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第十章 元孤児の想い
187,背中を押してくれる人
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「──なるほどね。事情は分かったわ」
フレアは腕を組みながら、視線を下の方に向けた。どうやら俺が握り締めているものを見ているらしい。俺の拳を指差しながら口を開いた。
「ひとまず先に、それしまってくれる?」
「えっ」
「失くしたらどうするのよ」
「失くしたって別にいい」と返そうとした。だが、フレアの表情を見て俺は即座に口を閉じる。
ピンクダイヤの指輪を渋々箱にしまい、内ポケットの中に戻した。
思っていることを口にしたら、更にフレアの逆鱗に触れてしまう。
「それで、ヒルスの気持ちはどうなのよ」
「俺の気持ち?」
「まだレイちゃんのことが好きなんでしょう? どうしてあなたはウジウジしているのよ」
「いや、だからそれは言っただろ? プロポーズする前に俺はフラれたんだよ……」
この言葉を聞いて、フレアは大きなため息を吐いた。
「そんなの、レイちゃんの本心なわけないじゃない!」
「……何?」
「色んな問題が起きすぎてる。だから、レイちゃんはヒルスのことを想って自分の気持ちを押し殺してるようにしか見えないわ。あなただって、そうでしょ? 想いが強すぎて考えすぎて、どうすればいいか分からなくなってるわよね? 本当はレイちゃんを手放したくないくせに」
「そ、それは……」
思わず俺は口ごもってしまう。
今言われたことは全部否定できない。
俺がどぎまぎしていると、フレアはまた呆れたような顔を浮かべるんだ。
「あなたたち、本当に最後まで焦れったいわね!」
「怒るなよ……」
「怒ってるわけじゃないわよ。見ててイライラしてるだけ。せっかく長年の想いが通じ合って安心したと思っていたのに。今度は婚約前にグダグダ始まるなんて! 見てるこっちがストレス溜まるわよ」
語尾を荒らげるフレアを前に、俺は身を縮める。
ふと夜空を見上げると、月も星もその輝く姿を完全に隠してしまっていた。都会街の明かりだけがギラギラと地上を照らす。
「でもな、俺だってちゃんと言ったんだ。自分の気持ちを。何があっても守ると伝えたのに……レイがいなくなる方が怖いのに。全然想いが届かないんだ」
先程の会話を思い出してしまうと、無意識のうちに息が上がってしまう。
真剣に俺が話していると──フレアは突然、両手で自分の顔を覆った。肩が震えている。
……何だ?
フレアの様子がおかしくなり、俺は首を捻った。
「どうしたんだ。俺の話、聞いてるか?」
「え、ええ。聞いてるわ……」
声までもが小刻みに揺れているではないか。フレアはパッと視線を俺の方に戻し、顔を赤く染めながら小声で言った。
「ヒルス……」
「何だよ」
「レイちゃんのことが好きで好きでたまらないのね。聞いてるこっちが恥ずかしくなっちゃう……!」
指と指の間から俺を見るフレアの表情は、明らかに笑っている。何かのツボにはまったかのように、止まらないんだ。
「おい、フレア。俺は真面目に話しているんだぞ。何なんだよ」
「ごめん、ね……ちょっと待って」
と言ってから、フレアは涙目になりながら大声で笑い上げた。
なぜこんなにも感情を爆発させているのか? 意味不明だ。
だけど──なぜだろう。何だかこっちまでおかしくなってくる。フレアの様子を見ていたら、釣られるように俺まで声を出して笑ってしまったんだ。
「おい……本当に勘弁してくれ」
「そう言うあなただって、笑ってるじゃない!」
「ち、違う。フレアがニヤニヤするからだろっ」
「何よ、人のせいにするつもりっ」
「そういう訳じゃ……」
違う、そういう訳だ。俺は何を否定しようとしている?
でも──これは一体どういうことなのか。少し笑い声を上げただけで、さっきまでの暗い気持ちがずいぶんと楽になった気がする。
ひと通り笑い転げた後、俺たちは気持ちを切り替えるかのように急に静かになった。
いや、フレアの口角はまだ少し上がっていたが。俺の目をしっかり見つめてきて、あくまで声は冷静なものに変わっていった。
「ね、ヒルス」
「何だ……」
「諦めないで」
「え?」
「レイちゃんのこと、諦めちゃ駄目よ!」
フレアは真剣な眼差しを俺に向けた。
「レイちゃんの生まれた事情が複雑なのは分かる。極普通の家庭に生まれてきたわたしたちには到底理解出来ないほど、レイちゃんは苦しんでいるんだと思う」
フレアのこの言葉を聞いた瞬間、昼間ロイが言っていたことが俺の頭の中を通過していく。
『どうしてあんな親の元に生まれたんだろう』
『考えるほど苦しくなる』
何度も思うが、俺は二人の辛い気持ちを全て理解することは出来ない。
そんな中でもロイのあの言葉は、俺の中で本当に貴重なものだ。
「どんな親から生まれてきたって、周りにいるわたしたちは誰も気にしていないわ。レイちゃんはレイちゃんなんだから。ヒルスもそう思ってるでしょう?」
フレアは柔らかい表情を浮かべて俺に問うんだ。さっきまでのふざけた雰囲気なんて全くない。
……凄いよな、フレアの言葉は。じんわりと俺の心をあたたかくしてくれる。
俺はフッと微笑み返した。
「もちろんだ。複雑な事情なんて何も関係ない。昔から俺は、レイ自身が好きだからな」
相変わらずハッキリとレイを肯定する俺に対して、フレアはまた小さく肩を震わせている。いつも俺の言動に笑いが止まらなくなるフレアの反応は、何だかんだで嫌いじゃなかった。
顔は少し赤くなりつつも、フレアは落ち着いた話しかたで続ける。
「だったら、早く帰ってあげて。もう一度レイちゃんに伝えてあげてよ。ヒルスの気持ちを」
その一言は、風に乗って街の灯りの中へと溶けてなくなっていく。だけどその言葉は、目の前に広がるどのイルミネーションよりも綺麗で、俺の気持ちに光をくれたんだ。
おかげで、俺自身も大切なものを思い出せた気がする。
「そうだよな……ここでレイを手放すわけにはいかないな」
「分かればよろしい! 良い報告待ってるから。行ってきなさい!」
フレアは一発、俺の背中を思いきり叩いてきた。
俺は一度ネックレスを握り締め、目を閉じてレイの顔を思い浮かべていた。
(待ってろ、レイ。今からもう一度想いを伝えに行くからな。レイが俺のことを嫌いにならない限り、何度でも好きだと言ってやる)
レイが待つ愛の巣へ向かってバイクを走らせた。寒さなんて全くの無関係。どんなに冷たい風が俺の身体にぶつかって来たとしても。
フレアは腕を組みながら、視線を下の方に向けた。どうやら俺が握り締めているものを見ているらしい。俺の拳を指差しながら口を開いた。
「ひとまず先に、それしまってくれる?」
「えっ」
「失くしたらどうするのよ」
「失くしたって別にいい」と返そうとした。だが、フレアの表情を見て俺は即座に口を閉じる。
ピンクダイヤの指輪を渋々箱にしまい、内ポケットの中に戻した。
思っていることを口にしたら、更にフレアの逆鱗に触れてしまう。
「それで、ヒルスの気持ちはどうなのよ」
「俺の気持ち?」
「まだレイちゃんのことが好きなんでしょう? どうしてあなたはウジウジしているのよ」
「いや、だからそれは言っただろ? プロポーズする前に俺はフラれたんだよ……」
この言葉を聞いて、フレアは大きなため息を吐いた。
「そんなの、レイちゃんの本心なわけないじゃない!」
「……何?」
「色んな問題が起きすぎてる。だから、レイちゃんはヒルスのことを想って自分の気持ちを押し殺してるようにしか見えないわ。あなただって、そうでしょ? 想いが強すぎて考えすぎて、どうすればいいか分からなくなってるわよね? 本当はレイちゃんを手放したくないくせに」
「そ、それは……」
思わず俺は口ごもってしまう。
今言われたことは全部否定できない。
俺がどぎまぎしていると、フレアはまた呆れたような顔を浮かべるんだ。
「あなたたち、本当に最後まで焦れったいわね!」
「怒るなよ……」
「怒ってるわけじゃないわよ。見ててイライラしてるだけ。せっかく長年の想いが通じ合って安心したと思っていたのに。今度は婚約前にグダグダ始まるなんて! 見てるこっちがストレス溜まるわよ」
語尾を荒らげるフレアを前に、俺は身を縮める。
ふと夜空を見上げると、月も星もその輝く姿を完全に隠してしまっていた。都会街の明かりだけがギラギラと地上を照らす。
「でもな、俺だってちゃんと言ったんだ。自分の気持ちを。何があっても守ると伝えたのに……レイがいなくなる方が怖いのに。全然想いが届かないんだ」
先程の会話を思い出してしまうと、無意識のうちに息が上がってしまう。
真剣に俺が話していると──フレアは突然、両手で自分の顔を覆った。肩が震えている。
……何だ?
フレアの様子がおかしくなり、俺は首を捻った。
「どうしたんだ。俺の話、聞いてるか?」
「え、ええ。聞いてるわ……」
声までもが小刻みに揺れているではないか。フレアはパッと視線を俺の方に戻し、顔を赤く染めながら小声で言った。
「ヒルス……」
「何だよ」
「レイちゃんのことが好きで好きでたまらないのね。聞いてるこっちが恥ずかしくなっちゃう……!」
指と指の間から俺を見るフレアの表情は、明らかに笑っている。何かのツボにはまったかのように、止まらないんだ。
「おい、フレア。俺は真面目に話しているんだぞ。何なんだよ」
「ごめん、ね……ちょっと待って」
と言ってから、フレアは涙目になりながら大声で笑い上げた。
なぜこんなにも感情を爆発させているのか? 意味不明だ。
だけど──なぜだろう。何だかこっちまでおかしくなってくる。フレアの様子を見ていたら、釣られるように俺まで声を出して笑ってしまったんだ。
「おい……本当に勘弁してくれ」
「そう言うあなただって、笑ってるじゃない!」
「ち、違う。フレアがニヤニヤするからだろっ」
「何よ、人のせいにするつもりっ」
「そういう訳じゃ……」
違う、そういう訳だ。俺は何を否定しようとしている?
でも──これは一体どういうことなのか。少し笑い声を上げただけで、さっきまでの暗い気持ちがずいぶんと楽になった気がする。
ひと通り笑い転げた後、俺たちは気持ちを切り替えるかのように急に静かになった。
いや、フレアの口角はまだ少し上がっていたが。俺の目をしっかり見つめてきて、あくまで声は冷静なものに変わっていった。
「ね、ヒルス」
「何だ……」
「諦めないで」
「え?」
「レイちゃんのこと、諦めちゃ駄目よ!」
フレアは真剣な眼差しを俺に向けた。
「レイちゃんの生まれた事情が複雑なのは分かる。極普通の家庭に生まれてきたわたしたちには到底理解出来ないほど、レイちゃんは苦しんでいるんだと思う」
フレアのこの言葉を聞いた瞬間、昼間ロイが言っていたことが俺の頭の中を通過していく。
『どうしてあんな親の元に生まれたんだろう』
『考えるほど苦しくなる』
何度も思うが、俺は二人の辛い気持ちを全て理解することは出来ない。
そんな中でもロイのあの言葉は、俺の中で本当に貴重なものだ。
「どんな親から生まれてきたって、周りにいるわたしたちは誰も気にしていないわ。レイちゃんはレイちゃんなんだから。ヒルスもそう思ってるでしょう?」
フレアは柔らかい表情を浮かべて俺に問うんだ。さっきまでのふざけた雰囲気なんて全くない。
……凄いよな、フレアの言葉は。じんわりと俺の心をあたたかくしてくれる。
俺はフッと微笑み返した。
「もちろんだ。複雑な事情なんて何も関係ない。昔から俺は、レイ自身が好きだからな」
相変わらずハッキリとレイを肯定する俺に対して、フレアはまた小さく肩を震わせている。いつも俺の言動に笑いが止まらなくなるフレアの反応は、何だかんだで嫌いじゃなかった。
顔は少し赤くなりつつも、フレアは落ち着いた話しかたで続ける。
「だったら、早く帰ってあげて。もう一度レイちゃんに伝えてあげてよ。ヒルスの気持ちを」
その一言は、風に乗って街の灯りの中へと溶けてなくなっていく。だけどその言葉は、目の前に広がるどのイルミネーションよりも綺麗で、俺の気持ちに光をくれたんだ。
おかげで、俺自身も大切なものを思い出せた気がする。
「そうだよな……ここでレイを手放すわけにはいかないな」
「分かればよろしい! 良い報告待ってるから。行ってきなさい!」
フレアは一発、俺の背中を思いきり叩いてきた。
俺は一度ネックレスを握り締め、目を閉じてレイの顔を思い浮かべていた。
(待ってろ、レイ。今からもう一度想いを伝えに行くからな。レイが俺のことを嫌いにならない限り、何度でも好きだと言ってやる)
レイが待つ愛の巣へ向かってバイクを走らせた。寒さなんて全くの無関係。どんなに冷たい風が俺の身体にぶつかって来たとしても。
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