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17章 再開の約束

13―2

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13―2

「……っ。みこ、」

「ねえ、桜下くん」

「と、え?」

声を発した瞬間に呼びかけられて、俺の舌がたたらを踏んだ。

「な、なんだ?」

「私って、何のためにいるんだろうね。この世界にいる意味って、何かあるのかな」

え……?俺は尊の横顔を、まじまじと見つめた。

「……なんてね!あはは、ごめんね。ちょっと、ネガティブになり過ぎてたみたい」

尊はいきなり、おどけたように笑った。さすがの俺でも、それがごまかしだってことはわかる。

「……尊は、尊だろ。意味がないなんて、言うなよ」

「私であることに、価値があるってこと?」

「少なくとも、俺とクラークにとってはな。数少ない、同郷の仲間なんだから」

「それは、桜下くんにとっては、私は特別だってこと?」

気が付くと、尊は立ち止まって、俺を見つめていた。俺も足を止める。

「そうだな。俺にとって、尊は特別な存在だよ」

「それなら……私のパートナーに、なってくれる?」

「えっ?」

どきりと、胸が高鳴る。だが同時に、胸の奥から、苦い記憶の味がした。

「桜下くん、私の夢って、知ってる?話した事あったかな」

「……ああ。覚えてるよ」

そうだったな……尊の夢。当の本人は覚えていないようだけど、俺は何度も聞かされた。それこそ、ふとした拍子に思い出してしまうくらいには。

「私ね、お母さんになりたいの」

そう、決まってそう言った後に、照れ臭そうに鼻の下をこするところまで、まったく一緒だ。

「へへへ。かわいい娘か、元気な男の子の兄弟が欲しいんだ。それで、絵に描いたみたいな幸せな家庭を築くの。これが、私の夢」

まるで子どもが語るような、幼稚な夢。でも、それが尊の夢だった。子どもに戻っていってしまう尊の、叶うはずもなかった夢……だが彼女は、この世界で再び生を受けた。今の彼女は、あの時のように病に侵されてもいない。

「桜下くんにとって、私が特別なら……叶えるの、手伝ってくれないかな」

尊はそう言うと、俺に向かって手を伸ばした。
俺は、その手を握ってしまいたい衝動に駆られた。尊は、ありのままの俺を受け入れてくれた、初めての人だ。俺に価値を与えてくれた人で、俺の初恋の人だ。その想いは今でもあるし、忘れることはできない。
けど……

「ごめん、尊。俺には、できない」

俺はきっぱりと、頭を下げた。

「俺、もう決めてるんだ。俺が、一番大事にしたいやつのこと。だから、手伝えない」

今の俺は、一人じゃない。仲間たちと、なにより、あの二人がいる。尊への想いは、過去の想いだ。

「……そっか」

寂しそうな声で、尊はつぶやいた。胸が痛むが、どうすることもできない。俺はせめて、顔を上げて、尊と正面から向き合った。

「やっぱり、みんな変わっていくんだなぁ。桜下くんも、蔵くんも。知ってる?蔵くんには、もう結婚したい相手がいるんだって」

「ああ……聞いてるよ」

「すごいよねぇ。二人とも私より年下なのに、ずっと大人みたいだよ」

「……尊、それでも俺は」

すると尊は、自分の唇にすっと、人差し指を当てた。

「ありがとう、桜下くん。でも、もう平気。みんなが変わっていくなら、私も変わらないとね」

「……無理に変わる必要はないと思う。けど、尊が変わりたいと思うなら、それはそれでいいんじゃないか」

「うん!よーし、とりあえずは、お相手探しからだね。この戦争が終わったら、私も頑張るぞぉー!」

尊は大げさに、おー!と腕を上げた。

「そうだ、桜下くん、蔵くんの結婚式には出るよね?」

「ん、そうだな。お誘いがあれば」

「式も、戦争が終わったらなんだって。この戦いが片付いたら、イベント盛りだくさんだよ!明日、頑張ろうね!」

そう言うと、尊はにっこりと笑った。俺は、あいまいに微笑み返すことしかできなかった。



「……ただいま」

テントに戻ってくると、みんなが俺を待っていた。けど、いきなり問い詰められる、ってこともなかった。フランとウィルあたりは、白状させようと迫ってくる気がしていたんだけれど。

「みんな、悪い。待たせたな」

「いえ……それは、構わないのですが。ただ、なんと言うか……」

ウィルが煮え切らない態度で言う。

「どうしたんだ?てっきり、もっと怒ってるかと思ってたのに」

「ええっと……だったら、桜下さんも、怒らないで欲しいのですが」

うん?ウィルは言いにくそうに、おずおずと口を開く。

「実は……ごめんなさい。私、お二人の後、つけてました」

「えっ!そうだったのか!……なんてな」

「え?」

「わかってたよ。たぶん、来てるだろうなーって。それに、俺はネクロマンサーだぜ?」

「あ……」

ウィルの顔が、みるみる赤くなる。あんな風に、強引に飛び出した後だったからな。それくらいは予想してたさ。

「ま、怒ってもいないし。見てたんなら、分かってたろ?特にやましいことはなかったって」

「はい……それどころか、申し訳なかったです。尊さん、真剣に悩んでたんですね」

「みたいだなぁ……」

ため息をつく。

「尊の悩みってのは、つまり、勇者そのものへの悩みだ。あいつも被害者だってこと、忘れてた」

「被害者、ですか?」

「そ。この世界の、勇者システムの、な。過去に死んでいった勇者たちもきっと、尊みたいに悩んでたんじゃないかな」

俺やクラークは、それぞれ目的は違えど、自分の意志でここに来た。けど、尊は違う、勇者だからという理由だけで、こんなところまで連れてこられてしまった。戸惑うのも、不安に思うのも無理はない。

「この戦争が終わったら……」

「はい?」

「この戦争が終わったら、考えないといけないな。これ以上、勇者の肩書の犠牲になる奴を、出さない方法」

今はまだ、なにも思いつかないけれど……ただ、戦いに勝つだけじゃなダメだ。尊の姿を見て、俺はそれを、強く感じたのだった。



つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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