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第一章 グリマルディ家の娘
13,光のダンス
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※
大会当日。
舞台袖で出番を待つレイは、普段からは考えられないほど口数が少なかった。
会場内はすでに大盛況で、他のダンサーがステージで踊るのをレイはじっと眺めていた。完全に顔が強ばってしまっている。
「レイ」
「う、うん?」
「緊張しすぎだ。もう少し、リラックス」
「う、うん……」
レイは大きく深呼吸をしながら頷く。
初めての大会でしかもソロで踊るなんて、緊張しないわけがない。俺も経験した。気持ちは分かる。
だからこそ、レイの気持ちを何とかほぐしてやりたかった。
「一人じゃないからな」
「……え?」
「俺は今日ステージには上がらないけど、心ではお前のそばにいる。思い出せよ、今日まで必死になって練習してきただろう。いつも通りに踊れば、お前なら絶対に大丈夫だ。もし不安になったら俺の顔を見ろ」
「ヒルス……」
レイの表情が少しだけ和らいでいく。
「そう、だね。ヒルス、つきっきりで私にダンスを教えてくれたもんね。忘れてないよ。あれだけ練習してきたから、前よりももっといい踊りができるようになった気がするの」
「気がする、じゃなくてそうなんだよ。確実に成長している。レイのダンスには光るものがあるんだ。それを今日のステージで見せつけてやれ」
「……うん、分かった!」
頬を淡いピンク色に染め、レイは大きく頷いた。緊張なんて文字がどこかへ吹き飛んでいったように。
「そうだぜ、レイのダンスは最高だ! 今日は思いっきり楽しめばいいんだよ!」
応援に来ていたライクが話に割り込んできた。歯茎を見せながら笑うライクは、またとんでもないことを言い始める。
「レイが今日のためにも努力していたのを、おれはよく知ってるぜ! 本番で成功したら、おれがご褒美に洒落たレストランに連れていってやろうか?」
「……えっと、ライクさんが……?」
急な誘いに、レイは戸惑ったような表情を浮かべた。
なぜだか知らないが、ライクは何かとレイにちょっかいを出すんだ。本気なのか冗談なのか分からない。
レイは絡まれる度に当たり障りのない返答で対応しているが、はっきり断らないとなかなか引かない奴なのでどうしようもない。
「その辺のパブと違って、飯も別格に旨い店があるんだ。ご馳走してやるぞ。旨い飯を食べたあとはノース・ヒルにも連れていってやるぜ。あそこの景色はめちゃくちゃ綺麗で……」
「おい待てよ、ライク。冗談はその辺にしておけ。どうしてあんたがレイをノース・ヒルに連れていくんだ」
「なんだよ、ヒルス。どうせ兄貴はレイが頑張っていてもなんにもしてやらねぇんだろ? だったらおれが代わりに」
「ふざけんな」
ライクは空気を読もうとせず、いつも衝動的に行動する。まるで本能で生きる猿のようだ。こいつのこういうところが本当に苦手なんだ。
「──レイ、そろそろ出番だよ。準備して!」
そのときだった。タイミングよく、ジャスティン先生が手招きをしてレイを呼んだ。
「はい、今行きます!」
レイは明るく返事をしてからその場を後にする。
残念そうに肩をすくめるライクだが、他の「獲物」を見つけると、ふらふら他のスクールの女子たちに近寄っていった。
「なぁ、君たちどこのスクールの子? これから本番か?」
ライクが声をかけたのは、十歳前後のレイと同年代であろう二人の少女だ。柄の悪そうな大男にいきなり声をかけられ、彼女たちは明らかに引いている。
やめておけよ……呆れながらも、俺は止めに入ろうとした。
すると、横からジャスティン先生が颯爽と現れた。にこやかにライクの肩を軽く叩くと、先生はこんなことを口にする。
「ライク、君は本当にフレンドリーだね! レディたちも君のハンサムな顔に驚いているようだよ」
皮肉たっぷりの先生の言葉に、ライクは途端に口を閉じた。その隙に、女子たちは逃げるように立ち去っていく。
いくらライクでもジャスティン先生には敵わないのだ。
「さあ、ライク。僕と一緒に観客席でみんなのダンスを観賞しようじゃないか。特等席を用意してもらったんだよ!」
「はい、先生」
大きいはずであるライクの背中は、先生と並ぶといかに小さいか。
先生はさりげなく俺にウィンクするとライクと共に観客席へと消えていった。
──いよいよだ。程なくして、レイの出番が来た。
まだステージは暗転していて姿は見えない。それでも伝わってくる、彼女が「ダンサー」に変わる瞬間の熱い空気が。
ライトが照らされ、レイが踊り始めると会場内の雰囲気が一気に変わった。
音楽が会場中に鳴り響く。低音がよく効いた、アップテンポのクールな曲。レイが自ら選んだ自由曲は、モラレスという世界的アーティストが歌う「SHINING」だった。
【雨が降っても、風が吹いても、涙を流したあとは前を向こう。晴れの日は必ずやってくるから】
そんな前向きな歌詞で、レイはこの詩をとても気に入っていた。
曲に合わせてテンポを刻み、華麗なステップを踏むレイのダンスは魅惑的で美しく、輝いていた。十歳とは思えない機敏なムーヴ、綺麗に回転する度に黒のツインテールも一緒に舞い踊る。レイにしかできない魔法のようなダンスだ。その場は異世界へと染め上がった。
誰も彼もがステージで踊る彼女に釘付けになり、魅了されているのが分かる。もちろん、俺もその中の一人。
レイは普段どおりに──いや、今まで以上に最高のパフォーマンスをしている。
胸が熱くなり、俺は舞台袖で彼女のダンスから目が離せなくなった。
大会当日。
舞台袖で出番を待つレイは、普段からは考えられないほど口数が少なかった。
会場内はすでに大盛況で、他のダンサーがステージで踊るのをレイはじっと眺めていた。完全に顔が強ばってしまっている。
「レイ」
「う、うん?」
「緊張しすぎだ。もう少し、リラックス」
「う、うん……」
レイは大きく深呼吸をしながら頷く。
初めての大会でしかもソロで踊るなんて、緊張しないわけがない。俺も経験した。気持ちは分かる。
だからこそ、レイの気持ちを何とかほぐしてやりたかった。
「一人じゃないからな」
「……え?」
「俺は今日ステージには上がらないけど、心ではお前のそばにいる。思い出せよ、今日まで必死になって練習してきただろう。いつも通りに踊れば、お前なら絶対に大丈夫だ。もし不安になったら俺の顔を見ろ」
「ヒルス……」
レイの表情が少しだけ和らいでいく。
「そう、だね。ヒルス、つきっきりで私にダンスを教えてくれたもんね。忘れてないよ。あれだけ練習してきたから、前よりももっといい踊りができるようになった気がするの」
「気がする、じゃなくてそうなんだよ。確実に成長している。レイのダンスには光るものがあるんだ。それを今日のステージで見せつけてやれ」
「……うん、分かった!」
頬を淡いピンク色に染め、レイは大きく頷いた。緊張なんて文字がどこかへ吹き飛んでいったように。
「そうだぜ、レイのダンスは最高だ! 今日は思いっきり楽しめばいいんだよ!」
応援に来ていたライクが話に割り込んできた。歯茎を見せながら笑うライクは、またとんでもないことを言い始める。
「レイが今日のためにも努力していたのを、おれはよく知ってるぜ! 本番で成功したら、おれがご褒美に洒落たレストランに連れていってやろうか?」
「……えっと、ライクさんが……?」
急な誘いに、レイは戸惑ったような表情を浮かべた。
なぜだか知らないが、ライクは何かとレイにちょっかいを出すんだ。本気なのか冗談なのか分からない。
レイは絡まれる度に当たり障りのない返答で対応しているが、はっきり断らないとなかなか引かない奴なのでどうしようもない。
「その辺のパブと違って、飯も別格に旨い店があるんだ。ご馳走してやるぞ。旨い飯を食べたあとはノース・ヒルにも連れていってやるぜ。あそこの景色はめちゃくちゃ綺麗で……」
「おい待てよ、ライク。冗談はその辺にしておけ。どうしてあんたがレイをノース・ヒルに連れていくんだ」
「なんだよ、ヒルス。どうせ兄貴はレイが頑張っていてもなんにもしてやらねぇんだろ? だったらおれが代わりに」
「ふざけんな」
ライクは空気を読もうとせず、いつも衝動的に行動する。まるで本能で生きる猿のようだ。こいつのこういうところが本当に苦手なんだ。
「──レイ、そろそろ出番だよ。準備して!」
そのときだった。タイミングよく、ジャスティン先生が手招きをしてレイを呼んだ。
「はい、今行きます!」
レイは明るく返事をしてからその場を後にする。
残念そうに肩をすくめるライクだが、他の「獲物」を見つけると、ふらふら他のスクールの女子たちに近寄っていった。
「なぁ、君たちどこのスクールの子? これから本番か?」
ライクが声をかけたのは、十歳前後のレイと同年代であろう二人の少女だ。柄の悪そうな大男にいきなり声をかけられ、彼女たちは明らかに引いている。
やめておけよ……呆れながらも、俺は止めに入ろうとした。
すると、横からジャスティン先生が颯爽と現れた。にこやかにライクの肩を軽く叩くと、先生はこんなことを口にする。
「ライク、君は本当にフレンドリーだね! レディたちも君のハンサムな顔に驚いているようだよ」
皮肉たっぷりの先生の言葉に、ライクは途端に口を閉じた。その隙に、女子たちは逃げるように立ち去っていく。
いくらライクでもジャスティン先生には敵わないのだ。
「さあ、ライク。僕と一緒に観客席でみんなのダンスを観賞しようじゃないか。特等席を用意してもらったんだよ!」
「はい、先生」
大きいはずであるライクの背中は、先生と並ぶといかに小さいか。
先生はさりげなく俺にウィンクするとライクと共に観客席へと消えていった。
──いよいよだ。程なくして、レイの出番が来た。
まだステージは暗転していて姿は見えない。それでも伝わってくる、彼女が「ダンサー」に変わる瞬間の熱い空気が。
ライトが照らされ、レイが踊り始めると会場内の雰囲気が一気に変わった。
音楽が会場中に鳴り響く。低音がよく効いた、アップテンポのクールな曲。レイが自ら選んだ自由曲は、モラレスという世界的アーティストが歌う「SHINING」だった。
【雨が降っても、風が吹いても、涙を流したあとは前を向こう。晴れの日は必ずやってくるから】
そんな前向きな歌詞で、レイはこの詩をとても気に入っていた。
曲に合わせてテンポを刻み、華麗なステップを踏むレイのダンスは魅惑的で美しく、輝いていた。十歳とは思えない機敏なムーヴ、綺麗に回転する度に黒のツインテールも一緒に舞い踊る。レイにしかできない魔法のようなダンスだ。その場は異世界へと染め上がった。
誰も彼もがステージで踊る彼女に釘付けになり、魅了されているのが分かる。もちろん、俺もその中の一人。
レイは普段どおりに──いや、今まで以上に最高のパフォーマンスをしている。
胸が熱くなり、俺は舞台袖で彼女のダンスから目が離せなくなった。
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