誰よりも優しく抱いたのに、その優しさが君を傷つけた

氷月

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Lesson1 まだ愛され方を知らなかった

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新店舗《MENS BAR Clover》へ移籍してから一ヶ月。

男女問わず、誰もが気軽に訪れられる“大人の空間。

スタイリッシュで穏やかな夜の社交場

ガラス越しにネオンが揺れ、

心地いいR&Bやジャズとグラスの音が混ざり合う。派手さではなく、上品な色気と落ち着いた時間を提供する場所――

派手なホストクラブのような競争もなく、

グラスの音と笑い声が静かに混ざる温かな空間――

ここでは、会話と癒しを届けることが仕事だった。

指名も少しずつ増え、

ようやくこの世界で“自分の居場所”ができてきた気がする。

「やっぱりかっこいいな~、みのるくん! 雰囲気すごく変わった!」

美容室の椅子で、担当の柚子さんにそう褒められ、僕は少し照れ笑いを浮かべる。

伸びた髪を軽く整えて、金髪のミディアムショートに。カラーコンタクトが瞳を強調していて――

(……夜の世界に染まってきたんだろうな。ちょっとだけ、大人っぽくなった気がする)

施術を終え、レオのマンションへ戻る。

グレーのストライプシャツに短めのネクタイ。白のワイドパンツを合わせて、ピアスとバングルを身につける。

鏡に向かって小さく笑ったその時――背後から扉が開く音がした。

「……ただいま」

低く艶のある声に振り返ると、レオが外出から戻ってきたところだった。

「おかえり、和希!」思わず駆け寄って、ぎゅっと抱きしめる。

レオは僕の髪を見つめ、片眉を上げてふっと笑った。

「髪、染めて切ったな」

「うん。似合う?」

「似合うに決まってるだろ……でも――」

レオは僕の顎を持ち上げ、真っ直ぐに目を覗き込む。

「おまえ、そんなに垢抜けてどうする? 俺以外の誰に見せるつもりだ?」

心臓が跳ねる。独占欲に満ちた声に、思わず視線を逸らす。

「わ、わかってるよ。僕は和希のものだから」

「ならいい。他の客に、その可愛い顔を簡単に見せるな」

釘を刺すように低く囁き、首筋に熱いキスを落とされた。

「……独占なんだから」

冗談めかして笑った僕に、レオは強く抱きしめ直す。

「当たり前だ。おまえは俺の子犬だ。俺が与えたネックレスも、指輪も――毎日つけておけよ?」

(ほんと毎日のように言うんだから)

苦笑しつつも、その声に抗えない。

「うん、わかった」

「……準備なんて、あとでいい」

そう囁いた途端、レオの唇が強引に重なった。

首筋から口元へ、何度も貪るように。

舌を絡められ、息が奪われる。

体温が一気に上がって、足まで力が抜けそうになる。

「……っ、和希……もう、出勤の時間……」

必死に言葉をもらし、僕はレオの胸を押した。

「まだいいだろ」

「だめ。遅れるって」

腕をすり抜けるように振り解くと、レオの眉がわずかに寄る。

「……ほんとに子犬のくせに、最近はよく噛みつくな」

不機嫌そうな低い声に、背筋がぞくりとした。

「またあとで……ね」

小さく笑ってごまかし、僕は鞄を肩に掛ける。

エレベーターで一緒に降り、マンション前からタクシーに乗る。

移動の間もレオは隣で腕を組み、窓の外を見つめたまま言葉少な。

その横顔に「怒ってる?」と心の中で呟く。

やがて《CLUB A》の前でタクシーが停まる。

「じゃあ、行ってくるね」  

僕が声を掛けると、レオはふっと視線をこちらへ。

「……終わったら、早く帰れ」

それだけを告げて、背を向けた。

レオは《A》の入り口へ。

僕はそこから隣のビル、《BAR Clover》へ向かって歩く。

夜風が頬を撫でる。わずか2、3分の距離なのに――

レオと離れるだけで、胸の奥が妙にざわついていた。

レオと別れて、一人で夜道を歩く。

街はすでに煌びやかなネオンに包まれ、行き交うキャバ嬢、ホスト、飲みに繰り出す人たちで溢れていた。

七ヶ月前までの自分が、この“夜の世界”に溶け込んでいるなんて、いまだに不思議だ。

「おはよさん」

後ろから声を掛けられて振り返ると、マサキが手を振っていた。

「今日さ、終わったら久しぶりにスパ行かへん?」

「いいね! 行きたい」

(あ、和希には“早く帰れ”って言われてるけど……少しぐらいならいいよね)

「リツも誘う?」

「今日リツはAだけど、LINEしとくわ」

「楽しみだな~」

そんな会話をしながら、二人で《Clover》の裏口へ。

ガチャリと扉を開けると、まだ人気のない控え室に灯りがついていた。

「あ、空いてる」

「店長は早く来るからな」

「ふふふ、リュウ店長」

マサキと顔を見合わせ、笑いながら控え室に入る。

「おはようございます~」

「あ、おはよう」

柔らかい声に振り向くと、リュウがいた。

黒髪はさらりと艶やかに揺れ、切れ長の瞳をシルバーの眼鏡が縁取る。

黒いシャツにグレーのパンツ、手首に光るシンプルな時計。

飾り立てていないのに、凛とした色気が滲み出ていて――いつ見てもミステリアスなイケメンだった。

「みのる。髪切って、染め直した?」

「あ、うん」

「似合うよ」ふっと微笑むと、その眼差しは驚くほど優しくて、胸の奥がふわりと温かくなる。

「だよなー。おまえ垢抜けたよな~、雰囲気変わった。あの時の子犬はどこ行ったん?」

マサキが大げさに肩を叩き、僕は思わずむくれる。

「もう! やめてよ、マサキ!」

そこへ、軽快な声が飛び込んできた。

「おはよう~、みのちゃん、マサキ」

青い髪をピンで留めたレモンが現れる。キラキラした瞳と甘い笑顔は可愛いのに、その奥に潜む変態的な影を僕はもう知っている。

「おはようございます」

穏やかな声で挨拶してきたのは、35歳のボーイ・本木さん。

控え室の空気を和ませる、優しい存在だ。

最後に、レンジがのそりと入ってきた。

26歳、鋭い瞳をしたイケメン。白いTシャツにカーゴパンツ、胸元には十字架のネックレス。

一見ラフなのに、どこか危うい。

「……何考えてるかわからない」――第一印象そのままの男。かつて他店をクビになった彼が、オーナーの判断でCloverに拾われたと聞いている。

リュウは全員を見渡し、ゆるく頷いた。

「みんな集まったね。……じゃあ、開店準備しよっか」

その声に、空気が一気に切り替わる。

華やかで危うい夜が、今夜も始まろうとしていた――。

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