじて残る特徴的な桃色の頭髪には白いものが半分ほどあり、それほど若くないと察せられる。
レオが口を開く。
「鎖で四肢が拘束されてるみたいだけど、安全のために一応足だけでも潰しておく?」
「サラッと怖い事言うの止めてもらえます? というかブービートラップだったらどうするんですか!?」
「それで放置して襲いかかってきたら。今前衛は俺しかいないんだよ」
「二人ともストッープ。少しだけお口チャックしてもらえる?」
彼等を宥め、俺は再度死体を検める。と言っても俺は優秀な検視官でも探偵でも医者でもないので上記以外に拾える情報はそう多くない。
死因・死亡時期に至っては不明。
被害者の身元……は髪色から先代アウグスブルク侯爵ないし一族の誰か、或いはミスリードの可能性もある。
なにせミステリードラマや小説では被害者の死体を損壊し、意図的に死因や身元を隠蔽する手法は古くから広く使われてきたものだ。
「ユニさん、何か分かりました?」
「残念ながら取り立てて成果と呼べるものはないかな。ルディ君は」
「えっとあんまり自信はないんですけど、この人、二階の映像で見た侯爵って呼ばれた男の人じゃないかなって思います」
「そうなの?」
「ここにダイヤみたいな痣がありますよね。映像にも同じ痣があった気がするんです」
「……本当だ」
指摘通り、死骸の首、微かに残った首の皮には特徴的な痣が刻まれていた。
それを視認したレオも続く。
「二階の死体同様、これもデューダイデンの仕業だろうね」
二階の死体とは、寝室と子供部屋にあった死体の事だ。一体は高級娼婦が着るような夜着を纏った後妻、もう一体は貧民を模したようなデューダイデンの義弟だった。
「……彼はいったい何を伝えたいんだろうね」
「なにって被害者アピールとこれは自分を虐げた報いだっていう主張?じゃないですか」
「それもあると思う。けど君達を呼んだのはヘル……あの男だよね。これがデューダイデンなら納得出来るけど、肝心の奴は一向に姿を見せてこない」
そう。未だヘルブリンもデューダイデン・アウグスブルクは俺達の前に姿を現してはいなかった。俺が自分の命を盾に脅しているとはいえ、ここまで沈黙を貫かれると他に何か企んでいる、或いは他に意図があるのではと疑いたくなるというものだ。
「(物語との差異が出てる以上、手持ちの情報は多分当てに出来ない。ストーリー上、デューダイデンはヘルブリンを呼び出し、バックにつけているけどこの世界ではもしかしたら融合している可能性もゼロじゃない。だとしたら俺の脅迫で奴等が対立していてもおかしくない)」
仮にそれを軸とした場合、割と辻褄が合うのだ。レオとルディを害したいヘルブリンに、恐らくルディに用があるデューダイデン。だが俺によりそれが封じられた。俺が奴等の立場ならまず主導権を奪った原因の俺ないしこの毒薬(嘘)を排除する。
だがヘルブリンは恐らく俺を傷つける選択肢は選ばない。しかしデューダイデンは別だ。彼の躊躇いにさぞ業を煮やしている事だろう。
「ユニさん、どうかしましたか?」
「ごめん。ちょっと考え事してた」
なんでも無いと告げて、検分を再開する。次の検分先は机だ。
元は高級な木材だっただろうそこは、爪による引っかき傷と固まり滲んだ血液により結構な変貌を遂げていた。
「手紙、ですかね」
「随分と狂気的な恋文……懺悔?」
トラップを警戒して横から覗き見たそれはインクらしからぬ色を載せた古びた紙が数枚。内容はすべてミリモネという女性に宛てられたものだ。
改めて君に手紙を書く。今更だと思うだろうが許してほしい。四季の移ろいを肌で感じる度に君と過ごした日々が懐かしいよ。手を繋いで歩いたあの道も随分と変わっていたんだ。なんていうかな、名前は覚えていないがあの大きな樹も無くなってしまったよ。いつもあると思っていたものがいつか突然なくなるのはやはり堪えるよ、ミリモネ。
「――普通の手紙ですね」
「そう、だね」
一見なんてこと普通の手紙だ。他のものについても内容も似たり寄ったりで大して変わらない。けれど何故か違和感のようなものがある気がした。
「なんだろ。なんかちょっとモヤモヤする」
「そうですか?」
「……ユニ。その手紙、声に出して読んでみてくれる?」
「分かった。
――飾らない君へ。
家族として認められた時、私は死ぬほど嬉しかったのを覚えているよ。
サルビアの花が咲いたあの日だ。レインリリーとダリアの花もあったよね。
庭園にも植えたのを君は覚えているかな。いつ気付くかなって思っていたらまさか発注した注文書から気付かれるのは本当に予想外だったよ。
類を見ない、人と異なる子と表現していた義母上だけれど、思い返してみると君は確かにその通りと言えるかもしれないね。
ほら、あの時もそうだ。
「んー」とアクセサリー選びで悩んでいた時、私が声をかけたら君は言ったよね。「縞々とマーブルどちらが良いと思う」ってさ、流石に選べないからもう両方つけよう!って結論づけた時はしように
ん総出で止めたけど。
実際凄い面をくらったけれど今思うとそれすらも良い思い出だね。
やっぱり私には君しかいない。
なのに何故君はここにいないのだろうね。
いつもいつもふとした時に君を思い出して悲しくなるんだ、ミリモネ」
「俺には普通に恋文に聞こえるかな」
「じゃあ俺の勘違いかも」
なんとなく実母が金をせびる度に綴っていたような白々しさを感じる文面だったが、二人が言うならきっと俺の勘違いなのだろう。
「机はこんなところかな。次は……」
足元からカチリと音が鳴り、見てみると古びたロケットペンダントが転がっていた。
「侯爵の私物かな……あれ、上半分が焦げてる」
中にあったのは、上半分が焦げた家族の肖像画だろう絵だった。けれどそれも一瞬の事。手にしたそれから突如焔が上がり、跡形もなく燃え尽きたと思いきや、まるで始めから見間違えであったかのように別の肖像画にすり替わっていた。
「大丈夫、ユニ!?」
「手を見せてください! 治します」
「あ、いや火傷も何もしてないから大丈夫。それよりこれ見て」
「これは……」
差し替わった絵は、幼いデューダイデンと魔物淑女と彼の三人だ。
「デューダイデンとあの魔物?」
「さっきは違うのだった。……まさか!……やっぱり」
「何がやっぱりなんですか?」
「もう一回手紙見て。こことここ、不自然な改行が入ってるでしょ。これ多分わざと違和感を覚えてさせて、別のメッセージ、縦読みっていうんだけど、ルディ君。全部の手紙の改行頭文字だけ一枚ずつ読んでみて」
「はぁ……あ、い、し、て、な、い。か、か、さ、れ、て、い、る。ほ、ん、し、ん、じ、や、な、い。わ、た
し、の、か、ぞ、く、は、え、い、だ、と、あ、べ、る……あ!」
「そう。愛してない、書かされている、本心じゃない。私の家族はエイダとアベルってなる。恐らくこれもデューダイデンが無理矢理書かせたんだろうね」
インクは恐らく血。
筆圧の荒さ具合から相当切羽詰まって書いたのが窺える。
想像だがエイダ夫人とアベルの命を盾にして必死に書かされた彼のせめてもの反抗だったのかもしれない。
現に二人の遺体は手足の指が関節ごとに切られ、それ以外はぐしゃぐしゃにされていた。これも推測だが縦読みに気付いたデューダイデンが先に二人を殺し、反抗した父親も殺した。
「馬鹿じゃないのかな」
その場凌ぎの薄っぺらな愛の言葉など砂粒以下の価値しかないというのに。
「……多分、デューダイデンは当たり前の家族愛が欲しかったのかもね。まやかしでも自分は愛し合う両親の元に生まれたんだってと思い込みたくて」
「けどこの人の中には前妻はおろかデューダイデンの入る隙間はなかった」
「なんていうか憐れですね……」
この家にいた者は皆、被害者で加害者ばかりだ。
そんな重苦しい空気の中、俺の腹が空気を読まず、いやある意味ベストタイミングで音を鳴らす。
「……ごめん。お腹減った。さっさと探索してご飯食べたい」
「ユニさん。――そうですね! 僕もお腹空いてきちゃいました」
「ルディまで。……分かったよ、手早く進めて廊下に出よう」
先程までのお通夜空気が霧散し、俺達は気持ちを切り替えて室内探索に取り掛かった。本棚、調度品、絨毯の下。目につくありとあらゆる場所を調べ、漸く最後。花瓶の下に貼り付けられた鍵を見つけた。
「よし、一旦出よう」
「賛成です!……ユニさん、何してるんですか?」
「あんまり人間的には好かないけど冥福くらいは祈ってあげようと思ってさ」
「ユニさんがするなら僕も!」
親の真似をするようにルディも目を瞑って両手を合わせる。
「有難う」
よしよしと頭を撫でてやれば、彼は擽ったそうに笑う。そうして二人で踵を返し、レオの後に続いた時だ。
ぎぃっと呻き声を上げる扉の奥、執務机の前に足の透けた一人の男がゆらりと現れる。
『どうか間違った命を断ってくれ』
ぱたりと扉が閉まる。
「あれ? 今、何か聞こえなかった」
「いや俺には何も」
「僕も」
「あ、じゃあ気の所為かも」
60
あなたにおすすめの小説
乙女ゲームのサポートメガネキャラに転生しました
西楓
BL
乙女ゲームのサポートキャラとして転生した俺は、ヒロインと攻略対象を無事くっつけることが出来るだろうか。どうやらヒロインの様子が違うような。距離の近いヒロインに徐々に不信感を抱く攻略対象。何故か攻略対象が接近してきて…
ほのほのです。
※有難いことに別サイトでその後の話をご希望されました(嬉しい😆)ので追加いたしました。
魔王の息子を育てることになった俺の話
お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。
「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」
現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません?
魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL
BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。
BL大賞エントリー中です。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
その捕虜は牢屋から離れたくない
さいはて旅行社
BL
敵国の牢獄看守や軍人たちが大好きなのは、鍛え上げられた筋肉だった。
というわけで、剣や体術の訓練なんか大嫌いな魔導士で細身の主人公は、同僚の脳筋騎士たちとは違い、敵国の捕虜となっても平穏無事な牢屋生活を満喫するのであった。
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ユィリと皆の動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵も皆の小話もあがります。
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新!
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
病み墜ちした騎士を救う方法
無月陸兎
BL
目が覚めたら、友人が作ったゲームの“ハズレ神子”になっていた。
死亡フラグを回避しようと動くも、思うようにいかず、最終的には原作ルートから離脱。
死んだことにして田舎でのんびりスローライフを送っていた俺のもとに、ある噂が届く。
どうやら、かつてのバディだった騎士の様子が、どうもおかしいとか……?
※欠損表現有。本編が始まるのは実質中盤頃です
愛を知らない少年たちの番物語。
あゆみん
BL
親から愛されることなく育った不憫な三兄弟が異世界で番に待ち焦がれた獣たちから愛を注がれ、一途な愛に戸惑いながらも幸せになる物語。
*触れ合いシーンは★マークをつけます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる