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17章 再開の約束
13-1 尊と桜下
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13-1 尊と桜下
辺りはしんと静まりかえっている。夜も更けてきたから、兵士たちは寝てしまったようだ。人の出す音が聞こえなくなると、一気に静寂が押し寄せて来る。闇が覆い被さってくるみたいだ。
「こうして歩いてると、魔王の城の目の前とは思えないよな」
俺は、数歩後ろを歩く尊に話しかける。尊は一拍おいて、こう返してきた。
「そうだねえ。なんだか、あの病院の廊下を思い出すよ」
「ああー……」
確かにあそこも、静かで、暗かった。さすがにここまで真っ暗じゃなかったけど。
「ごめんね、桜下くん」
「うん?」
俺が振り返ると、尊は足を速めて、俺の隣に並んだ。
「付き合わせちゃって。休みたかったよね?」
「ん、そうでもないさ。俺も緊張してたから、体をほぐしたかったのは嘘じゃないよ」
それに、尊はこの世界の中じゃ、一番古い仲だ。そいつの頼みってんなら、そんなにやぶさかじゃない。ないが……
「けど、どうして俺だけなんて言ったんだよ?」
「うーん……あはは」
「まあ、分かるっちゃ、分かるけどな」
「え?ほんとう?」
「ああ。俺相手なら、気張らなくていいと思ったんだろ?」
「へ?」
尊はぽかんとしている。けど、そういうことだろ?
「尊、不安なんじゃないのか?」
「……うん。そりゃあ、やっぱりね」
「だよな。俺だってそうさ。みんながいたら、こういうことは言いづらいだろ。それに、俺は勇者崩れみたいなもんだし」
「え?ちが、違うよ!」
「あれ?そうじゃなかったのか?だから、クラークをハブったんだと思ったんだけど」
「えっと、ちょっとは当たってるんだけど……けど、桜下くんを勇者らしくないなんて思ったこと、一度もないよ」
「ええ?あははは、そりゃちょっと盛り過ぎだぜ」
俺は冗談めかして笑ったが、尊は真面目な顔をしている。
「本当だよ。私、ずっとすごいと思ってた。さっきだってそうだよ。隊長さんと対等に渡り合ってて、たくさん難しい話してて」
「そうか……?いや、そうでもないって。エドガーとは、単に顔見知りなだけだ」
俺がそう言っても、尊は薄く微笑んで、ゆるゆると首を横に振った。俺としては本当に、大したことないと思っているんだが……他人から見たら、そう見えるのか?
「それに、くらく……じゃない、クラークくんもね。あの子は、本物の勇者様みたい。昔は、あんな感じじゃなかったと思うんだけどな」
それはあんたのせいです、とは、さすがに言えないな。
「確かにあいつは、絵に描いたみたいな勇者だよな。あれに比べたら、俺は全然だって」
「ううん、勇者らしいとからしくないとか、そういうだけじゃないの。桜下くんも、前とは変わったよ。前の桜下くんは、なんだかいつもいっぱいいっぱいに見えたよ。まるで、はち切れる寸前の水風船みたいに」
……だろうな。あの頃の俺は、自分の世界に閉じこもっていて、唯一尊だけが、俺をまっすぐに見てくれる人だった。
「けど、今の桜下くんは違う。なんていうか、大人っぽくなった」
「俺、まだ十四だけど」
「あはは、そのはずなのにね。なんでかな?前の桜下くんは、なにかが入るすき間なんて全然なさそうだったのに、今の桜下くんは、逆に誰かを受け止めてあげられる人に見える」
それは……たぶん、あいつらのおかげだろう。
「みんな、変わったよ。それも、良い方に」
「そうか……うん、でもそれが本当なら、少しうれしいな。あの頃のままの俺だって言われたら、やっぱりいやだし」
「そうだよね。分かるよ。だって……」
尊は、月も星もない空を見上げた。
「みんな変わっていく。変わってないのは、私一人ぽっちだけだもの」
「え?」
どういう意味だろう……?尊は、過去の記憶を忘れている。そういう病に侵されていたからだ。少しずつ、以前の自分を忘れていく病……ちょうど、過去の思い出を代償にするキサカと同じだ。
「私は、何も変わってない。この世界に来て、勇者になっても。私は、私のままだ」
「そんなこと……ないんじゃないか。だって、こっちとあっちじゃ、何から何まで違うだろ?」
「そう思う?なら、私、どこか変わったかな」
そう問われて、俺は改めて、言葉に詰まってしまった。だって、尊の言っていたことは、正しかったから。それが良いか悪いかは置いておいて、確かに尊は、全然変わっていない。
「ねえ、桜下くん。勇者って、一体何なんだろうね?」
「え?急だな。勇者が何か、か?」
「私は、この世界に呼ばれて、そこで勇者だって呼ばれた。勇者だから、魔王と戦うために、ここまで来たんだよ。けど、それってどうしてなのかな?勇者は強いから?勇者の使命だから?私は、あっちの世界の時から変わってないのに。力も強くない、この世界のこともろくに知らない。それなのに、私は勇者って呼べるのかな?もし勇者じゃないのなら、どうして私は、ここにいるのかな?」
え、え?俺はあまりのことに、言葉を失ってしまった。尊がこんなにも悩んでいたという事にも、尊が語った内容にも、驚いていた。俺が戦争についてばかり考えている間に、尊は勇者そのものについて、考えを巡らせていたのか……
「……」
沈黙があたりに下りる。だが、この場には俺と尊しかいない。沈黙を破るには、俺が口を開かなければ。必死に言葉を探して、ようやく俺は、口を開いた。
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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辺りはしんと静まりかえっている。夜も更けてきたから、兵士たちは寝てしまったようだ。人の出す音が聞こえなくなると、一気に静寂が押し寄せて来る。闇が覆い被さってくるみたいだ。
「こうして歩いてると、魔王の城の目の前とは思えないよな」
俺は、数歩後ろを歩く尊に話しかける。尊は一拍おいて、こう返してきた。
「そうだねえ。なんだか、あの病院の廊下を思い出すよ」
「ああー……」
確かにあそこも、静かで、暗かった。さすがにここまで真っ暗じゃなかったけど。
「ごめんね、桜下くん」
「うん?」
俺が振り返ると、尊は足を速めて、俺の隣に並んだ。
「付き合わせちゃって。休みたかったよね?」
「ん、そうでもないさ。俺も緊張してたから、体をほぐしたかったのは嘘じゃないよ」
それに、尊はこの世界の中じゃ、一番古い仲だ。そいつの頼みってんなら、そんなにやぶさかじゃない。ないが……
「けど、どうして俺だけなんて言ったんだよ?」
「うーん……あはは」
「まあ、分かるっちゃ、分かるけどな」
「え?ほんとう?」
「ああ。俺相手なら、気張らなくていいと思ったんだろ?」
「へ?」
尊はぽかんとしている。けど、そういうことだろ?
「尊、不安なんじゃないのか?」
「……うん。そりゃあ、やっぱりね」
「だよな。俺だってそうさ。みんながいたら、こういうことは言いづらいだろ。それに、俺は勇者崩れみたいなもんだし」
「え?ちが、違うよ!」
「あれ?そうじゃなかったのか?だから、クラークをハブったんだと思ったんだけど」
「えっと、ちょっとは当たってるんだけど……けど、桜下くんを勇者らしくないなんて思ったこと、一度もないよ」
「ええ?あははは、そりゃちょっと盛り過ぎだぜ」
俺は冗談めかして笑ったが、尊は真面目な顔をしている。
「本当だよ。私、ずっとすごいと思ってた。さっきだってそうだよ。隊長さんと対等に渡り合ってて、たくさん難しい話してて」
「そうか……?いや、そうでもないって。エドガーとは、単に顔見知りなだけだ」
俺がそう言っても、尊は薄く微笑んで、ゆるゆると首を横に振った。俺としては本当に、大したことないと思っているんだが……他人から見たら、そう見えるのか?
「それに、くらく……じゃない、クラークくんもね。あの子は、本物の勇者様みたい。昔は、あんな感じじゃなかったと思うんだけどな」
それはあんたのせいです、とは、さすがに言えないな。
「確かにあいつは、絵に描いたみたいな勇者だよな。あれに比べたら、俺は全然だって」
「ううん、勇者らしいとからしくないとか、そういうだけじゃないの。桜下くんも、前とは変わったよ。前の桜下くんは、なんだかいつもいっぱいいっぱいに見えたよ。まるで、はち切れる寸前の水風船みたいに」
……だろうな。あの頃の俺は、自分の世界に閉じこもっていて、唯一尊だけが、俺をまっすぐに見てくれる人だった。
「けど、今の桜下くんは違う。なんていうか、大人っぽくなった」
「俺、まだ十四だけど」
「あはは、そのはずなのにね。なんでかな?前の桜下くんは、なにかが入るすき間なんて全然なさそうだったのに、今の桜下くんは、逆に誰かを受け止めてあげられる人に見える」
それは……たぶん、あいつらのおかげだろう。
「みんな、変わったよ。それも、良い方に」
「そうか……うん、でもそれが本当なら、少しうれしいな。あの頃のままの俺だって言われたら、やっぱりいやだし」
「そうだよね。分かるよ。だって……」
尊は、月も星もない空を見上げた。
「みんな変わっていく。変わってないのは、私一人ぽっちだけだもの」
「え?」
どういう意味だろう……?尊は、過去の記憶を忘れている。そういう病に侵されていたからだ。少しずつ、以前の自分を忘れていく病……ちょうど、過去の思い出を代償にするキサカと同じだ。
「私は、何も変わってない。この世界に来て、勇者になっても。私は、私のままだ」
「そんなこと……ないんじゃないか。だって、こっちとあっちじゃ、何から何まで違うだろ?」
「そう思う?なら、私、どこか変わったかな」
そう問われて、俺は改めて、言葉に詰まってしまった。だって、尊の言っていたことは、正しかったから。それが良いか悪いかは置いておいて、確かに尊は、全然変わっていない。
「ねえ、桜下くん。勇者って、一体何なんだろうね?」
「え?急だな。勇者が何か、か?」
「私は、この世界に呼ばれて、そこで勇者だって呼ばれた。勇者だから、魔王と戦うために、ここまで来たんだよ。けど、それってどうしてなのかな?勇者は強いから?勇者の使命だから?私は、あっちの世界の時から変わってないのに。力も強くない、この世界のこともろくに知らない。それなのに、私は勇者って呼べるのかな?もし勇者じゃないのなら、どうして私は、ここにいるのかな?」
え、え?俺はあまりのことに、言葉を失ってしまった。尊がこんなにも悩んでいたという事にも、尊が語った内容にも、驚いていた。俺が戦争についてばかり考えている間に、尊は勇者そのものについて、考えを巡らせていたのか……
「……」
沈黙があたりに下りる。だが、この場には俺と尊しかいない。沈黙を破るには、俺が口を開かなければ。必死に言葉を探して、ようやく俺は、口を開いた。
つづく
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続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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