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しおりを挟む「へ~、久貫君ここで飯食ってったのか」
「そうですけど。それより今朝のアレは何ですか。僕、彼に先輩とそういう関係なのかって訊かれたんですよ」
先輩の後姿を追いかけて抗議した僕は頬を膨らませた。これでは逆効果ではないかと怒りを露にするが、先輩はそんなことはないと否定する。そのあまりの堂々たる姿に少し戸惑う。
「いいか、ナツ。ナツは久貫君と出来る限り接点を持ちたくない、もしくは顔見知り程度の関係になりたいんだろう?」
「そりゃあ、まあ」
「だろう。なら俺の取った行動は間違いじゃない。そうだな。例えば俺がある日突然、男の体から女に変わって現れたらナツはどうする?」
「先輩がですか?――ちょっと戸惑うかも、です」
「そう。人間ってのはな、基本変化に弱いんだよ。そしてそれをうまく受け入れられない。大抵は距離を置くか、排除するかのどちらかだ」
「僕は先輩と距離置いたりしないですよ?」
「んんんんん。と、ともかく今回はそれを狙ってのことだ」
「なるほど。じゃあ現時点では何の問題もないって事ですね」
先輩は黙って、僕から視線を逸らした。
静かな空気が流れ、違うのかと不安になった僕はじっと見上げる。そして彼の袖口に触れた。
「ま、まぁ問題ないと思うぞ。……多分」
「それならいいんですけど」
先輩を信じつつ、僕はキッチンへと踵を返し、夕食の配膳を始めた。
「今日の飯は何?」
「ネギトロ丼と鶏のさっぱり煮、マカロニサラダです」
「ナツは良い嫁になるぞ」
「? 僕は男ですよ?」
それに今は男も女も料理する時代だ。
僕の疑問に先輩は、うんうんと頷きながら配膳を手伝う。そして昨日と同じく向かい合って僕達は食卓についた。
「今日は他に何かあったか?」
「っ、」
その問いに忘れかけていた事故チューを思い出す。
「その顔は何かあったな」
「……ューです」
「ん?」
「だから事故チューですよ」
赤い顔のままやけっぱちで叫ぶ。
「ナツ。その話詳しく」
「~~っ。先輩のその顔腹立つ!」
ぺちぺちと食卓を叩きながら、僕は彼に今日の出来事を掻い摘んで話した。
すると最初は(・∀・)ニヤニヤとしていた顔が最終的にププ━(〃>З<)━ッッ!!!になっていた。くっそ腹立つ。
「……先輩、明日の朝ご飯とお弁当抜きでいいですか?」
「わー! 悪かった。俺が悪かったから」
「分かりました。明日の朝ご飯は椎茸を重点的に入れます」
「誠に申し訳ございませんでした」
一転して平身低頭となった先輩は、それだけは勘弁してくれと頭を下げる。
「……ゴミ出ししてくれたら許します」
「飯終わったら直ぐ行ってきます!」
どんだけ椎茸嫌いなんだろう。
食い気味に被った返事に溜飲を下げた僕は、さっぱり煮の卵を口に入れた。
「……先輩。暫く泊まりに来ません?」
「何で?」
「その、朝は」
「顔合わせづらいなら時間ずらして行けばいいんじゃないか?」
「そ、れはそうなんですけど」
嫌いではないと口にした手前、あからさまに避けるような行為は正直よろしくない。
かといってあの満員電車で至近距離は僕の心臓が保ちそうにない。
「可愛い後輩の頼みだから良いぞって言ってやりたいが、俺にも都合があるからな」
「そう、ですか……わっ!」
俯いた僕の頭を先輩の大きな手が乱暴にわしわしする。
「そう悲観するなって。つうか久貫君に頼らない、ちゃんとした大人になるんじゃなかったのか?」
「先輩に頼らないとは言ってません」
「お前なぁ……まぁそれがナツだな」
「えっへん」
「褒めてねーよ。はい、ごちそうさん。片付けよろしく。俺、ゴミ出し行ってくるな」
「はーい」
軽やかに腰を上げた先輩は、収納棚から取り出した指定ごみ袋の中にゴミを入れていくと、あっという間に回収し終え、玄関を出ていった。
エレベーターを降り、回収指定位置に到着した暁人は、その前で話題の久貫凌の姿を視認した。
上着のコートのみ部屋着だろうカーディガンに変えたラフな姿。後輩曰くモデルをしていたとあって自分の魅せ方をよく分かっている着こなしだ。
同じ男ながら格好いいと思う。
彼は暁人を視界に入れるなり、わずかに眉根を寄せた。そこには明確に忌避の感情が乗っている。
随分と嫌われたものだ。
彼とは対照的に表情を明るくした暁人は、気安く声をかける。
「やぁ、久貫君」
「……どうも」
声の調子も距離がある。
「君もゴミ出しかい」
「ええ、まぁ」
「そうか。俺もナツに頼まれてね」
そう言うと久貫の顔が一層歪む。
暁人はそれに気付かない振りをして通り過ぎ、指定場所に袋を置いた。
「よし、ミッション完了。良ければ一緒に戻らないかい?」
「あの」
「ん?」
「あんまりナツに近づかないでもらえますか?」
突然の申し出に暁人の動きが止まる。
驚き、久貫を見やれば真剣な表情。
それに暁人はにやりと笑った。
「何で?」
「っ、何でってそれは……」
「別に君には関係ないだろう」
「――ナツは貴方をただの先輩と見てる。だから」
「離れろって? そんなの百も承知だよ。というかただの隣人である君には口を挟む権利はないだろう」
「それはっ」
言葉に詰まった久貫は、自らの拳を強く握った。
「ナツの事、本気なんですか?」
「さて、どうだろうね」
「アンタっ!」
「おお、怖いなぁ」
「首裏にあんなキスマークつけておいて」
「そっか。あれに気付いたんだ」
にんまりと笑う暁人に、久貫の表情が一層険しくなった。
「個人の恋愛に口出しは野暮だよ。けどまぁ君がナツを好きだって言うなら話は別だけどさ」
「好き?」
「おや、違うのかい?」
「俺はナツの親友として」
「じゃあ俺達に構わないでくれ。ナツももう大学生だ。自分の事は自分で決めるよ」
それじゃあ、と久貫の横を通り過ぎた。
そんな暁人の背中を、彼は鋭い眼差しで睨みつけていた。
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