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嵐の前の静けさ
しおりを挟む右手を穴に突き出す。握った鉄の先が中に挿入される。深部まで到達した小さなそれがガチガチと音を鳴らした。
「ここも外れかぁ」
通した鍵穴から鉄鍵を引き抜きながら、俺は深く息をついた。大半を鉄錆に侵された鍵を顔の前へ持っていく。
きらりと僅かに残った鉄の部分が俺の顔を映す。落胆と疲労を宿した我ながら情けない顔だ。
「宝物庫でも無し、か」
呟いた声は俺の左隣、前衛のレオだ。
ふむっと顎に手を添えて思考を巡らせる姿に不謹慎だが腹の奥が疼く。
続いた会話は逆隣。
「なんでラベリングしとかないんですかね?」
杖を握りしめた回復担当のルディが不貞腐れたように言う。三階、屋根裏と虱潰しに捜索した結果、すべて徒労に終わったのだから当然といえば当然だった。
「他の場所へ向かおう」
「わっ!」
「ルディ君、大丈夫!?」
「すみません。ちょっと躓いちゃいました」
恥ずかしそうに笑うルディを一瞥し、レオは踵を返す。怪我はないと判断して先を急ぐ。
面倒臭かったのではない。
なにせ休憩後から時刻は既に体感二時間は経過していた。ルディはどうか不明だが職業上、徹夜には慣れているとはいえ、ほぼ気を張った今この状態が長く続けばどうやったってパフォーマンスは落ちていく。少しでも時間を節約したかった。
ルディもそれを理解しているので文句は言わず、俺達の後に続く。隊列は二階探索時と変わらず、縦一列のまま。俺を中心に据えた陣は互いに一定の距離を空けて維持される。
道中、たまに使用人らしきアンデッドが襲い掛かってきたりもするが全部レオの一撃のもとに撃退される。低位のアンデッド故か、はたまた元が大して武に精通していないためか、みなプログラミングされたような行動を取るばかり。無策のまま、突貫してくるのを、またかとうんざりした目で眺め、それでも念のため二人への補助呪文は怠らない。
「……ふぅ」
撃墜したアンデッドの手足を切り離したレオが額の汗を拭い取る。
本来、アンデッドは正式な手順で討伐しなければならないが、それではあまりに時間がとられるため、俺達はこうして最低限動きを制限する形にしていた。なので今までの道中には四肢切断、もといダルマ状態のアンデッドが目印が如く転がっている。
「いったい何体いるんですかね」
「曲がりなりにも貴族だから相当数は抱えていると思うけど、皆の話とこれまでの数を計算に入れてもまだいるとみていいだろうね」
「うわぁ……」
「二階もこれで全部探したね。あと残るは一階と外だけど」
「けど一階はともかく流石に外は危険すぎませんか。捜索は一旦、夜を越えてからにした方がいいのでは」
体液のような物を付着させた剣を振り払ったレオが顔だけ振り返る。
小さく肩を落とし、それがかんに障ったらしいルディが軽く眉根を寄せた。
「僕、何か変な事でもいいました!?」
「いや。そうだね、取り敢えず一階と外は仮眠をとってから。順番は」
「俺が寝ずの番をするからルディ君、レオの順番で良い?」
「何でですか。ユニさんも……あっ」
「俺はいっぱい寝たから」
ルディが申し訳なさそうにするが、俺は何でもないよう振る舞う。
「レオもそれでいい?」
「問題ないよ」
得物を鞘に納めたレオが頷いて同意を示す。けれどその表情は疲労と共にどこか素っ気なさを感じるものだった。
「此処で仮眠をとろう」
選んだ場所はとある一室だ。
相変わらずお化け屋敷仕様だが、もはや驚く事は無い。手早く安全を確保して床に座る。一応寝台はあるにはあったが何か仕込まれている可能性と有事の際に備えてレオ、俺、ルディの並びで地べたに腰掛ける。
「……レオ、手出して」
「別に怪我はしてないよ」
「いいから」
ルディが寝静まった頃合を見計らい、無理矢理彼の手を取った俺はその手のひらに指で文字を書く。
内容は驚かないでというお願いと、件の毒が偽物という報告だ。
「なっ!?」
「しー」
アイツに聞かれたくないと小声で伝えた刹那、レオは何かをグッと堪えるような顔をした。同時にズキリと胸が痛む。
「……本当に?」
「本当」
次いで愛の言葉を書けば、彼は一瞬だけ目を丸くして仕方がないなと相好を崩し、俺の頬にキスをする。
「あはっ、くすぐったいよ」
「こーら。あんまり動くとルディが起きちゃうよ」
タイミングよく、俺の膝に頭を乗せていたルディが僅かに身動ぐ。
「……大丈夫。よく寝てる」
「――いつかさ」
「ん?」
「養子をもらって家族仲良く暮らしていきたいな」
「レオ……」
「あ、もしかしてユニ、子供苦手だったりする?」
「ううん。じゃあさ、じゃあさ、養子は絶対レオ似の子にしていい?」
「え。そこはユニ似でしょ」
「え、やだ」
「俺もやだ。……あ、なら間をとって二人にしよう。俺とユニ似。それなら揉めないでしょ」
「金銭と生活面は揉めると思う。……でも楽しそうかも」
前世ではあの事があるまで颯斗と二人でお爺さんになるまで生きていくのだと思ってた。
「ハハッ。じゃあなんとしても決着つけないとね」
「そうだね」
約束、とレオに向けて小指を差し出すと、意図を察した彼が同じように小指を絡めてくれる。
「ゆーびきりげんまん。嘘ついたら一年間エッチしーない。ゆびきった」
「ええっ!?」
「? 破る気なの?」
「いや破らないけど」
「ならいいじゃん」
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