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第十章 元孤児の想い
188,帰宅してから……
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家を飛び出した時の暗い気持ちはどこかへ置いてきた。でも、面と向かってレイと話をするのはまだ少しだけ怖い。
彼女のあんな姿を見てしまったから。
レイは相当傷ついている。体だけでなく、心さえも。
どこまで彼女に俺の気持ちが伝わるだろうか。何事もなかったように振る舞い、一緒にビーフシチューを食べながら落ち着いて話をした方がいいのだろうか。
途中赤信号に掴まってしまった。俺の心は少しばかり焦っている。
(そうだ。レイにもうすぐ帰るとメッセージを送ろう)
そう思い、コートのポケットからスマホを取り出すが──
虚しくも、画面は真っ黒になっている。電源を入れようとしても、ゼロ%の文字が画面に映し出されるだけだった。
ああ、クソ。俺の良くない習慣だ。普段から必要最低限しかスマホを弄ったりしないので、電池が切れそうになってもなかなか充電すらしない。
こんな自分に舌打ちをしてしまう。
(レイは今頃どうしているのかな。……シチュー、一緒に食べたいな)
そんなことを考えながら、寒空の下バイクを飛ばしていく。
レイは、あの悪魔のせいで自分を見失っている。どんなに言葉で伝えたって、彼女が立ち直るには相当な時間が必要かもしれない。
だけど──レイの育ての親は父と母だけだ。愛情をたくさん注いで彼女を大切に育てていた、今は亡き両親。
それだけはレイにも思い出して欲しい。だからレイの【本当の母親】云々の言葉は、俺にとってどうしても聞き捨てならなかった。
(きっとレイだって、本心で言った訳じゃないはずだ。ちゃんと面と向かって話をしよう)
悪魔のことは絶対にどうにかしてみせる。根拠など何もないが、自信はあるんだ。
あの悪魔、今度また俺たちの前に現れたら追い払ってやる。
それくらいの意気込みだけは今の俺にはある。恐れている場合じゃない。
家に帰ったらすぐにでも彼女を抱き締めたい。氷のように冷たくなってしまった俺を癒やしてくれるのは他の誰でもない、レイだけだ。
俺があれこれ考えていると、フラットが遠目で見える距離まで行き着いていた。
どんなに寒くても関係ない。バイクの速度を上げて風を振り切った。
敷地内の駐輪場に着くなりバイクのエンジンをさっさと切り、ヘルメットを片付ける。速歩きでエレベーターへ向かった。その間も、俺はレイのことで頭がいっぱい。
彼女がもう一度俺を受け入れてくれたら仲直りのハグもしたいし、キスもしたい。レイと肌をたくさん重ねたいしそれに──プロポーズもちゃんとしたい。
何よりも彼女との日常を取り戻したかった。二人で食事をしながら他愛ない会話をたくさんして、年末のステージでのダンス練習もしなくちゃいけない。レイと一緒に踊ることは俺にとってとても大切な時間だ。
思いに耽っているうちに、いつの間にか家の玄関前に辿り着いていた。
俺はそこで、一旦足を止める。ドアの向こう側にレイがいるんだ。
上手く話が出来るのか不安。心配。恥ずかしさもあるようなないような。とにかく色んな感情が俺の中に渦巻いている。
いや、あまり深く考えるな。きっとレイは俺を待ってくれている。
はあ。と、軽く息を吐いてから玄関の鍵をゆっくりと開けた。すると、キッチンの方からビーフシチューのいい香りが漂ってきたんだ。
俺の足は迷うことなく、キッチンへと向かっていった。愛しい彼女を呼ぶ為に、口が大きく開く。
「レイ、ただいま。さっきはごめんな……」
姿を確認する前に放たれた俺の言葉。それは寂しくも、空気の中へと消えていく。
キッチンの換気扇は消されていて、鍋の中にあるビーフシチューは冷たくなって放置されたままだ。
──おかしい、レイの姿がない。
リビングの電気は消えていて、そこにも彼女はいなかった。
まさか、まだ物置部屋で泣いているのか。そう思い、様子を見に行くが、物置部屋の電気も点いておらずレイの姿は確認出来なかった。
「レイ……?」
疲れて寝てしまったか、とベッドルームを見てみるがそこにもいない。
シャワールームにも、バルコニーにも、どこにも。レイがいないんだ。
……何だろう、この胸騒ぎは。
次第に心拍数が上がっていく。俺は彼女に連絡を取ろうと急いでスマホを充電した。少し時間を置いてから電源をオンにすると──レイからのメッセージが何通も届いていることに俺はここで初めて気が付いた。
十件以上未読になっていて、俺は改めてスマホを弄らないこの性格に後悔する羽目になってしまう。
《ヒルス、いつ帰ってくるの?》
《さっきはごめんね》
《心配だよ。返事ちょうだい》
《どこにいるの?》
《あんなこと言ったから、許してくれないよね》
数分置きに送信されたレイからのメッセージ。俺はひとつひとつに目を通して首を横に振った。
どうして肝心な時に俺は……!
メッセージは数件で終わっていて、その代わり不在着信が何件か入っていた。ボイスメッセージも残されている。
妙な緊張感が俺の全身を硬直させる。小刻みに揺れる指で、俺はレイからのメッセージを再生した。
『ヒルス……?』
電話の向こうから、レイの小さな声が聞こえてきた。か細く震えていて泣いているような、そんな声色で。
『ヒルス……怖いよ。今、どこにいるの?』
一度、メッセージはそこで途切れていた。
だが、もう一件入っていたのを聞くと、俺の息は数秒止まってしまう。
彼女のあんな姿を見てしまったから。
レイは相当傷ついている。体だけでなく、心さえも。
どこまで彼女に俺の気持ちが伝わるだろうか。何事もなかったように振る舞い、一緒にビーフシチューを食べながら落ち着いて話をした方がいいのだろうか。
途中赤信号に掴まってしまった。俺の心は少しばかり焦っている。
(そうだ。レイにもうすぐ帰るとメッセージを送ろう)
そう思い、コートのポケットからスマホを取り出すが──
虚しくも、画面は真っ黒になっている。電源を入れようとしても、ゼロ%の文字が画面に映し出されるだけだった。
ああ、クソ。俺の良くない習慣だ。普段から必要最低限しかスマホを弄ったりしないので、電池が切れそうになってもなかなか充電すらしない。
こんな自分に舌打ちをしてしまう。
(レイは今頃どうしているのかな。……シチュー、一緒に食べたいな)
そんなことを考えながら、寒空の下バイクを飛ばしていく。
レイは、あの悪魔のせいで自分を見失っている。どんなに言葉で伝えたって、彼女が立ち直るには相当な時間が必要かもしれない。
だけど──レイの育ての親は父と母だけだ。愛情をたくさん注いで彼女を大切に育てていた、今は亡き両親。
それだけはレイにも思い出して欲しい。だからレイの【本当の母親】云々の言葉は、俺にとってどうしても聞き捨てならなかった。
(きっとレイだって、本心で言った訳じゃないはずだ。ちゃんと面と向かって話をしよう)
悪魔のことは絶対にどうにかしてみせる。根拠など何もないが、自信はあるんだ。
あの悪魔、今度また俺たちの前に現れたら追い払ってやる。
それくらいの意気込みだけは今の俺にはある。恐れている場合じゃない。
家に帰ったらすぐにでも彼女を抱き締めたい。氷のように冷たくなってしまった俺を癒やしてくれるのは他の誰でもない、レイだけだ。
俺があれこれ考えていると、フラットが遠目で見える距離まで行き着いていた。
どんなに寒くても関係ない。バイクの速度を上げて風を振り切った。
敷地内の駐輪場に着くなりバイクのエンジンをさっさと切り、ヘルメットを片付ける。速歩きでエレベーターへ向かった。その間も、俺はレイのことで頭がいっぱい。
彼女がもう一度俺を受け入れてくれたら仲直りのハグもしたいし、キスもしたい。レイと肌をたくさん重ねたいしそれに──プロポーズもちゃんとしたい。
何よりも彼女との日常を取り戻したかった。二人で食事をしながら他愛ない会話をたくさんして、年末のステージでのダンス練習もしなくちゃいけない。レイと一緒に踊ることは俺にとってとても大切な時間だ。
思いに耽っているうちに、いつの間にか家の玄関前に辿り着いていた。
俺はそこで、一旦足を止める。ドアの向こう側にレイがいるんだ。
上手く話が出来るのか不安。心配。恥ずかしさもあるようなないような。とにかく色んな感情が俺の中に渦巻いている。
いや、あまり深く考えるな。きっとレイは俺を待ってくれている。
はあ。と、軽く息を吐いてから玄関の鍵をゆっくりと開けた。すると、キッチンの方からビーフシチューのいい香りが漂ってきたんだ。
俺の足は迷うことなく、キッチンへと向かっていった。愛しい彼女を呼ぶ為に、口が大きく開く。
「レイ、ただいま。さっきはごめんな……」
姿を確認する前に放たれた俺の言葉。それは寂しくも、空気の中へと消えていく。
キッチンの換気扇は消されていて、鍋の中にあるビーフシチューは冷たくなって放置されたままだ。
──おかしい、レイの姿がない。
リビングの電気は消えていて、そこにも彼女はいなかった。
まさか、まだ物置部屋で泣いているのか。そう思い、様子を見に行くが、物置部屋の電気も点いておらずレイの姿は確認出来なかった。
「レイ……?」
疲れて寝てしまったか、とベッドルームを見てみるがそこにもいない。
シャワールームにも、バルコニーにも、どこにも。レイがいないんだ。
……何だろう、この胸騒ぎは。
次第に心拍数が上がっていく。俺は彼女に連絡を取ろうと急いでスマホを充電した。少し時間を置いてから電源をオンにすると──レイからのメッセージが何通も届いていることに俺はここで初めて気が付いた。
十件以上未読になっていて、俺は改めてスマホを弄らないこの性格に後悔する羽目になってしまう。
《ヒルス、いつ帰ってくるの?》
《さっきはごめんね》
《心配だよ。返事ちょうだい》
《どこにいるの?》
《あんなこと言ったから、許してくれないよね》
数分置きに送信されたレイからのメッセージ。俺はひとつひとつに目を通して首を横に振った。
どうして肝心な時に俺は……!
メッセージは数件で終わっていて、その代わり不在着信が何件か入っていた。ボイスメッセージも残されている。
妙な緊張感が俺の全身を硬直させる。小刻みに揺れる指で、俺はレイからのメッセージを再生した。
『ヒルス……?』
電話の向こうから、レイの小さな声が聞こえてきた。か細く震えていて泣いているような、そんな声色で。
『ヒルス……怖いよ。今、どこにいるの?』
一度、メッセージはそこで途切れていた。
だが、もう一件入っていたのを聞くと、俺の息は数秒止まってしまう。
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